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遥かなる光

 意識下で、テュポーンが私に語り掛けてくる。


<何をする気だ?私はここから動かんぞ>


 …動かなくていいよ。あんた、もしかして怖いの?


<私を滅ぼすつもりなのだろう?そんなことをすればおまえも道連れだぞ。なぜおまえは恐れんのだ?>


 …さあね?なんでか、ちっとも怖くないんだよね。あんたはなんで滅びたくないわけ?


<それは生き物としての本能だ。それに、私にはまだこの世界に住む者たちを蹂躙して滅ぼすという使命が残っている>


 …あんたそんな好き勝手やってんのに、まだ使命なんてこと言ってんの?


<これは私のすべきことなのだ。この世界の奴らは私を追い詰め、痛めつけ、殺そうと企む。あの恨みを晴らさねばならぬ。私はただ、私という存在を維持するために人を食らい、命令に従っていただけなのに>


 …なんだかいじめに遭ってた子みたいだな…。そんなに辛かったんなら、魔界へ逃げればよかったじゃない?


<魔界にはもう戻れぬ。自我を得た私は、あの退屈な世界で生きることはできない>


 …行き場がないからここにいるしかないってことか。

 でもあんたみたいなのが、魔力を消耗せず存在しつづけられて、退屈しなくて、人と仲良くできて…なんてそんな都合のいい世界なんてあるはずないよなあ…。

 …ん?

 待てよ…。

 そうだ…、あそこなら…。

 あの人なら、もしかしたら…!



 考え事をしているうちに、私の意識にイシュタムが接触してきた。

 イシュタムは私に向かって手を伸ばし、私の意識を鷲掴みにした。

 イシュタムの手に引っ張られる形で、私は体から頭上にスーッと意識が抜けていくのを感じた。

 幽体離脱って感じで宙に浮いている。

 まるで自分が幽霊になったような気分だ。


 眼下には、意識を失って倒れた私の体をジュスターが抱き上げているのが見えた。

 ジュスターの周りには心配した騎士団のメンバーが集まってきていた。

 彼らには私の姿は見えていないみたい。

 倒れた私を囲んで、何度も名前を呼んでる。テスカやアスタリスなんかは泣き出してしまっていた。

 なんかごめんね…。


 体から出た時、私はずしりとなにやら重みを感じた。

 自分をよく見ると、黒い人影に羽交い絞めにされてた。


「うわあ!なにこれ…!」


 それは顔のない、真っ黒に塗りつぶされた、文字通り「人影」だった。

 我ながらキモイ。こいつのせいでこんなに重かったんだ…!


「そいつがテュポーンだ。おまえの中に侵入し損ねて、そうしてしがみついているのだ」


 イシュタムが説明してくれた。

 この黒い全身タイツみたいなのがテュポーンの意識体…?

 私は必至でこのキモイ黒い影を引き離そうとした。

 だけど、ビックリするぐらい密着していてまったく離せそうにない。

 テュポーンは何を云っても無反応で、もう意思の疎通ができないみたいだった。

 こいつが人型をしているのは、テュポーンの意識がより人間に近づいている証拠だとイシュタムは云った。


 私の意識が抜けたのを見届けると、カオスはその巨体を起こして立ち上がった。

 イシュタムは、黒い人影がくっついたままの私の意識を連れて上昇し、カオスの巨大な手に託した。


『トワ、覚悟は良いか』

「うん…」


 どーでもいいけど、このキモイ奴背負ったまま行くわけ~?

 全然ロマンチックじゃないじゃん!

 私が思ってたのはこう…キラキラした光の中で彼と手に手を取って、天に召されていく…って感じのヤツだったのに…思ってたのと違う~!


『どうした?』

「何でもない…」


 これを連れて行くって云ったのは私だけど、一刻も早く離れて欲しい…。

 デートに行くのに泥だらけのクソダサイリュック背負っていく気分だわ…。


 私は何の気なしにカオスの手の中から地上を見下ろした。

 皆がカオスを見上げている。

 ひと際大きなラセツの後ろで、ロキとバルデルが棺を担いだまま、なにやら騒いでいるのが見えた。

 彼らが担いでいる棺が、チカチカと輝き始めた。

 その棺の蓋が突然、勢いよく空中に飛ばされ、棺の中から光の塊がものすごいスピードで飛び出してきた。

 それは、カオスの手の中にいる私の方へと真っ直ぐに向かって来た。


「ひゃあ!な、何…?」

『…むっ』


 その光は私の目の前で留まり、人の姿へと変化した。

 地上にいる人々には見えていないようだった。


「トワ」


 光輝くその人物は、私の名を呼んだ。

 予期せぬ出来事に、私は思わず驚きの声を上げた。

 私はその人物を知っていたからだ。

 その人は空中に浮かんだまま、私に礼を取った。


「あ、あなた、イ…イシュタム(ビー)!?何でここに?!」


 それは魔界の奥で私の世界を創っていた(イシュタム)の別人格で、私が適当にイシュタム(ビー)と名付けた神様だった。


「おまえの呼びかけに参上した」

『こやつは確か、いつぞやおまえが名付けた者ではないか。おまえが呼んだのか?』

「ううん、呼んでないよ?」

「確かに呼んだ。我々の名を呼んで、イメージしただろう」

「あ…もしかしてさっき…?」


 確かについさっき、テュポーンと話をしていた中で、イシュタムBと、私のために彼が創ってくれた世界のことをイメージした。もしかしたら彼なら、テュポーンの望む世界が創れるんじゃないかって思ったから。だけど、呼んだ覚えはない。


「でも、なんでこっちの世界に来れたの…?」

「あの器は異空間と繋がっているのだ」

「は?器って、あの棺?」

「依り代を持たぬ我々はこの世界に降り立つことはできぬ。だが、あの器を通してならば、こうしておまえの前に現れることができる。おまえに名をもらった我々は、おまえの一部になった。おまえが呼べばどこだろうが、こうしてすぐに駆け付けられるようになったのだ」

「うそ~ん…!そんな裏技、あり…?」

『クックッ…トワ、おまえといると本当に色々なことが起こるな』


 他人事だと思って魔王は笑ってるけど、この人は向こうの世界で私を取り合った人なんだよ?それでいいの?だいたい、イメージしただけで駆け付けるってヤバすぎない?

 それに、私の一部になったって、どういうこと?


「あの棺、一体何なの…?」

『あれはおまえの体の持ち主だった者の力の拠り所で、聖櫃(アーク)と呼ばれるものだ。異空間に繋がっているとは知らなかったが、おまえがあれを見つけて持ってきたのか?』

「あ~、うん。持って来いって言われたから…」

『そうか、あれの仕業か』


 棺の中で眠った時、夢に出てきた女の人が云ったんだ。

 この棺を持って行けば、必ず私の助けになるって。

 まさか、こんなオチが待ってるとは…。


「トワ、そいつは何者だ?」


 私を見送るため、待機していたイシュタムが尋ねた。


「あ~、えっとね…」


 あんたがイシュタム(エー)で、こっちはBなのよ、とか、一から説明してる暇ないもんね。


「あんたの兄弟よ」

「何だと…?ではこいつも…」

『それは間違ってはいない』


 魔王はクック、と笑っていた。


「えーと、それで、何しに来たわけ?」

「決まっている。おまえの望みを叶えるために来たのだ」

「望み…」

「手始めにその薄汚い手でおまえに触れている奴を取り除いてやろう」

「え?」


 イシュタムBはそう云うと、その手にどこからか取り出した透明な丸い宝玉を掲げた。

 そうして何か呪文めいたことを呟くと、私に憑りついていた黒い影が急に苦しみだして引き剥がされ、ものすごいスピードでその宝玉に吸い込まれていった。

 イシュタムBが持っていた宝玉はテュポーンの意識体を封じて真っ黒に染まっていた。


「すっご…!」

「フン。学習しない奴だ」


 私は思わず拍手した。さっすが神様…!見事な手際だ。

 つーか、神様の手にかかればテュポーンだって、こんなに簡単に事が運ぶのか…!もっと早くに呼べばよかった。


『昔とまったく同じ方法で封じられるとは、バカな奴だ』

「…え?もしかして、昔テュポーンを魔界へ送り返したのもイシュタムBの仕業?」

「そうだ。あの時は人間の神に呼ばれてやってきたのだ」

「マジか…!」


 絵本でも明かされてなかった新事実が明らかになった。

 そりゃ神様間のやりとりなんて誰も見てないからわからないよねえ…。


「こんな簡単に事が運ぶんなら、なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

『トワ、それは結果論だ。誰もここへその者が現れることなど予想はできなかった』

「そっか…ごめん」

「この封印は長くは持たぬ。どこへ追放するのか早く決めねばならん」

「あ、そうなの?ずっとそのまま封印できるわけじゃないんだ?」


 宝玉に封じたのは持ち運ぶための一時的な方法らしい。


『それは我が持って行く。トワ、今ならまだ、おまえは戻れるのだぞ?』

「ゼルくん、何回も云わせないでよ。私の決心は変わらないんだってば。テュポーンがいようがいまいが、関係ないよ。あなたが行くなら私も行く。一緒に行くって言ったでしょ」

『…そうか』

「これが邪魔なのか?ならば魔界へ連れて行き、別の封印を施すこともできるが」


 イシュタムBは黒く染まった宝玉を手に、私にそう進言した。

 その時、私は閃いた。


「そうだ、あんたの世界で、そいつの望むままの世界を創ってあげてよ。テュポーンにとっての理想郷を創ってやれば、満足するんじゃないかな」

『トワ。それは危険だ。そいつの世界は魔界に通じているのだ。今魔界は弱体化しており、逃げ出す可能性もある。我が連れ出す方が確実だ』

「私ね、テュポーンと話して気付いたの。あいつ、悪い奴だけどそれは自分で望んだわけじゃないんだって。居場所が欲しいだけなんだよ」

「おまえが望むのなら構わぬが、これを野放しにしても良いのか?」

「うん。いいの。自由にしてやって。縛るから逃げようとするのよ。自我を持ったんだから、テュポーンにも望みの1つや2つあるはずよ。それを叶えようって気になればその世界から逃げ出そうとは思わないよね?」

『おまえは優しいな、トワ。テュポーンに生きる目的を与えて、その世界で生きさせようというのか』

「多くの犠牲者が出たことは消せない事実だわ。だけどそのテュポーンを生み出したのは(イシュタム)でしょ?責任を取るべきなのはそっちじゃない」

『フム』

「確かに我々にも責任はある。おまえの言う通り、テュポーンを我が空間で監視しよう」

「お願いね」


 イシュタムBは私に礼を取り、黒い宝玉を持って、再び光の玉になって棺へと消えた。

 さて、これで邪魔者は消えたわ。


「ゼルくん、今度こそ…」


 その時、魔王の呻くような声が聞こえた。


『おお…』


 目の前の巨大なカオスの姿が、突然光の粒子になって、風にさらわれるように消え始めたのだ。


「え…?ゼルくん!?どうしたの?」

『今の奴が、テュポーンをこの世界から連れ出したことで、命令は達成されたようだ。カオスが元の世界へ戻ろうとしている…!』

「え…!嘘、ちょっと待って!」


 下ではネーヴェがカオスを指さして叫んでいた。


「見て!カオスが消えていくよ!」


 彼の云う通り、カオスの姿は徐々に光の粒子となって消え始め、意識体の私をすり抜けて天へ昇っていく。

 その粒子の中に、魔王の姿がうっすらと見えた。


「ゼルくん!」


 私は彼に向かって必死で手を伸ばした。


「トワ!」


 魔王も私に手を差し出す。

 だけど、彼の姿はカオスの光の粒子に飲み込まれ、どんどん空へと昇って行ってしまう。

 空中を浮遊している私は、そのスピードに全く追いつけない。


「ゼルくん!やだよ!置いて行かないで!」


 私の手は届かないまま、光の粒子を纏った彼の姿はどんどん遠ざかっていく。

 ダメだ、このままじゃ彼だけがこの世界からいなくなってしまう!


「誰か、彼を連れ戻して!お願い!」


 私は叫び続けた。


「無理だ、あのスピードには追い付けん」


 イシュタムが答えた。


「誰か…お願い!助けて…カイザー!!」


 私は無意識に叫んでいた。


『承知した!』


 その声は地上から聞こえた。

 地上でジュスターに抱えられていた私の首のネックレスから、巨大なドラゴンが上空へ真っ直ぐに飛び出し、そのまま急上昇していった。

 カイザードラゴンが急に飛び出していったので、ジュスターたちは驚き、どよめいていた。


 カイザーは素晴らしいスピードで私の目の前を通り過ぎて行った。

 そして、光の粒子と共に上昇していく魔王をその口の先端で捉えた。


「カイザードラゴン…!」

『魔王よ。我が召喚主よ。トワのためにも、おまえを失うわけにはいかぬ』

「クッ…おまえに助けられるとはな」


 カイザーは魔王を咥えたまま、光の粒子に逆らいながら私の元へと降下してきた。

 カイザーが口を開けると、魔王はそこからゆっくりと私の目の前に降りてきた。


「ゼルくん…!」


 私は両手を差し出した。

 彼は私の手を取って引き寄せ、強く抱きしめてくれた。


「トワ…」

「良かった…!戻って来てくれて」


 意識体のはずなのに、やっぱり彼のぬくもりを感じる。

 それはとても温かかった。

 彼の肩越しに、カイザーが羽ばたきながら浮かんでいる。


「カイザー…ありがとう。あんた最高にカッコイイわ」


 私が魔王の肩越しにそう云うと、カイザーはこれ以上ないくらいのドヤ顔になった。

 すると私の耳元で魔王が云った。


「フン、我の次に、だろう?」

「ふふっ、それヤキモチ?」


 私は魔王の腕に抱かれながら、彼が戻ってきたことへの嬉しさの余韻に浸っていた。


 その私の肩に手を掛け、ぐい、と引っ張る者がいた。


「もう、何よ?」

「続きは体に戻ってからにしろ」

「え?」


 それはイシュタムだった。

 せっかくラブラブしているところを邪魔されて、私は不機嫌そうに彼を睨んだ。

 だけどイシュタムは魔王と抱き合っていた私の意識体を、容赦なく引き剥がした。


「ちょ、ちょっと何するのよ!」

「あまり長く外にいると戻れなくなる」

「え?」


 次の瞬間、イシュタムは私の肩を掴んだまま、ジェットコースターみたいにものすごい勢いで地上へと急降下していく。


「そういうことは先に行ってよー!」


 叫びながらイシュタムに引っ張られて行く私を、魔王とカイザーは、唖然として上空から見守っていた。


 地上では、私を抱えたジュスターが、上空に現れた魔王とカイザーを見上げて微笑んでいた。

 ジュスターの腕の中で目を覚ました私は、騎士団メンバーたちのうるうるした瞳に迎えられた。

 私の顔を、皆が覗き込むように見ていた。

 ジュスターは微笑み、騎士団の皆は「やったー!」と叫んだ。

 ユリウスが私の手を取って云った。


「おかえりなさい、トワ様」

「…ただいま」


 カオスの光の粒子は、遥か空の彼方へと消えて行き、やがて見えなくなった。

最終章、これで終了です。

やっとここまで来ました。

次はエピローグです。


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