続・決闘
青年魔王の姿のカイザーとダンタリアンの2人から少し離れたところでは、ジュスターがホルスと戦っていた。
ホルスは槍を使うため、リーチでは長刀を使うジュスターが不利だと思われた。
ホルスもそう思って、少し彼を舐めていたのかもしれない。
「幻想槍!」
ホルスが槍スキルを使った。
それは槍を振ると、残像のように空中に無数の槍が現れるというものだ。
正面から彼女の槍を受けた者は、宙に浮く無数の槍の切っ先が迫ってくるように見え、避けることができず串刺しにされるはずであった。
ホルスの固有スキルは幻影使いだった。
だがジュスターには幻影は通じなかったようで、ホルスの繰り出す槍を確実に長刀で受け流していた。
数回、剣戟を響かせた後、ジュスターは、ホルスの突き出した槍を刀で上に受け流すと、そのまま体を回転させながら彼女の懐に飛び込んだ。
ホルスはその瞬間、間合いを取ろうと後ろへ飛んだ。
だが、一瞬ジュスターの行動の方が早かった。
彼は懐に入った一瞬の隙に、武器を持っていない方の指先でホルスの目を狙ってピンポイントで氷の魔法を撃ったのだ。
後ろへ飛んだ時点でホルスは目を凍らせられ、視力を失ってしまった。
「くっ…目が…!」
だがそれで決着がつかなかったのは、さすが守護将だった。
視力を失ってもホルスは音を頼りにジュスターの攻撃をかわしていた。
彼女は自分の周りに風の渦を発生させ、風の音の変化で、ジュスターの動きを知り、その攻撃に対処していた。
その間に氷を溶かして視力を回復しようとしていた。
風の渦は入る隙がなく、中にいるホルスに攻撃をしても渦で跳ね返された。
ホルスは風の渦の隙間から槍を突き出してジュスターに攻撃を仕掛けてくる。
傍から見れば、ジュスターには打つ手がないように見えた。
風の渦の隙間からホルスの槍が突き出されると、ジュスターは素早くジャンプしてその槍の上に乗り、そこを足場にして真上にジャンプし背中から蝙蝠の翼を出して空中に浮遊した。
風の渦はホルスの頭上だけ層が薄いことに、ジュスターは気付いていた。
目の見えないホルスはジュスターの気配が消えたことで焦りを見せた。自分の頭上にいるジュスターの気配を感じることはできなかったのだ。
兵の誰かが「上だ!」と叫んだが、時すでに遅く、ジュスターはホルスの頭上から、氷の魔法を撃ちこんだ。
「氷柱塊!」
ジュスターの氷の魔法はホルスの頭部から足先までを一瞬で氷の柱の中に閉じ込めた。
ホルスの体は完全に氷漬けにされてしまったのだ。
勝敗は決した。
空中から地上に着地したジュスターは、あまりにも冷静に、平然と勝利したので、拍子抜けしたくらいだ。
ホルスも十分強かったけど、ジュスターの強さはそれを軽く超えていた。
ジュスターが勝利を決めた頃、カイザーの方も決着をつけようとしていた。
ダンタリアンは攻守に優れた戦士であったが、唯一の弱点はその巨体が災いしてか、接近戦型の戦闘スタイルの割に動きが遅いことであった。
距離を取って魔法で戦うカイザーは、早さにおいて相手を凌駕した。
私から魔力を供給されているため、疲れを知らないカイザーは、無尽蔵に火炎弾を連発し、ダンタリアンが盾でそれを撃ち返すということを繰り返していた。だが、魔法を撃ち返すためには魔力を消費する。その行為はじりじりとダンタリアンの体力と魔力を削っていった。
『そろそろいいか』
カイザーは動きを止めた。
すかさずダンタリアンは拳を撃ち込む。だが疲れのためかその速度は鈍い。
青年魔王のカイザーは片手で、ダンタリアンの大きな拳を軽々と受け止めた。
『灼熱火炎』
カイザーのその声は、冷酷な響きに聞こえた。
青年魔王の手から猛烈な炎が噴き出し、その業火の炎はダンタリアンの拳からその硬質化した体全体をも呑み込んでいった。
その炎の勢いは、火炎放射器の何百倍、何千倍も強く、離れている私でもその熱を感じた程だ。
「うおぉぉぉ!」
断末魔の声を上げながら、ダンタリアンの体は激しく燃え上がった。
それはやがて燃え尽き、黒焦げになってそのまま地面にドサリと倒れた。
ぶすぶすと煙を上げているその体は、すでにこと切れていた。
カイザーは黒焦げの遺体の前に立って片手を上げたまま、ドヤ顔ぎみにこちらを振り向いた。
魔王が私に扇子を持っていろと云ったのは、カイザーにこの強力な魔法を使わせるためだったのだ。私の魔力切れを防ぐこともあったけど、魔力を供給されているカイザーの力は、私の魔力が上がるとその威力も上がるみたいだ。
「勝負あったな。2人とも、100年の間に腕がなまったようだ」
魔王の声は、勝敗が決したことを意味していた。
ジュスターがホルスの氷柱を粉砕すると、ホルスは膝から崩れ落ちた。
仮死状態になっていたようで、地面に倒れたホルスは、咳込んで息を吹き返した。
彼女は自分が負けたことよりもダンタリアンのことを気にかけていて、彼が戦っていた方を確認した。だがそこには彼女の愛する男の姿はなく、青年魔王の姿と、何か黒く焼け焦げたものがその足元に転がっているだけだった。
その黒い塊がダンタリアンだと気づくと、ホルスは悲鳴を上げた。
「ダンタリアン!」
ホルスは這うようにして、ダンタリアンであったものに近づき、名前を呼びながらその体を揺さぶった。
「嫌だ、ダンタリアン、私を置いて逝くな!」
彼女は黒焦げになった男の体に縋り付いて激しく泣いていた。
そこには守護将としてではなく、1人の女性としてのホルスがいた。
あんなに懲らしめてやろうと思っていたのに、ホルスのあんな姿を見せられたらもうダメだ。号泣する姿にもらい泣きしそうになる。女性の涙って破壊力があるよね。
ホルスから視線を逸らすと、カイザーと目が合った。
魔王の方を見ると、彼は私がこれからすることを理解しているようで、目で合図をした。
私は黒焦げになったダンタリアンの元へ歩いて行った。
その途中、ジュスターが私に敬礼したので、「なかなかカッコよかったわよ」と、声を掛けた。
彼は少し照れたように頭を下げ「約束しましたから」と云った。
約束って何だっけ?…まあいいか。
私は片手を上げたままのカイザーに声をかけた。
「カイザー」
『もう捕まえてあるぞ』
「さすがね。やるじゃん」
私はカイザーの肩をポンと叩いた。
カイザーの片手の先には、ダンタリアンの魂があるはずだ。
「何をする気だ…!」
ダンタリアンの傍にしゃがんだ私を見て、ホルスは不安気に問いかけた。
「ホルス、悪いんだけど少しの間離れていてもらえる?悪いようにはしないから」
彼女は何が何だかわからないまま、云うとおりにダンタリアンから離れた。
カイザーがダンタリアンの魂を捕まえていてくれるので、私は蘇生作業をゆっくり確実に行える。
まず、黒焦げになった体を癒して元に戻してから、魂を戻す。
蘇生とは、魂を戻す作業なのだ。
「ダンタリアン、戻って来て」
魔王からもらった扇子が私の魔力を底上げしてくれているみたいで、カマソ村で行った時よりもずっと楽だ。
だけど、彼の魂はなかなか戻ってくれないようで、ダンタリアンは目を覚まさない。
『自分のしたことを後悔しているようだな』
カイザーがダンタリアンの魂の様子を教えてくれた。
彼の魂は、死を望んでいるようで、体に戻ることを拒否しているようだった。
まあ、その気持ちもわからんでもないけどね。
「いいのよ、戻ってきなさい。このままホルスを泣かせておくつもり?」
それでも彼の魂は戻ろうとしなかった。
私はホルスに「彼に戻ってくるよう説得して」とお願いした。
ホルスは私がやろうとしていることをようやく理解したみたいで、涙ながらに彼に呼び掛けて、自分の元へ戻ってきて欲しいと懇願した。
ホルスの涙に反応したのか、彼の魂はようやく体に戻ってくれた。
やがて、ダンタリアンの体がピクリ、と動いて目を開いた。
そして傍にいたホルスを見上げた。
私が彼を蘇生させるところを目の前でみていたホルスは、目を見開いたまま固まっていた。
「何が…起こった?」
そう云いつつも、ホルスの目からは涙が溢れ出ていた。
ダンタリアンが体を起こすと、ホルスは彼に抱き着いて喜びの涙を流した。
彼は自分の手や体が元に戻っていることを確認し、横に立つ私を眩しそうに見た。
「…あなたが助けてくれたのか…」
「生き返ったのだ、ダンタリアン!この方がおまえを蘇らせたのだ!」
彼に抱き着いたまま、ホルスが叫んだ。
「良かった」と泣きじゃくるホルスを、ダンタリアンは優しく抱き返していた。
仲が良さそうでちょっと羨ましくもあるな。
実際、彼を生き還らせたのはホルスなのだ。
そんな風に思って2人を見ていた私の側に、魔王が歩み寄ってきた。
「最初から蘇生させるつもりだったのだろう?」
「うん。でも完璧に蘇生できるかどうかは自信があったわけじゃないわ」
「本当にそうか?そうは見えなかったが」
私は眉をひそめて少年魔王の顔を見下ろした。
「私が、ダンタリアンが死んでもあとで生き還らせればいいや、なんて軽い気持ちでカイザーと戦わせたって思ってる?」
「違うのか?」
魔王の答えに私は息が詰まった。
また、これだ。
彼にはお見通しなんだな…。
「…違わない。そのとおりよ。私、酷いよね。生き返っても、死ぬ間際の痛みや苦しみは消えないってこともわかってて、カイザーが勝つところを嬉しそうに見てたんだから」
「ダンタリアンにはそれが罰となったのだ。おまえも痛い目に遭わせたいと言っていたではないか」
「そうだけど…」
「奴もそれを望んで戦ったのだ。おまえが気にすることはない」
「ゼルくんは優しいね…」
「優しいのはおまえだ。こんな光景を見せおって」
魔王は抱き合うダンタリアンとホルスの2人に視線を移した。
「おまえには感謝するぞ。ダンタリアンには事の次第を白状してもらわねばならんからな」
魔王はそう云ったけど、なんか自分がすごく嫌。
はぁ…自己嫌悪。
「なあ、トワ。さっき、我を止めたのは、あやつに負けると思ったからか?」
「ううん。そうじゃなくて、ゼルくんに部下殺しをさせちゃいけないって思ったからよ」
「…ダンタリアンは運が良い。もし我が戦っていたら、蘇生もできぬほど消し炭にしていたかもしれんからな」
「怖いこと言わないでよ。そういうとこよ?怖いって言われるのは。今後はそう思われないようにいい王様になってよね」
「…おまえがそう言うのなら努力しよう」
少年魔王は、いきなり私の腕を引き寄せ、有無を言わせずその小さな腕で私を抱擁した。
急に抱きついてきて、どうしたんだろう?怖いって云われて拗ねたのかな?
私はその小さな体を包むように抱き返した。
ダンタリアンを支えて立ち上がったホルスは、驚いた表情で私と魔王を見ていた。