遅れてきた麗人
アザドー、人魔同盟、王立軍、聖魔騎士団、治安部隊、それにアカデミーの生徒たち、それぞれを動員してグリンブル中を探させているが、いまだにトワの行方はわからなかった。
「今、ラエイラに大司教公国の『大布教礼拝』が来ています。それに参加する人間は無料でラエイラに入れるということで、かなりの人々が訪れています。そこに紛れている可能性もあるかもしれません」
マサラのその話に、魔王は頷き、彼はラエイラに向かうことにした。
聖魔騎士団員数名はグリンブルに残って捜索を行い、残りのメンバーを引き連れて行くことにした。
アザドーの手引きにより、地下通路を通って、『大布教礼拝』が行われているホテルの地下に入った。
ホテルの地下には仕事で訪れたアザドーの魔族が宿泊できるようにいくつか部屋が用意されていた。
その中でも最も広い続き部屋を用意してもらい、そこを拠点にしてトワの捜索を行うことにした。
このホテルは現在、大司教公国の貸し切りになっていて、ホテル中をローブ姿の回復士が闊歩している。
中には、魔法学校に通っている生徒もいるようで、ローブ姿の子供も見受けられた。
ローブを着用すれば怪しまれずにホテル内をうろつけるとあって、魔王は自らローブを着用してホテル内を見回りたいと云い出した。
アザドーにローブを手配してもらい、それを着用しフードを深く被ったまま、魔王とアスタリスは、ホテルのロビーへと向かった。
残りのメンバーもローブを着用してホテル周辺を見回ることにした。
アスタリスが<遠見>でホテル中を見回していた時、ちょうど、上の階から降りてきたリュシー・ゲイブス祭司長が、ローブ姿の魔王の傍を通りかかった。
「ん?君は魔法学校の生徒かね?」
リュシーはローブ姿の子供に語り掛けた。
「うん…?」
フードを脱がない子供を不審に思ったのか、彼はしゃがみこんで、その顔を覗き込んだ。
それに気づいたローブ姿のアスタリスが、慌てて魔王の手を取って、「失礼します」と足早にその場を後にした。
2人はロビーから出て、専用の地下通路へと逃げてきた。
「危なかったですね、魔王様」
慌ててホテルの地下へ戻ってきたアスタリスは、魔王にそう云った。
だが、魔王の反応は少し違った。
「いや、今のは…」
そう魔王が云いかけた時だった。
「やーっぱり魔王様!お会いしたかったあぁぁ!」
背後から甲高い女の声がした。
アスタリスが驚いて、今自分たちが出てきた扉の方を見た。
その扉の前に立っていたのは、どこからどうみても人間の女だった。
「え?誰ですか…?」
その女は薄いブルーの髪を肩まで伸ばしてゴージャスな巻き髪にしていて、肌の色は白く、肩モロだしにミニスカという露出度の高い服を着ている。
美人といえば美人だが、少々ケバい感じがして、アスタリスは苦手なタイプだと思った。
少なくとも、先程までのローブの集団の中にはいなかった人物だ。
いったいどこから湧いたのか?とアスタリスが首を傾げていると、思いがけず魔王が口を開いた。
「カラヴィア、生きていたのか」
「はい!この通りです!先ほどお見掛けして、後をついてきてしまいました」
カラヴィアと呼ばれた女は、魔王の前までやって来て元気にそう云った。
「え、魔王様のお知合いですか?に、人間…ですよね?」
「うふ~ん」
「その姿は何だ」
「あら、お気に召しませんか?人間の男は皆この姿になると鼻の下を伸ばしますのに」
アスタリスは首を傾げた。
「あれ?でもロビーにはいませんでしたよね?」
「やだなあ、いましたよ?ほら」
するとカラヴィアの姿は、一瞬で先ほどロビーで見た初老の男性リュシー・ゲイブスに変わった。
「ええーー!?あなたも擬態できるんですか?」
アスタリスは驚きを隠せなかった。
「擬態?違うわ。これは<完全変身>よ。人間に変身すればそのマギの形まで人間に変えられるの。絶対に見破られない自信があるわ。すごいでしょ?」
『むぅ』
魔王のネックレスからカイザードラゴンが唸り声をあげた。
魔王はそれを小声で「おまえは黙っていろ」と呟いた。
「おまえはここで何をしている?」
魔王の前に、リュシー・ゲイブスとなったカラヴィアは、膝を折った。
「この姿で大司教公国内に潜入しておりました。魔王様が消失された地で、ずっとお探ししていたんですよ。ここへ来たのは本当に偶然で…」
「あ、あの、カラヴィア…さん?この方が魔王様って、よくわかりましたね…?」
アスタリスはカラヴィアが何の迷いもなく、この少年を魔王だと認めていることに疑問を持ったのだ。
これまで会った者たちは、皆最初は信じられない、という反応をしていたからだ。
「ワタシは人の魔力が見えるのよ。魔力の色、形は一人一人違う。言ってみればオーラのようなものかな。<魔力記憶>でそれを記憶しているの。どれだけ姿が変わろうとも、その体が放つオーラは変わらないのよね~」
「え~…そんなスキルがあるんですか…」
アスタリスは感心した。
しかし、魔王は初老の男が、その言葉遣いをするのが我慢ならなかったようだ。
それもそのはず、姿は初老の男だが、来ている服はミニスカのままだったのだ。
見たくもないのにオジサンの生足を見ることになってしまったわけだ。
先ほどまで化けていた体が着ていたものと同じ服装をしているところを見ると、カイザーのように衣服ごと擬態するわけではなく、また、ジュスターのように個別に衣服を作ることもできないようで、変身できるのは中身だけのようだ。
「もういいから、元の姿に戻れ」
「はあい」
カラヴィアは魔王にそう返事をすると、くるっと一回転した。
「へ~んしんっ♪」
その言葉と共に、カラヴィアは初老の男から、すらりとしたスタイルの良い女性魔族になった。
先程の女性の姿とはまた違った、洗練された美女になった。
前髪は目の上で奇麗に切りそろえられ、背中までのストレートの髪は薄いブルー。
その髪と対照的な赤い瞳と紅い唇は、扇情的な印象を与えた。
「わあ…。それが本当の姿なんですか?」
「そうよ。繁殖期は申し込みが多くて大変なんだからぁ」
思わず声を上げるアスタリスに近づいて、カラヴィアは人差し指で彼の鼻をツン、とつついた。
「フフン、あなたまだ若い魔族ね。オネーサンがいろいろ教えちゃおうかな?」
アスタリスはボーゼンとしていた。
「そいつをからかうな。行くぞ」
「あっ、魔王様、待って!ワタシも行くぅ!」
ホテルの地下にある部屋に戻った魔王は、そこに詰めていた騎士団員たちにカラヴィアを紹介した。
「魔王護衛将のカラヴィアです。お見知りおきを」
カラヴィアは、華麗に礼を取った。
騎士団員たちは突然現れた女魔族にざわついた。
そこへ、捜索に出ていたジュスターが入ってきた。
「あら…いい男」
カラヴィアの興味は一瞬でジュスターに移ってしまった。
カラヴィアはジュスターの傍に寄って、彼の顎を指でなぞった。
ジュスターはカラヴィアに面食らっていた。
「んま!きれいな顔!アナタはだ~れ?」
最初こそ驚いていたが、ジュスターは冷静さを取り戻して答えた。
「あなたこそ、誰ですか」
「ワタシは護衛将のカラヴィアよ。おぼえといてね!そういうアナタは?」
「私はジュスター。聖魔騎士団の団長をしています」
「声もいいわねえ!次の繁殖期の相手に立候補しちゃおっかな~?」
この物言いに、騎士団員たちは騒然とした。
彼らは急に現れたカラヴィアに呆気にとられ、戸惑っていた。
これまで会ったことのないタイプのキャラクターだったからだ。
「少し黙れ」
ついに魔王に叱られたカラヴィアは「はぁ~い」と云って頭を下げた。
「ここにもトワはいないようだな」
「残念ながら…」
アスタリスが唇を噛みしめて云うと、魔王はひどく落ち込んだように見えた。
「誰かを探してるんですの?」
カラヴィアの疑問に、ジュスターが答えた。
「トワ様という、魔王様の大切な方です」
「大切な方…?」
カラヴィアの目がキラリと光った。
「…少し考え事をする。誰も入ってくるな」
魔王はそう云って続き部屋になっている隣の部屋に移動した。
「だいぶ、参っておられるようですね」
カナンが魔王を見送ると、アスタリスも心配そうに云った。
「早く見つけて差し上げないと。今どこでどうされているのか、心配です」
「アスタリス、おまえも少し休め。ずっとスキルを使い続けているだろう」
心配するジュスターに、アスタリスは元気に答えた。
「僕なら平気です。ユリウスやクシテフォンたちもまだグリンブル市内を探し回っていますし、こんな時に役に立たなかったら、いつ役に立つんだって思ってるので」
彼らの様子を見て、カラヴィアは近くに居たネーヴェに尋ねた。
「トワって、誰?」
「僕らの主だよ。とても優しい人で、人間だけど魔王様とエンゲージするんだよ」
ネーヴェの話は少し願望も入っていたかもしれない。
だが、カラヴィアはそんなこととは知らずに真に受けた。
「人間?魔王様とエンゲージ…?はあ?」
急にカラヴィアの表情が変わった。
「ワタシがいない間に、いつの間にそんなことに…」
「カラヴィアさんて、護衛将なんでしょ?今まで何してたの?」
「何って…いろいろよ。人間に化けて魔王様を探してたのよ」
「じゃあ、見つけたんだし、次はトワ様を探してあげてよ。魔王様ずっと落ち込んでて可哀想なんだ」
「ワタシが?どうして?」
「どうしてって、魔王様のために決まってるじゃん。あんたバカなの?」
ネーヴェは相手が誰であろうと遠慮がなかった。
自分が尊敬できるかどうか、それで態度を決めている節がある。
そして彼はカラヴィアを尊敬できる相手とは思っていないようだ。
「バカ?誰に言ってんだゴラァ!」
急にドスのきいた声になって態度を豹変させたカラヴィアに、他の団員たちはビクッとして驚き振り向いた。
「そっちが本性なんだ?」
ネーヴェは楽しそうに云った。
「あ、あら…失礼。でも魔王様とエンゲージって、それはないんじゃないかしら」
「どうしてそう思うの?」
「だって、魔王様にはこのワタシ、カラヴィアがいるからよ」
「え~?ないない!あんた魔王様の好みじゃないもん」
「ぁんだと、このガキ!」
再び他の団員たちの注目を集めたカラヴィアは、また「オホホ」と笑ってごまかした。
カラヴィアは、魔王の様子を見てくると云って、隣の部屋へ移動して行った。
「キョーレツな人だね」
「護衛将にもいろんな人がいるもんだね」
ウルクもテスカもボーゼンとして彼女を見送った。
「あの人、自分を魔王様の愛人だと勘違いしてるみたいだよ」
「…絶対に似合わないな」
ネーヴェの言葉にカナンは苦笑いした。




