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余談:ゲームマスター

 エンゲージ式から数日後、イシュタム(ビー)が現れた。

 と云っても、現実世界ではなくて、眠っている時に私の意識に接触(アクセス)してきたのだ。

 悪いけど、こっちは治療院と式の準備で忙しくて、彼のことをすっかり忘れていた。


 以前彼は「私の一部になった」とか云っていたけど、それはこうしていつでも私に会いに来れるという意味だったらしい。

 その割に3年近くも音沙汰がなかった理由を知って、正直驚いた。

 今回彼がやってきたのは、テュポーンの様子を伝えるためだった。

 私からテュポーンを託されたイシュタムBは、テュポーンの意識の中を探り、彼が望む世界を創り上げているはずだった。

 話を聞くより直接見た方が早いと彼が云うので、テュポーンの世界へ連れて行ってもらうことになった。


 イシュタムBは、私たちがいるこの世界を忠実に再現してテュポーンの世界を構築していた。

 彼は魔族を通じて世界中の豊富なデータを持っているので、かつて私のために創った世界よりもずっと創りやすかったと云う。そういうところはやっぱり神様なんだなあと感心する。


 私とイシュタムBが降り立ったのは、彼の創った世界の南の大国、ガベルナウム王国の大都市の1つ、タ・タルの市場という所だった。

 市場は多くの人々が行き交っていて活気がある。

 この世界の人々は、イシュタムBが魔界から連れてきた魔族たちの意識を具現化したものだという。魔族は死ぬとその意識はリセットされて魔界に戻り、再び転生する日を待つのだという。イシュタムBは、そのリセットされた意識たちにそれぞれ役割を与えてやっているのだ。

 なので、この街にいる人々はイシュタムBが創ったNPC(ノンプレイヤーキャラ)ではなく、それぞれ中の人がいるってことになる。どっちかっていうと、ネットゲームのオープンワールドみたいな感覚に近い。

 私とイシュタムBの姿は、この世界の人々には見えていないため、市場を通り過ぎる人々は私たちの体を何事もなかったかのようにすり抜けて行く。まるで幽霊にでもなった気分だ。


 南の大陸にあるこの国では、道行く人の着ている服は、南アメリカの民族衣装のようなカラフルで特徴的なものが多く、文化の違いを感じる。

 以前、アトルヘイム帝国城から脱走する際に出会ったサッカラ族の人たちを思い出した。


「ガベルナウムって初めて来たけど、こんなに大きな都市なのね…!」

「ガベルナウム王国は多民族の集合国家で、首都にあたる都市が複数ある。その中には魔族も多数住んでいる。王国という体裁を取っているが、実際は複数の部族から王が3年ごとに持ち回りで選ばれる。それ故、王位継承問題も起こりにくく内紛も少ない」

「へえ~!いろんな国の形があるのねえ。でも、なんでこの国なの?」

「テュポーンは、大司教公国やヨナルデ大平原周辺の国々を良く思っていないようだ。恐らくあちらの人間たちから攻撃を受けたことが精神的外傷(トラウマ)になっているのだろう」

「それで、見知らぬ土地を選んだってわけか…。意外とナイーブなのね」

「見ろ、ちょうどやってきたぞ」


 イシュタムBが指さした方向から、1人の青年が大きな籠を背負ってやって来た。


「嘘…!あれが…テュポーン…?」


 私は目を疑った。

 そこにやってきたのは、長い赤髪を首の後ろでひとまとめにし、日焼けした浅黒い肌の快活そうな美青年だったからだ。

 擬人化にも程があるぞ…。

 蛇の要素はどこ行った?


「あの姿はあんたのセンス?」

「…ずって見ていても嫌にならない顔にした」

「まあ、悪くはないわよ」


 それを褒められたと思ったイシュタムBは、ホッとため息をついた。

 そうしている間にも、青年は市場を駆け抜けて行く。

 市場の露店のおじさんやおばさんから彼に声がかかる。


 うーん、元気な若者を近所の人々が優しく見守っているという、お約束の設定だな。


「ここでは彼はタイフォンと名乗っている。南方の森で薬草を採ってきては薬問屋に売って生計を立てている」

「ってことは、彼は人間なの?魔族じゃなくて?」

「ああ。それがテュポーンの望みだ」

「へえ…意外。人間が憎いって言ってたのに」


 タイフォンは薬屋、と書かれた看板のある家に入って行き、そこの店主に元気よく挨拶をした。

 その店主は胸の開いたドレス姿の、何とも色っぽい巨乳のオネーサンだった。

 彼は籠を下すと、中から貴重な薬草を取り出して店のカウンターに並べ、慣れた様子で巨乳のオネーサンと値段交渉をしている。


「最初にここへ転生させた時、テュポーンの記憶をすべて封じた。この世界で目を覚ましてからは、無の状態からスタートした。奴は意外にも生きるために自ら考え、文字を覚え、生活し始めたのだ。もっとも手助けする者を配置してサポートしてやってはいるが」

「箱庭系シミュレーションゲームみたいね…。まさか自分が仕組まれた世界で生きているなんて想像もしていないんでしょうね」

「我々はあれに接触していないからな。これからもするつもりはない」


 あー、でもそーすっと、定期的にイベントを起こしてやんないとダメよねえ。


「彼に対して何かアクションを起こしていたりするの?」

「もちろん。何もしなければ淡々と生活が進むだけだが、それでは面白くないからな。我々はそれを考えるだけで忙しく、おまえに報告するのが遅れてしまったのだ」


 なるほど…。この箱庭ゲームにハマってたってわけだ。完全にゲームマスターだな。


「…いいけど、途中で飽きて投げ出したりしないでよ?」

「それはちゃんと考えている。奴が寿命を迎える度に世界をリニューアルし、その都度記憶もリセットするつもりだ」

「え~!強くてニューゲーム無し?引継ぎは?クリア特典は?」

「記憶はリセットされるが、奴の無意識の中で蓄えられた経験は蓄積されていく。得たスキルや能力の一部は引き継ぐことができる。それらも奴自身に選ばせてやろうと思っている」

「良かった…」

「それに、ここへきたばかりの時は憎悪と恨みにまみれていたが、その蓄積された経験は奴の性格や考え方に影響を与えることになるだろう」

「ってことは、性格も変わるってこと?いい人になるかもしれないの?」

「我々の育成計画ではそうなる予定だ。そしていつか、奴自身が納得し、自らの意志で眠ることを選択すれば、この世界を終わらせるつもりだ」

「育成シミュレーションもありか…。なんか楽しそう…」

「フフ、おまえは実に良い仕事を我々に与えてくれた。我々は毎日がとても楽しい。他にも追放したい者がいればいつでも引き受けるぞ」

「今度問題児が出たら、あんたに教育を頼むことにするわ」

「任せておけ」


 店主のオネーサンにおまけしてもらってウハウハなタイフォンは、そのお金を持って向かいの食堂に入って行った。彼は、そこで給仕をしている可愛い女の子をちらちら見ているけど、彼女は他の客に愛想を振りまいていて、彼にはまったく興味を示していない。


「もしかして、あの女の子に気があるの?」

「どうだろうな。何人か違うタイプの女性を周辺に配置しているのだが、どの女性ともまだそれほど親しくなってはいないようだ」

「恋愛ゲームの要素もあるわけね…。まさかハーレム系になったりしないわよね?」

「なるほど、そういった趣向もあるか。考えておこう」

「…あんまり振り回さないであげてね」

「もちろんだ。行動するのは奴だ。我々は彼の行動には干渉しないことにしている。この物語の主人公は奴だからな」


 イシュタムBは完全にゲームマスターとして楽しんでいるようだ。


「…なんか趣旨が違って来てるような気もするけど、まあ、あんたも楽しそうでよかったわ。実は、テュポーンを押し付けたものの、どうしてるのか気になってたのよね」

「そんなに我々のことを気にかけてくれていたのか」

「そんなにってほどでもないけど…」


 イシュタムBは私の手を取って、熱い視線を送ってくる。

 もちろん、私にとって彼は下僕の1人という存在なんだけど、魔王のいない所でこうしていることに、なんとなく後ろめたさを感じて、その手を振りほどいた。


 それにしても、この世界はあまりにも日常的で、普通だ。

 これが、テュポーンの願った世界だったなんて、意外だ。彼は本当は平和な世界で、人間と仲良くしたかったんだろうか?


 表通りから食堂の中のタイフォンを見ていた私は、そろそろ戻ろうかと思ってその場を立ち去ろうとした。


「あの!待ってください!」


 タイフォンがそう云って店の中から出てきた。

 私の姿が見えるはずはないので、彼が声を掛けたのは別の誰かだと思って無視していた。

 気付くと、隣にいたはずのイシュタムBの姿が消えていた。

 タイフォンは私を追いかけるようにずっと付いてくる。

 私がタイフォンを振り返ると、目が合った。


「どこかでお会いしませんでしたか?」


 私の周囲には誰もいなかった。

 驚いたことに、どうやら彼は私に話しかけているらしい。


「…私が見えるの?」

「えっ?見えます…けど?」


 嘘でしょ…。

 どういうこと?

 こんなの聞いてない!

 イシュタムBの奴、どこ行った?


「あの…俺、あなたに見覚えがあるんです。あなたは誰なんですか?」 


 ちょっと、何これ?

 彼と接触していいわけ?


「私のことは…知らない方がいいわ」


 何とか誤魔化そうとしてその場を立ち去ろうとした。


「待って!」


 タイフォンが私の腕を掴んだ。


「え!?なんで…?」


 なんで私に触れるの!?

 私が驚いていると、タイフォンは慌てて手を離した。


「あ、ごめんなさい」


 まさか、イシュタムBの奴、この世界に私を巻き込むつもりで連れてきた…?


「どうしてもあなたが気になって…」

「ダメ!ダメよ!私は違うんだから!ちょっとイシュタムBー!」 


 すると私の前にイシュタムBが現れた。

 その途端、タイフォンが「消えた!?」と騒ぎ出した。

 どうやらイシュタムBが私の姿を消したらしい。


「イシュタムB!どういうことよ!?私を巻き込むつもり?」

「この世界にも神が必要だと思ってな」

「絶対あれ恋愛フラグ立ったじゃん!どーすんのよ?」

「この世界には神の理念を植え付けてある。いくら想っても神と恋愛はできん。そういう挫折も経験させようと思っている。だから定期的にあれに会いに来て欲しい」

「呆れた…。最初からそのつもりだったのね…?」

「この世界をおまえに見せたかったし、この楽しさをおまえと共有したかったのだ。向こうではいつもあの魔王と一緒にいるのだろう?少しくらい我々に会いに来てくれても良いではないか」

「…そんなこと、魔王が知ったら、あんた消滅させられるわよ?」

「フン。ここは我々の世界だ。魔王といえど簡単には手は出せぬ」


 イシュタムBは余裕を見せた様子で云った。


「あんた知らないの?魔王は原初の神(カオス)と同化した時、その力を手に入れたのよ?次元を超えて別の世界にも干渉できるようになったんだって言ってたけど?」

「何…?」

「勝手に私を巻き込んだことを知ったら、きっと怒るだろうなあ…。あんたを消して、あんたの代わりにこの世界を創るとか言い出したりして?」

「…そ、それは困る」

「なら、今後は勝手に私を巻き込んだりしないでよ?前もってちゃんと相談してよね?」

「わかった…」

「まあ、今回は仕方ないから、付き合ってあげるけど」

「本当か?」


 イシュタムBの顔はパッと明るくなり、笑顔になった。

 後がめんどくさそうだから、魔王にはこの世界を見に行ったことだけ伝えておこう。


「それじゃ、魔王が心配するといけないからそろそろ戻るわね」


 私はイシュタムBに送ってもらってテュポーンの世界を後にした。


 眠りから目覚めると、もう朝になっていた。


「目覚めたか」


 私の目に、魔王の美しすぎる顔が映った。

 毎日こうして見ているはずなのに、やっぱりまだドキドキする。これもエンゲージの効果なのかな?


「あ…おはよう」

「おまえ、意識を飛ばしていただろう?どこへ行っていた?」


 やっぱりお見通しだったか…。

 隣で寝ていたはずの彼は、片肘をつきながら、私を見つめている。


「えっとね…」


 これは隠せないなと思い、私は彼に事情を説明した。

 テュポーンの様子を話している間は、興味深そうに聞いていたけど、イシュタムBのことを話すと、魔王は眉をひそめた。


「あいつめ、また勝手におまえを利用しようとしたのか。まったく油断も隙もないな」


 彼はそう云ってため息をついた。


「怒った…?」

「いいや。我には奴がおまえに会いに来るのを止められぬからな。おまえが嫌がっているというのなら別だが、そうではあるまい?」

「うん。だって厄介事を押し付けちゃったわけだし」

「奴もおまえの役に立ちたいと思っているのだ。たまに会う分には構わん」


 彼は私を信頼してくれてるんだ。

 それがなんだか嬉しかった。

 彼に隠し事をしようとしていた自分を恥じた。


「うん。…でも、ちょっと意外」

「我が焼きもちを妬いて怒ると思ったか?」

「…うん」

「正直に言えば、愉快ではないぞ?他の男と会っているのだからな。だが、それでおまえの行動を制限するのは、度量が小さい男だと思われて逆に嫌われると思ったのだ」

「そんなこと…思ってたんだ?」

「過保護すぎてはいけない、束縛しすぎてもいけない、放置するなど言語道断、とエンゲージした経験のある女たちは口をそろえて我に説教したぞ」


 私は呆気に取られて彼を見た。

 エンゲージした経験のある女たちって、ロアとかホルスのことだろうか。

 そういえば、2人共エンゲージ式に来ていたから、その後話をしたのかもしれない。

 魔王ともあろう人が、一体どんな顔をしてそんな経験談を聞いていたんだろうかと思うと、少し笑えて来た。


「ああ、あと大事なことがもう1つ」

「何?」

「1日1回、愛している、と言うことだ」


 うわぁ…甘々だぁ…!新婚さんだぁ!

 私は一人、悶絶していた。

 それでも彼はまじめな顔をして云った。


「愛している」


 彼は私のおでこに口づけをひとつ落として微笑んだ。

 私は再び、甘いまどろみの中に誘われていった。

余談、というか、後日談のようなものです。アレを押し付けられたあの人はどうしてるのかな?ということで。最後は砂糖を吐くほどの甘々展開でした。

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