信頼と傷と
「見事だ」
魔王はジュスターをねぎらうと、彼は魔王に優雅に礼を取った。
青年魔王の姿のカイザーが王と王妃の束縛を解いた。
「ま、魔王様!本物ですか?おお…肖像画と瓜二つだ!」
王も王妃も感動していた。
「助けていただいてありがとうございます!なんとお礼を言って良いか…」
王と王妃はカイザーに必死に頭を下げていた。
カイザーが魔王はこっち、と少年魔王を示しても、なかなか理解してもらえなかった。
ふと見ると、凍ったままのメトラの前で泣き崩れているアリーの姿があった。
「そろそろ戻してやれ。本当に死んでしまうぞ」
魔王が云うと、ジュスターは頷いた。
彼はメトラにかけた<絶対氷結>を解除した。
強力な魔法だっただけに、さすがに解除には少し時間を要した。
ネーヴェの魔法で倒されたメトラの部下たちも重傷を負っていたが皆、死んではいなかった。
ようやく魔法が解けて、メトラは崩れ落ちるように倒れ込んだ。
アリーが彼の体を抱きかかえた。
それはまるで冷え切った彼の体を、自分の体温で必死に温めているかのように見えた。
咳込んで深く深呼吸をしたあと、メトラはアリーに支えられてようやく立ち上がった。
「き、貴様…何者だ?この魔力…只者ではあるまい」
メトラはジュスターを睨みつけた。
「私はジュスター。聖魔騎士団の団長だ」
「せいま…きしだん?知らぬな」
「魔王様により新たに創られた騎士団だ」
魔王は腕組みしながらそれに頷いた。
「こやつはお前より強かった。それだけのことだ」
メトラは魔王に頭を下げた。
「この上は、死んでお詫びを。どうぞ、この命お取りください」
「お前の命などいらん。それよりこの事態を収拾しろ」
メトラは信じられないという目で魔王を見た。
自分が許されるとは思っていなかったからだ。
魔王は、王と王妃を解放して、メトラと話をさせることにした。
メトラに勧められて、魔王はグリンブル王の玉座に座り、この国の本物の王と王妃は、その魔王の足元に跪いている。
「メトラよ、おまえがアザドーの首魁か」
「はい、魔王様。ですが、最初に組織を作ったのはエウリノーム様です」
「エウリノームが?」
魔王の目が光った。
メトラはここへ至るまでの経緯を話した。
彼は、100年前の大戦を生き残り、敗残兵をまとめて帰国しようとした際、アトルヘイム軍に追撃されていたところをエウリノーム軍に救われたという。
エウリノームは魔族の国へ帰ることを諦めて人間の国で生きることを勧めた。
そこで魔族と人間が共存するグリンブル王国へ行き、敗残兵の受け皿としてアザドーという魔族の組織を作った。アザドーは最初の頃は、単に魔族たちが生活スキルを使って製作したものを販売する集団だったという。それがいつの間にか、人が増えて今のような組織へと変わっていったのだ。
アザドーがアトルヘイム帝国を目の敵にしているのは、大戦からの恨みからでもあった。
「生き残ったのはお前だけか?」
「いえ。護衛将のタロスも一緒でした」
タロスというのは、メトラと同じく魔王護衛将の一人だった人物である。
「タロスはエウリノーム様と行動を共にし、この街から去りました」
「エウリノームは今どこにいる?」
「…わかりません」
メトラは懐から宝玉を取り出した。
「…エウリノーム様は、この宝玉を通じて連絡をしてきます。これは以前エウリノーム様から連絡用にと、いただいた<遠話>スキルの宝玉ですが、こちらから連絡を取ることはできません」
「最近、連絡はあったか?」
「いいえ」
メトラは魔王の足元にいる王を睨みつけた。
「元はと云えば、おまえたちが商人を使ってアトルヘイムと武器取引しようとしていたせいだ」
「違います!私は騙されたんです!どうか私の話を聞いてください!」
王は必死に叫んでいる。
それを見かねて、魔王は「話を聞いてやれ」と云った。
メトラは仕方なくそれに従った。
王の話はこうだった。
そもそもの発端は、アトルヘイム帝国大学に留学中の息子シャールからの連絡だった。
シャールは、昨年から帝王学を学ぶために帝国大学に通っており、2か月前にその息子から、良い商売の話が来ている、と相談を受けたのだ。
ある時、グリンブル王国に本部を置くコルソー商会のアトルヘイム支部の商人と名乗る男が息子の元へやってきて、珍しいものが手に入ったので商売しないかと誘われたそうだ。
それは、「武器として扱われないアイテムだから合法だ」と云われ、実際にシャールは魔法局に売られたというそのアイテムの実物を見せられたという。
それですっかり信じ込んでしまったシャールは、父に無断で手付金を払ってしまったという。
それから間もなく、「グリンブル王国がアトルヘイム帝国と武器取引を始めた」という噂が駆け巡った。元々、コルソー商会は王家ご用達だったことから、この話に信ぴょう性がでてきたのだ。
王にとっては寝耳に水の話で、この噂にアザドーが怒っているという話を聞き、あわててコルソー商会に連絡を取ると、息子に接触してきた商人は存在していなかったことが判明した。
「本当に、武器取引の話はデタラメです!息子もあの商人に騙されたんです!」
「助かろうとして、嘘をついているのではあるまいな?」
メトラは王を叱りつけた。
「本当です!信じてください!」
王は必死で訴えた。
「ふむ。その話、我にも心当たりがある。そのアイテムとやらは、メトラ、お前が持っているその宝玉のことだろう」
「え…?」
メトラはエウリノームから貰ったという宝玉を手にした。
「それと同じようなものがこの国で売られていたのは確かだ。それを手にした者が、王の息子を騙したということだろうな」
「では本当に…」
王は大きく頷いていた。
メトラは黙ってしまった。
アリーは彼を支えながら心配そうに見ていた。
「そういえば、息子はその商人のことを何ひとつ思い出せないと云っていました。何度も確認させたのですが姿や名前すらも…」
「おそらくその商人は精神スキルを使ったのだ」
魔王の言葉の意味を知り、王はハッとして、「やられた…」と嘆いた。
「精神スキルを持つ者が詐欺を行うのはよくあることだ。優秀な商人は対策を取っているというぞ。お前の息子にも教えておけ」
魔王が王をそう諭すと、王は「ははーっ」と平伏した。
「さて、この始末、アザドーとしてどうつけるつもりだ?」
魔王がメトラに尋ねた。
「我々も蜂起した以上、手ぶらでは帰れません。グリンブル王よ、人間専用のラエイラのようなものがあるのは不平等だ。あれを撤廃せねば我々は協力しない。そうでなければ魔族の特区も作ってもらおうか」
メトラはクーデターが失敗した場合の代案もちゃんと考えてあったようだ。
この妥協案を王が受け入れたことで、事件は落着した。
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私とマリエルは、治安部隊の馬車に乗せてもらって、機構本部へと向かっていた。
馬車の中には、私とマリエルと治安部隊の隊員が1人乗っていた。
機構本部へと向かう一本道に差し掛かった時、マリエルが気分が悪いと云いだしたので、馬車を止めてもらった。
マリエルは馬車を降りて道端にしゃがんでしまった。
私は彼女について馬車を降り、マリエルの背中をさすった。
同乗していた治安部隊の隊員も心配して降りてきてくれた。
マリエルはずっと、「すいません、すいません」と謝っていた。
突然、私の後ろにいた治安部隊の隊員が、私の脇をかすめて地面に倒れた。
「え…?」
倒れた治安部隊員の背ろには、頬に3本の傷跡のあるポニーテールの女魔族が立っていた。
御者台を見ると、御者をしていた隊員もうつ伏せで倒れていた。
あの時の女魔族だ。
私はマリエルを背中に庇った。
「一緒に来てもらうわよ」
ポニーテールの女はゆっくりと近づいてきた。
どうしよう、カイザーもいないし、今はマリエルをつれて逃げるしかない。
なんとか治安維持機構本部まで逃げ込めれば、護衛の兵がいるはずだ。
「マリエル、逃げるわよ!」
私はマリエルの腕を掴んだ。
だけど、マリエルは動かなかった。
「マリエル!?」
マリエルは立ち上がって、逆に私の手を掴んだ。
「トワさん、逃げる必要はないんですよ」
私はマリエルの表情が変わったのに気付いた。
いつもの儚げで臆病な彼女とは別人のような、自信に満ちた笑みをたたえていた。
「トワさんたら、なかなか1人になってくれないんですもの。困っていたんですよ。こんなに長く生徒のフリをするなんて思っていなかったので」
「マリエル…?何を言っているの…?」
「ヴィラ、この娘を馬車に乗せなさい」
マリエルはポニーテールの美女に向かって命令した。
すると、ヴィラと呼ばれた3本傷の女は「私に指図しないで」と云いつつも、私の腕を掴んで馬車に無理矢理乗せようとした。
私は抵抗したけど、ヴィラの力には勝てなかった。
「フン、誰が捨てられたあんたを拾ってやったと思ってるのよ。負け犬が」
マリエルはおよそ彼女らしからぬ発言をした。
するとヴィラも負けていなかった。
「誰が負け犬だ!私は自分の力でザグレム様に認めてもらうんだ。おまえなんかの力はいらない」
この2人、相当仲が悪いみたいだ。
ヴィラは自分が御者をすることにかなり文句をつけていたけど、結局気絶していた治安部隊の御者を足で蹴り落して、御者台に座った。
馬車の中は私とマリエルの2人だけになった。
「マリエル…嘘でしょ?あなたがどうしてこんなことを」
「嘘?ああ、私がトワさんに話していたことは全部嘘です。私はザグレム様の別荘にいたんですよ。ずっと、トワさんを攫う機会を伺っていたんです。今日はラッキーでした」
「嘘…!」
マリエルは笑い出した。
「もしかして、私とお友達になれたって、喜んでました?」
「…そうよ」
「アハハハ!バーカ!アハハハ!」
彼女は足をバタバタさせながら笑い転げた。
「あー、面白かった。トワさん、あなたが友達ヅラして私に話しかけるたび、可笑しくて笑いをこらえるのに必死だったわ」
「全部、お芝居だったの?」
「アハハハ!本気であんたなんかと友達になるわけないじゃん」
私はマリエルを睨んだ。
「あんた、サイッテー」
「アハハハハ!その顔、最高!アハハハ!」
マリエルは私の髪を掴んで、顔を覗き込んだ。
「こんなののどこがいいっていうのかしら。ザグレム様も趣味が悪くなったものだわ」
「あなた、ザグレムに<魅了>スキルを使われてるのね…」
「はぁ?何言ってるの?ザグレム様は素晴らしい方なのよ?女なら誰だって好きになるわ」
「可哀想な人ね」
「はぁ?誰が可哀想ですって?」
私の言葉に、マリエルは激高した。
「ザグレム様が望むから、あんたなんかを連れにわざわざここへ来たのよ。そうじゃなければ今ここで殺してやるのに」
マリエルはまるで別人のように邪悪な顔で私を見た。




