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魔王の裁き

 翌日、ホルスがネビュロスを引きずって魔王城の謁見の間にやってきた。


 魔王は例によって玉座に小さな体を座らせており、今日はダンタリアンが守護者っぽく隣に立っている。私はダンタリアンと玉座を挟んで反対側に立っていた。私の隣にはジュスターがいる。カイザーはネックレスの中で待機してもらっている。

 部屋の中には中央の通路を挟んで聖魔騎士団と魔王城の守備隊が詰めている。


 ホルスによって、そのでっぷりとした体が、真ん中の通路を通って玉座の前に引き出された。その両腕は鎖で拘束されている。

 魔族でもこんな中年太りのオッサンっているのね。

 ネビュロスが逃げ出さないように、彼の背後にホルスが仁王立ちして見張っている。


 ネビュロスは玉座に座る少年魔王を見て、首を傾げた。


「はて?魔王はあんなに若かったかのう?」

「おい。今呼び捨てにしたか?」

「あわわわ、魔王…様!ずいぶんと若返られたようで、おめでたいことです、はい!」


 なんだかおもしろいオッサンだ。

 典型的な小悪党って感じで、いかにもヤラレ役っぽい。


「ふん、なにがめでたいだ。中途半端に転生しただけにすぎん」

「転生…なるほど、なるほど」

「許可なく喋るな、バカ者が」

「あわわわ、も、申し訳ございません!命ばかりは!お助けを…っ!」


 ネビュロスは謝りながら、見事な土下座を披露した。


「おまえに聞きたいことがある。命を取るかどうかはその答え次第だ」

「ははーっ、なんなりと」


 魔王は宝玉を取り出した。


「これに見覚えがあるな」

「…私がダンタリアン殿に売ったものでございます」

「これをどうやって手に入れたか知りたい」

「それは、人間の国、グリンブル王国の商人から手に入れたものでございます」


 グリンブル王国。

 人間の国の名前よね。何度か耳にしたことはある。

 商売第一で、人間も魔族も共に暮らしているとか聞く。

 そんな国なら、魔族の国とも取引があって当然なんだろう。


 問題の同行者については、グリンブル王国の商人だったことがわかった程度で、顔も名前もわからないという。ダンタリアン同様、ネビュロスも精神スキルで操られていたようだった。

 ただ、ナラチフへ侵攻したことについては自分の意思だったみたいで、そこは厳しく断罪されることになった。


 ネビュロスから知りたいことだけ聞き出すと、魔王は裁定を下した。


「我の直轄地へ手を出したことは万死に値する」


 魔王がそう云うと、ネビュロスは「ひぃぃぃぃ!!」と悲鳴を上げて命乞いを始めた。

 それにかまわず魔王は裁定を続ける。


「…と言いたいところだが、操られていたということもまた事実だ。それを考慮して今回に限っては命だけは助けてやる。そのかわり、ナラチフへ賠償金を払え。そのためにお前の領地はそのままにしておいてやる」


 思わぬ判決に、ネビュロスは動揺していた。


「え?本当ですか?本当に?それだけ?」

「なんだ、それでは不服か?鞭打ちでもして欲しいのか?」

「いえいえいえ!滅相もございません!なんという慈悲深い魔王様、ありがたや~ありがたや!」


 この人、本当に魔貴族って言われるほどすごい人なの?

 調子こいてるだけのただの中年のオッサンみたい…。


「そうだ、ネビュロス」

「えっ?は、はい!」

「おまえ、その体型なんとかしろ。3か月以内にそこのダンタリアンのような体型になれ。でないとお前の個人財産を全没収する」

「え…ええーーっ?!」


 その様子を見て、ホルスは思わず吹き出した。

 この中年太りのオッサンが筋肉ムッキムキの腹筋ワレワレなダンタリアンみたいに?

 こりゃ相当頑張らないと無理だわね…。

 ダイエットに忙しくて悪だくみしてる暇なくなりそう。


 そもそも、こんなショボイオッサンがどうして魔貴族に取り立てられたのか不思議に思っていたら、それは彼の持つ特殊なスキルのおかげだと、後で魔王が教えてくれた。

 彼の領地には豊富な鉱石を産出する鉱山があり、魔族の国の重要な資源のひとつになっている。ネビュロスのスキルは、鉱石の体積を増やせるという非常にピンポイントなものだった。

 戦闘の能力や魔力はそれほど強くないが、彼の持つ金属性の能力は無機質なものに対してその威力を発揮するのだった。

 国元へ納める分とは別に、自分のスキルで増やした分の鉱石を人間の国へ売って私腹を肥やしていたのだが、それに関しては魔王は大目に見ていた。

 鉱山が枯れないのは、たしかにネビュロスの功績であったからだ。

 ちなみにこのスキルは彼の子供や孫にも遺伝しており、ネビュロス一族は安泰なのだった。

 しかし彼はそれだけでは満足せず、直轄領を挟んで位置する魔子爵ダレイオスの領地のダイヤモンド鉱山に目を付けたのだった。

 ダイヤモンドは魔族の国でも貴重な鉱物で、聖属性に対応する石が精製される。

 そのため、人間の国ではかなりの高額で売れるのだった。

 私が魔王からもらった扇子に嵌まっている石も大きなダイヤだったけど、かなり高価なものなんだろう。

 ネビュロスの鉱山でも少量のダイヤモンドが採れるのだが、魔族の力は聖属性には対応しないので、ネビュロスのスキルを以てしてもダイヤモンドを増やすことはできなかった。

 それで手っ取り早く儲けるために、魔王のいない隙に直轄領を手に入れてそこを前線基地にしてダレイオス領へ攻め入りダイヤモンド鉱山を奪おうと考えたのだった。


 仮にダレイオスと全面戦争になったとしても彼には魔王都がついている、そんな計算もあったのだろう。裏切られるとは思わなかったあたりが悪党にしては抜けている。


 ネビュロスはひとまず自分の領地と財産を確保できたことに安堵したようだったけど、新たな難題に頭を抱えながら謁見の間から兵たちに連れ出されていった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「見事なお裁きでした」


 魔王の執務室に戻ってから、そう評したのはホルスだった。

 魔王は自分専用の椅子に座り、私はその前のソファに座っている。

 その周りには、ダンタリアン、ホルス、ジュスターが立っていた。


「しばらくは奴も金儲けどころではなくなるでしょう」

「でも3か月てのはちょっと厳しそうよね」

「私の肉体は日々の鍛錬によるものです。たったの3か月で奴がどこまでできるかはなはだ疑問です」


 ダンタリアンの筋肉は、スキルのせいもあるんだろうけど、近くで見るとマジですごい。隣に立つホルスがそれを惚れ惚れと見ている。もしやホルスってば、筋肉フェチだったのかな?


「奴のことだから、金を払って有能な部下に指導させるくらいのことはするのではないか?」


 ホルスは鼻で笑っていた。その笑いには「私のダーリンみたいになれるものならなってみろ」という言葉が含まれていた気がする。



「グリンブル王国か…」


 魔王は宝玉を手に呟いた。


「結局、同行者についてはわからなかったわね」

「もう少し情報が欲しいな」

「ね、じゃあさ、行ってみようよ、グリンブル王国に」


 私は軽い気持ちで魔王に提案した。


「トワ様は、そもそも人間の国を追われてこちらへ来たのではありませんか。また人間の国へ行くとおっしゃるのですか?」


 ジュスターが不安気に云った。


「あれは大司教公国での話だし、他の国なら大丈夫じゃない?それにグリンブル王国って魔族も普通に暮らしてるんでしょ?そんな国ならきっと大司教公国の連中は寄り付かないと思うし」

「…たしかに、グリンブル王国や沿海州諸国などは我が国と貿易を行っており、関係は友好です。これらの国は、魔族を受け入れているため、魔族撲滅を唱える大司教公国やアトルヘイム帝国とは距離を置いています」


 私の云い分に、ホルスが補足してくれた。

 ホルスの説明に、魔王は腕組みして何か考え込んでいるように見えた。

 子供っぽくないそのしぐさを見て、ふと思った。


「グリンブル王国へ行けば、その宝玉のことももっと調べられると思うの。それと、勇者のことも何かわかるかもしれないし。そしたらゼルくんの封印を解く方法もわかるかもしれないじゃない?」


 私の言葉に、魔王は驚いて私の顔を見た。


「…我の封印を解除する、だと」

「うん。早く解きたいでしょ?」


 このところ、彼は特に自分の体が小さいことにイラ立っているように見えた。

 実際問題、魔王の封印が解けたらどうなるのかなんて私にはわからないし、もしかしたら、とんでもないことになったりするのかもしれない。

 でも、私はこの世界に来て、居場所をくれた彼に感謝してる。そして彼の人となりもわかっているつもりだ。

 だから、彼の力になりたい。そのために協力できることならしたいと思った。


 魔王はしばらく私を見つめて、やがて口を開いた。


「よし、わかった。では我も行くとしよう」


 魔王の宣言に慌てたのはダンタリアンとホルスだった。


「ええっ?!魔王様ご自身が、人間の国へですか?!それは危険です!」

「そうですよ!もしバレたら大変なことになります!戦争が起こりますよ!」


 そう云って、2人は猛反対した。


「だいたい、魔王都に戻ってこられたばかりではないですか…」


 ダンタリアンがため息交じりに云うと、魔王は彼を見上げて、


「おまえたちがいれば、あと100年くらい大丈夫だろう?」


 と云って、ニヤリと笑った。


「お人が悪い…」


 魔王の言葉の意味を悟って、ダンタリアンはタジタジとなった。


「幸い、この体のおかげで我が魔王だと気づく者はいないだろう。魔力を行使しなければ問題はないはずだ。留守の間、国のことはお前たちに任せる。問題はないな?」


 ダンタリアンとホルスは顔を見合わせた。

 もう止めても無駄だと思ったのだろう。


「では、我ら聖魔騎士団も護衛として同行いたします」


 ジュスターがそう云うと、もうすべてが決定事項となったように思えた。

 ホルスはやれやれ、と肩をすくめた。


「仕方がありません。では、こうしたらいかがでしょう。グリンブル王国には魔族と人間が揉めた場合に備えて、ネビュロスが王国公認の治安維持機構を作っていると聞きます。

 私は行ったことはありませんが、ネビュロス曰く、魔族の権威を見せつけるために王宮にもひけを取らない豪華な建物を王国内に作っているとか。ネビュロスに命じて魔王様に相応しい滞在場所を提供させるのはいかがでしょうか」


 ホルスの提案に、「いいだろう」と魔王は頷いた。


 私が軽く発言したことが原因で、なんだか大事になってしまった。

 でもゼルくんが一緒に行ってくれるのは心強いな。

 私には精神スキルなんてないはずだけど、自分の思った通りに事が進むのはちょっと怖いなと思った。

第二章はこれで完結です。第三章からは舞台が人間の国「グリンブル王国」に移ります。新キャラもたくさん登場しますので、引き続きよろしくお願いします。

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