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動き出したアザドー

 夜、ジュスターが話があると云って、私と魔王の部屋にやってきた。


 彼は、実はアザドーという組織に、昔の知り合いがいるという。

 ジュスターは、その昔の知り合いについてはあまり詳しくは語ってはくれなかったけど、その人が今日ジュスターを訪ねてきて話したそうだ。


「彼らはクーデターを起こす計画があると言っていました」


 それを聞いた魔王は、すぐにマサラを呼び出した。

 部屋にやってきたマサラは、アザドーがクーデターを計画していると聞き、心当たりがある、と云った。


「コルソー商会のせいですよ」


 マサラが云うには、グリンブル王政府が最近になってアトルヘイム帝国へ武器の販売を始めるという噂が流れたのだそうだ。

 その噂の出所がコルソー商会だという。

 魔族を受け入れているグリンブル王国は魔族排斥を謳う大司教公国やアトルヘイム帝国とは距離を置いていて、両国に対して武器防具等の輸出や製造を禁止していたはずだった。

 もしアトルヘイムと武器取引を行うならば、国内にいる魔族の反感を買うことは必至だ。

 これが引き金となって、アザドーが王家を見限ってクーデターを計画しているというまことしやかな噂を耳にしたことがあるとマサラは話してくれた。


「先日の宝玉の話やらが間違って伝わったんでしょうね」

「アトルヘイムにグリンブル王政府に出入りのあるコルソー商会が武器を売った、という話が曲解されて伝わってしまったということか」

「…という噂がある、というレベルの話です。あそこの受付嬢はおしゃべりですから、広まるのも早かったのでしょう」


 魔王の問いにマサラは即答した。


「単なる噂を信じてクーデターを起こすの?アザドーってそんな雑な組織なわけ?」


 私は呆れて云った。

 マサラは私の言い草に少し笑ったけど、すぐに真顔になって話を続けた。

 アザドーのアトルヘイム嫌いはそれほど深刻なのだという。


 今アザドーを構成している魔族のほとんどが大戦の生き残りだ。

 彼らはアトルヘイム軍に追われてこの国へ逃げてきたという過去を持っているので、アトルヘイム、という名前を聞くだけでも嫌な顔をするのだ。

 だが、大戦後の生まれのマサラは、アザドーほどアトルヘイムに対しての憎しみの感情を持ってはいない。

 こんなことで、せっかく築いたこの国での関係や地位を失いたくはないと考えているのだ。

 彼が人間の国で商売を続けているのは、人間の技術力とバイタリティには感心していて、それを取り入れて魔族の生活を少しでも快適にしたいと思っているからだ。

 人間の国でお金を稼ぐことで、人間社会の上層部に食い込むことができ、様々な技術を入手できる。

 それは彼にとって、やりがいのあることだった。


「アザドーがクーデターを起こすつもりなら、なんとしても止めたいのです。魔王様、なんとかお力をお借りできませんか」


 マサラの頼みに、魔王は答えた。


「ふむ、おまえには世話になっているからな。手を貸してやらん事もない」

「まだるっこしい言い方するわね…。素直にオッケーって言えばいいのに」


 私の言葉に、魔王はブスッとした表情をして「おまえはビジネスというものをわかっていない」と云った。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 私がいつも通り、午前中の授業を終えて教室を出ると、いつも私を睨んでくるアリーがデイジー先生と話をしているところに出くわした。

 マリエルはお店の手伝いをするというので今日はお休みだった。


 他の生徒から、アリーが実は王族で、現グリンブル王・マステマ二世の弟・ブレドの娘だったと聞かされた時には驚いた。

 王族が、一般の生徒に交じって学校生活を送っているなんて思ってもみなかったからだ。

 どうりで皆、アリーに対してよそよそしいと思った。


 アリーはデイジー先生と何やら言い争いをしていた。 

 私に気付いたデイジー先生が声を掛けた。


「あら、トワさん。次は午後の授業ね。それじゃあ、またねアリーさん」


 デイジー先生はそう云って去り、アリーも私をチラと見て行ってしまった。


 その後はカフェテリアへ移動して、いつものようにユリウスのお弁当タイムだ。

 この頃には、人間の友人たちも同席するようになって、益々賑やかになってきた。


 天才少年ゼルくんの噂はマシーナリー科に留まらず、他の科にまで広まっていて、彼自身校内でもかなり有名人になっていた。

 それで、少しでも彼とお近づきになりたいという男子が私のところへやってくるのだ。

 だけど魔王は私の知らないところで、その1人1人に「トワに近づいたら殺す」と脅していたらしいと、同じクラスの女子から聞かされた。


 テラス席にいた私は、ふと個室スペースの方が騒がしいことに気付いた。

 個室スペースを覗いてみると、中にいたコックや給仕係がなにやら慌てている。

 私は席を立って、様子を見に行ってみた。

 後ろから魔王もついてきた。


 個室スペースの中では、コックが「アリー様が倒れた」と騒いでいた。

 給仕係は教師を呼びに出て行った。

 私は個室の中に入って倒れているアリーを見つけた。

 呼吸が荒い。

 私の背後で魔王が「回復魔法は使うな」と囁いた。

 確かに、こんな衆人環視の中で魔法を使うわけにはいかないわね。私は魔族なはずなのだし。

 でも、相手は人間なんだし、ともかく診てみようと思った。

 アリーは意識朦朧としていて、呼吸困難になっていた。

 時々、引きつるように喉を鳴らしている。

 ああ、これは…。

 私は自分の持っていたハンカチをアリーの口元に当てた。


「何をするんだ?口を塞いだら死んでしまうぞ?」

「大丈夫よ。こうして一度、呼吸を止めて整えてあげるのよ」


 私はアリーに、ゆっくり息を吐くように声を掛けた。

 彼女の肩や腕をさすりながら、呼吸が落ち着くまでずっと声を掛け続けた。

 やがてアリーは意識を取り戻した。

 コックもそれを見てホッと胸をなでおろしていた。


「あ…、あなたは…」

「良かった、意識が戻ったのね」

「私、急に呼吸が苦しくなって…」

「過換気症候群っていう症状よ。過呼吸とも云うわ。不安とかストレスとかで起こしやすい病気よ」

「不思議ね、あなたが声をかけてくれていて、その言葉を聞いていたら、すーっと楽になったわ。ありがとう」


 魔王は、「何かスキルを使ったのか?」と聞いてきたけど、これは私の知識だと話した。

 過呼吸についての説明をいろいろとしてあげたいところだけど、たぶん話してもわからないと思う。この病気の治療法は、不安を取り除いてあげること。話を聞いてあげることが一番の解決方法なのだ。


「さっき、デイジー先生と何を話していたの?言い争っていたようだけど」


 アリーは私の顔をしばらく見つめて、頷いた。


「あなた、魔族よね。…いいわ。話があるの。後で時間をもらえないかしら」

「いいわ。午後の授業のあとなら。ゼルくんも一緒にいい?」


 急に自分の名前が出て、魔王は驚いていたようだったけど、「仕方がないな」と諦めたようだった。



 午後の授業の後、アリーが人に聞かれたくないというので、ちょうど迎えにきたアスタリスの馬車の中で話をすることになった。

 人が近づかないように、馬車の周囲には今日の護衛を担当しているシトリーとテスカに立ってもらった。


「突然だけど、あなたはこの国をどう思う?」


 アリーの質問に私は戸惑った。

 急に政治的な話?

 とりあえず、一般的な答えをしておこう。


「人間と魔族が共存していて、とてもいい国だと思うわ」


 私がそう答えると、「表面上はね」とアリーは云った。


「…人魔同盟って、きいたことある?」


 アリーの口から、まさかその名前が出るとは思わなかった。


「実は、私はそのリーダーなの」


 アリーはさらっと驚くことを云った。


「ええっ!?」


 隣に座っている魔王も、驚いていたみたいだ。


「私は魔族と人間が平等に、公平に暮らせる世界を目指してる。この国は一見公平に見えて、人間専用の施設があったり、魔族の立ち入れない区域が合ったりと、やっぱり不公平なの。私は王族として、それを正さないといけないって思ってるのよ」


 馬車の中では、アリーの真向かいに私が座り、私の隣には魔王が腕組みをしながら話を聞いている。


「人魔同盟は、実はアザドーっていう魔族の組織から活動資金を貰ってるの。だけど、彼らに支配されてるわけじゃないわ。私たちは、私たちのやり方がある」


 アリーは力説した。そこは譲れないところらしい。

 彼らのやり方って、あのデモ行進のことかなあ…。


「助けてもらったお礼に、あなたにだけは教えるわ。そのアザドーがこの国で反乱を起こそうと計画しているらしいの」


 実はその情報、もう知ってるんだけどね…。


「詳しくは私も教えてもらえないのだけど、どうやら武装決起を企んでいるみたいなの。裕福な人間や魔族は気を付けた方がいいわ。特にあなたは影響力の強いネビュロスの一族ってことで、人魔同盟では監視対象になっているのよ」


 なるほど、だからあんなにいつも睨まれていたってわけか。謎が解けた。


「だからなるべく早く、ここを出ることをお勧めするわ。いい?警告はしたわよ」

「う、うん」


 アリーの剣幕に押され気味の私は頷くことしかできなかった。


「おまえは、王族でありながら、なぜそんなに魔族に肩入れするのだ?」


 魔王が尋ねた。

 すると彼女はきっぱりと云った。


「好きな人がいるの」

「えっ?」

「好きな人が魔族なの。その人のために私は行動しているのよ」


 さもそれが普通のことのように、アリーは云った。

 私は自分の価値観が、一気に覆される気がした。

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