勇者候補(1)
夢だったらよかったのに。
ノックの音で目覚めた私は、そう思った。
一人暮らしの私が朝目覚めるとしたら、スマホの目覚ましアラームか、宅配業者が鳴らす玄関チャイムの音かどっちかで、ノックで目覚めるとかありえない。
その日は朝から部屋にメイドっぽい女性たちが押しかけてきて、私の体のサイズを測っていった。
私は寝起きのだらしない恰好のまま、ぼーっと彼女たちのなすがままにされていた。
私は夢うつつに、昨日の出来事を反芻していて、これが夢じゃなかった、という現実に打ちひしがれていた。
メイドが入れ替わり立ち代わり入ってきて、クローゼットの中にたくさんの衣服を置いていった。
さっきサイズを測ったのは服を用意するためだったのね。
メイドさんたち仕事が早い。
ちなみに、ここのメイドはガチのメイドさんであって間違っても『萌え萌えキュ~ン』とかするタイプではない。
彼女たちが着ているメイド服は修道院のシスターみたいな黒のロングワンピースだし、髪は皆きっちりとアップにしていて清潔感がある。こういうのクラシカルメイド服っていうんだっけ。
そういえば昨日の紫ローブの人は大司教って云ってたから、ここは教会かなんかだろうか。
だとしたら彼女たちのシックな制服も納得だ。
私の部屋の担当メイドさんはコレットと名乗った。
「他になにかご要望がありましたらおっしゃってください」
「あ、えーと髪を結ぶゴムとかリボンとか欲しいです。あと化粧水とかお化粧用具があれば…」
「それは他の勇者候補からも要望がありましたので用意してございます。後程お届けに上がります」
良かった…って、え?他の勇者候補?
「勇者候補って他にも女性がいるの?」
「はい。エリアナ・ラーグレイ様とおっしゃいます」
なぬ。外国人か。
「あとは?」
「後程、顔合わせがあるとレナルド様がおっしゃっておられました。そのときにご自分で確認なさってください」
「あっ、そう…」
コレットさん、ビジネスライクで素っ気ないし、なんか怖い。
「お着替えをお手伝いいたしましょうか?」
「あ、いえ!自分でできます」
「かしこまりました。では後程朝食をお持ちします」
コレットは一礼して、部屋を出て行った。
コレットの置いていった衣服を身に着け、ドレッサーの前で一人ファッションショーをしてみた。
まだ見慣れないこの姿だけど、服の着せ替えが楽しすぎる。
顔小さいよねー、手足長いよねー…。
モデルってこんな気分なのか…。こんな容姿に生まれてたら、きっと人生違ってたんだろうな…。
鏡の中の自分に少しだけ見とれた。
コレットが運んできてくれた朝食は、ドロっとしたお粥みたいなものとなにかの果物がカットされたもの、その果物を絞ったジュースとお水だった。
果物はともかく、お粥はまったく味がしない食べ物だった。
はっきりいって激マズ。
でもまあお腹も空いていたし、とりあえずジュースで流し込むようにして食べた。
朝食を部屋で済ませた頃に、レナルドがやってきた。
他の勇者候補に紹介するというので、彼の後に付いていくことになった。
昨日は大広間と個室しか通っていなかったためわからなかったけど、石造りの建物はかなり年季が入っていて重厚感がある。
イメージはやっぱりヨーロッパの古い大聖堂かお城って感じ。
レナルドはこの建物のことを『大聖堂』と呼んでいた。
レナルドに連れていかれたのは、広い中庭が一望できる部屋だった。
中庭では、鎧を身につけた兵士たちが大勢で訓練をしていた。
2階の高さにあるその部屋は小ホールくらいありそうな広さで、見るからに高そうな絨毯や調度品が置かれている。
高級そうな4人掛けのソファに1人、窓から中庭の訓練を見ている者が1人、ガラスケースに入れられた美術品を眺めている者が1人、いた。
彼らが勇者候補なのだろう。
「お待たせしました。最後のお1人をお連れしました」
部屋に入って来た私を見て、ソファに座っていた少女が立ち上がった。
「あんたが4人目?あたしはエリアナ・ラーグレイ。16歳になったばかりよ」
エリアナと名乗った少女は肩までの金髪ゆるふわカールの美少女で、色白で意志の強そうな顔をしている。
半袖短パンのピンクのスウェットの上下みたいなのを着ている。
元の世界にありそうな感じのこんな服も、云えば用意してくれるのかな。
エリアナが自己紹介すると、美術品を見ていた青年がこちらを向いた。
「僕は優星アダルベルト。大学生。18歳だよ。なんでもこなせるけど武器ならアーチェリーが得意かな」
優星はドイツ人と日本人のハーフだという。少し赤みがかった肩までの長髪の右片方を耳にかけている。その片耳にはピアスが見える。鼻筋がスッと通っててモデルみたいな美形だ。聞いてもいないのに得意武器を云うとか、案外自信家なのかもしれない。
最後の1人がこちらを向いた。
「俺は入塚将。20歳の大学生で、日本人だ。中学までは剣道をやってたけど、受験でやめてからスポーツはやってない」
将は茶髪のちょっとチャラ男っぽい髪型をした、私大によくいるタイプの男だった。
人を見かけで判断しちゃダメだけど、個人的には苦手なタイプだな。
というか、エリアナとか外国人と普通に会話してるけど、この世界では勝手に翻訳してくれる機能でもあるのかな。
「あ、私はトワです。高堂永久。22歳の日本人です」
そう自己紹介すると、優星と将が反応した。
「ウソだろ?日本人には全然見えないけど?」
「僕が言うのも変だけど、まったく日本人っぽくないよね。22にも見えないし」
あー、やっぱそうなるよね。
「もしかして、俺たちとは別の世界から来たんじゃねーの?そっちだとこういうのが日本人の顔だとか…?」
将は、有名ゲームの名前やアイドルの名前なんかを云って、知っているか?と確認してきた。
…間違いなくあんたと同じ世界の日本人だわよ。
「こっちへ来たらこの姿になってたんだもの、仕方ないでしょ。でも中身は日本人よ」
「え?」
優星がおかしな顔をした。
「この姿…って?どういうこと?」
ん?私、おかしなこと云ったかな?あれ?もしかして…。
「この体、私のじゃないの。この世界に来た時、こうなってたのよ。みんなは違うの?」
他の3人は顔を見合わせた。
「僕は乗ってたヨットが沈んでそのまま…気が付いたらびしょ濡れのままこっちに来てたよ」
優星が言うとエリアナや将も同意した。
「あたしも同じね。ジョギング中の交通事故だったわ。でもケガどころか爪にしてたネイルシールもそのまま無事だったし、なにもおかしなところはなかったけど」
「俺は友人の車に乗ってる時事故に遭って、気付いたらここへ来てた。ケガもしてないし着ていた服もそのままだったぞ」
「うっそ!私だけ?なんで?しかも裸だったんだよ?」
同じところで召喚されたのに、なんで私だけ違うの?
こんなことってある?
「ねえ、今の話聞いてると、あたしたちの共通点て、事故に遭ってるってことじゃない?トワ、あんたもそうなんじゃない?」
「ああ…確か頭の上から鉄骨が落ちて来たような…」
「うわー、痛そうだね」
優星が顔をしかめた。
「あたしが思うに、トワの体はそのときダメになっちゃったんじゃないかしら。それで、こっちに来るとき、新しい体に作り変えられたとか…」
「ええー!?」
たしかにあんな大きな鉄骨の下敷きになったらきっとペチャンコかバラバラ…。
うげ~…。
「それだと召喚じゃなくて転生だね」
優星が笑って云った。
笑い事じゃないんですけど!
「それじゃあ、私、完全に死んでるってこと?元の世界にはもう戻れないの?」
「俺たちだって死んでるっぽいし、戻れるかどうかなんてわからないよな?レナルド」
急に話を振られた騎士レナルドは、慌てず冷静に答えた。
「未だかつて、召喚された者が元の世界に戻ったという話は聞いたことがありません」
レナルドはあっさり云った。
将は「ほらな」と両手を挙げるポーズを取った。
「そんなぁ~」
「トワ様は、元の世界でもその髪の色だったのですか?」
レナルドは、急に私に話しかけてきた。
「ええ、そうだけど」
「俺も日本人だから本当は黒髪だぜ。今は染めてるから茶髪なだけで」
「髪の色が何か問題あるのかい?」
将と優星が私をフォローするかのように発言した。
「こちらの世界の人間は黒い髪を持って生まれてくることは絶対にありません。黒い髪は魔族の色ですから」
レナルドは思いがけないことを云った。
「魔族の色なんてあるの?」
「ええ。すべての魔族は魔属性を持っています。属性には色があり、魔属性の一般色は黒です。黒以外にも、各属性の髪の色を持つ魔族も多いですが、やはり黒い髪を見ると魔族を連想してしまうのです」
「えー…そんなこと言われても、生まれつきだし…」
「姿は変わっても髪の色だけは元の日本人らしさが残ったんだわ。女にとって髪は大事だもの」
エリアナ、いいことを云った!
「そうよね!」
「なるほど。どちらにしても、トワ様は異世界人なのですから、髪の色を気にされる必要はありませんが、こちらの者の目は少々気になるかもしれません」
なんだ、ビックリした。
私、魔族じゃないかって疑われてんのかと思ったじゃない。
「顔合わせが済んだところで、もう少し説明して欲しいんだけど、いいかしら」
エリアナがレナルドに問いかけた。
「どうぞ。私の知る範囲でお答えします。ああ、申し遅れました、私はこの大司教公国の聖騎士レナルド・ベルマーと申します。勇者候補の警護担当のリーダーを申し付かっております」
レナルドは騎士らしく礼を取った。
「早速だけど、魔王を倒せって、具体的に何をどうすべきなのか教えて欲しいわ」
エリアナの疑問は尤もだ。
それ、私も知りたい。
「あなた方には、これから勇者としての修行と鍛錬を積んでいただきます。定期的に大司教様の鑑定を受けていただき、勇者認定されることを目指してください。その間、各地の魔物や魔族討伐に出かけていただくこともあります。最終的な目標は魔王を倒すことです」
私も手を上げて質問をした。
「勇者はどうして異世界から召喚するの?この世界には生まれないの?」
「お、超基本的な質問きたな」
将が茶化すように云った。
「この世界の人間にも強く優秀な者は多いですが、魔法を使えない者が多いのです。それに比べ、異世界人は特に魔力に優れています。それに、重要なことが一つ。こちらの世界の人間にはどうにもならないことがあります。それは異世界人だけが持つ耐性です」
「耐性?」
レナルドの説明はこうだ。
人間の国の大陸と、魔族の国の大陸は、海によって東西に分断されている。
人間の国は西側にあって、魔族のいる東側の大陸と地続きになっている場所が3か所だけある。
3か所それぞれに国境が定められ、北、中央、南、それぞれに砦が設けられて通行に制限がかけられている。
魔族はそこを武力で破って侵入してくるそうだ。
だけど、人間側から魔族の国へ攻めて行くことはほとんどない。
その理由は、魔族の国に点在し、東大陸全体の面積の2割を占める『魔の森』に多く自生する『カブラの木』という植物の花粉のせいだ。
この花粉は、魔族には害はないが普通の人間には毒となるそうで、カブラの花粉を普通の人間が吸い続けると一週間で死に至るという。
この木は花の咲く時期が個体によってまちまちであるため、一年中花粉を飛ばす特殊な木なのだそうだ。
魔族の国全体にはその花粉が風に乗って常に飛んでいるため、人間たちは侵攻できないのだ。
ところが異世界から召喚した者は例外なくこの花粉に対する抗体を持っていた。
抗体を持つ異世界人は魔族同様に花粉の中でも自由に動いても平気なのだそうだ。
魔族たちは、人間との争いの中でもこの花粉を武器として使用してくるため、人間側は非常に苦戦してきたという。
異世界から召喚された者たちは魔族との闘いにはなくてはならない存在というわけだ。
「要するに、こちらの世界の人間は、皆花粉症に苦しんでいるってわけだ」
将が的確なことを云った。
「むろん、こちらも何も対策していないわけではありません。聖騎士たちはカブラ花粉に対する訓練をしているし、全身を魔法でガードして花粉から身を守る対策もしています。それでも花粉濃度の濃い所へは行くことは困難です。鎧から漏れ出る花粉が皮膚や目、髪などから浸透してくるため、定期的に洗浄しなければならないので非常に効率が悪いのです」
うはあ…こっちの花粉症って命懸けなんだ。
花粉症とは無縁の土地に住んでるエリアナにはピンときてなかったみたいだけど。
この花粉は海を越えないらしく、人間の国までは飛ばないことが確認されている。
花粉が飛んでこないギリギリのラインに国境が設定されているそうだ。
なので、うかつに人間は国境を越えられない。だけど、魔族の方はお構いなしに国境を突破してきては人間の国にちょっかいをかけてくる。
北の国境に近い大司教公国の郊外にも多くの魔族が住みついているという。
「だけど、こっちはたったの4人よ?それでどうやって魔王を倒せって言うの?」
文句を云うエリアナに、さらに将が続けた。
「ゲームじゃないんだからさ。無双とか現実的じゃないよ。もっと大勢の勇者とか兵士を召喚できないのか?」
レナルドは首を振った。
「勇者召喚は優秀な魔法士だけが行える儀式です。時空の歪みが確認された時期でないと召喚の儀式ができないという制限もあります。あなた方が召喚された際、周囲にいたあのローブの者たちがあなた方を召喚した魔法士たちです。彼らはあの場所で魔法陣を囲んで1年近く詠唱を続けてきました。今回4人も召喚できたことは正に奇跡でした。ですが4人目のトワ様が召喚された後、複数の魔法士が倒れてしまい、召喚の儀式は中止になりました」
「1年も…」
「大変なのね、召喚って」
「ええ。現在、異世界召喚はこの国のみで行われ、交代要員を入れて約100人の魔法士がかかりきりで儀式を行います。しかしそれもいつでもできるということではなく、不定期に訪れる次元の歪みが発生する時期にしか行えません。この100年の間に召喚された者は十数人いますが、勇者に認定されたのはたった1人です」
「はぁ?なにそれ。たった1人って」
「それだけ基準が厳しいってことなんじゃない?」
エリアナの疑問に優星が答える形になった。
「その通りです」
「そもそも勇者って何なの?」
エリアナはゲームとかしない人だから、勇者の定義を知らないんだな。
「勇者というのは、かつて召喚された者たちが名付けた呼び名です。彼らによれば、勇者とは魔王を倒す者、という意味だとか。それでそのままこの名称を採用したのです」
「ま、正しい認識だよな」
将が頷く。
「で、さっきの質問に戻るわ。ナントカの花粉のせいで軍隊が出せないんじゃ、この4人だけで魔王を倒すとか現実的じゃないと思うんだけど」
「今のところは、魔族を人間の版図に入れなければいいだけです」
「え?だってさっき魔王を倒すのが目標だって…」
「ですからあくまで目標です」
「話が違うじゃねーか。魔王を倒すんだろ?」
「魔王は倒せますが殺せないのです」
「え?」
一同が首を傾げた。
「殺しても復活するとか?」
私がそう云うと、レナルドは頷いた。
まさかの正解。
「魔王は不老不死、殺しても殺しても転生して生き返ります。なので倒すだけ無駄なのです」
「何だよ、その絶望的な状況」
将は呆れた。
「魔族と戦う主な戦場は花粉の影響のある国境付近になります。その他、国内に潜伏している魔族もいます。戦いに際しては、万全の対策をした一個中隊がお供します」
「あー、軍隊は出してくれるんだ?」
「でも魔王を倒せないんなら、魔族を倒しても無駄なんじゃね?」
将がため息交じりに云うとレナルドは衝撃的なことを云った。
「魔王は100年前の人魔大戦で、勇者に倒されました」
「は?でも殺せないんだろ?どうやって倒したんだよ」
「それを倒すのが勇者たる所以なのです。しかも勇者はその際、魔王の能力を封印したと云われています。おかげで100年たった今でも魔王は復活していません」
「それじゃ魔王って今いないの?」
「ええ。ですから魔族を追い払うだけで良いのです」
いや、それ先に云ってよ。
「ですがいつ復活するやもしれません。その日のために備えることが重要です」
「その封印って、具体的にどうやるんだ?」
「わかりません」
「はあ?なんだよ!そういう情報は共有しといてくれよ」
「申し訳ありません。勇者は突然姿を消してしまったので」
「探すにしても、100年前じゃさすがにもう生きていないよな。今度魔王が復活したらどうすんだよ?」
「皆さんが勇者に覚醒すれば問題ありません」
「そんな都合よく行くもんかな」
将とレナルドの応酬を、私たちは黙って聞いていた。
「基本的なことを訊くけど、魔族と人間てどうして争ってるの?」
エリアナが素朴な疑問をぶつけた。
「魔族が人間の土地を奪いに来るからです。人間はそれを撃退してきました。魔族の土地は作物が育ちにくいらしく、豊かな土地を求めて人間の国へ攻め入ろうとするのです」
「あ、良かった、魔族が人間を食べるとかじゃないのね?」
私がそう云うと、なぜかレナルドは少しムッとした。
「有史以来、そのような事例は聞いたことがありません。魔族が使役する魔物や魔獣の中には、人間を襲ってエサにする個体もあるようですが、魔族自身は人間を食糧にしたりはしません」
「じゃあ、魔族も人間と同じようなものを食べているの?」
「ええ。ですから土地を奪いに来るのですよ。彼らの食糧は『魔の森』の実りを収穫したり魔物狩りをして賄っているとか聞きますが、それだけでは足りないのでしょう」
「なんかうまくいく方法ないのかしら。魔族に農作物を売るとか」
私が提案すると、レナルドは表情を変えた。
「そのようなことを行っている国もあるようですが、魔族と慣れ合う必要などありません。彼らは敵です」
彼の変化に少し違和感を覚えた。
「私たち、まだ魔族に会ったこともないんだけど…」
「魔族と会うのは戦場です。情けをかけてはいけません」
「ずいぶんな敵対心ね」
「この世界から魔王とすべての魔族を滅すべし、というのがこの国の教義です」
そういやこの国は宗教の国だったんだっけ。
小さい時からそういう風に教えられているとしたら、洗脳状態になってしまうのかもね。
これ以上、彼に魔族について聞いても同じような答えしか返ってこないと思ったようで、話はここで終わった。