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胸の高鳴り

 私の誘拐未遂事件が起こって、一気に緊張感が増してしまった。


 部屋に戻ると、魔王は騎士団全員を集めて話をした。


「いいか、もしおまえが攫われて、精神スキルで操られたりしたらどうなる?お前の回復魔法は戦争の種になるかもしれんのだぞ?」

「う…はい」

「今後は迂闊に知らない者に近づいたり、声を掛けたりはしないことだ」

「トワ様は悪くありません。私が不注意だったのです」


 ジュスターは責任を感じていて、深々と頭を下げた。

 魔王は「そうだな」と冷たく云い放った。


「それから、トワ。騎士団員たちに精神耐性スキルを与えておけ」


 魔王がそう云うので、<言霊>スキルを使って、騎士団員たちに<精神耐性>を付与した。その結果、適性があったジュスターと有翼人3人だけが、取得した。このスキルは半径2メートル以内にいる者にも影響を及ぼすので、彼らのいずれかと共にいれば精神スキルで操られることはない。


「それよりも気になるのはザグレムの動向だな。奴が動いたとなると厄介だ」

「さっきの人、捨てられた愛人って言ってたけど…どういうこと?」


 そもそも魔族は1対1で恋愛するって云ってたわよね。

 愛人というもの自体存在しないはずじゃないの?


「ザグレムは固有(ユニーク)スキル<魅了>を持っている。奴に触れられるとその場で心を奪われるのだ。精神スキルと違って操られているわけではなく、本人が望んで奴のためにならなんでもするという自発型の籠絡スキルだ」

「…なにそれ。恋に落ちるってこと?」

「疑似恋愛、だな。繁殖期やエンゲージにかかわらず起こるため、本物の恋愛感情ではない。そう思い込んでいるだけだ」

「こっちが何とも思っていなくても?」

「奴がスキルを使った瞬間、ザグレムのことしか考えられなくなるというぞ。おまえなぞイチコロだな」

「怖っ…それ精神耐性で防げる?」

「無理だな。奴に触れられないようにするか…あるいは」

「あるいは?」

「男になるしかない」


 ズコッ!私はズッコケた。


「そんなの無理だし!」

「だな」


 魔王はハハハ、と笑った。

 笑い事じゃないわ!


「だが、遅かれ早かれ、奴は動くと思っていた」

「どうして?」

「ザグレムが魔族専用ポーションを独占販売しているからだ」

「ありゃ…」


 私が現れるまでは、魔族専用ポーションは、魔族を癒せる唯一の手段だった。

 そのため、ものすごく高価なのだ。

 なるほど、独占販売されてるから価格競争が起こらないのか…。しかも他に類似品も代用品もないときてる。


「おまえが本気で国中の魔族を癒したら、ポーションの売り上げは激減するだろうな。奴にとってみれば、魔族を癒せる存在など邪魔なだけだ。だがそんな稀有な存在をただ殺すのも惜しい。となれば自分の思い通りになるようにして傍に置いておきたい―そんなところだろう」

「私は商売の邪魔ってわけだ…」

「まあ、我と共にいれば奴もそうそう手出しはできまい。あんな愛人が動くとは思わなかったがな。あれはまた来るだろう。大した魔族ではないが、おまえたちも注意を怠るな」

「「はっ!」」


 団員たちが出て行った後、魔王は椅子に腰かけている私の隣に立った。


「怖い思いをさせたな」

「大丈夫よ。カイザーも守ってくれたし。ね」

『うむ。私に任せておけ』


 カイザーはネックレスの石の中から返事をした。


 魔王は私の後ろに立って、背中から私の肩を抱きしめた。

 首の後ろに、吐息を感じる。


「我が必ず、お前を守る」

「ゼ、ゼルくん…?」

「もしおまえがザグレムの手に落ちたら、我が奴を殺してお前を自由にしてやる。だからなにも心配するな」


 どうしよう。

 ドキドキする…! 

 どこでこんな技を覚えてきたんだろう。

 子供だって思ってたけど、なんかすごく意識しちゃう。

 胸が高鳴るってこういうことなのかな…?



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ジュスターたちは、夕暮れのグリンブル市街地を歩いていた。

 魔族が珍しくないこの国でも、ジュスター、ネーヴェ、ユリウス、アスタリスの4人が並んで歩いている様は人目を引くことこの上ない。

 彼らにはその自覚もないようだったが、街を行く女性たちは、お互いの袖を引きあって、きゃあきゃあ言いながら彼らを目で追っていた。


 アスタリスがかつての村の仲間、グリスの動向を見張っていて、彼のアジトらしき場所を突き止めたのだった。

 そこはグリンブル市街地の商店街の中にある道具屋だった。


「ん…?」


 ユリウスは思わず声を出した。

 道具屋の店先で店番をしている少年に見覚えがあったからだ。


「あれ、あんたは…」


 それはダイスだった。


「君はここでアルバイトしていたんですね」


 ユリウスは、彼がアカデミーで知り合った少年ダイスだと、ジュスターたちに説明した。


「この店の主人はいる?」


 ニットの帽子をかぶって、今にもストリートダンスを踊りそうなファッションに身を包んだネーヴェが訊いた。


「あ、今外に出てていないんだ。もうじき戻ってくると思うよ。あんた親方の知り合いかい?」

「そんなとこ。じゃあ中で待たせてもらってもいい?」

「ああ、構わないけど」


 ジュスターを先頭に、彼らは店の中に入っていく。


 ちょうど店に他の客が入ってきた。

 ダイスがその相手をした後、後ろを見ると、彼らの姿はもうなかった。


「あれ?…どこいったんだろう?」



 ジュスターたちは、店の地下にいた。

 アスタリスが店に入る前から秘密の地下通路を見つけていたのだった。

 真っ暗な地下通路を、指先に火を灯したユリウスを先頭に進む。しばらく歩いて行くと、暗闇の中に明かりが見えた。

 通路の突き当りに扉があった。


「中に2人、人間がいます」


 アスタリスが云うと、皆、戦闘態勢を取り、ジュスターが扉を開ける。

 中にいた2人の人間の男は、突然の侵入者に驚いた。


「な、なんだ?おまえら」


 驚いている間にユリウスとアスタリスがすばやく2人を捕らえ、壁を背に立たせた。


「悪いがここで待たせてもらう」


 ジュスターはそう云うと、2人を氷漬けにした。



「あ、親方、おかえりなさい」

「おおダイス、今帰ったぞ」

「さっき、親方にお客さんが来てたんだけど、目を離した隙にいなくなったんだ」

「ほう?どんな奴だ?」

「ええと、カッコイイ男が4人。そのうち2人は昨日アカデミーで会った魔族だった」

「4人…?魔族?何か言ってたか?」

「いや、中で待たせてもらうって言ってたんだけど…」

「そうか、わかった。俺は裏で仕事してっから、店番頼んだぞ」

「はい」


 親方―グリスは嫌な予感を覚えた。

 何者だろうか。

 そいつらはおそらく地下の隠れ家にいる。

 隠れ家にはガースとメルクがいたはずだ。

 あいつらは人間だがそれなりに役に立つ。そう簡単にやられるはずはない。

 グリスは奥の倉庫の床板をはずして地下通路への階段を出現させた。

 そこを下って地下通路を歩き、隠れ家へ急ぐ。

 グリスは扉越しに声をかけた。 


「おい、ガース、メルク!いるんだろ?」


 だが何の返答もない。

 おそるおそる、扉に手をかける。

 すると、扉は誰かの手によって内側から開けられた。

 グリスは腕を引っ張られ、部屋の中に連れ込まれた。

 目の前の壁に、氷漬けにされたガースとメルクが立っていた。


「ひぃっ!ガ、ガース…メルク!?」


 驚いて飛びのき、来た扉から逃げようとしたが、扉の前にはそれを塞ぐように誰かが立っていた。

 気が付くと、彼は4人の人物に囲まれていた。


「久しぶりだな、グリス」


 グリスの前には見知った銀髪の美しい人物の姿があった。


「ジュスター…!」

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