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ナラチフ領のロア

 その頃、ナラチフに残ったロアは、城門の入口からネビュロスの最後の軍が引き上げていくのを見届けていた。


 避難していた領民たちはロアの姿を見て駆け寄ってきた。


「ロア!」

「ああ、シュマ!おまえも無事だったか」


 背が高く、堂々とした体躯をしているシュマと呼ばれた青年は、ロアの弟である。

 ロアと似た金髪を肩まで伸ばしている美形だった。


「よく、戻ってきてくれた」

「おまえも、よく領地を守ってくれた」


 ロアはシュマと抱き合った。

 シュマの後ろから、町の人々も駆けつけた。


「ロア様!よくぞご無事で」

「ああ、おまえたちも」

「魔王都の軍を連れてきて下すったのですね」

「ああ、魔王様がお戻りになられたのだ」

「おお!」

「それはようございました」

「それでネビュロス軍が引き上げていったのですね」

「そうだ。もう安心だ。治安部隊も機能を回復する」

「ああ、ありがたい!」


 領民たちは涙を流して喜んだ。


 ネビュロスの軍が駐留を始めた時、彼らは領民から食糧を奪っていった。

 倉庫から作物を、牧場から家畜を奪った。

 誰もそれを咎める者はいなかった。逆らえば殺されるので、野放し状態だった。

 食糧が常に不足するという状況の中で、人々はなんとか生活してきた。

 シュマはロアから魔法紋による領主代理を密かに受けていたため、その留守を守り、魔の森から収穫してきた食糧をなんとか分配して生き延びてきたという。

 ナラチフは他の直轄領に比べるとその面積はかなり広く、そのほとんどが広大な農地だった。小麦に似たブッファや苺に似たソレリーという果実が特産品で、国内でも人気のブランド品であった。

 ネビュロス軍は、それらの農作物を取りつくし、苗を踏みつけて作物を枯らしたりと相当なダメージを与えたのだった。


「長い間苦労をかけたな、シュマ。これからは共に再建していこう」


 その後、ナラチフに迷惑をかけたとしてネビュロスから多額の賠償金が支払われることになり、彼らの復興に弾みがつくことになるのだった。


 ロアはカマソ村に残っている部下たちを迎えに行った。

 その際、村人全員に移住を勧めたが、村人たちは丁重に断ったといい、部下の中には気ままな暮らしが気に入って、村に残る者もいた。


 家や公共の施設などもネビュロス軍の兵士らに荒らされたり壊されたりしていた。

 ロアの家も長い間無人だったため、ネビュロスの軍の兵士たちが物色したらしく、ずいぶん荒れていた。

 まずは掃除から始めることにした。

 そこはロアがパートナーと共に過ごした領主の家だった。

 もともとナラチフの領主だった彼は100年前の大戦の折り、旧友に誘われたとかで魔王軍に参加するため、ロアに領主を委ねていった。


 2人は大戦前の繁殖期で初めてパートナーとなった。

 戦から帰ったら、その次の繁殖期で子供を作ろうと約束したので、ロアは女性体のまま、彼の帰りを待つことを選択した。

 だが、戦が終わっても彼は帰ってこなかった。

 もう100年も彼の帰りを待っている。

 彼とかわした<エンゲージ>はそのままだ。

 もし、彼が死んでいれば、この<エンゲージ>した魔法紋(クレスト)を消すことができる。


 ロアは自分の左腕の魔法紋をじっと見つめる。

 それに触れているだけで、彼の姿を思い浮かべることができる。

 そうしているだけで、とても幸せな気分になれるのだ。

 弟のシュマからは彼がもう死んでいる可能性が高いと云われ、いい加減踏ん切りをつけろと諭されていた。

 だが彼の死を認める勇気を、どうしても持てなかった。

 逃亡中も、彼の存在だけがロアの支えだったのだ。


 しかし、こうしてナラチフを取り戻し、皆、新たな一歩を踏み出そうとしている。

 自分もけじめをつけるべきなのだろう。


 掃除の手伝いにきていたシュマたちが、心配そうにロアを見た。


「ロア。まだ奴のことを…」


 ロアはシュマの言葉に首を振った。

 そして、左腕の魔法紋に触れた。


「いや、お前の云う通りだ。私もけじめをつけて<エンゲージ>を解消するよ」


 そう宣言し、自分の腕に触れた。


「…」


 だが、魔法紋は消えなかった。


「まさか…」


 ロアの様子を見て、シュマが彼女の顔を覗き込んだ。


「魔法紋が消えないのか?」


 シュマの問いかけにロアは頷いた。


 魔族は死ぬと、その魔法紋も失われる。その際、<エンゲージ>した魔法紋も消えてしまうので、残されたパートナーは制約がなくなり、自分で消すことが可能となる。

 だがそれができないということは、彼が生きていることを示している。


「あの人はどこかで生きている…」


 生きている。


「生きている…?ではなぜ帰ってこないんだ?」


 シュマは怒ったように云った。


「だいたい、あいつは少しいい加減なところがあった。もしやどこかで遊び惚けているのではないのか?」

「帰ってこれない事情があるのかもしれないだろう?」


 たしかジュスターたちも大戦に参加して以降100年の間、人間の国から帰れなかったと云っていたではないか。

 同じように彼も人間の国に取り残されているのかもしれない。

 現在、人間の国の国境は、特別な許可がなければ通れないことになっている。戻りたくても戻れないのかもしれない。人間の国で、どうしているのだろう?人間に迫害されてはいないだろうか?

 ロアはそう考えると、居てもたってもいられなくなった。


 彼を探しに行きたい。

 だが自分には人間の国の知識が乏しい。

 第一、人間の国といっても広すぎて、どこを探せばいいのかもわからない。

 それに、魔族が1人で人間の国をうろついていたら、人間の討伐軍に見つかって殺されてしまうかもしれない。

 そんなリスクを冒して、恋人と会えないまま自分が死んでしまっては意味がない。

 だけど…じっとしていられない。


「ロア、気持ちはわかるが、今は」

「わかっている。今は復興が優先だな」


 ロアはシュマに気丈に笑顔を見せた。

 彼女の脳裏には、トワの顔が浮かんでいた。

 そうだ、トワなら人間の国に詳しいかもしれない。

 落ち着いたら一度トワに相談してみよう、そう思った。


「マルティス…会いたい。今、どこにいるの?」

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