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魔王都メギドラ

 シトリーの荷馬車が完成し、客車の後ろに連結させて、食糧を積み込んだ。

 出発の準備が整い、村人たちに見送られて私たちは旅立った。

 ロアは自分の馬を持っていたので、そのまま同行することになった。

 荷馬車の重さの分、馬車の歩みはゆっくりしたものになった。


 野宿も多い長旅だったけど、それなりに馬車の旅は楽しかった。

 魔王も、こんな旅をしたのは初めてだったらしい。

 魚を釣ったり木の実をすり潰したりと、今までしたことないことばかりで刺激的だと云っていた。

 私には、小学生の課外授業みたいに見えたけど、一緒にやってみると子供の頃に戻ったみたいで楽しかった。

 お昼ご飯に、自分の釣った魚を調理してもらった時の魔王は、随分喜んでいた。


 夜になると、焚火を囲んでの談笑タイムになる。

 シトリーにサロードというギターに似た楽器を作ってもらったクシテフォンが、演奏に乗せて美しい歌声を聴かせてくれる。その調べは中央アジアの民族楽器のようなどこか物悲しく、心を惹かれる素晴らしいものだった。

 皆、その音色に耳を傾けながら、話をしたり物思いにふけったりしていた。


「いい声ですねえ…。これほどの歌い手がいたなんて驚きです。これならイシュタム祭で優勝できますね」


 ロアは感心して云った。


「イシュタム祭?」

「魔王都で年に1度行われている創造神イシュタムに捧げるお祭りです。メギドラホールという大きな場所で様々な芸事を奉納するのですが、市民の投票によって優勝者が決められるのです。歌や曲芸など、生活スキル持ちのみが輝くことのできる催事なのです」

「へえ…面白そうね」

「ええ。全国から観光客が集まって、それはそれは大変な賑わいになるのですよ。かくいう私も楽しみにしている1人でした。芸事のみならず、工芸品スキル持ち(クラフター)のための展示会も行われるのです。この10年程は参加できていませんでしたが、以前私も自作の石鹸や化粧品などを出品して2度金メダルをいただいたことがあるのです」

「へえ~!すごい!ロアの化粧品はすごくいいものね!肌が明るくなった気がするし、いい匂いがするもの」

「気に入っていただけて嬉しいです」


 ロアが嬉しそうに微笑んだ。

 それを魔王は、腕組をしてじっと聞いていた。


「むぅ、我の知らぬ間にそのようなことが行われていたのか」

「そうですね。そのお祭りは大戦後に、沈んだ機運を高めようとホルス様が始められたものですから、魔王様がご存知ないのは当然です」

「ほほう、ホルスが…」

「ホルス様はS級の皮革縫製スキルをお持ちで、ご自分で衣装や革鎧なども作られるのです。毎回、参考出品という形で作品を展示なさっています。魔王様も今年は何か出品なされてはいかがですか?」

「ふーむ。我の武器生成スキルの見せ所だな」

「え!ゼルくん、武器作れんの?」

「うむ」

「なーんだ、早く言ってよ~!じゃあ騎士団の連中に武器作ってあげられるじゃん」

「良い材料があれば、の話だ」

「材料って?」

「良質の貴鉱石や宝石などの鉱物資源だ」

「ジュスターみたいにパパッと魔法でできないの?」

「衣装はともかく武器には耐久性と己の能力値が乗るからそう簡単にはいかん。なんでも魔法で解決すると思うなよ」

「なーんだ」

「なーんだとは何だ。魔王城に戻ればそのような口をきいたことを後悔するぞ」


 魔王は少しだけ不機嫌になった。

 魔王城に戻れば…。

 私はサレオスの言葉を思い出した。


「ねえ。魔王城に戻ったらさ、そんな子供の姿じゃ部下に舐められたりしない?」

「おまえには子供、子供と舐められているな」

「わ、私はいいのよ。部下はそうはいかないでしょ?」

「少なくともサレオスは態度を変えはしなかったぞ」


 そう、皆サレオスみたいな考えの人ばかりだといいんだけど。


「まあ、行けばわかる。今から気にする必要はなかろう」


 魔王はあっけらかんとしていたけど、私は一抹の不安を覚えた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「魔王都メギドラが見えてきました」

 御者台のアスタリスが報告すると、魔王はカイザーを呼び出した。


『どれ、先ぶれの使者として私が赴こう』


 カイザーは私のネックレスから出て、ドラゴンの姿で魔王都へと飛んで行った。


 カイザードラゴンが魔王都の上空に飛来したため、城壁で囲われている魔王都内は大騒ぎになっていたようだ。

 魔王都は周囲を城壁で囲まれた城郭都市であった。

 私たちの馬車は、閉ざされている城門前で止まった。

 魔王の云う通り、城門付近にはケルベロスがうろついていたけど、襲ってくる様子はない。やっぱり自分の主はわかるんだろうか。

 そうしているうちに、警備兵たちの焦る声が聞こえてきた。

 ジュスターが馬上から大声で叫んだ。


「魔王様の御帰還である!開門せよ!」


 城門の警備兵長は頭上に浮かぶドラゴンに睨まれ、恐れながら叫んだ。


「開門!」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔王城―。

 魔王都の中心にそびえ立つ漆黒の巨大な城である。


 魔王守護将の1人、ホルスがノックもせずに執務室に駆けこんできた。


「大変だ、ダンタリアン!ドラゴンが現れた!」

「なんだと?」

「今しがた、警備の兵から報告があった。魔王様が召喚したドラゴンに間違いないそうだ」

「魔王様も一緒なのか?」

「どうやらそのようだ」

「いつ復活なさったのだ…」

「わからんが、とにかくお迎えの準備をさせている」

「ああ、頼む」


 ホルスは部屋を去ろうとして、足を止めた。


「…なあ、本当にアレを使うのか?」

「状況次第ではな」

「気は変わらんか?」

「以前から決めていたことだ。それはおまえも知ってるだろう?」

「…賛成はしないが、おまえの決めたことを否定はしない。では出迎えの準備をしてくる」


 ホルスはそう云って部屋を出て行った。

 ダンタリアンは1人、溜息をついて机にしまってあった袋を手にした。



 魔王都メギドラは、数ある魔族の国の都市の中で最も広大な敷地を誇る、魔族の国の中心都市である。

 強固な城壁に護られたこの都市にはあらゆる種族の魔族が住み、その人口は軽く1000万を超える。

 城門から進むと、高層ビルのような高い建物がいくつも見えてくる。

 この世界へ来てから初めて見る大都会だった。

 ここでは人々はそれぞれのスキルを活かした職業につき、工業、商業施設も充実している。

 唯一都市にないのが農業であるが、それはメギドラ郊外にある周辺の集落が担ってくれているそうだ。

 道路も整備されていて、馬車の通る道と歩道が別々に別れている。


 魔王城は魔王都の中心地に建っている。

 高い壁に囲まれたその広大な敷地内には、一定の身分以上の魔族しか入ることを許されていない。

 魔王城は、魔王の住む巨大な本城を中心にして、部下や下士官たちが住む建物が放射状に連なっており、その敷地だけで巨大な都市を形成している。

 なんとなく、大司教公国の大聖堂と作りが似ている気がした。


 カイザーは本城前の広場に舞い降りて、『魔王が帰還した。者ども、出迎えよ』と多くの人々の耳に聞こえるように云った。

 広場、という割にまったく奥が見えない。ただだだっ広い空き地が広がっているように見えたのだけど、魔王が云うには、大戦の時はここで先遣隊10万の出陣式を行ったそうだ。

 私たちの馬車はその広場で止まった。


「うわあ…おっきーい」


 馬車から降りて城を見上げると、その大きさに圧倒された。


「どうだすごいだろう?我が城は」

「うん。魔王都(メギドラ)って大都会なのね。びっくりしたわ」


 ここに比べたら、大司教公国なんてド田舎だっだと思う。

 魔王帰還の報を受けて、魔王本城の正面大階段から慌てて魔族たちが走って、あるいは飛んで広場へ駆け付けた。

 さすがに魔王城にいる上級魔族たちは、見るからに都会的な立派な出で立ちをしている。上級魔族の中でもかなり位の高い魔族たちなんだろう。彼らは一列にピシッと整列して私たちを迎えた。

 一番前にいたのは金色の短髪の大男で、シトリー以上に体格の良いマッチョな魔族だった。


「おう、ダンタリアン。出迎えご苦労」

「ま、魔王様でありますか…?」

「そうだ。転生したばかりでこのなりだが気にするな」

「そ、そうでしたか」

「魔王様、ホルスにございます。ご無事の御帰還なによりでございます」


 マッチョなダンタリアンの隣にいたのは、額の脇から2本の黒いツノを生やし、長い深緑の髪を背中の真ん中ほどまで垂らしているグラマーな美女だった。


「おまえも留守居、ご苦労だったな」


 魔王の出迎えのために整列していた他の魔族たちも、魔王の少年の姿が珍しかったようで、バレないように横目でチラチラと見ていた。


「長旅お疲れでしたでしょう。お部屋へどうぞ」


 ホルスが云うと、少年魔王は皆に合図をして歩きだした。

 少年魔王の後に私も続く。


「むっ。貴様、人間か」


 とホルスが私の前に立ち塞がった。


「よせ。それは我が特別に同行を許している者だ。無礼は許さんぞ」

「はっ、申し訳ありません」


 ホルスはさっと身を引いて通してくれた。

 彼女はここへ来てロア以外に見た初めての女性魔族だ。

 特筆すべきなのは彼女が着用している女性用のビキニアーマーだ。

 アニメで見たことあるような、ちょっと露出の多いセクシーな形で、めちゃくちゃカッコイイ。ロアによるとどうやら自作のようだが、コスプレ衣装みたいに見えちゃうのは私がオタクだからだろうか?

 あんまりジロジロ見るのも悪いので、目の端でチラ見することにした。


 そしてダンタリアン。

 魔王不在の魔王都を任されていたという魔王守護将の1人。

 その姿はまるで仁王像のようだ。

 サレオスもかなりの大柄だったけど、彼はさらにその上を行くマッチョマンだった。

 上半身は筋肉隆々で、ワンショルダーのタンクトップに肩当てベルトというまるで世紀末の救世主みたいな恰好をしている。我が人生に一片の悔いなし…とか叫んでも違和感はない。


 ダンタリアンとホルスの2人がこの都市の留守を守っていたという。

 で、片方が女性体ってことは、たぶんそういうことなんだろうな。


 ロア、それにジュスターと団員たちは、本来なら階級の関係で魔王に同行できないと云われていたけど、これも魔王が特別に許可を与えた。


 魔王城に入ると、思わず声が出た。


「ふわぁ…」


 人間て、本当に驚くと言葉が出ないものだ。

 その大きさと豪華さに、とにかく圧倒された。

 巨大で荘厳なお城は、入口からずっと大きな通路がつづく。

 キラキラしたシャンデリアが高い天井から吊り下がっている。

 その天井には小さなサルのような魔物がたくさんいて、シャンデリアの掃除をしていた。この魔物たちは召喚された意思のない下級の魔物で、<召喚使役>スキルを持った者が城中の掃除を命じているという。

 通路の真ん中にはお約束のレッドカーペットが延々と敷かれている。


「ふふん、すごいだろう」


 ゼルニウスは得意顔だ。

 魔王の歩みに合わせて通路の壁の明かりが徐々に着いていく。魔法で制御してるんだろうか。


 レッドカーペットは奥の階段へと続いている。

 階段を登ると通路の両脇に扉が無数にある階に出た。

 遠近感がバカになったみたいに、扉がずーっと奥の方まで続いている。これは迷子になるなあ…。


「ここは迷いの通路だ。一度扉をくぐってから出ると別の扉に出る。自分がどの部屋にいたのかわからぬようになっている。稀に我が城に宝を盗む目的で忍び込む不届き者がいるのでな」

「へえ~用心してるのね」

「フフン、今まで盗まれたことなどないがな。何しろ宝物庫には我しか近づけぬ仕掛けが施してあるのだ」


 魔王が得意そうに話していると、階段の手前でダンタリアンが声を掛けてきた。


「魔王様は上の執務室の方へどうぞ」


 魔王は「また後でな」と云い、ダンタリアンと共に階段を登っていく。


「他の皆様はこちらへ」


 私たちを案内するのはホルスだった。

 カイザーはとうに私のネックレスに戻っている。きっと外にいた兵士たちは大きなドラゴンが忽然と消えたことにさぞ驚いたことだろう。


 私たちがホルスに案内された部屋は、先ほどの迷いの通路の手前にある応接室だった。

 広さはテニスコート1面くらいはあるかな?豪華な家具と大きなソファが2つ向かい合わせに置かれている。

 部屋の壁の真ん中に扉があり、どうやら隣の部屋と続き部屋になっているようだ。

 私は部屋を見回してみた。


「魔王ってお金持ちなのね」

「お金持ちなんていうレベルじゃありませんよ。そもそも魔族の国の通貨はここ魔王城で作られているんですよ。直轄領には金山や貴鉱山もありますし、個人的な資産も相当お持ちのはずです」


 ロアがそう答えた。


「へえ~お金まで作ってるんだ」

「ここが国の中心ですからね。魔王様の下には多くの大臣がいて実務を担っているんです」


 日本でいう国会議事堂と首相官邸を併せたようなものかな…。あ、それなら、国会図書館みたいな施設もあるのかな?


「ねえロア。魔王城には図書館ってあったりしない?」

「はて?図書館…ですか?」

「そう。本を見たり調べ物をしたりするところよ」


 すると、カナンが云った。


「本、というと、人間が持っている、あの文字が書かれている物のことですね」

「うん?…もしかして魔族には文字がないの?」

「ええ。我々は何かを記録したりする場合、魔法紋(クレスト)を利用するので必要ありませんから」

「マジですか…!!」


 なんと…!カルチャーショック再び、だわ!

 魔族は文字を持たないなんて、そんなこと考えたことすらなかった。

 聞けば、人の話をメモしておきたい時には、魔法紋(クレスト)とやらに記憶として刻んでるとか。何なら動画を記憶することもできるとか。

 例えるなら体の中にスマホ埋め込んでるようなもんかな。魔族って進んでる種族なんだなあ。

 そういえば、スキルの確認も文字じゃなくてイメージだって云ってたっけ…。


「魔族は1000年以上を生きる長命種ですから、本などという風化してしまうものに記録したところで役に立ちません。それなら口伝した方が良いですから」

「なるほど…。人間は短命だから、子孫に伝え残すために文字が必要だったってことかあ…」


 カナンの説明には納得だ。合理的ではある。

 長生きする魔族ならではの考え方だわ。


「でもそうすると、知識の共有ってしにくいわよね?誰かが知っていることを大勢の人に知ってもらいたい時はどうするの?」

「ああ、それは<転写>スキルがあれば問題ないです」

「転写スキル?」


 アスタリスが説明してくれた。

 魔族は、自分の見たことをそのまま魔法紋に記録することができる。

 記録したものは各自の脳内で再生され、知識として蓄積されるので、元の世界でいうところのテレビや新聞などの媒体を必要としないのだ。


 その一方で、魔法紋に記録した映像を壁や地面などに映したり、投影したりできるスキルがある。それが<転写>スキルだ。

 この転写スキルを使って、個人の見た記録内容を映像に投影して他人に見せることができるのだ。

 魔王都では、このスキルを持つ者が多くいて、街のあちこちに、映像を投影するための大型転写幕(ビジョン)が設置されている。

 アスタリスは<視覚共有>を持っているけど、もし<転写>スキルがあればミニシアターみたいに皆に映像化して見せることができたと云っている。残念ながら彼にはそのスキルの適性がなかったみたいだ。


 100年程前には、投影された映像を記録しておく魔法具も開発されており、街の大型転写幕(ビジョン)にはこの魔法具を設置して四六時中何らかの映像や宣伝が流されているそうだ。


「魔王都の城下町へいけば見られますよ」とロアは云った。


 後でこっそり見に行ったその光景は、まるで新宿アルタ前か渋谷の駅前かと思うほどの賑わいだった。魔力がある分、人間の国よりもずっと進んでるんだなあ。

 だけど、人間の私は魔法紋を持っていないから、やっぱり知識は本に頼らないとダメなのだ。

 この世界のこと、もっといろいろ知りたいのにな。


 その時、カナンが叫んだ。


「団長、扉が開きません」


 ハッとしてアスタリスが叫んだ。


「…この部屋、スキルが使えないようです」

「何っ!?」

「魔法もダメみたい」


 ネーヴェが魔法を撃ってみたが、発動しなかった。

 ソファに座っていた私を、ジュスターが抱きかかえて部屋の隅まで飛んだ。


「皆、油断するな」


 ジュスターが指さしたのは、部屋の中にある隣部屋との続き扉だった。

 すると次の瞬間、その扉が乱暴に開いて、武装した魔族がなだれ込んできた。

 数十人はいる。

 密室状態で閉じ込められた私たちは完全に逃げ道を絶たれた。

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