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誤算

「あ…」

「トワ?どうした?」


 イドラは私の異変に気付いた。


 何かがじわじわと私の心を侵食してくる。


<…絶望の種があるぞ。ググッ…。これは都合がいい>


 私の意識の中で声が聞こえた。

 この声…。

 間違いない。

 テュポーンの声だ。

 まさか、テュポーンが私の中に入ってきたの?

 どうして…?


「嘘…。なんで…?テュポーンが…」

「トワ、まさかテュポーンに入り込まれたのか?」

「そうみたい…」


 胸を押さえる私を、イドラが心配そうに見た。

 突然、私の目の前にカオスの巨大な爪が突き立った。


「危ない!」

「きゃあ!」


 ユリウスが私を抱えてすばやく攻撃を躱してくれた。

 イドラもイシュタムに抱えられて攻撃を避けた。

 カオスには私の中にテュポーンがいることがわかったようで、私を狙って攻撃してくる。


「君ごとテュポーンを始末しようとしているんだ!逃げろ!」


 イドラはそう叫んだ。

 でも、どうして私にテュポーンが…?


<ググッ…。おまえの心に闇が見えたからだ>


 …闇?


<おまえの記憶を見たぞ。おまえは魔王に裏切られ、心の中は不安と疑心に溢れている。しかも今度はおまえを殺そうとしている。おまえはそれでいいのか?奴が憎くはないか?>


 …ああ、闇ってそういうことか。

 私の心の弱みを見つけて、イドラを乗っ取った時みたいに入り込んだんだ?

 私を煽って、心を支配しようったって、その手には乗らないよ。私は彼を憎んでなんかいないんだから。


<本当にそうか?傷つけられて酷く落ち込んでいたではないか>


 …そ、そりゃそうだけど。

 だいたい、カオスが襲ってくるのはあんたが入ってきたからじゃない。早く出て行ってよ!


<私を追い出すことはできん。既におまえの意識下にまで入り込んでいる。私が外に出るときはおまえが死ぬ時だ>


 …なんですってぇ~!

 それじゃこのままカオスに殺されるのを待つしかないっての?


<私にすべてを委ねれば、私がこの体を使って逃げ延びてやる。おまえはもう何も考えなくてもよくなり、楽になれるぞ?>


 …そうやってイドラに憑りついたのね。

 私は絶対あんたなんかに負けないんだから!


<ググッ…ではおまえがその気になるまで、ここでゆっくり見物させてもらうとしよう>


 …ふざけんな!とっとと出ていけ!


 テュポーンの笑い声が聞こえる。

 こいつムカつくわ~!


 イシュタムとイシュタルってこんな感じで同居してるんだろうか。

 だけど彼らと違ってこっちは同意したわけじゃなくて無理矢理入り込まれたんだし。そもそも、カイザーをあんな目に合わせた奴と仲良くするなんて、絶対無理だ。


 その間にも、カオスは私を狙って攻撃してくる。

 ラセツやユリウスが私を守ってくれているけど、もしカオスがさっきみたいな光線を誰彼構わず撃ってきたら、この場にいる全員が塵となってしまう。

 そんなことになったら、私…。


「ユリウス、私1人で転移するよ。みんなを巻き込みたくないの」

「いけません!あれは魔王様だったものなんですよ?トワ様が転移しても必ずその後を追って行きます」

「そっか…あれも転移できるんだ…」

「町中にあれが転移したらどうなると思います?」

「はう…!」


 あの巨体がうかつに転移したら、それだけでも被害が出るじゃん!

 そりゃないわ~。


「なので、おとなしく守られていてください。できるだけ人のいないところへ逃げますから」


 そう云ってユリウスは強引に私を横抱きにして駆け出した。


 少し離れたところにいたダンタリアンやサレオスたちは、テュポーンを倒した神がなぜ今度は味方を襲っているのかと、不思議な顔をして眺めていた。

 ユリウスが騎士団メンバーに私の事情を伝えると、私からカオスの注意を逸らせるために彼らはカオスに攻撃を加え始めた。

 カナンから事情をきいた将やゼフォンらもそれに加わり、ラセツや旧市街の魔族たちも巻き込んで、再び激しい戦いが始まってしまった。


<見ろ、奴らはおまえのために死ぬ覚悟だぞ?さて、何人生き残るかな?ググッ…>


 テュポーンは私の不安を煽るようなことばかり云う。

 ネガティブキャンペーンやめろっつーの!


 それまで沈黙していたカイザーが、ネックレスから自分を出せと声をかけてきた。

 カイザーの無事を確認出来てホッとしたけど、もちろん却下。

 私の中にいるテュポーンが、私の魔力をじわじわと吸っているのを感じている。

 こんな状態であの神(カオス)と戦っても、カイザーに勝ち目なんかない。

『おまえを守って死ねるのなら、本望だ』なんて、イケメンが云いそうなセリフ吐くけど、マジで死亡フラグは勘弁してほしい。


「あんたは私の家族なんだから危ないことして欲しくないの。お願いだからじっとしてて」


 それは私の本心からの言葉だったけど、カイザーはそれにいたく感動してしまって、そのまま黙ってしまった。


 ユリウスは、被害を出さないために、第1砦周辺をぐるぐると逃げ回った。

 その後を追いかけてくるカオスの容赦ない攻撃はなおも続いた。その大きな翼で突風を巻き起こし、周囲の者たちを吹き飛ばした。突風の次は灼熱光線が襲った。

 ジュスターはカオスの説得を諦めて、騎士団メンバーの援護にあたっていた。

 瓦礫と化した砦に炎が渦巻き、ジュスターやアスタリス、カラヴィアたち水や氷魔法を持つ者たちが必死で鎮火している。

 私は自分の視界に入る限りの魔族たちを癒し続けた。

 だけど、カオスの一撃は強烈で、多くの怪我人が出た。テュポーンなんか目じゃないくらいの桁違いの強さだった。

 なんとかして戦いをやめさせないと、このままじゃ死人が出るかもしれない。

 このまま逃げ続けても、カオスはきっと諦めずに私を追ってくるだろう。そしたらもっと犠牲が出る。


 それを止められるのは、私だけだ。

 私1人が犠牲になって、皆を助けられるっていうのなら、私は迷わない。


「ユリウス、止まって」


 ユリウスは私の云うことを聞いて立ち止まった。

 私はユリウスの腕を抜け出して、カオスの前に飛び出した。 

 カオスは鎮火された煙が立ち上る中、ゆっくりと私を振り向いた。


「トワ様、何を!?」

「来ないで、ユリウス」


 私は傍に来ようとするユリウスを制した。

 そして荒れ狂うカオスに向かって叫んだ。


「カオス!攻撃をやめて!テュポーンはここにいるわ!もう逃げたりしないから、攻撃しないで!他の人を巻き込まないで!」


私に気づいたカオスは、地響きを立てて私の前まで歩み寄ってきた。


「トワ様、危険です!」


 ジュスターが叫びながら私の前に舞い降りて、カオスから私を庇うように抱きしめた。

 だけどカオスは、その場から動こうとせず、攻撃を加える様子もなかった。


「そっか…ジュスターは召喚主だから、攻撃してこないのね」


 さすがに召喚主を殺すことはできないんだ。

 ジュスターは私を抱きしめながら、耳元で呟くように云った。


「どうしてこんなことに…。あなたは神に守られているはずだ。なのになぜ…?」

『…私のせいだ』


 突然カイザーが私の胸のネックレスの中から語り掛けてきた。


「カイザー様、それはどういうことです?」


 ジュスターは私から少し離れて、カイザーの話を聞きたがった。


『石の中で死にかけていた私に、おまえの中にいた何者かが力を分け与えてくれたのだ。その者はおそらくそれで力を使ってしまい、一時的にトワ自身を守ることができなかったのだと思う』


 カイザーは申し訳なさそうに云った。

 私にはそれが誰だか、なんとなくわかった。

 きっと、夢に出てきた、あの人だ。

 あの人が、カイザーを助けてくれたんだ。


「あんたのせいじゃないよ。私の心が弱かったせいよ」

『トワ…すまぬ。私がおまえを危険に晒してしまった』

「平気だよ。こんなの、どうってことない。あんたが死ぬよりずっとマシよ」

「トワ様、奴を追い出せないんですか?」

「出ていくときは私が死ぬ時だって言ってるわよ」

「くっ…とんだ誤算だ」


 ジュスターは真剣な顔で私に云った。


「トワ様、私がカオスに命じたのは、テュポーンを滅ぼすことです。テュポーンの意識体を取り込んでしまったあなたを、カオスは躊躇なく滅ぼそうとするでしょう」


 カオスは無言で立ったまま、私を見下ろしている。


「いいですか、あれはもう魔王様ではないんです。トワ様を認識することもできません。あなたを殺すことなどどうとも思っていないんですよ。こんな無茶はもうやめてください」

「…だって、それじゃどうすればいいの?私が死ぬしか、皆を助けられないじゃない!」


「よせトワ!君が死んでもテュポーンは死なない!君がここで死ぬ意味なんかないんだ!」


 私にそう叫んだのは、イシュタムに支えられて私の傍に転移してきたイドラだった。


「太古の神でもテュポーンの意識体を殺せなかった。あれが殺せる保証はない。死ぬだけ無駄だ!」

「そう…なの?」


 意識下のテュポーンもイドラと同じことを云った。


<ググッ…その通りだ。おまえが死んで、その意識が消滅すれば私は外に出て、別の誰かに憑りつくだけだ。私は不死身だと言っただろう。この世界の誰も、私を滅ぼすことなどできぬ>


 死んだら新しい体に乗り移って生き続けるって、まるでエウリノームみたいだ。

 私が死んでも止められないなら、イドラの云う通り、私が死ぬ意味はないってことになる。


「ジュスター、カオスはテュポーンの意識体を殺せるの?」

「…それは…」

「太古の神でもできなかったんだ。可能性は低い。魔界に追放するしかないだろう」


 イドラはそう断言する。


「そもそも貴様はなぜあんなものを召喚できるのだ?魔族の召喚はこの世界と魔界にしかアクセスできぬはず。あの神は一体どこから呼んできたというんだ?」


 イドラの疑問に、ジュスターは「わからない」と首を横に振るだけだった。


「ともかく、あれがおとなしくしてくれている間に、テュポーンを魔界へ追放する手段を講じよう」

「魔界に追放すんのは無理だと思うぜ」


 突然イドラとの会話に入ってきたのはマルティスだった。

 彼の背後にはロアとゼフォン、イヴリスそしてアルシエルがいた。

 イドラはマルティスに聞き返した。


「マルティス…、なぜ無理なんだ?」

「テュポーンはどういうわけか魔界から魔力を得ていたらしい。つまり魔界と自由に行き来できる能力があったってことだ。そんなところへ追放したところでまたひょっこり戻ってきちまうだろ」

「なんだって…!」

「イドラ、それは本当だ。我は魔界からテュポーンの意識下へ入ったのだ。奴は魔界の扉を破る力を持っている。奴が魔界へ追放されても、誰かが魔獣を召喚すれば、魔獣と共にこの世界に戻ってきてしまうだろう」


 イシュタムが、そう説明すると、イドラは絶句した。


「なあ、綺麗な団長さんよ。聞きたいことがあんだけど」


 マルティスは、ジュスターに話しかけた。


「あのカオスって神様、テュポーンを倒したらその後、どうなるんだ?」


 マルティスの問い掛けに、ジュスターはなかなか口を開こうとはしなかった。

 代わりに答えたのはイドラだった。


「普通、召喚された魔獣は、その依り代を取り込んで魔力に変え、命令を遂行したら元の魔界へ帰る。ならばこの召喚者も、元の世界へ帰るはずだ」

「だよな?なら、この神様はどこへ帰るんだ?」


 マルティスがその場にいた者たち全員に問い掛けた。


「どこって…神様の国じゃないの?」


 私が答えると、マルティスはさらに尋ねた。


「それはどこにあるんだ?魔界か?それとも別の世界か?」

「それ今関係ある?マルティス、あんた何が言いたいのよ?」


 急に出てきて何を云い出すかと思えば、神様の世界がどこにあるかなんて、何で今そんなこと聞くわけ?


「俺はさ、ずっと違和感があったんだよな。魔王の態度が豹変したことにさ」

「そりゃ…私だってそう思ったわよ」

「スキル狙いだったって割にはおまえに手を出さねえし、いろいろ腑に落ちねえんだわ。んでもって、ここへ来て魔王はあのでっかい神様と完全に同化しちまったんだろ?」

「…うん。呼んでももう反応しないんだ」

「それってさ、魔王は消えたってことだよな?おまえ、魔王にちゃんと別れを言ったのか?」

「そんなの、言えるわけないじゃん。私のこと、用済みだって…最初からスキル狙いだったなんて言ったんだよ?」

「だからだよ。まー、鈍感なおまえにゃ屈折した男心なんてわかんねーかな。別れを切り出すときに、目の前で行かないでって縋りつかれたら、決心が鈍るもんなんだよ」

「どういうことよ?あんたの言うことはさっぱりわかんない」


 私の問いに、マルティスは両腕を頭の後ろで組みながら答えた。


「魔王は別れが辛くならないよう、わざとおまえに嫌われようとしてあんなことを云ったってことだよ」

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