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原初の神

 打ちひしがれた私を抱いて、ジュスターは無言のままラセツや騎士団メンバーたちが待つ所に舞い降りた。

 ユリウスが両手を広げて私を迎え入れてくれた。


「トワ様」

「う…ふぇぇん」


 私はユリウスの胸に縋りついて泣いてしまった。

 ユリウスは何も言わず、優しく抱き留めてくれた。


「トワ様、我慢せずに泣く方が良いですよ」


 ユリウスはそう云って私に胸を貸してくれた。

 優しい彼の顔を見たら、堪えていたものが崩れてきて、私は声を立てて泣いた。

 そうしていると、私を心配したロアとマルティス、イヴリスたちが傍にやってきた。

 彼らにも私と魔王のやり取りは聞こえていたみたいだった。

 イヴリスとゼフォンは魔王のことを見損なったと云って、カンカンに怒っていた。


「まさか俺が言った通りだったとはね。けど、なーんか引っかかるんだよなあ…」


 マルティスはジュスターにチラ、と視線を送った。

 そのジュスターは、ネーヴェに詰め寄られていた。


「団長、今の話、本当?魔王様がトワ様のスキル狙いで近づいたって」

「本当なら、俺たちは魔王様を許さない」


 そうきっぱり云ったのはクシテフォンだった。


「トワ様を泣かせる者は、私たちの敵です。それが魔王様であっても」


 ユリウスの言葉に、その場にいた騎士団メンバー全員が頷いた。


「団長、どういうことか、説明してください」


 カナンもジュスターに説明を求めた。

 だけどジュスターは答えずに、ただ泣きじゃくる私を見つめながら、6枚の翼を羽ばたかせて再び空中に飛び上がった。


「団長!」

「トワ様、お許しください」


 ジュスターの謝罪の声に、ユリウスの胸で泣いていた私は、顔を上げた。

 その時の彼の顔は、今まで見たことのないほど悲しげに見えた。

 私が手で涙を拭っていると、ユリウスがハンカチを差し出してくれた。


「トワ様、どうぞ」

「ありがと…」


 まだ、どよーん、と心が重い。

 私、振られたんだよね…。


「トワ様」

「ロア…」


 ロアが私の傍に来て、小声で話しかけた。


「トワ様は、先程の魔王様の言動、どう思っておいでですか?」

「…わかんない。ショックで何も考えられないよ…」

「私には信じられません。これまでの魔王様の言動がすべて嘘だったとは思えないのです」

「私だってそうだよ…。でも、恋愛ごっこに付き合ってやったとか、はじめっからスキルの入れ物としてしか見てなかったとかいうんだもん。急にそんなこと言いだす意味がわかんないよ」

「何か、理由があるのでは?」

「わざわざ私にあんなこと言う理由って何?スキルが手に入ったから、もういらないんだって、そう言ったんだよ?」

「トワ様…」

「私、一人で浮かれてて…バカみたい」

「そんなことないですよ。トワ様の気持ちは本物だったのでしょう?」

「…だから悲しいんじゃない。信じてたのに」

「今だって、本当は信じているのでしょう?」


 ロアは微笑みながら私の瞳を覗き込んだ。


「…そりゃ、信じたいよ…」

「だったら、納得するまで信じてみてはどうでしょう」

「納得…するまで?」


 私はロアの云っている意味がよくわからなかった。

 彼女は優しく微笑んでいた。

 ロアは100年以上も、音信不通の恋人を、ずっと信じてきた。

 私もそんな風に信じられればいいとは思う。


「騙されたと泣くより、信じ続ける方がずっと楽ですよ」

「信じ続ける…?でも私、振られたんだよ?そんなの無理だよ…」

「いいえ、信じるのは自分の気持ちです。裏切られたって、好きだと思う気持ちは止められないでしょう?」

「…でも、それって片想いってことだよね」

「それでも、泣くよりずっといいと思いませんか?」

「ロアは強いね…」

「だって悔しいじゃないですか。一方的に振られて泣くなんて。向こうが突き放そうとするなら、すがりついて困らせてやればいいんです。トワ様の思いの強さを見せつけてやるんですよ」

「ロア、おまえ怖えーよ。そんな執念深いおっかねえことトワに吹き込むなよ」


 ロアの言葉を聞いていたマルティスが文句を云った。


「あら、私があなたに会えたのも、その執念のおかげだと思っていますよ」


 ロアがにっこり笑いかけると、マルティスは何も云えなくなってしまった。

 今更ながら、私は彼女の強さを知った。

 彼女の言葉は、嘆き悲しむことしかできなかった私の心を奮い立たせてくれる。


「ありがとう、ロア。なんか、元気出てきた」


 私は涙を拭ったハンカチを握りしめて、顔を上げた。

 ユリウスが私の手からそのハンカチをそっと引き取った。


「トワ様、あのすました顔には、往復ビンタを食らわせると良いですよ。私が動けないように捕まえておきますから」


 ユリウスは優し気な美貌で微笑みながら、過激なことを云う。

 ところが微笑むどころか鬼の形相をしている者もいた。


「主、魔王を殴り倒してもよいか」


 ラセツが急にそんなことを云いだした。


「え…」

「主を愚弄されたのだ。俺だけではない、旧市街から来た仲間たちも同じ気持ちだ」


 ラセツの背後には、隠密スキルを解除した魔族たちが姿を現した。

 彼らは聖魔の軍勢ならぬ悪魔の軍勢のごとき殺気を纏っていた。

 私は顔からサッと血の気が引くのを感じた。

 マジでこいつらやる気だ…!


「ま、待って待って!今はそんな場合じゃないから!」

「魔王といえど、主を裏切った者をこのままにはしておけん」

「も、もういいのよ!ほら、ね?もう泣いてないし!全然平気だよ!」


 私は両手を動かして元気アピールをした。

 あっぶなー!VS魔王になるとこだった。

 いくら彼らが人数多いからと云っても、魔王が本気を出したらきっと全滅させられてしまうだろう。

 ふと周りを見ると、皆が心配そうに私を見つめている。

 そして、私以上に怒って、嘆いてくれている人もいる。

 イヴリスから事情をきいたエリアナなどは「信じらんない!」を連発して、思う限りの魔王の悪口をまくしたてていた。

 その悪口を聞いた私は、エリアナに見えている彼の姿との相違を知って、ちょっと笑ってしまった。エリアナには魔王は売れない三流俳優みたいに見えていたらしい。

 みんなが心配してくれていることに、私は申し訳ない気持ちになった。


 そうだ、テュポーンはまだそこにいる。私の敵は魔王じゃなくて、テュポーンなんだ。

 落ち込むのは後にして、今はあれを倒すことを考えなくちゃ。

 魔王のことはその後でゆっくり考えよう。泣くのはいつでもできるんだから。



 ジュスターは魔王の背後まで飛んで行き、そこで浮遊したまま語りかけた。


「魔王様、本当によろしいのですか」

「ああ、構わん。やってくれ」


 ジュスターは魔法の詠唱を始めた。


 彼の詠唱はいつになく長いものだった。

 彼がこんなに長く詠唱をしているのを見たことがなかった。

 詠唱が長ければ長いほど、魔法の威力は大きいという。

 魔王と契約したジュスターは、どんな魔法を使うつもりなのだろう。


 まだ大蛇と戦っている者もいたけど、その場にいたほとんどの者たちは、ジュスターと魔王の様子を、固唾をのんで見守っていた。

 ちょうど裏門から手勢を連れたマクスウェルがイヴリスを迎えにやってきたところだったが、この詠唱を聞いて、彼だけが驚いていた。


「これは、最上級召喚の呪文…!?いや、しかし、あり得ん…」


 マクスウェルが驚愕の表情で、空に浮かんだままのジュスターを見上げた。

 ジュスターは、長い詠唱を終えると、右手を高く空へ掲げて叫んだ。


「召神!降臨し給え、原初の神(カオス)!」


 その直後、空から一条の光が魔王の頭上に降り注いだ。

 魔王はその場に立ち止まって、空を仰いだ。

 何かキラキラしたものが魔王の体を覆い、彼の体はまばゆく光り輝き始めた。


「おお…!あれは…!!」


 私たちの後方にいたマクスウェルが、嘆声を上げた。

 隣にいたダンタリアンがその声に驚いて、彼に問い掛けた。


「マクスウェル殿、あれは何が起こっているのです?」

「あれは…召喚魔法…、いや召神だ…!私も伝承でしか聞いたことはないが、この目で見るのは初めてだ。このような高度な召喚術を使うとは、あの者はSS級召喚士かそれ以上か。誰か、あの者のことを知っている者はいるか?」


 マクスウェルが部下たちに尋ねたが、皆一様に首を横に振った。


「ならば、すぐにあやつについて調べろ」


 マクスウェルの命令に従い、数人の部下たちが調査のためにその場から立ち去った。


 光に照らされた魔王は、どんどん巨大化し、異形の姿へと変貌していった。

 私は、思わず息を呑んだ。

 光が収まった後に現れたのは、テュポーンをも凌ぐ巨大なドラゴンだった。

 それは全身が黄金に輝き、背中に2対の大きな翼を持った、美しい特大のドラゴンで、人のように2本の足でしっかりと立っていた。


「魔王の…二段階変身…?」


 私にはそう見えた。

 ゲームではお約束の魔王二段階変身。

 最後にドラゴンになるなんて、出来すぎてる。

 それにカオスって名前。

 確かにジュスターは、カオスって云った。

 それ、私的にはラスボスの名前ぽいんだけど…。

 ラストになって味方だと思ってた仲間が裏切って、そいつがまさかのラスボスだった…なんて、まさかそんなオチだったり…?


 私の傍にいたラセツは、その大きな一ツ目を見開いていた。


「おお…あの神々しい姿は一体、何だ…」

「何って、ドラゴンだよ?」


 私の言葉に、彼はおかしなものを見るように、その一ツ目で私を見た。


「俺の目には獅子に見えるが」

「え…?」


 どう頑張ってもライオンっぽくは見えない。

 まさか、変身後も人によって見え方が違うの…?

 私は同じことをユリウスにも聞いてみた。

 彼は「私には漆黒を纏った巨人に見えます」と云った。

 他の者にも聞いてみたけど、皆違う答えだった。

 やっぱり、人によって見え方が違うんだ。


 召喚を終えたジュスターが私の前に舞い戻ってきた。


「ねえ、あれは…何?」

「原初の神、カオスです」

「原初の…神?あれが神様?」

「この世界を創りだした神です」

「ジュスター、召喚なんかできたんだ?」

「…魔王様にいただいたスキルです」

「へえ…」


 カオスが神ってなんとなく違和感だよなあ。

 私はその出現にただ驚いていたけど、私以外の者たちが驚いていたのは別のことだった。

 それは、ジュスターが召喚スキルを使ったことに対してだった。

 イヴリスは、血相を変えてジュスターに詰め寄ってきた。


「なぜ、あなたが召喚スキルを使えるのです?あなたは、我が一族だったのですか…?」


 イヴリスの問いに、ジュスターは無言だった。

 他の者たちもざわついていた。

 私は皆がどうしてそんなに騒いでいるのと不思議に思った。

 ユリウスが教えてくれたのは、召喚スキルを使用できるのは魔族の中でもマクスウェルの血統を持つ一族に限られるのだそうで、それ以外の能力者は突然変異扱いとされるということだった。未確認の能力者であるイドラの情報を得た際にも、マクスウェルは入念な調査を行ったらしい。

 血統を守ることにこだわるマクスウェル陣営にとって、ジュスターのような未確認の超上級召喚スキルの持ち主の出現は青天の霹靂というべきものだった。

 ジュスターはあまり自分のことを話さないので、騎士団のメンバーも彼についてはよく知らなかった。

 彼らが騒いでいたのは、ジュスターがマクスウェルの血縁の、それも直系に近い可能性があると思ったからだった。そうなると、自分たちとは身分の差がありすぎて、今までのように気軽に声をかけていいものかどうか、迷うことになりそうだった。


「それがどうしたの?今だってジュスターはあんたたちの上司なんだし、何も変わらないでしょ?よそはよそ、うちはうちよ。身分の差なんてうちにはないんだから。ね、イヴリス」

「はい、その通りです!」


 イヴリスが私の言葉に元気よく返事を返すと、カナンたちもようやく冷静さを取り戻した。イヴリスがマクスウェルの実子だとわかった時も、彼らには少し遠慮もあったらしいけど、彼女の気さくな性格のおかげで普段通りに振舞うことになったという経緯があった。


「団長は秘密が多い人ですね」


 ユリウスがボソッと呟いた。

 それには私も同感だ。


 後方ではカラヴィアが初老の男の姿のまま、こっそり「あーらら、知~らないっと」と云っていた。


 そんな周囲のことには一切目もくれず、ジュスターはカオスを見上げていた。

 私は彼に問い掛けた。


「ねえ、あれは魔王が変身したの…?」

「いいえ。あれは神の一部が魔王様の体に宿った姿です」

「え…?じゃあ魔王は?」

「…おそらく魔王様は(カオス)と同化したのではないかと」

「ええっ?」

「魔王様はテュポーンを倒すために、自らが神の依り代となったのです」

「そんな…それじゃ、もう魔王と話すことはできないの?」

「…ええ」

「そんなの…嫌だよ」


 私はカオスに向かって大声で叫んだ。


「ゼルくん!いるなら返事してよ!お願い!」


 何度声を掛けても、カオスは無反応のままだった。

 私の声など聞こえていないかのように無視して、テュポーンへと向かっていく。


 もう話すこともできないの?

 さっきのが、彼との最後の会話だったなんて…そんなのってないよ。

 あんな別れ方、絶対嫌だ。

 もう一度、彼と話したい。

 どんなひどいことを云われても、もう一度、彼の声が聞きたい。

 ロアの云うように、私は自分の気持ちを信じようって決めた。

 彼にちゃんと伝えたいんだ。

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