表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
247/248

余談:一瞬の刻、永遠の幸福・前

 私がこの世界にやってきてから、初めての魔族の繁殖期が訪れた。

 それだけ時が流れたということだ。

 魔族の中で暮らしている私の周囲はそれほど変わりはなかったけど、外の世界ではそれなりに変化していた。


 数年前、優星が亡くなった。

 死因は明らかになっていないけど、魔力を失う奇病だそうで、回復士にも治せなかったという。

 優星はオーウェン王国の女王カーラの婿になり、オーウェン公となって女王を支えた。

 今は代替わりして神聖オーウェン王国となり、優星の孫が王位についている。


 オーウェン王国で行われた彼の国葬には、魔王も同行してくれた。

 魔王が参列するということで、先方は大慌てだったみたいだけど、葬儀は盛大に行われた。

 元エウリノームだった優星は、人間として生き、最期まで幸せな時間を過ごしたという。

 エウリノームの悪行は許せないものだったけど、優星として生きた人生は統治者として評価されるべきものだった。

 不死を望んだエウリノームは、転生を繰り返してしまう運命だったけど、私が彼の魂の輪廻を断ち切ったので、もう転生はできなかった。今度こそ、彼の魂は魔界へ戻り、リセットされて新たな生命として生まれ変わる時を待つことになるのだろう。


「あのようなスキルさえなければ、魔族としても真っ当に生きられただろうに。だがこうして多くの者が死を悼んでくれる生を全うできたのだ。満足だろう」


 優星の棺の前で、魔王はそう言葉を掛けた。

 エウリノームを良く知る魔王によれば、彼は魔族の中でも魔王に次ぐ長命で、収集したスキルや自身の能力に関して自慢気におしゃべりするのが好きな魔族だったそうだ。

 彼は魔王と対等に話ができる数少ない人物で、魔王とは極めて近しい間柄だった。ところがエウリノームが2000歳を過ぎた頃から、少しずつ肉体が衰え始め、目に見えて歳を取るようになって、次第に疎遠になっていったという。一般的に魔族の外見は、個人差はあるものの、人間でいうところの30歳程度の外見まで変化し、そのまま寿命を迎えることが多い。人魔大戦後にエウリノームの姿を見たジュスターによると、当時の彼は人間で言えば100歳以上の老人に見えたという。

 身近に魔王という不老不死の存在を見ていた彼は、その力を羨むようになったのだろう。

 魔王はエウリノームが歳を取り始めた原因を、魔力の使い過ぎによるものだと分析していて、今回の奇病もその影響なのだろうと推察した。過ぎる力は身を滅ぼすのだと、そっと呟いていた。


 優星を見送った私は、こうして親しい人たちがいなくなっていくのを、これから何度も見送らねばならないのかと、ふと寂しさを覚えて、体が震えた。

 そんな時、魔王がそっと抱きしめてくれた。

 彼はもうずっと長いこと、こんな思いをたった一人で抱えていたんだと、初めて理解した。

 どれだけ心を寄せた相手でも、いつか死に別れる日が来て、取り残される。

 私ならきっと耐えられなくて、寂しくてどうにかなってしまうかもしれないって思った。

 かつての魔王が他人を信用せず、歩み寄ろうとしなかったのは、そうした別離による喪失感から心の均衡を保つためだったのかもしれない。

 私は彼のぬくもりを感じて、この孤独な旅に伴侶がいてくれるということが、どれだけ有難く、心強いことなのかを改めて悟った。


 エリアナとは今も時々手紙をやりとりしている。(彼女は結局、文字の読み書きを諦めたので、今は孫が代筆しているそうだ)

 ゾーイは王国の元帥となった将の右腕としてオーウェン軍で働いていたけど、父親が引退したのを機にアマンダにプロポーズして故郷の領地に戻り爵位を継いだ。

 エリアナ自身は、将と結婚して子供が3人、孫が8人できていて、ひ孫も生まれているそうだ。


 アトルヘイム帝国は今、女帝サラ・リアーヌの息子が帝位を継いでいる。

 魔王はサラとは時々政治的なことで連絡を取っていたから、内部事情には詳しい。

 転移ができる私も、サラに会おうと思えば簡単に会えるのだけど、魔王から許可なく外国の要人の元へ転移で行ってはいけないと云われているので、もうずいぶんと会っていない。


 アトルヘイム帝国はクーデターが後を引いて帝国民会議という市民団体が力を持つようになったという。それは魔王が支援したおかげだと彼は自慢げに云っていた。

 クーデターの責任を問われた皇帝は引退に追い込まれ、外国から婿を迎えたサラが15歳になると、サラ自身が女帝として立ったのだ。

 女が皇帝になるなど前例のないことだと門閥貴族たちの反発を招いたが、サラは帝国民会議の熱烈な支持を背景に、国内の改革を強引に推し進めた。金と権力を振りかざす門閥貴族たちを排除し、身分によらず正しく評価された者たちを国政の中心に据えた。

 帝国法から魔族排斥条項が削除され、魔族狩りや奴隷売買することも禁止された。


 こうした新しい体制に不満を持った貴族や領主たちが結託して反乱を起こそうとしたが、黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)が出動し、すべて未然に防がれた。

 反乱に加担した貴族たちはその領地や財産すべてを没収されて監獄へ送られた。

 その陰では、魔王の放った諜報部隊が暗躍していたことは、極一部の者のみが知る極秘事項である。

 

 私の住むゴラクドールは美食特区やカジノなどのエンターテインメント事業に力を入れた結果、多くの観光客が訪れるようになり、この数十年で今や世界有数の豊かな国になった。これはテュポーン災禍を経て、魔族に対する差別が減ったことが大きな要因だ。

 

 そんな中、突然伝えられた魔族の繁殖期到来の情報は、瞬く間に人間の国に広まった。

 繁殖のために多くの魔族が魔族の国へ帰るという話も伝わって、一時的にゴラクドールから魔族がいなくなるという噂が流れた。


 すると、これを好機と捉える不届き者が現れ始めた。

 多くの魔族たちが魔族の国へ戻る繁殖期の間、ゴラクドールの警備が手薄になると踏んで、ゴラクドールに侵入し、盗賊行為を行おうとする盗賊集団や、魔族の手に落ちたこの都市を再び人間の手に取り戻そうと企む者たちが一斉に暗躍を始めたのだ。


 だが、魔王や魔王軍の総指揮官であるジュスターは、その動きをいち早く察知していた。

 繁殖期の情報が流れた直後、人間の大陸の各国に潜入させていた聖魔軍諜報部隊を一旦召還し、様々な情報を得ていたのだ。

 その諜報部隊から、ゴラクドール襲撃を計画していた大盗賊団の情報を得た聖魔騎士団は、その本拠を壊滅させ、盗賊たちを一網打尽にしてそれを未然に防いだのである。


 聖魔軍諜報部隊とは、ほとんどの者が隠密スキルを所持している聖魔軍の中から、特に有能な者たちを選抜し結成された、情報収集に特化した特殊部隊である。

 諜報部隊にも繁殖期に入る者がいたが、その穴を埋めるセレスら精鋭の仕事ぶりは、魔王を感心させるものだった。

 優星の死去に伴い魔王府に帰還してきた魔王護衛将のカラヴィアが諜報部隊の指揮官に就任してからは、更にその精度が向上した。

 カラヴィアは護衛将という立場ではあったが、個人行動が多く、こうした専門部隊を率いるのは初めてのことだったので、かなり喜んで張り切っていた。これは空位だった魔元帥に昇進したジュスターの人事によるものだが、適材適所というに相応しかった。


 そんなある日、事件は起こった。


 ゴラクドールの入国門の審査所を、商隊を装った傭兵の一団が急襲したのだ。

 傭兵たちが予想した通り、入国門の警備に立つ兵の数はいつもよりもずっと少なかった。

 商隊の荷馬車の中に隠れていた傭兵たちが門兵を倒して門を突破すると、後ろに並んでいた複数の商隊の馬車も偽装を解いてそれに続いて市内に侵入した。

 市内の通りにいた人々は、突然の暴走馬車軍団に驚きはしたものの、幸い怪我をしたものはいなかった。

 計画通りに市内を走る馬車は、一路中央広場を目指した。


「何だ、大したことなかったな。鉄壁の入国門が聞いてあきれるぜ」

「情報通り、魔族の兵が少ないな」

「中央広場はもうすぐだ。そこで市内に潜伏している仲間と落ち合う手筈になっている。急げ」


 傭兵たちは余裕綽々で、門から延びる大通りを真っ直ぐに馬車を走らせ、そのまま中央広場の中心の噴水前を目指した。

 彼らに呼応するように、都市に潜入していた仲間たちが広場に集まってきて、傭兵たちの数は100人以上になった。

 傭兵たちは広場を占拠すると、外にいる仲間へ狼煙(のろし)をあげた。


「よし、これで外で待機している増援部隊が突入してくる。俺たちはその隙をついて聖魔府へ潜入する。目的は分かっているな?」

「聖魔さえ人質にとればこっちのもんだってことだろ」

「護衛のラセツとかいう奴は陽動で聖魔から引き離す」

「ヘヘ、何とも楽な仕事だな。前金の金貨500枚と合わせて、成功報酬の残り500も貰ったな」

「聖魔ってのは人間の女なんだろ?魔王とエンゲージして不老不死になったっていう」

「聖魔騎士団とやらが護衛についてるって話だが、たかだか10人程度っていうじゃねえか。しかも半分は遠征に出てるって調べがついてる。問題にもならんよ」

「ああ、年寄連中はビビリすぎなんだよ。だいたい、魔王が怖いっていうけど、実際魔王が戦うところを見た奴なんかいんのかよ?」


 テュポーン災禍から70年以上が経っていて、若い傭兵などにとっては、かつての魔王やそれと共に戦った者たちのことなどただの伝説という認識になっていた。

 この仕事を受けたのは、20代以下の若い傭兵たちばかりで、彼ら以外の年上の傭兵たちは皆、断っていた。年上の傭兵たちは口をそろえて、ゴラクドールに手を出してはいけないと云ったが、若い者たちには理解できなかった。


 しばらく噴水広場で、増援の到着を待っていた傭兵たちだったが、封鎖している広場の周辺に魔族が増えてきたことに気付いた。


「野次馬にしては数が多いな」

「気のせいか、広場の周囲を囲んでいるように見えるな」


 それは気のせいではなく、市民に紛れ込んでいた魔王軍の兵士たちであったことを傭兵たちは気付いていなかった。

 そして―


「お、おい…。あれは何だ」


 広場周辺を取り囲む魔族たちを牽制していた傭兵たちは、目を見開いた。

 彼らが見たのは、広場に向かってくる、ひときわ大きな人影だった。


「あ、あれは一ツ目の巨人、ラセツ…!?バカな…!奴は聖魔府にいるはずじゃなかったのか?」

「知るかよ!見張りは何してたんだ!?」


 それは身長5メートルを優に超える、一ツ目の魔族ラセツだった。

 彼らの予定では、ラセツたち聖魔軍や聖魔騎士団は聖魔府にいるはずだったのだ。

 聖魔軍の制服に身を包んだ大男(ラセツ)は、巨大な戦鎚(ウォーハンマー)を手にしていた。それは魔王が彼に与えた特製の武器で、その巨体に相応しい破壊力を予感させた。


「ひっ…!こ、こっちへ来るぞ!」

「くそっ…、増援はまだか!」


「いくら待っても増援なんか来ないよ」


 どこからかそんな声が聞こえた。


「何!?誰だ!?」


 傭兵たちは辺りを見回した。

 誰かが「上だ!」と叫んだので、彼らは空を見上げた。

 黒い羽根がひらりと降ってきたと思うと、傭兵たちの前に黒い翼の魔族が舞い降りた。 

 少年のような容貌の魔族の登場に、傭兵たちは驚いた。

 彼らを驚かせたのはそれだけではなかった。

 黒い翼の魔族の隣に、いつの間にか立派な体格のイケメン魔族が立っていた。


「な、何なんだ、おまえら、どっから現れた!?」


 傭兵の一人が叫ぶと、他の傭兵たちが駆け付け、ザッと2人の魔族を取り囲んだ。


「増援が来ないとは、どういう意味だ?」

「そのまんまさ。都市の外には魔王軍が待ち伏せしてたんだよ」

「なっ…!?まさか、なぜそんな…!」

「それは、最初からこの計画を知ってたからだよ」


 翼の魔族が答えると、補足するように隣に立つイケメン魔族が語った。


「今頃、外にいるあんたたちの仲間はドラゴンの餌食になってるよ」

「ドラゴンだと…!?」

「気付いてなかった?ゴラクドールに潜伏していたあんたたちの仲間をおびき出すために、わざとあんたらを入国させたんだよ。門兵たちが追いかけてこないのを不思議に思わなかったかい?」

「なんだと…!」


 傭兵たちはお互いに顔を見合わせた。

 これは罠だったのか?という表情だった。


「ちなみに聖魔様はお留守だよ。あんたらが昨日酒場で前祝してる間に、お出かけしちゃったんだよね」

「なっ…!」

「それは本当か!?」


 リーダーらしき傭兵は、驚いて市内に潜伏させていた仲間を見た。


「あれほど見張っとけと言っただろうが!」

「す、すいません…」


 若い傭兵は頭を下げながら、昨日のことを思い出していた。

 聖魔府の様子を遠巻きに伺っていた彼は、どこからか現れた色っぽい商売女に声を掛けられた。

 要するに客引きにひっかかったわけだが、その女に誘われるまま、仲間を呼んで朝まで酒場でドンチャン騒ぎをしていたことはさすがに云えなかった。

 実はその女の正体は、魔王護衛将のカラヴィアだったのだが、彼らはそんなことは当然知らなかった。

後編に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ