魔族の秘密
「へ?」
思わず変な声が出た。
「ど、どういうこと…かな?」
何か今、すごいことを聞いた気がするんだけど。
雌雄同体、って云った?それってもしかして…。
「魔族は繁殖期を迎えると性別を変えられるのだ」
「え…?は、はんしょくき?」
魔王の言葉が意味不明で、頭がパニックだ。
「魔族には、個人差はあるがだいたい100年周期で繁殖期が訪れる。人間と違って長命な魔族は、100年に一度訪れるこの期間にしか子供が作れないのだ」
「ええ――――!?」
カルチャーショックだ。
繁殖期って、動物園とかで聞いたことがあるヤツだ。
しかも100年に一度しか来ないって、単位が壮大すぎるんですけど!
「繁殖期に最適なパートナーを得た場合、どちらかが女性体になって、子供を産む。子供は卵の形で生まれ、生後1~2年で成人する」
ええーっ!?まさかの卵生!
ちょっともう、パニクりすぎて脳がついていけてない!
それは予想できなかった…!だって人間と同じような体だから絶対胎生だと思ったわよ。
魔族が人間とは違う生き物なんだと思い知らされた気がする。
ふっと、研究施設であの丸眼鏡が云っていた交配実験のことを思い出した。
あいつ、魔族が卵生だって知らなかったんじゃないかしら。そういや女性魔族が手に入らないって云ってたわよね…。
人間の場合はおなかの中で赤ちゃんを育む胎盤胎生だから、そもそも交配自体無理なんじゃん!人間とニワトリの間に子供を作るようなもんよね。あのアホ、マジでマッドサイエンティストだったんじゃないの!
でも、それは別として、卵で産めるってのはいいな。
産婦人科で研修したことあるけど、お産が楽なのに越したことはないもんね。
できれば私も卵で産みたいな~。
「子供の授乳期が終わると、繁殖期も終わる。子供が独り立ちすると多くの魔族は男性体に戻るが、女性体のままの者もいる。女性体を好む魔公爵ザグレムなどは、自分の城の中の者をすべて女性体にさせているほどだ」
ほっほう…。魔族にも女好きとかいるんだ…。
「パートナーが望んだり、女性体が気に入っていたりとその理由は様々だが、この村のような厳しい環境では、体力の高い男性体でいる方が何かと便利だろうな」
魔王のいうことも尤もだと思う。
だけどひとつ気になることがある。
「それじゃあ繁殖期にならないと、魔族は恋愛できないの?」
これは結構重要なことじゃない?
100年に一度の恋…なんてカッコいいけど、それじゃなんだか寂しい気もするし。
「できるぞ」
魔王はあっさり答えた。
「え?そうなの?」
「魔族は心から愛する者が現れた時にだけ、恋愛感情が芽生える。そしてその相手と気持ちが通じ、恋愛関係になった魔族は<エンゲージ>をすることができる。<エンゲージ>をすれば、繁殖期でなくとも性別を変えることができ、性愛行為をすることもできるのだ」
「片想いの場合は?」
「片想いのままだな」
「あっそ…。両想いになるよう努力しろってことね」
「それは基本中の基本だ。<エンゲージ>は1対1でしかできないからな。複数の相手から想いを寄せられている者などは、<エンゲージ>相手を頻繁に変えたり、繁殖期のたびに相手を変えることで対応するようだ。それもお互いが納得した上でのことらしいが」
あ、でも待って。
さっき、魔族は基本男性体だって…。
え!
あ!
マジか!!
それって、絶賛BL推奨状態ってことじゃない!?
ヤバイ!ヤバイわよ!腐女子大喜びじゃないの!
私は反射的にジュスターの顔を見た。
注意:ここからはトワの妄想・・・・・・・・・・・・・・・・・
キラキラしたお花畑が広がる野原に佇む2つの人影。
ひとつはキラキラ笑顔のジュスター団長。風に美しい銀髪がなびいている。
そしてなぜかもう一人は頬を赤くしたカナン。
なぜかカナンは学生服を着ている。
彼は意を決した表情で云った。
「だ、団長!ずっと前から好きでした!そ、その…よければ次の繁殖期に私とパートナーになってくれませんか?お、お願いします!」
カナンは勇気を振り絞ってついに告った。
「ふ~ん、どうしようかな?今他の団員たちにも申し込まれてて…5番目くらいでよければ相手になってもいいが?」
ジュスターは風になびく髪を手で弄びながら、相手に気を持たせるかのように答えている。
「あ…ありがとうございますっ!!500年でも600年でも待ちますからっ!」
必死なカナン。ああ、ドキドキ…。
「そうか、じゃあ、500年後に私の子供を産んでくれ。それとも私が産もうか?」
ギャ――――――!!!!
ジュスターってばなんてことをっ!!
この美形が!このクソイケメンがっ!
この奇麗な顔で、涼しい顔で、キラキラした笑顔で、純朴な団員たちを手玉に取るんだわ!
カナン、5番目の男に決定なのよ?それでいいの?
銀髪イケメンはとっかえひっかえなんだぞ?
っていうか誰が1番なの?気になるじゃないかー!
ぅお――――い!
私はいつの間にかそんな妄想に意識を乗っ取られていた。
「おい、トワ」
魔王が何度か、呼んでいた。
「は、はいっ、え?何?」
「何かよからぬことを考えていたな?」
ギクッ。
なんでわかったんだろう…。
「言っておくが魔族は年中発情している人間とは違うぞ?基本的に繁殖期以外は男女の別なく過ごすため、恋愛感情を持つこと自体が稀なのだ」
「じゃあ、好みのタイプにムラムラ~ッときたりしないの?」
「それを発情というのだ。魔族は種の保存を第一に考える。繁殖期以外ではそういったことはまずない。まあ、ザグレムのような好事家は稀にいるが…。ともかく<エンゲージ>は例外中の例外なことなのだ」
「じゃあ、恋愛でのトラブルってないの?」
「さてな。個人のことまでは知らん。ただ人間と違って魔族には十分な時間がある。話し合って解決できぬことはないのだろう」
なるほど…。魔族は長命で、しかも姿が変わらないんだった。
なんだか深いなあ。
魔族には結婚っていう形式がないという。
それは繁殖期のたびに相手を変えることが多いから。
魔族にとって、繁殖期以外の性別って意味がないんだ。だから女性のロアが1人でも問題が起こらないんだ。このシステムだと性犯罪もないよね。
「おまえは人間だから性別にとらわれているようだが、我々魔族は愛する者を性別で区別しない。
女性体になるのは繁殖期だからであって、子供を作らない者は女性化しないこともある。逆に女性体を好む者は女性体同士で<エンゲージ>する者もいる。魔王都へ行けば、女性体が珍しくないことがおまえにもわかるだろう」
なんだか、目からうろこだ。
ジェンダーレスは魔族の方がずっと進んでいる。
こういうところは人間も見習うべきなんだろうな。
…そうか、百合展開もアリか…。
「魔族って思ってたよりも自由なのね」
「恋愛は自由だが、繁殖にはやはり相手の階級や能力を重視する者も多い。特に上級魔族にはその傾向が強い。魔族は一族の血のつながりを大事にするからな。より能力の強い子供を産めば、自分の陣営の強化につながる」
魔族って能力主義なんだ。
なんだか恋愛と結婚は別、って云われてるみたい。
「エンゲージって具体的にはどうするの?」
「魔族個人が持つ魔法紋の形をお互いの体に刻むのだ」
魔族は生まれながらに個人個人でそれぞれ違う魔法紋を持っている。いわば魔族のIDみたいなものらしい。
彼らの魔法やスキルもすべてこの魔法紋に刻まれるものなんだって。
魔法紋の形っていうのは、アイコンみたいなもので、その魔族個人を表す印のようなものらしい。
エンゲージって、婚約って意味だし、それで魔法紋を交換するってことは、人間でいうと指輪の交換、みたいなことなのかもね。
「ロアもかつてナラチフの領主だった魔族と<エンゲージ>していたらしいです。相手は100年前の戦いで人間の国へ行ったきり行方不明だそうですが」
ジュスターが云った。
「そうだったんだ…」
彼女は女性体のまま、恋人の帰りを待ってるってことか。
エンゲージした相手が仮に亡くなっても、交換した魔法紋は残るらしく、それを拠り所にして生きていく魔族もいるという。
100年も恋人の帰りを待っているなんて、純愛だなあ。
「そういえば、あなたたちはエンゲージしてる相手はいるの?」
私がそう聞くと、ジュスターは「いません」ときっぱり答えた。
「私は成人してすぐに軍に入り、大戦で人間の国に行きましたから。なぜか人間の国では繁殖期は訪れなかったのです」
「そうなんだ?繁殖期って魔族の国でしか来ないの?」
「わかりません。ロアによれば、魔族の国では十数年前に繁殖期があったようですが、人間の国にいた我々に変化はありませんでした」
ふーん?なんでだろ?
「あっ…」
思わず声に出ちゃった。
私、今マズイことを聞いてしまった気がする。
ジュスターってこんなイケメンなのに、経験ゼロ、ってことよね…。それってドーテイ…。
いやいや、余計なお世話よね、そうよね。
私だって人のこと云えないし。
私の考えてることを察したのか、ジュスターは咳ばらいを一つした。
やだ、私ってば何考えてんの。
私はあわてて話を変えた。
「そ、そういえば、ゼルくんは?」
「我に繁殖期はない。不老不死ゆえ子供を作る必要がないからな」
魔王は興味なさそうに云ったけど、少し寂しそうに見えた。
「恋したこともないの?」
「…ないこともない」
「プッ、なにその言い方。もしかして照れてんの?」
「おまえはずけずけ物を言いすぎだぞ」
少しだけ魔王の頬が赤くなった気がする。
「アハハ、ごめんね」
ふと、魔王は私に向き直った。
「トワ、我と<エンゲージ>するか?」
「え?」
「おまえなら我のパートナーにしてやっても良い」
「何言ってんの。私は人間よ?無理に決まってるじゃない」
「魔属性を持っているならできる可能性はある」
「できたらの話ね。あんたが大人になったら考えてもいいわ」
私はすごく適当な感じで約束してしまった。
それがあとでどんなことになるかも知らずに。




