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宝玉の秘密

 封印されたままの少年の姿ながら、ゼルニウスは魔王の座に名実ともに返り咲いた。

 それに大きく貢献したのはカイザーの存在だったのだけれど、ゼルニウスの態度は確かに魔王のそれであると、かつての臣下たちは認めたのだ。


 魔王は、私に仕える聖魔騎士団を正式な騎士団として認定し、彼ら全員に魔騎士の階級を与え、ジュスターには魔騎士団長の階級と称号を与えた。

 同様に、私にも正式に身分が与えられた。

 私の称号は『聖魔』。

 魔王に次ぐ身分として新たに新設されたもので、領地を持たない名誉職なので、臣下の誰からも異論も反論も出なかった。階級制度があるのは魔族の国も同じで、魔王と行動を共にするためには相応の身分が必要だったのだ。


 私は魔王城内の魔王の執務室の近くに専用の部屋をもらった。

 そこは元々魔元帥という軍の最高位の人の部屋だったそうだけど、大戦前から空位のままらしい。

 私の安全を守るという観点からそうなったのだけど、魔王が出入りしやすいようにというのが本当の理由だった。

 実際、魔王は執務の合間にちょこちょこやってきては私の部屋でダベっていくのだ。

 私の部屋のあるフロアは魔王城の中心部分にあたる本城の上層階にある。

 このフロアには魔法壁が張られていて、不審者や侵入者を感知できるようになっている。

 1つ下のフロアには聖魔騎士団の詰め所があり、騎士団員たちが交互に見回りをしたり、私や魔王の部屋の警護に立っている。

 魔王専用の厨房には、騎士団の仕事と掛け持ちでウルクとユリウスが交代で入ることになった。

 私も魔王と一緒に食事をとることになったので、彼らは私の専属料理人という立場になった。

 急に厨房に入って、前からいる料理人たちと揉めたりしないのかと心配したけど、そこはユリウスの人格の良さが発揮されたようである。それに何より、2人は<S級調理士>なので、元からいた上級料理人たちからは一目おかれているようだ。


 本来、臣下たちの暮らす場所は本城ではなく別棟にあり、正式に聖魔騎士団が発足されるまでは、彼らも下士官の寮に寝泊まりしていた。

 騎士団の発足により、彼らの住居も本城内に移されたため、他の部隊から羨ましがられることになった。別棟と本城では部屋の広さや設備、待遇の面で大きく差があるからだ。

 少しの間問題になっていたのは、下士官用の食堂である。

 下士官の寮に寝泊まりしていた間、ウルクとユリウスは下士官用の食堂で料理を提供していたのだが、その味が評判になり、将官らも足を運ぶなどして、一時は食堂に大行列ができたほどだった。

 その2人が本城にとられてしまったので、下士官たちは2人を帰して欲しいと不満を爆発させたものだった。それで、2人は手の空いている時に下士官の厨房に入ることにしたらしい。人気者は大変だ。



「100年分の仕事のツケが回ってきた」


 私の部屋のソファで、ユリウスの淹れてくれたお茶とお菓子をいただきながら、魔王がそうぼやいた。


「私には手伝えることないからなあ…」

「別に、お前に期待はしておらん」

「はいはい、役立たずでごめんね」


 文字を必要としない魔族には人間と違って書類なんかはないのだけど、その代わり大臣や官吏たちがひっきりなしに報告にくる。口頭か魔法紋を転写させて報告するのが主だけど、確認が必要な事項については魔王が転移を使って直接現地へ赴いたりしているみたい。これってやっぱり文字があった方が楽なんじゃないのかなあ…?

 こうした雑務に追われていた魔王が、ようやくひと段落ついて、私の部屋でお茶しているのだ。

 外見は子供だけど、魔王としてきちんと仕事もこなしているみたい。

 こんなふうにお菓子を食べてるところは年相応に見えるんだけどな。


「そんなつもりで言ったわけではない。おまえは傍にいてくれるだけで良いのだ」


 子供のくせにこのところこういう甘いセリフをちょくちょく吐くようになった気がする。

 この前、ダンタリアンを蘇生させた後に落ち込んでいた時には、


「おまえが能力を行使することで喜ぶ者がいる。そんなに落ち込むことはないのだぞ」


 とか云って私の頭を撫でてくれた。

 魔王は私の心を読めるのかしらと思ってちょっと驚いた。

 

 そうかと思えば子供っぽい一面も見せるから、どっちが本当の彼なのかと混乱もする。

 先日、魔王城の中を案内してもらったのだけど、城のあちこちにワープできる彼の魔法陣ポータルがなければ、全部まわるのにきっと何日もかかったことだろう。それくらいこの城は広くて大きい。

 途中で歩き疲れて、青年魔王に化けたカイザーにお姫様抱っこされてしまった時は、魔王が悔しがって大変だった。

 仕方がないわよね。まだ小さい魔王にお姫様抱っこされるのはさすがに断るって。


 だけど、この広い城を知れば知る程、思うことがある。

 こんな広い所で長い間、ずっと1人でいるって、寂しいだろうな。


 魔王は不老不死の存在であり、もし死んだとしても転生して蘇るという永遠の存在である。

 だから、子供を残す必要がない。繁殖期も訪れない。パートナーを必要としない。

 以前、好きな人がいたようなことも話していた気がするけど、エンゲージはしたことがないと云っていたし、永遠を生きるって実は大変なのかもしれない。

 きっと今までも多くの人の死を見送ってきたんだろうな。親しくなっても別れが来る。そんなことが永遠に繰り返されたら、人と親しくなろうなんて思わなくなってしまうかもしれない。


「なんだ、そんなに我をじっと見て。さっき言ったことを気にしているのか?」

「ううん。どうみても残忍な魔王には見えないなあって思って」

「残忍、というより無関心だっただけだ」

「無関心?」

「そうだ。人にも何もかもに、興味がなかった。他の者たちを単なる道具としてしか見ていなかったのだ」

「道具、ねえ…。だからいらなくなったものを捨てるように、人を殺していたの?」

「殺すというより異空間へ捨てていただけだ。そもそも道具と話すことすら考え付かなかったからな。邪魔だと思って消しただけだ」


 それは、ダンタリアンのいう通り、もし自分が彼の部下だったらかなり恐ろしいことだ。人として認められていないのだから。


「どうして急に変わったの?」

「おまえと出会ったからだ」


 真顔で云う魔王を目が合った。

 は、恥ずかしいことを堂々と言うわね…。


「口説き文句みたい…」

「口説いているつもりだが?」


そんな可愛い顔で言われても、なんて答えたらいいのよ…。

私の反応がイマイチだと思ったのか、魔王は「ウーム」と唸った。


「やはり、この姿では説得力がないか…」


 魔王は腕組みをして、残念そうな顔をした。

 やっぱり、封印を解いて元の姿に戻りたいよね…。


 その時、扉をノックする者がいた。

 入ってきたのはダンタリアンだった。

 護衛の騎士団員に魔王が私の部屋にいると聞いてやってきたそうだ。


 彼はホルスの軍が明日には帰還するという報告を持ってきた。

 ネビュロス本人を同行させているらしい。

 魔王は、報告を済ませて出て行こうとしたダンタリアンを呼び止めた。


「この前、おまえが使った宝玉のことを聞きたい」

「<次元牢獄>のことでしょうか」

「そうだ」

「ちょうど、魔王様にお渡ししようと思っていたところです」


 ダンタリアンは腰につけていた袋から宝玉を取り出し、それを魔王の手に渡した。

 私は魔王の手の上にある宝玉をじっと見た。

 それに見覚えがあった。


「これ…大司教が持ってたのと同じだわ」

「何?」

「人間の国の、大司教公国のトップがこれと同じのを持ってたの。それは他人の能力を鑑定できるスキルだったけど」


 そうよ、それのおかげで酷い目にあったんだから。

 あー、なんか思い出すと腹が立ってきた。


 その宝玉について、ダンタリアンが説明してくれた。


「それはネビュロスが人間の国から買ったものだそうです。他にもいろいろな種類の宝玉が売られていると言っていました」

「ほう。宝玉ごとに違うスキルが1つずつ封じられている、ということか」

「それじゃ、あの鑑定もそれだったの…?」

「ああ。魔法具として使うにしては高価なシロモノだな」


 なんだ、たいそうなことを云ってたけど、あの大司教、どっかから買った宝玉のスキルを使ってただけなんじゃないの。だとしたらとんだ詐欺だわ。イカサマだわ。


「でもネビュロスはどうしてこれを自分で使わなかったの?」

「この宝玉を使うにはそれなりの魔力を必要とします。ネビュロス自身は特異なスキルを持ってはいますが、大した魔力の持ち主ではありません。おそらく自分では使えなかったのでしょう」


 魔王は宝玉を見て、何か考え込んでいる。


「おまえはこれを勇者のスキルだと言ったな?」

「はい。ネビュロスからそう聞きました」

「そんな眉唾な話を信じてしまったのはなぜだ?」

「え…」


 ダンタリアンは絶句していた。

 そういえばどうしてネビュロスの言葉を簡単に信じてしまったのだろう?と、その当時のことを彼は思い出そうとしていた。


「…そういえば、その時ネビュロスに同行していた者がいました」


 ダンタリアンは眉間にしわを寄せて考え込んで、一つの答えを導き出した。


「…そうか、精神スキルか…」

「ようやく気付いたか」


 魔王は腕組みして頷いた。


「え?何?どういうこと?」


 2人の会話についていけていない私は説明を求めた。


「魔族の中には、会話をしているうちに相手を意のままに操ることのできる精神スキルを持つ者がいる。精神耐性を持っていなければ、知らぬ間に相手の言いなりになることがある」

「何それ、怖っ…」


 催眠術みたいなものかな?

 でもそれが本当ならすごく怖いことだ。


「どんな奴だったか覚えているか?」

「それが、思い出そうにも…よく覚えておりません」

「そうか。ではやはりその同行者が精神スキルを使ったのだな」

「えーっと、つまり、そのネビュロスと一緒に宝玉を売りつけに来た人が、精神スキルでダンタリアンを操って、魔王を裏切らせたってこと?」

「そういうことだ」

「…ですが、私自身にそういう隙があったことは事実です。すべてが操られていたから、では済まされません」

「おまえは一回殺されて罰を受けただろう。それで手打ちだ。後始末はしてもらうがな」

「もちろんです。その同行者を捕らえて宝玉の出所を吐かせます」

「それならば、大体の見当はついている」


 魔王の言葉に、ダンタリアンは驚いた表情を見せた。


「…我は他人のスキルを奪って宝玉に封じることのできる者を知っている」

「え?そんなことできる人がいるの?」

「魔大公エウリノームだ」


 エウリノーム…って確か、魔貴族の中で、最も高い地位にいる人物の名だ。

 その名を聞いて、ダンタリアンも驚いていた。


「しかし、魔大公は大戦で自軍を率いて人間の国へ赴いたまま、行方不明だと報告を受けています。生死不明で今も行方を捜していると…」

「奴の領地はどうなっている?」

「息子のエイブラが領主代行を務めていますが、国内統治はあまりうまくいっているとは言い難いようです」

「フム」

「他人のスキルを奪うって、なんだかすごい能力ね」

「エウリノームは固有スキル<能力奪取・宝玉化>を持っている。これは倒した相手のスキルを奪うというもので、奪ったスキルを宝玉にコピーして使用したり、また他人に渡すこともできるという珍しいスキルだ」

「こりゃまたトンデモスキルがきたわね…」


 他人を殺してその能力を奪った上に宝玉にして売るって、なんちゅースキルよ。外道もいいところだわ。


「このスキルの恐ろしい所は、宝玉化すれば使用できない属性のスキルも使用できるようになるということだ」

「えっ?使用できない属性…ってじゃあ、魔族でも聖属性スキルが使えるってこと?」

「そうだ」

「じゃあ回復魔法も?」

「お前はもう少し勉強しろ。魔法とスキルは別物だ。回復系のスキルならば使用できるということだ」


 魔王は、やれやれ、というような顔で私を見た。

 すいませんねえ、勉強不足で。

 でも魔法とスキルって違うのか。そういえば授業でそんなこと聞いた気もするなあ。

 聖属性の回復系スキルってたとえば<自己修復>とか<自然回復>とか、そういう感じかな。


「それでも欠点はある。奪ったスキルは魔法紋に記録されるが、宝玉化しなければ使用できん。しかも宝玉化すればするほど威力や能力が下がるのだ」

「宝玉って同じものを何個も作れるの?」

「相当魔力を使用するはずだからそう多くはできんだろうがな。作れば作るほど劣化するしな」

「劣化コピーってことね…」

「お前の使った<次元牢獄>など、大量生産品だったのか、かなりの劣化品だったぞ。あんなものが勇者のスキルのはずはない。完全に騙されたな」

「は…お恥ずかしい限りです」


 ダンタリアンは頭を下げた。


「だが気になることはある」

「何?」

「わざわざ『勇者のスキルが封じられている』などと言ったことだ」

「それは信用させるために口から出まかせを言ったんでしょ?」

「果たしてそうかな?本当にあるのではないか?勇者のスキルを封じた宝玉とやらが」

「えっ?でも…そしたら勇者がエウリノームに倒されたってことにならない?」

「そういうことになるな」

「しかし、勇者が魔族に倒されたという話は聞いたことがありませんが」


 ダンタリアンの言葉に、魔王は反応した。


「だが勇者は姿を消しているそうではないか」

「あ、うん、わたしもそう聞いたわ。その後どうしたのかはわからないって…」

「確かなことがひとつある。エウリノームは今も人間の国にいるということだ」


 その後、ダンタリアンが退出してからも、魔王はじっと何かを考えているようだった。

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