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招かれざる訪問者

 そろそろ村を出立しようかと思っていた時、村に招かれざる客がやってきた。

 ロアが恐れていた、魔男爵ネビュロスの部下だという10人ほどの一団だった。

 その態度たるや、最悪である。

 チンピラという言葉がピッタリ当てはまるような連中だ。

 人を背中から斬りつけるような奴だから、ロクでもないとは思ってたけど、こんなに予想を裏切らない人たちも珍しい。

 一団のリーダーらしき人物はラルサという黒髪の上級魔族だった。


 ロアが対応するというので、私たちはテントの奥に隠れて待機していた。

 魔王は面白がって出て行こうとしていたのだけど、話がややこしくなるからと一緒にテントに連れてきた。

 村人たちはロアの後ろの方に集まって様子を見守っている。


「ネビュロス様からの通達を伝える。ロア、おまえがおとなしく領主の証(プルーフ)を俺に渡せば、ネビュロス様は寛大にも、おまえが逃亡していたことは不問にするとおっしゃっている。おとなしく渡すなら乱暴はしないが、逆らうようならこの村の奴ら全員皆殺しにしてもよいと言われている」

「脅しか。汚い奴だ。…ナラチフは今どうなってる?」

「どうもなってないさ。ネビュロス様の軍の居留地にさせてもらってる以外はな」

「魔王様の直轄領に勝手に軍を置くなど、許されぬことだ」

「ああ、またの名を保安部隊、とも言うんだったっけな。まあ、そういうことだ」

「…ナラチフを前線基地にして、他所の領地へ攻め込むつもりか」

「さてな。おまえが知ることじゃあない。おまえは領主の証(プルーフ)を俺に渡せばいいんだよ」

「その後は私を殺すのだろう?誰がお前などに渡すか!」

「やっぱりそうなるよな。じゃあ、村のヤツ1人ずつ殺していくから、気が変わったら声をかけてくれよ?」


 ラルサがそう云うと、彼の率いてきた連中は喜んだ。


「ヒューッ!隊長、どうやって殺します?」

「素手でなぶり殺し!」

「手足を一本ずつ切り落とすってのは?」

「弱っちい下級どもをいたぶり殺すのは良心が痛むねえ」

「思ってもないことを言うもんじゃねえよ」


 などと言いながらギャハハ!と下品な笑い声をあげている。

 ロアの後ろにいた村人たちは怯えている。


 テントの中でその様子をみていた団員たちは怒りを抑えられない様子だった。

 私は団員たちに向き直った。


「相手は10人程度よ。全員上級魔族みたいだけど、やれるわよね?」

「余裕です」と云うジュスターの言葉に全員が頷いた。


 ジュスターは魔王に、戦いは自分たち騎士団に任せて、カイザーと共に私の護衛としてここに残って欲しい、と願い出た。

 魔王が出るまでもない相手だから、と彼は云う。


「そうだな。おまえたちの実力を見せてやるがよい」


 魔王は腕組みをして偉そうに云った。



 ラルサの部下たちがロアを威嚇している間に、別の部下が彼女の背後にいた村人の1人を連れ出そうとした。


「オラ、来いよ!まずはおまえからだ」


 乱暴に村人の腕を掴む部下の前に、風のように現れたのはネーヴェだった。


「村の人に汚い手で触るなよ」


 エメラルドグリーンの涼しげな瞳が一瞬煌めくと、風の刃がその部下の腕を切り落とした。


「ぎゃあああ!!」


 腕を切り落とされたラルサの部下は、悲鳴をあげて転げまわった。

 他の部下たちが駆け付け、ネーヴェを威嚇するように睨んだ。

 ネーヴェの隣にシトリーが加わり、その大きな体で村人たちを守るように彼らの前に立った。


「あんたたちには世話になった。あんな奴らには指一本触れさせないから安心してくれ」


 シトリーの言葉に、村人たちはホッとした表情になった。


 ロアの隣にはテスカが舞い降りて、「僕らに任せて」と囁いた。


「な、なんだおまえら!?」


 そう叫んだ隊長のラルサを守るように、腕を失くして転がりまわっている1名を除き、8人の部下たちが円を描いて彼の周囲に立った。

 そのラルサの部下たちそれぞれの前に聖魔騎士団が1人ずつ立ちふさがった。


「俺たちは魔男爵ネビュロス様の配下の者だぞ!」

「それがどうした?」


 ラルサの前に立ったオレンジのタテガミのカナンが答えた。


「邪魔するってんなら、おまえらから片づけてやる」と、ラルサが凄んでも、カナンには通じない。

「できるものならやってみるがいい」


 それを合図に、それぞれの部下と団員たちの戦いが始まった。

 片腕を失くして転がっていた魔族はそれでも立ち上がり、村人のいる方に向かって悔しまぎれに、炎の魔法を繰り出した。


「ちっくしょう!この村ごと燃やしてやる!」


 しかし放たれたその炎は村人に届く前に「シュン!」と消失した。


「え…?」


 放った本人も炎を見失った。

 火の消えた上空には有翼人のクシテフォンが浮かんでいた。

 その手には片腕の魔族が放ったはずの炎の塊があった。

 彼は魔法物質を吸収する能力を持っていて、更に―


「危ないではないか。そら、返すぞ」


 と、彼は自分の手の中に収まっていた炎の塊を、片腕の魔族へと投げ返した。


「ちょっ…待っ…!」


 叫び声をあげる間もなく、彼は自分で放ったはずの炎にその身を焼かれることになった。

 火属性を持つ者なら耐性も持っているはずなので、これくらいでは死なないことはクシテフォンにはわかっていた。彼は手加減をしてやったのだ。

 一方、他の者たちも既に戦闘態勢に入っていた。


「この距離で素手で戦おうって?舐めやがって!」


 ラルサの部下は、少しバカにしたように云い、剣をウルクの頭上に振り下ろしたが、剣は空中で弾き返された。


「な…に…?」

「ふっ、やっぱりトワ様がくれたスキルはすごいや」


 ウルクはそう呟くと、背中の翼を羽ばたかせた。

 すると無数の羽根が矢のようにラルサの部下の全身に突き刺さった。


「ぎゃあああ!」


 体中に羽根が突き立ったその男は、「痛い、痛い」と悲鳴を上げながら尻もちをついて、刺さった羽根を1本ずつ抜き始めた。

 その隣では、肉体を赤銅色に変え<超硬化>させたシトリーによって、ボッコボコに殴られて10メートルほどぶっ飛ばされたラルサの部下の姿があった。

 またその隣では、アスタリスに背負い投げされ、気を失った魔族が地面に転がっていた。

 他の者たちも同様に、鮮やかに素早くラルサの手下どもを倒していた。


「手ごたえなさすぎ。あんたたち本当に上級魔族?」


 と、感想を云ったのはテスカだ。

 彼の足元には毒を食らって顔色が青紫色になった魔族が泡を吹いて倒れている。


 私はテントからこの様子を見ていた感心した。


「皆、強いね~!」

「うむ」

『確かにこれでは出る幕はなさそうだな』


 気が付くと立っているのはラルサ1人だけになっていた。

 彼の周囲を、騎士団員たちがじりじりと距離を詰めていく。


「な、なんなんだ、おまえらは!」


 焦りを見せるラルサに迫る騎士団員たちは、ふいにスッと道を開けた。

 そこに現れたのは、銀髪の美丈夫、ジュスターだった。


「だ、誰だ?おまえは」

「私は聖魔騎士団団長ジュスター。故あってこの村を守るよう命を受けた」

「聖魔騎士団、だと…?」

「ジュスター殿、その者、私にやらせてください」


 前に出てきたのはロアだった。


「私の部下の多くはこの者たちに殺されました。自分の手で決着をつけたいのです」

「よかろう」


 ジュスターはその場をロアに譲った。


「ふん、俺はネビュロス様から魔戦士の称号をいただく上級魔族だぞ。おまえごときが俺の相手になるもんか」

「試してみるか?先日は汚いやり口で不意を突かれたが、今度はそうはいかない」


 ロアは鼻で笑って短剣を抜いた。

 彼女の持っている短剣には緑色の宝石が埋まっている。

 魔王によれば、魔族の持つ武器は自分の属性に対応する宝石を埋め込むことでその能力をより引き出すことができるそうだ。

 でも、宝石付の武具は非常に高価なため、所持できるのは魔貴族などごく一部の者たちだけだという。

 ロアはだてに直轄領の領主をやっていたわけじゃないってことだ。あるいは領主だったという恋人からの贈り物かもしれない。

 ロアの得意武器は弓と短剣で、宝石の色から察するに木属性だろうが、弓が得意というからには風属性も持っているのだろう。


「おもしろいじゃねーか」


 ラルサは腰に帯びた宝剣を抜いた。

 宝石の色はブラウン。地属性だ。


 ラルサは開幕一番に剣を地面に沿って振り、ロアに向かって地割れを走らせた。

 ロアはそれをジャンプして避け、地面から飛び散った小石を交わしつつ、ラルサの懐に飛び込んだ。

 剣戟が数度響く。刀身の長さではロアが不利だ。

 ロアはその身の軽さで大きくジャンプし、ラルサから距離を取って、すかさず弓をつがえて放つ。

 ラルサが弓矢を剣で叩き落している間隙をついて、ロアが素晴らしい速度で突進していく。


「速いね」と、ネーヴェが感想を云う。

「地属性の速度ではあの速さについていけないだろう」と、シトリーが解説者のようなコメントをしている。


 彼らの言う通り、ラルサはロアの繰り出す攻撃の速さに、徐々に押されていった。

 やがて彼の宝剣は、ロアのハイキックによりその手から宙に弾き飛ばされた。


「くっ…!」


 ラルサは膝から崩れ落ちた。


「この俺が負けるなど…ありえん」


 そのラルサの横っ面に、ロアは思いっきりハイキックをお見舞いした。


「ぐふぅ!」


 ラルサは顔面から地面にスライディングした。



「さて、終わったみたいね」


 カナンたちは、倒れているラルサの部下たちを引きずってきて、10人まとめて縄でぐるぐる巻きにした。

 顔に大きなアザをつけたラルサも、部下たちと一緒に縛られて不機嫌そうに睨んでいる。

 そんな彼らを村人たちがぐるりと囲んで見下ろした。

 ラルサの顔が引きつっている。

 これから村人たちにタコ殴りにされるのかと恐怖に慄いているようだ。


 そのタイミングで、魔王は私を連れて彼らの前に立った。


「む…?なんだ、子供と人間?」


 ラルサは私たちを見て眉をひそめた。

 そもそも魔の森に人間がいるはずがないので、彼は首を傾げた。

 魔王はカイザーをドラゴンの姿で出て来いと呼び出した。


 カイザーを後ろに従えた私と魔王の前に、騎士団員たちやロア、それに村人全員が頭を垂れ、跪いたので、ラルサたちは面食らっていた。


「な…!え?何だ…ド、ドラゴン?」

『私はカイザードラゴン。貴様ら控えよ!こちらは魔王ゼルニウスなるぞ』


 カイザーの紹介を受けて、魔王は偉そうに腕組みしている。

 こういうの昔、おばあちゃんと一緒に時代劇で見たことあるな。控えおろう~ってヤツ。


「この子供が魔王?嘘だろ…」


 ラルサが口を開くと、ロアのハイキックがその顔面に再び炸裂した。


「ぐはぁ」

「貴様、魔王様に無礼な口をきくな」


 ロアのキック、痛そうだなあ…。

 構わず魔王は続けた。


「ロアよ、この者ども、どうする?殺すか?」

「いえ、こやつらを殺したところで死んだ者が戻ってくるわけではありません。ですが、お裁きは魔王様にお任せいたします」

「そうか。ではその方ら、帰ってネビュロスに伝えよ。ナラチフ領主ロアはこの魔王ゼルニウスが庇護したと。領主の証(プルーフ)を奪うつもりなら我への反逆とみなし、領地すべてを没収するとな」

『寛大な沙汰だな。私なら貴様らなどその血肉ごと食らってやるのに』


 カイザーはラルサたちに向かって威嚇するように咆哮した。


「ひぃぃっ」


 ラルサたちは縛られたまま悲鳴を上げていた。


 私はラルサの後ろで縛られている部下たちのうち、ネーヴェに片腕を切断された魔族を見た。

 痛みのあまりうめいていて、話なんかまったく聞こえていないようだった。


「ちょっと、ネーヴェ。その片腕のヤツの落とした腕、持ってきてよ」


 切り落としたネーヴェ自身が切断された腕を拾って持ってきた。

 こんなの、普通なら気持ち悪くて見てらんないでしょうけど、私は看護師だもの。

 さすがにここまで完璧に切断された腕を見るのは初めてだったけど。


「うん、さすがネーヴェ、キレイに切れてるわ。これならうまくくっつきそう」


 ネーヴェは褒められて少し嬉しそうだ。

 私は魔族の腕を、片腕の魔族の元へ持っていった。


「うう、お、俺の腕…?」


 ちょうど肘から先が切断されている。


「痛いだろうけど、ちょっと腕あげて」


 そう命令すると、魔族は痛みをこらえて言うとおりにした。

 その腕の先に、持っていた腕をくっつけた。


「腕、くっついて!」


 その途端、魔族の腕が短く光ると、彼の腕は元通りに繋がった。

 奇跡を目の当たりにした彼らは言葉を失った。


「あ…」

「え…」

「なん…」

「う、腕がくっついた…!お、俺の腕が…!」

「ついでに他の奴らも治すから、もう悪さするんじゃないわよ?」


 私はラルサを含む他の全員を回復させた。

 体中羽根まみれで血だらけだったり、毒で顔を青紫色にしていたりと、ちょっとビジュアル的に気持ち悪かった連中も、すっかり元に戻った。


 これには周りで見ていた村民たちからもどよめきが起こり、拍手が巻き起こった。


「トワ様がまた奇跡を起こされた!」

「さすがトワ様だ」

「敵まで助けるとはなんとお優しい」


 ラルサやその部下たちはポカンとしたまま、何が起こったのかわからない状態で、目を見開いて固まっていた。


「何が…起こった?ポーションか?いや、ポーションじゃあ腕はくっつかない」


 彼らは信じられないものを見た、という表情でぶつぶつとなにやら呟いていた。


「別に情けをかけたわけじゃないからね。腕とか置いて行かれたら気持ち悪いからよ」

「あんた、何者なんだ?人間風情がなんでここにいる?」


 ラルサは食い入るように私を見た。

 するとまたロアのハイキックが彼の顔面にヒットした。


「ぐふぅ!」

「トワ様に無礼な口をきくな」


 あーあ、せっかく癒してあげたのに懲りないなあ…。もうほっとこう。



 その後、魔王が私からネックレスを借りて、縛られたままのラルサたちを10人ひとまとめにして、カイザーの大きな口に縄をくわえさせ、彼らをぶら下げて飛んで行った。

 カイザーは遠く離れた湖の上空で、彼らを落としたそうだ。

 湖に落ちた連中がその後どうなったかまでは知らない。

 仮にも上級魔族なんだから、あれくらいじゃ死なないだろうと魔王は云った。


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