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ナラチフの領主

 アスタリスの案内で、騎士団全員が大荷物を持ったまま魔の森の奥にある集落へとたどり着いた。


「あ、来た来た。みんな~、こっちこっち!」


 私は騎士団員たちに手を振った。

 遅れてやってきた彼らは大量の食糧を抱えていた。


「みんな、すごいじゃない!」


 皆が、両手に抱えていた食糧を地面に降ろしている中、ユリウスが私の側に来て、一輪の可愛らしいピンク色の花を手に、「トワ様に似合うと思って摘んできました」と私の髪に挿してくれた。

 思わぬプレゼントにちょっと照れながら「ありがと…」と云うと「どういたしまして」とそれはそれは眩しい笑顔を見せた。

 世の男ども、こういうとこよ、モテるモテないの差は!

 そんなやり取りを魔王は「フム」とか云いながら見つめていた。


 私の隣に立っていたジュスターは、多くの収穫を持って帰ってきた騎士団員たちにねぎらいの言葉をかけていた。


「団長、何がどうなっているんです?」


 カナンがジュスターに問いかけ、周囲を見回した。

 100人ほどの村人たちがそこに集っていた。

 当然だが、全員魔族だ。

 そして、その中央の椅子には少年魔王が座っている。


「ここはカマソの村だ。彼らは大戦後に直轄地から逃れてきた者たちだ」



 時は少し遡る。


「お前たちは誰だ!」


 ジュスターの前に複数の人影が現れた。


「お前たちこそ誰だ。ここは我らカマソの縄張りだ」


 そう云って現れたのは数人の魔族たちだった。擦り切れた服を着て、手作りっぽい弓やこん棒を持っている。


「下級魔族か」


 ジュスターはそう云い捨てた。


「下級で悪いか!この魔の森はどこにも属さない、我らはカマソの自由の民だ。おまえら貴族の下僕になるなどごめんだ!この前みたいな不意打ちはもうさせないからな!」

「…貴族?」


 カマソの魔族たちはジュスターを見て、なぜか貴族だと思ったようだ。


「団長、この人たちなにか勘違いしているようですよ」


 馬車の前にいたアスタリスがジュスターに語り掛けた。

 するとカマソの魔族たちは、馬車の中に人がいることに気付いた。


「そっちの馬車の奴も降りろ」


 ジュスターは、魔法の氷で作り出した武器氷の鞭(アイスウィップ)で彼らの足元を打った。


「馬車に近づくな」


 ジュスターは氷の魔法騎士だ。

 彼は氷の鞭を軽々と揮い、カマソの魔族たちはそれに翻弄されて手出しできずにいた。

 弓を射かけるけれど、ジュスターは易々とそれを鞭ではじき飛ばしてしまう。

 アスタリスも、馬車へ近づこうとする魔族たちを空手みたいな体術で打ち倒していた。

 下級魔族の襲撃者たちとジュスターたちの実力差は明らかだった。

 しかしカマソの魔族たちはひるまず、あくまで抵抗する様子を見せた。

 どうしてこんなに必死なんだろう。逃げればいいのに…。


「下がりなさい。おまえたちのかなう相手ではない」


 カマソの魔族たちの後方からもう1人、別の魔族が現れた。

 それは女性の魔族だった。

 おお、女性魔族!

 初めて見た。やっぱり女性もいるのね。しかも美人!

 彼女は魔族特有の尖った耳におしゃれなピアスをしていて、金色の髪をポニーテールにしている。やや釣り目の美女だ。口の両端から牙がのぞいているってことは、カナンと同じ獣人系の魔族かな。

 スポーツブラみたいな胸当てとへそ出しスタイルの短パンに編み上げの靴を履いている。

 やっぱり腹筋は割れてて、スポーツジムのトレーナーにいたらたぶんカリスマって云われてる体型だ。

 彼女は肩に弓を背負っていたけれど、それを下して腰に帯びた短剣を抜いた。

 短剣には高価そうな緑色の宝石が埋め込まれていた。


「ほう、上級魔族か。おまえがここのリーダーか」

「この前のヤツらよりも格が上のようだな。本気で狙いにきたというわけか」

「何を言っているのかわからんが、やるなら相手をしよう」


 ジュスターは静かにそう云って、彼女と距離を取った。


「団長!」


 アスタリスがジュスターに声をかける。


「大丈夫だ。おまえは馬車の警護を」


 ジュスターは女性魔族と対峙した。

 彼女は周りの魔族たちに手出し無用、と云い渡した。

 ジュスターは魔法の武器を使っているけど、やっぱり不利だ。

 魔族も人間も、武器を媒介にして、魔法を使ったり、武器に力を乗せて揮うのが一般的だという。

 その方が効率がいいし、パワーが出せるからだそうだ。

 ジュスターは鞭を氷の剣の姿に変えて構えた。


 素晴らしいスピードで女性魔族が突進し、短剣を繰り出す。ジュスターはそれを剣で受け流す。

 カンカン、と剣戟が響く。

 私は馬車の中からその様子を見ていた。


「大丈夫かな…」

「大丈夫だ。ヤツは強い」


 魔王がそう断言した。

 2人の男女の魔族が剣を撃ち合って数合目。


「なかなかやるではないか」

「あんたもね」


 そうして2人が戦っている間に、馬車の窓に矢を射かけようとした魔族がいた。

 アスタリスがいち早く気付いて、その魔族の元へ駆け、体術で倒した。

 その隙に、別の魔族が馬車へ魔法を撃とうとしていた。

 次の瞬間、魔王が馬車の扉を開けた。


「カイザードラゴン、出ろ!」


 魔王の声と共に、私のネックレスからカイザーが飛び出し、巨大なドラゴンの姿で、馬車を庇うように降臨した。

 カイザーは下級魔族の放った魔法を軽く跳ね返した。

 そして攻撃してきた魔族たちに向かって、咆哮した。


『貴様ら、控えよ!魔王ゼルニウスの御前であるぞ』


 カイザーの言葉に、魔族たちは一様に驚き、ある者は口を閉じるのを忘れ、ある者は腰を抜かした。

 ジュスターと戦っていた女性魔族も、戦いを止め目を見開いて巨大なドラゴンを見上げた。


「魔王様、だと?そんなバカな」

「本当だ。魔王様は目覚められたのだ。あのカイザードラゴンが何よりの証明だ」

「…それが本当ならば、私は剣を向ける相手を間違ったようだ」


 女性魔族は短剣を鞘に戻し、ジュスターに頭を下げた。

 女性魔族を筆頭に、10人程の魔族たちは皆、ドラゴンと馬車から降りて来た魔王の前に平伏した。

 魔王が少年の姿をしている理由もカイザーが説明した。

 魔王の隣に立つ私を見て、女性魔族が「その人間は?」と尋ねた。

 ここでもやっぱりすぐ人間だとバレてしまった。

 人間である私にはわからないことだけど、魔族は人間を「見ればすぐわかる」らしい。


「これは我の連れでトワという」

「あの、私たちはこの森に食糧を取りにきただけで、すぐに帰りますから…」


 魔王の紹介の後、私がそう云うと、女性魔族は私を品定めするかの如くジロジロと見た。


「カブラの花粉を吸って平気な人間がいるとは驚きだ」

「トワ様に失礼な口を利くな」


 ジュスターが女性魔族を威嚇すると、彼女は「失礼しました」と私に頭を下げた。


「…どうやら我らは勘違いをしていたようだ。無礼をお許しください」



 その後、私たちは彼らに案内されて魔の森の中にあるカマソの村へ向かった。

 カイザーは私のネックレスに戻った。

 カマソの魔族が御者台に乗り、馬車の通れる道を選んでくれたので、私たちの馬車に女性魔族にも同乗してもらって、事情を聞くことにした。


 女性魔族は村までの道中、これまでのいきさつを語ってくれた。


「私はロアと申します。魔王様直轄領ナラチフの自治領主でした。故あって、自治領の住民たちを率いてこの森に逃れ、カマソ村に受け入れてもらったのです」


 魔王が直接治める直轄領は、他の領地に比べて税は軽く、領地全体が魔王による魔王紋(キングクレスト)で庇護されているため、災害も起こらず農作物が早く育つ土地になるという。それゆえ、どこの直轄領もとても豊かなのだ。

 そう聞くと、じゃあ他の領地から移る人が多いのではないかと思いがちだが、直轄領の住民は領主に選ばれた者だけがなれるというハードルがある。

 元々この地に住んでいた者をはじめ、最初にこの地を開拓した者たちが直轄領の中心的住民として認められ、その中から領主が選ばれた。

 領主は魔王から直々にその証を授けられ、村人たち1人1人に住民の証を授けるのだ。移民として流入してくる者たちも同様に審査に合格しなければ住民になれない。

 それも新たな住民を募集している時でないと移民を認めないことが多く、そもそも長命の魔族は土地や家に空きが出ることが少ないため、新規で移住を認められることはレアなケースだ。


 直轄領の住民として認められた者たちは、この地の恩恵を受けられる代償として、村の中に設置されている魔力器へ一定量の魔力を提供している。魔力器に蓄えられた魔力は魔王紋(キングクレスト)を通じて魔王へ直接供給されるので、直轄領の民は皆、自らを魔王の代理人だと誇りを持っているのだ。

 魔王は、こうした魔族1人1人から供給される魔力を、自分の魔力として蓄え、その一部で魔王紋(キングクレスト)を維持している。言うなれば直轄領の住民たちは魔力で自給自足しているわけだ。魔王の不在だった100年間、魔王紋(キングクレスト)の効力に異変がなかったのは、魔王の遺した魔力が蓄積されていたことと、実は彼ら自身が魔力器へ魔力を提供していたからなのである。


 ちなみに魔王は、こうした直轄領の人々から提供される魔力を自らの魔力に取り込んでいるので、本来ならいくら魔力を使っても枯渇することはないそうだ。現在は、自らのその膨大な魔力の源流へのアクセスが制限されている状態らしく、引き出せる魔力が少ないのだという。それを魔王自身は<覚醒封印状態>と呼んでいた。


「…大戦後、なにがあったのだ?」


 魔王はロアに尋ねた。

 彼にとっては、ロアは自分の領地を任せている部下にあたる。そりゃ気にかかるよね。


「大戦後、魔王様がいなくなったことを知り、我々住民は魔王紋(キングクレスト)がどうなるのか不安な毎日を送りました。それでもしばらくは平穏な日々が続きました。しかし、時間と共に魔貴族たちは、魔王様が戻られないことをいいことに、直轄地に手を出そうと動き始めたのです」


 これには魔王も黙っていなかった。


「魔王都は無事なのか?」

「魔王様の居城のある魔王都メギドラは、留守を守る魔王守護将の方々によって守護されており、無事です。狙われたのは魔貴族の末席の方々の領地の狭間にある直轄地でした」


 6人の魔貴族は、皆横並びではなく、上下関係があるという。

 魔王に次ぐ実力を持つ筆頭魔貴族の魔大公エウリノームの領地は総直轄領に次ぐ面積を誇り、次席の魔公爵ザグレムと双璧をなしている。

 この2人は別格として、残りの魔侯爵アポルオン、魔伯爵マクスウェル、魔男爵ネビュロス、魔子爵ダレイオスの4魔貴族たちが領地を広げようと争っているのだった。


「我がナラチフは魔男爵ネビュロスと魔子爵ダレイオスの領地に挟まれています。10年程前、ナラチフは魔男爵ネビュロスの侵略を受けました。魔王都へ救援を要請しましたが妨害され、我々は単独でネビュロスの軍と戦う羽目になったのです」

「直轄領には保安部隊がいたはずだが」

「彼らはネビュロスに寝返りました」

「なんだと…」


 魔王は怒りを含んだ声で呟いた。


「魔王様がご不在のこともあり、直轄領に留まっているより、魔貴族の部下になった方が恩賞を与えられるとでも思ったのでしょうね。それでも今まで守ってきた領民を直接手にかけるのは忍びないと思ったのか、彼らはただ、何もしなかったのです」

「…許せん」


 ジュスターは静かに唸った。


 ゲームやアニメでは魔王が倒されてめでたしめでたし、で終わるけど、魔王がいなくなった後って結構大変なことになってたんだ。

 魔王の国にもそこで暮らす人たちがいる。今までそんなこと考えたこともなかった。

 魔族の国にも人間と同じような勢力争いが起こるんだ。


「戦えない者たちは囚われ、抵抗した者たちは投獄されました。私も領主として最後まで戦うつもりでしたが…」

領主の証(プルーフ)を守るために逃げたのだな」


 魔王の言葉にロアは頷いた。


領主の証(プルーフ)って?」


 私の質問に魔王が答えた。


「直轄領の領主の証だ。直轄領には我が施した魔王紋(キングクレスト)とともに領主には領主の証(プルーフ)が刻まれることになっている。

 ゆえに領主の証(プルーフ)を持つ者以外が勝手に領主を名乗ることはできぬのだ。もしそんなことをすれば本物の領主から<罪人の落胤>を押され直轄領から追放される。

 また、領主が殺されれば、魔王紋(キングクレスト)が発動し、その地は封じられ何人も立ち入れぬ不毛の地となる。これは直轄地の侵略を防ぐための措置だ。せっかく奪っても、領地に入ることすらできなくなるのでは意味があるまい?」


 ロアは頷いた。


「そうならないように、領主の証(プルーフ)は信頼できる者にのみ引き継ぐことができるのです。大戦で魔王軍に参加すると言って、私にこの領主の証(プルーフ)を引き継いでいった愛する人のためにも、領地と、領主の証(プルーフ)を守ることが私の使命でした」


 ロアの右手甲には、紋章のようなものが浮かんでいる。

 たぶん、これが領主の証(プルーフ)なんだ。


「もし私がネビュロスに囚われ、住民を人質にでも取られれば領主の証(プルーフ)をネビュロスに引き渡すことになったでしょう。そうなったらナラチフは実質ネビュロス領に組み込まれてしまう。あの人が魔王様から託された領地を、渡すわけにはいきません」


 あの人、って恋人だったのかな。

 もしかして夫婦だったとか。戦争によって引き裂かれてしまったのかな。


「私が領地におらずとも、仮領主として全権を弟たちに委任しておけば、機能は果たせます。その場合、仮にもし私が事故で死んだとしても魔王紋(キングクレスト)は発動せず、領主の証(プルーフ)は仮領主へ自動的に移ります。万が一に備えて、領主はそういった候補を数人命じて置くのです。

 ともかく領主の証(プルーフ)を奪われぬよう、私は護衛の兵らと共に魔王都へ助けを求めるために旅立ちました。

 しかしネビュロスの追手はしつこく、魔王都へたどり着く前に兵の半数を失ってしまいました」


「魔王都は助けてくれなかったの?」

「ええ。領主の証(プルーフ)が失われでもしない限りは異常事態だと認識されないようで…。それになにより、保安部隊が裏切ったのですから、魔王都へも異常なしと報告しているでしょう」

「…ヒドイ話ね…」


 その後、ロアたちはネビュロス軍を振り切って魔の森へと逃げ込んだという。


「カマソの村の方々の好意により、この数年は平穏に過ごしてきました。しかしつい先日、ネビュロスの軍の者が村にやってきたのです。近隣の街へ買い物に出たときにでも見られて後をつけられたのかもしれません」


 どうやら私たちはそのネビュロスの部下と間違われたようだ。


 村に着くと、カマソ村の村長たちが、戦闘態勢で私たちを警戒していた。

 この村の近くに侵入者があった、と報告を受けていたらしい。

 それはきっとうちの食糧調達部隊のことよね…。

 ロアが村長に事情を説明してくれたことで、ようやく緊張が解けた。


 ここからでは騎士団員たちと遠隔通話が通じないらしく、ジュスターが他の団員たちをここへ連れて来るようにとアスタリスに命じた。

 その後、アスタリスに連れられたカナンたちが村にやってきた、というわけだ。


 それにしても、みんな食糧集めすぎじゃない?

 シトリーなんかは大きな丸太を3本も担いでいて、村人たちからビックリされていた。

魔王直轄領についての説明が少し長くて難しいかもしれません。領主の証だの魔王紋だの。全部理解できなくても大丈夫です。ともかく魔王が用心深い性格だということにつきます。

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