学園襲撃
最初に異変に気付いたのはアスタリスだった。
「アカデミー前に魔族が大勢います。校内にも多くの武装した連中が侵入していきました」
彼は朝、トワたちを送って一旦馬車で戻ってきたところで気付き、ジュスターの部屋に報告に来たのだった。
「トワ様と魔王様は?」
「ここからでは生徒が多すぎてはっきりとはわかりません。カナンとネーヴェが付いていますから、大丈夫だとは思いますが…」
「アスタリス、馬車の用意を。他の者は集まってくれ」
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午前の語学の授業中、突然カナンが教室に飛び込んできて、私の傍にやってきた。
「トワ様、侵入者がきます。すぐにお逃げください」
突然のことに驚いた。
隣にいたマリエルも驚いて、カナンを見つめていた。
他の生徒も、彼の登場に驚いてざわざわしはじめた。
すると、そのすぐ後に教室内に複数の男たちが入ってきた。皆剣を持っている。
彼らは教室に座っている生徒たちに向けて剣を抜き、立つように指示した。
教壇に立っていたデイジー先生は、両手をパンパンと叩いて「はい、注目!」と大声で云った。
「今からあなたたちは人質になりまーす。おとなしくしていれば何もしませんからね。彼らに従って行動してね」
今聞いたことに、耳を疑った。
「デイジー先生…?」
「そこのオレンジ頭の男もね。もし暴れたら生徒たちが死ぬわよ」
カナンは私とマリエルを背中に庇ったまま、身動きしなかった。
「カナン、言うことを聞いて」
「…わかりました」
私たちは、武装した男たちに急き立てられ、順番に教室から出された。
「こ、怖いです…」
マリエルは震えながら云った。
「大丈夫です。私がお2人を守ります」
カナンは私とマリエルの間に立って、肩を抱きながら云った。こんな緊急事態じゃなければ、カナンは両手に花状態なんだけど。
「カナン、今どういう状況?」
「おそらくアザドーが蜂起したのでしょう。武装した人間と魔族たちがアカデミーの校舎内に一斉に侵入してきたようです」
「ゼルくんは…?」
「ネーヴェがついています。まさかここが狙われるとは…。迂闊でした」
魔王のことだからおそらく大丈夫だろうとは思う。
ネーヴェがいるとなるとむしろ、周囲に被害が出ないか心配だ。
生徒たちが巻き込まれていないといいんだけど。
その魔王は、マシーナリー科が授業で使っている実習棟にいた。
そこにも侵入者たちがやってきて、生徒たちを取り囲んだ。
魔王の傍にはネーヴェがいて、侵入者たちの隙を伺っていた。
この実習棟には100人ほどの生徒がいる。
迂闊に攻撃すれば巻きぞいが出る可能性があるので、魔王は侵入者を撃退しようと云うネーヴェを制し、侵入者たちにおとなしく従っていた。
「アザドーの仕業か」
「そうみたい。トワ様にはカナンがついてるから、大丈夫だよ…です」
ネーヴェはせめて魔王様の前ではちゃんとした言葉遣いでいてくれと、ジュスターから注意を受けていたので、彼なりに一生懸命がんばってはいるのだ。
「おまえたちは人質だ。おとなしくしていれば危害は加えん」
侵入者のリーダーらしき男が云った。
「我らが人質、ということは、どこか別の場所でも蜂起している可能性もあるな」
「あー、確かにそうだ…ですね」
「ここには街の有力者の子弟も多いから、人質としての価値は高いのだろう」
魔王たちも実習棟を出されて移動させられた。
アカデミーの各棟の真ん中に位置する広場に、生徒たちは全員集められた。
その人数は300人以上に上る。それでも課外授業や休講の者たちを除いての人数だ。
そこで私は魔王たちと合流した。
「トワ!」
「ゼルくん!良かった、会えて」
私たちは再会を喜んだ。
生徒たちはその広場に集められて、さながら全校集会でも行われるかのようにその場に座らされた。
生徒たちの周囲はぐるりと武装した男たちに取り囲まれている。
少しでも動こうものなら、即座に攻撃魔法が飛んでくる。侵入者の中には魔法士も混じっているようだ。
「魔王様、団長たちがアカデミーに到着しました」
カナンが遠隔通話でジュスターからの指令を受け取ったようで、そう魔王に報告した。
「よし、トワ、扇子を出せ」
「え?うん…」
私は云われるがままに、自分のマギから扇子を取り出した。
マリエルがそれを興味深そうに見た。
「カイザードラゴン、絶対防御のスキル範囲をこの生徒たち全員にまで広げられるか?」
『可能だが、トワにかなりの負担がかかるぞ』
「扇子があるから大丈夫よ。耐えて見せるわ」
「トワ、無理そうならすぐに言うのだぞ」
「うん、頑張るわ」
マリエルは、私たちが誰と話しているのかと、きょろきょろ辺りを見回している。
「じゃあ、行くわよ」
私が合図すると、カナンたちは頷いた。
マリエルだけがきょとん、としていた。
周囲の生徒たちが全員座っている中、私は扇子を手に、1人立ち上がった。
「おい!おまえ、何してる!座れ!」
武装した男が私に注意する。
私は「カイザー!」と叫んだ。
注意されても立ったままの私に、見張りの男が魔法を撃ってきた。
私を庇うように前に立ったカナンが、その魔法を弾いた。
その直後、生徒たちの頭上に、巨大なドラゴンが現れた。
「うわぁぁぁ!ド、ドラゴンだぁぁ!!」
「ぎゃああああ!食われる!」
「助けてぇぇ!」
生徒たちは、一斉に空を見上げて驚いていた。
ある者は腰を抜かし、ある者は立ち上がって逃げようとした。
マリエルも上空に現れたドラゴンに腰を抜かしていた。
「お、おい!おまえたち、動くな!座れ!」
侵入者たちも驚いていたが、何とかこらえて生徒たちを威嚇し、逃げようとした者たちを押し戻した。
「大丈夫!皆、動かないで!このドラゴンは私たちを守ってくれるのよ!」
私が叫ぶと同時に、上空のカイザードラゴンも『騒ぐな。私がおまえたちを守ってやる』と、生徒たち全員に聞こえるように云った。
『<絶対防御>』
カイザーは上空に浮かんだまま、私たち生徒全員の周辺をぐるりと透明な防御バリアで囲んだ。
「よし、おまえたちいいぞ」
「了解!」
魔王がそう云うと、カナンとネーヴェは生徒たちを取り囲んでいる侵入者たちに向かって走った。
そのタイミングで、校舎の方からジュスターたち他の団員たちも駆けつけてきた。
「貴様ら、抵抗するとこの生徒たちがどうなるか…!」
侵入者のリーダーはそう云って、彼らを脅そうとしたが、カナンによって倒され、最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「くそっ、やれ!生徒の2、3人殺しても構わん!」
別の男が逆上し、近くの武装した魔族たちが広場に座る生徒めがけて剣を振り下ろした。
「きゃああ!」その正面にいた女子生徒が悲鳴を上げた。
だが、剣は女子生徒の手前で、見えない壁に弾かれた。
「な、何だ?跳ね返された?」
「なら魔法はどうだ!」
別の男が、今度は炎の魔法を同じ女子生徒に放った。
その魔法も、先ほどと同様に見えない壁に弾かれた。
「何だ、どうなってる?」
彼ら同様、女子生徒も自分が無事だったことに驚いていた。
周囲にいた生徒たちはその現場を目撃し、「あのドラゴンが僕たちを守ってくれているんだ!」と叫んだ。
「ト、トワさん…?」
マリエルは隣で腰を抜かしたまま、立っている私を見上げていた。
でも私には彼女に答えている余裕がなかった。
カイザーのスキルはこの場にいる生徒全員に及んでいる。その負荷は、私からじりじりと魔力を奪っていた。
「このドラゴン、トワさんが召喚しているんですか…?」
「そうだ」
私に変わって答えたのは魔王だった。
マリエルの目が驚きで大きく見開かれた。
聖魔騎士団たちは、生徒たちの見ている前で、侵入者たちを次々と倒していった。
「キャーッ!ユリウスさぁ~ん!」
女生徒たちから黄色い声援を受けていたのはカフェテリアの美形でおなじみのユリウスだった。
彼は曲刀を使い、流れるような刀さばきで敵を倒していき、女生徒たちの黄色い声援を浴びていた。
そうして1分も立たないうちに、生徒たちを取り囲んでいた大勢の武装した侵入者たちは、騎士団員たちによって全員倒された。
ユリウスが<光速行動>スキルで生み出した分身により、襲撃者たちは全員集められて縛られた。
広場にいた襲撃者たちは50名ほどだったが、ジュスターたちより先に到着していたテスカとウルクにより、アカデミーの門付近にいた20名程の見張りの魔族たちもすでに片付けられていた。
だがまだ校内には何人か侵入者の仲間が残っているようだ。
しばらくすると、マサラが手配した治安維持機構の治安部隊が到着した。
侵入者の一部は、校内に残っていた教師たちを拘束して立てこもっていたのだが、彼らも精鋭ぞろいの治安部隊の突入によって瞬く間に拘束された。
「トワ、もう大丈夫だ」
魔王が声を掛けてくれたので、巨大なドラゴンのカイザーはスキルを解除し、私のネックレスに黒い影となって戻った。
「ふぅ」
急に消えたドラゴンに、生徒たちはまた驚いていた。
マリエルも目を真ん丸に見開いて私を見ている。
「よくやったな」
魔王は私の背中に腕を回してポンポン、と軽く叩いて労った。