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商業国家グリンブル

 私たちが滞在する魔族の治安維持機構本部の建物は、高級ホテル並みの部屋と設備があった。

 特に驚いたのは、水洗トイレがあったことと、ユニットバスが各部屋にあったことだ。

 マジ、なんなのこの国は。急にファンタジー路線から現代リアル系になった気分だ。


 マサラによると、この国では上下水道が整備されているそうだ。

 もちろんこれは、すべて有料で一部のお金持ちにのみ利用が許されているシステムだ。

 あまり税金を納めていない人々が住むダウンタウンでは、水道はあるものの、水洗トイレやお風呂などはついていないところも多い。

 この上下水道システムを構築したのは異世界からの召喚者だったそうだ。

 その召喚者は勇者になれず、大司教公国から放逐された人物だったらしい。その人物はグリンブル王国に来て様々な発明をし、一代で莫大な財を築いたそうだ。

 同じ勇者候補の意外な後日談が聞けた気がして、ちょっと嬉しかった。

 私も勇者候補の落ちこぼれだったから、そんな人が成功したんだと思うと勇気づけられた。


 この治安維持機構本部の建物にもその上下水道システムが設置されていて、調理台の水栓から水が出た時には、ウルクもユリウスも感動して、魔王都にも是非採用して欲しいと魔王に直訴してきた。

 魔族の国では基本、水は大きな水瓶から調理台用の(たらい)にいちいち移し替えて使っているので、その利便性は計り知れない。洗面台やお風呂なんかも、いちいち水を汲むという手間がかからなくなるのだ。

 でも、元の世界みたいに、蛇口をひねれば水やらお湯やらが好きなだけ使えるという便利なものはこの世界にはまだまだ少なく、一部の富裕層だけの特権となっている。

 トイレ事情もそうだ。

 大司教公国や魔族の国などの魔法が発達している国では臭い対策をした上、排泄物は自動的に土に埋められるようになっている。その土は魔法で腐葉土化して農業用の肥料として再利用している。

 魔法が一般的でない国ではそういうことができないので、下水で流して殺菌スキルを持つ者が浄化処理をし、海に流すというやり方になったのだ。

 生活の中で、不便だと感じるところが一番進化するもので、マサラは水洗トイレを魔族の国に普及させようと目論んでいる。それには全力で協力したいと思う。


 魔王は、例の宝玉の話を聞くために、マサラを部屋に呼んだ。

 騎士団員たちにも全員集まってもらった。


「ああ、あれを買ったのは私ではありませんが、事情は聞いています。グリンブル王家の出入り商人でもあるコルソー商会から購入したとか。なんでも勇者のスキルが封印されているというので、ずいぶんと法外な値段がついていたといいます。向こうの商人がわざわざ出向いてきてネビュロス様に直接お会いしたそうです。気が付いたら購入することになっていたとか」

「その商人について、何か知らないか?」

「こちらの記録では、コルソー商会のギブスンという商人から購入したとありました」

「その商人に会えるかしら?」

「呼べばすぐにでも飛んできますよ。少し待ってくださいね」


 マサラは立ち上がって、部屋の隅にある備え付けの棚の扉を開いた。

 その中にあったのは黒く丸みのあるフォルムの、見たことのある形のものだった。


「それ、電話じゃん!」


 私が叫ぶと、マサラは「さすが異世界人のトワ様。よくご存じで」と云った。

 それは、いわゆる『黒電話』と云われる昔の電話で、元の世界の時代ではもう滅多にお目にかかれないレトロなものだった。私も映画やテレビでしか見たことがなく、実物を見たのは初めてだった。


 魔王はとっくに知っていたようだけど、騎士団員たちは、電話がどういうものか知りたがった。

 この国の中でだけ電話は通じているという。

 マサラはコルソー商会に電話をかけ、しばらく話してから切った。


「残念ながらギブスンは他国へ出張中で、不在でした。戻り次第連絡をくれるように伝えておきました」

「そう、ありがとう」

「あの宝玉の出所を探っているのですか?」

「そうだ。なにか知っているか?」

「ええ、勇者のスキルが封じられているなんて、眉唾な話ですからね。私も独自に裏を取ろうとしましたよ」

「それで?」

「コルソー商会の受付の娘から、宝玉を持ち込んだ人間がいたという話を聞きました」


 受付の娘ねえ…。マサラって人間の女の子にモテそうだもんね。


「持ち込んだのは人間だったのか?」

「少なくともその娘にはそう見えていたようです。まあ、人間には人間と魔族の見分けなどつきませんからアテにはなりませんが。スキルにしても、誰も勇者のスキルかどうかなんて知りませんし、真偽を確かめることなんてできません」

「ふむ」

「ですが、一つだけ確実なことがあります」


 マサラは鋭い目つきで云った。


「宝玉を持ち込んだ者は精神スキルの持ち主だということです。それもかなり優秀な」

「ほう…?」


 魔王はマサラを興味深そうに見た。


「100年前の勇者のスキルが使える宝玉なんてものが、今頃突然出てくるなんてどう考えてもおかしいです。普通、疑いますよ。それを確認もせず売り主の言い値で買うなんて、二流どころか素人のすることですよ」

「おまえは精神耐性スキルを持っているのか?」

「いえ。我が一族には精神スキルの適性はないようで、所持している者はほとんどいません。ですから私は常に商談の際には精神耐性を持つ者を同席させることにしています」

「懸命だな」

「あらゆることを想定するのが私のやり方です」


 精神スキルか…。

 やっぱり怖い話だ。


「ともかく今はこれ以上の情報はありません。ギブスンの帰りを待ちましょう」マサラはそう締めくくった。


「そういえば、この国に図書館はある?」私はマサラに尋ねた。

「ありますよ。本が読みたいのですか?それとも何か調べ物でも?」

「100年前の勇者のスキルについて知りたいんだけど」

「100年前の勇者…ですか。スキルについて詳しく載っているかどうかはわかりませんが、勇者に同行した者の書いた手記など何冊かあったはずです」

「オッケーオッケー、それでいいわ!」


 マサラはふと、私の顔をじっと見つめた。


「基本的なことを伺いますが、トワ様はこちらの文字を読めるのですか?」

「え?」

「トワ様は異世界人だと伺いましたので。当然ですが、この国にある書物はすべてこちらの人間の標準文字で書かれています」

「あ…!」


 しまった。

 大司教公国で魔法士に習っていた時、教科書全然読めなくてそのまま放置したんだった。


「…。忘れてた。読めない…」

「なんだ、おまえは人間の文字を読めないのか」


 魔王も少し呆れていた。

 ああ~、私のバカ…。

 文字が読めないなんてこと、まったく忘れてた。

『勇者のスキルを調べて魔王の封印を解きたい』なーんて偉そうに云っていた自分が恥ずかしい。


「だって…読めなくてもなんとかなったんだもん」

「我は人間の国の店の看板程度なら読めるぞ」魔王は偉そうに云ったけど、「まあ、魔族なら頑張ってもその程度ですね」とマサラには鼻で笑われた。

「それじゃ話にならないわね…」


 ああ、困った。

 こんなことなら、あの時無理にでも文字を習っておけばよかった。無精した自分が恨めしい。


「魔族は文字など必要としませんから、もともと識字能力が低いのですよ。ですが私は商売上、読み書きができる必要がありまして、完璧に習得していますがね」


 あ、さりげなく自慢した。


「私がお教えしてもよろしいのですが、手っ取り早く習うのであれば、アカデミーに通うことをお勧めします」

「アカデミー?学校ってこと?」

「ええ。この国では、商人を養成するために読み書きや計算の他、さまざまな知識を学ぶ学校がいくつかあります。学ぶためにはまず文字を読めなければ話になりません。

 多くの魔法書や歴史書に使用されているのは共通文字です。他の国の固有文字しか読み書きできない地方出身者たちや、農民や田舎育ちの者たちが、共通文字を習いにこの国にやってくることも多いのです。トワ様が文字を習うために学校に通ってもなんら不思議ではありません」

「なるほどね~」

「それなりの学費が必要なので、貧しい若者などが地方からやってきて、国から借金をして働きながら通っていたりもしますね」

「魔族も通えるの?」

「通えますよ。この国では何をするにしても読み書きは必須ですからね。アカデミーでは人間も魔族も区別なく学問を習えます。良い成績を収めた者は、グリンブル王国の要職についたり、魔族の場合はこの治安維持機構に就職できたりもしますから、皆勉強熱心です」


 へえ…!学校かあ。

 なんか懐かしいな。こっちの世界の学校ってどんな感じなんだろう?

 女の子の友人もできるかな?

 うん、なんか楽しみになってきた!文字が読めないって落ち込んでたけど、これは考えようによってはプラスになるかも。

 私は通ってみたい、とマサラに伝えた。


「アカデミーって魔法とかも習えるの?」私はファンタジーにありがちなことを聞いてみた。

「アカデミーの授業の一環として基本的な魔法の座学の授業もありますが、実践的に学びたいのであれば大司教公国へ行くのをお勧めします。かの国の魔法学校には優秀な魔法士が揃っていますから。格闘術ならペルケレ共和国、魔法なら大司教公国、といった風に国家間ですみ分けを行っているのです。

 ここグリンブルでは、アトルヘイムの帝国大学と並んで高い知識を得られますし、商業に特化したクラスも多いです。それに、何といっても世界一の科学部門であるマシーナリー科は有名ですよ」


 するとそれを聞いていた魔王は、


「ほほう。面白そうだな。我もそのアカデミーとやらに通ってみたいぞ」と云い出した。

「本気ですか、魔王様」マサラは目を丸くした。

「うむ。決めた。トワと共に我も通うぞ」


 魔王が学校に通うってんで、治安維持機構本部はバタバタと大騒ぎになった。

 魔王は魔貴族ネビュロスの御子息ということで、超VIP待遇で通うことになり、私の方はその子息の学友、というなんともざっくりとした設定になった。魔王に貰ったこの指輪さえあれば魔族で通せるのだ。


 しかし、学校ってそんな急に思いついてすぐに通えるもんなの?とマサラに訊くと、彼はこう答えた。


「金さえ積めば、どうとでもなるのがこの国の良いところでもあり、悪いところでもあります」


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