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奪還

 魔王城の玉座の間。

 すべての裁定や謁見が行われる公式の場である。

 前線基地にあったものとは比較にならないくらいに広くて大きい部屋だ。


 少年魔王は大きすぎる玉座に座っていた。

 ひじ掛けに肘をついて、座面に片脚を立てて座るという、例によってかなりお行儀の悪い態度で。


 その左脇には元の魔王の姿のカイザーと私、右側にはジュスターが立っている。

 玉座は数段高い位置にあり、ロアと他の団員たちは左右に分かれてその階段に並んでいる。


 玉座から見下ろす位置に、ダンタリアンとホルス以下、2人に従った兵士の部隊長たちが膝をついて頭を垂れている。

 魔王が呼んだのだろう、彼らを囲むように十数人の大臣たちも膝を折ってこの場にいる。


 魔王が戻ったことについての祝辞を大臣たちは口々に述べたが、魔王は欠伸をしていた。

 これから魔王反逆についての裁定が行われるのだ。

 ダンタリアンの反逆に誰が協力していたのか、誰が従わなかったのか、すべてが明らかになる。


 大臣の中にはダンタリアンが口を開くよりも早く自己弁護をする者もいた。

 こいつはきっと有罪確定よね。

 怪しい奴ほどよくしゃべる、っていうもの。


 まず、ロアから直轄領ナラチフが魔男爵ネビュロスに侵略されていることについて語られた。

 それを知っていてわざと目をつぶっていたのか、とロアがダンタリアンに詰め寄った。

 すると、彼はそれについて真実を語った。


 ネビュロスは人間の国と貿易しており、ある時、かつて魔王を倒した勇者にまつわる貴重な宝玉を手に入れたという。

 ネビュロスはその宝玉を魔王都へ売りつけようと持ち込んできた。

 ダンタリアンはその宝玉を手に入れ、それにかつて勇者の使ったスキルが封印されていることを知ってから、野望に取りつかれてしまったという。

 ネビュロスはその宝玉の代金として、ナラチフへの侵攻に目をつぶれと要求してきた。

 それで、彼はナラチフの治安部隊に、ネビュロス軍に手出しをするな、と命じたのだった。


 真実を知ったロアはショックを受けていた。


「ナラチフは売られたのか」

「持ち主が変わる程度のことだと思っていた。ネビュロスが領地を奪って、他の魔貴族と戦争になれば介入してネビュロスを討伐してやろうと思っていた。ナラチフの領民には申し訳ないことをした」


 一度殺されて蘇生したダンタリアンは、素直に自分の罪を認め、謝罪した。そして、彼はホルスは自分を止めようとしてくれていたのに、自分が無理矢理従わせたのだと云い、ホルスを許してやって欲しいと願い出た。

 しかし、ホルスがそれを否定して、俺が悪いだの、止められなかった私も悪いだの、2人が庇い合うやり取りが5分ほど行われた。なんかもう、勝手にやってろ、ってな雰囲気になった。

 魔王がうんざりして「もうよい」と云ったのでそのやり取りは終わった。


 その後、彼は魔王への反逆を共謀した大臣たちを指さした。

 名指しされた大臣は懸命に否定し、その場から逃げようとしたが、その足はロアの放った矢で撃ち抜かれ、床に縫い留められた。

 悲鳴を上げながらも観念した大臣は、その場で騎士団員たちに拘束された。

 皆、魔王に殺されることを覚悟したようだった。

 100年前までならそうなっただろう。

 しかし少年魔王はそうしなかった。それどころか…。


「おまえたちに申し開きの機会をやる。我の何が不満だったか、言ってみるがいい」


 この発言に、大臣や兵士たちはざわついた。

 ダンタリアンとホルスも顔を見合わせた。

 今まで魔王が人の意見を聞くようなことは一度もなかったからだ。


 意見を云っても殺さない、という条件が付くと、でるわでるわ、不満爆発。

 この場は魔王の悪行を断罪する場に変わってしまった。

 少年魔王の顔がだんだんひきつってくるのがわかった。


 大臣の「魔王が臣下のおやつを勝手に食べた」というのは、反逆の理由としてはどうかと思う。

 まあ、食べ物の恨みは恐ろしいというけどね。

 でもそれ、ここで云うこと?ってな些細なことも出てきたので、そろそろ文句も尽きてきたようだ。


「ゼルくん、ひどい言われようね…」

「まったくだな」


 魔王は苦笑いした。


 いろいろと出てきたけど、つまりは「魔王は人を信用しない、人の話を聞かない、すぐ人を殺す」ということに集約されるようだ。

 裏を返せば、「もっと我々を信頼してください」ということじゃないのかな。


「おまえたちがそんな風に思っていたとは知らなかった。すまなかったな」


 謁見の間に「すまなかったな」の一言がこだまのように響き渡った。


 魔王が謝った!


 その瞬間、ざわめきが起こった。

 その事実に、信じられない、といった反応を全員が見せた。

 これは本当に魔王か?

 転生して性格が変わったのか?

 などと言う声で、その場はザワザワとし、騒然となった。

 そういえば、サレオスも本当に本人かどうか何度も確認したって云ってたっけ。

 私は密かに隣に立つカイザーに耳打ちした。

 すると、カイザーは玉座の背後に下がると、巨大なドラゴンの姿に変化し、騒いでいる大臣たちを一喝した。


『貴様ら、魔王が話しているのだ。黙って聞け!』


 するとざわついていた広間はシーン、と静まり返った。

 魔王は咳ばらいをひとつすると、口を開いた。


「おまえたちが不思議がるのも仕方ない。我は転生してから、考え方が変わったのだ」


 ダンタリアンはしばらく黙っていたが、顔を上げて魔王を見た。


「それは、隣におられる方のおかげなのでしょうか?」


 魔王は隣に立つ私に視線を送った。


「ああ、そうだ」


 魔王が答えると、ダンタリアンはその場で両膝をついて頭を下げた。


「魔王様、私は浅はかでした。小さな野望に支配され、何も見えていませんでした。私はこの身をもって奇跡を体験し、生まれ変わった気持ちです。どうか、変わろうとなさっている魔王様に再びお仕えすることをお許しください」


 すると、ホルスもそれに同意した。


「私も、許されるならば、魔王様にもう一度、お仕えしとうございます」


 ホルスが頭を下げると、他の大臣たちも次々と平伏した。


 魔王は「よかろう」と告げた。


 一人だけ膝を折れなかった大臣がいたが、それはロアに足を弓矢で射抜かれて床に固定されていたからだった。

 その大臣が痛みに声を上げているので、ロアがわざわざその大臣の傍まで行き、無慈悲にも矢を思いきり引き抜いてやった。

 その拍子に血がドバッと出て大臣は「ひぃぃ!」と悲鳴を上げた。


 さすがにこの出血は見ていられない。

 一応、魔王に許可をもらってから、ロアに続いて大臣の傍に行き、彼の足に手をかざして回復してやった。

 大臣の顔が驚愕の表情に変わり、足が治ったことを確認するために、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。


「な、治ってる!」

「床の血、あとでちゃんと掃除しといてよ」私はそう云って元の位置に戻った。


 大臣は「奇跡だ、奇跡だ!」とわめきながらも、その後は深々と頭を下げて私に感謝した。

 謁見の間は再びざわめいた。ポーションか?というおなじみの反応だ。


 私は、その場にいた全員から一斉に注目されていることに気づいた。

 その視線のひとつは魔王だった。


「皆に紹介しておこう。これはトワ。魔族を癒せる唯一無二の存在だ」


 矢傷を治してもらった大臣が、興奮ぎみにその場で自分の足を周囲に見せて回っていた。

 そのあと広間からは「女神だ!」「救世主だ!」とか歓声が上がった。

 またこのパターンか…と私は苦笑いした。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 反乱を企てた張本人のダンタリアンが許されたことで、大臣や兵士長たちは安堵した。

 しばらくは俸給も減らされるなどのペナルティはあったものの、事実上おとがめなしという結果になった。

 これまでの魔王ならばまず命は無かったので、やはり魔王が変わったと思わざるを得なかった。

 そしてその原因が私にあるということがわかり、大臣たちから感謝の印と称して私宛の贈り物が部屋に山ほど届いた。


 魔王はホルスに、魔王軍を率いてロアと共にナラチフへ行ってネビュロス軍を領地から追い出し、ついでにネビュロスを引っ立ててこいと命じた。

 他の直轄領についても早急に調べるようダンタリアンや大臣たちに命じた。

 それくらいの責任は自分たちで取れというのが魔王の沙汰だった。


「ネビュロスの出方次第では奴の領地は全没収だ」


 つまり、魔王は素直に謝れば許してやる、と云っているのだ。

 そうホルスに言付けした。


 ホルスの率いる軍2000はすべて精鋭の騎馬兵で構成された。

 ロアの希望もあり、なるべく早くナラチフを解放したかったからだ。

 ナラチフに発つ前に、ロアは私のところへ挨拶に来た。


「なにもかも、トワ様のおかげです。本当にありがとうございました」

「ナラチフを取り戻したら、やっぱり向こうにいることになるの?」

「はい、落ち着くまではそうなると思います。私は領主ですので」

「そう…寂しくなるわね」

「短い間でしたが、トワ様にお仕え出来て幸せでした。できればずっと、お傍にお仕えしたかったです」

「落ち着いたら、会いに来てね」

「ありがとうございます」


 そうしてロアとは別れることになった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ナラチフについたホルス軍は、城門前で一旦停止した。

 城門にはネビュロス軍の兵たちが詰めている。

 先頭にいたロアは、城門の奥にカマソ村で顔面ハイキックしてやったラルサの姿を認めた。湖に捨ててきたはずだが、戻れたということか。

 そしてラルサが腰を低くして話している相手を見て、それがネビュロス本人だとロアは直感した。


 ネビュロスは魔男爵と云われる魔貴族の1人であり、下々の者たちからしてみれば、雲の上の存在である。

 だがロアの目に映っているのは、肥えた体にゴテゴテと煌びやかな飾りのついた服とアクセサリーを纏った醜悪なオッサンだった。


 その姿を見たロアは、カッとなってホルスの制止を振り切り、城門を単騎で突破した。

 ホルスは仕方なく全軍に城門突破を命じた。

 単騎で突っ込んだロアは、馬から降りざまにネビュロスの顔に強烈なまわし蹴りをお見舞いした。


 ネビュロスは鼻血を吹いて地面に叩きつけられた。そんな主人を見て、ラルサをはじめとするネビュロスの部下たちが激高し、ついに戦いが始まってしまった。

 城門を突破したホルスの軍がナラチフ市内に乱入すると、市街戦が始まった。

 ロアは町の人々を避難させることを優先させた。

 すると、市内にいた治安部隊の兵士らがそれを手伝ってくれた。

 彼らは、裏切っていたわけではなく、戦闘には参加するなと命令を受けていただけだったのだが、これ以上理不尽な命令をきくのはゴメンだ、と自主的に動いたのだった。


 ネビュロスの駐留部隊は2500ほど。

 対してホルス軍は精鋭2000。そこへ保安部隊も加わる。

 数の上では拮抗していたが、個々の能力ではホルス軍の方が上だった。

 ナラチフ市街で、激しい戦いが繰り広げられた。


 戦いを諫めたのはホルスの圧倒的な強さだった。

 彼女の槍は巨大な竜巻を起こし、ネビュロスの多くの部下たちを空へ舞いあげて地面へ叩きつけた。

 さらにその竜巻は<幻想使い(イリュージョニスト)>スキルによって、彼らの目には巨大なドラゴンが風を巻き起こしているように見えていた。多くの兵が腰を抜かして逃げ出した。


 有名な魔王護衛将の一人であるホルスが指揮を執っていることを知り、ネビュロスの部下たちは動揺を隠せなかった。

 魔王護衛将と戦うことは、魔王都を敵に回すということだ、とホルスが云うとネビュロス軍を指揮していたラルサは両手を上げて投降した。

 他の兵士たちも戦意を喪失し、武器を捨てた。


 鼻血を垂らしたまま気絶していたネビュロスをホルスが起こすと、ネビュロスは驚いていた。

 なぜ、ここにホルスがいるのか、と。


 ホルスは魔王が帰還したことをネビュロスに伝えた。

 すべての企みは潰えたのだと彼女が云うと、ネビュロスはわなわなと震え、膝から崩れ落ちた。


「おしまいだ、おしまいだ、私は殺される…。そうだ、ダンタリアンが悪いのだ!私を騙してナラチフを手に入れろとたきつけたのだ!私は悪くない、悪くない!」

「人聞きの悪いことを言うな。おまえが勝手にそう思い込んだだけだろう」


 ホルスは「おとなしく罪を認めて謝罪すれば命だけは助けてくれるだろう」と云ったが、ネビュロスは信用しない。

 今まで魔王が自分に逆らった者を生かしておいた試しがないからだ。

 信じないなら仕方がないとホルスはネビュロスを捕らえ、魔王城へ連れ帰ることにした。


 主人が囚われてしまった以上、部下たちはもう抵抗はしなかった。

 ネビュロス配下の兵たちは、ナラチフを占領していた軍を引き上げ、自分の領地へと帰還していった。


 ホルスは治安部隊に命令の撤回をし、今後はロアに従うように申し付けた。

 雑多な後始末をした後、ナラチフのことはロアに任せ、ホルスはネビュロスを連れて魔王城へと帰還した。

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