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天使と魔王

 正直、私は驚いていた。

 旧市街から連れてきた彼らの働きに、である。

 あんなに大きかった黒い霧の塊が、みるみるうちに削られていく。


「皆、すごいね…!」

「上級魔族に進化したことにより、全員の魔力が底上げされた。身体能力に加え、隠密スキルのレベルも上がっているようだ。『聖魔の軍勢』は伊達ではない」


 私を抱え上げながら、ラセツは少し得意そうに云った。


「この作戦て誰が考えたの?」

「そこにいる巻毛の男だ」

「マルティスが…?」


 マルティスは腰に手を当てて、偉そうにこっちを見て親指を立てた。

 討伐本部に売るとかなんとか云ってたのは、このことだったのか。


 切り札ともいえる黒い霧が、魔族たちの人海戦術によりあっさりと封じられてしまったテュポーンは焦りを見せたものの、今度は開き直った。


『ググッ…しかし私は不死身だ。霧を封じたとて、私を倒すことはできん』


 テュポーンは再び大蛇を大量に放った。

 防御壁(バリア)を破られて直接攻撃を受けることになっても、その再生能力によりテュポーンは圧倒的優位に立っていた。


「魔力が衰えない…。魔王は扉を閉めるのに失敗したの…?」


 魔王はテュポーンが魔界から魔力を奪うのを阻止するため、魔界の扉を閉めると云っていた。

 だけど、テュポーンの魔力は衰えず、魔王は帰ってこない。

 それの意味するところを考えると、嫌な予感しかしなかった。


 黒い霧は魔族たちによって処理されたけど、テュポーン本体に対しては有効打がなく手詰まり感が漂っていた。

 それを打開しようと、カイザーは再び空中からテュポーンに体当たりをした。

 ところが今度はテュポーンは踏ん張り、カイザーの体を両腕で捕まえた。

 テュポーンは両手でカイザーの左右の翼を掴み、引きちぎろうと力を込めた。

 カイザーは必死に逃げようとして、テュポーンの顔に向けて炎を吐き続けた。

 炎で顔を焼かれてもすぐ再生してしまうテュポーンは、カイザーの右片方の翼を力任せに引きちぎった。

 カイザーはけたたましい悲鳴を上げた。


『ぐわぁぁッ!』

「きゃああ!!カイザー!」


 私は必死にカイザーを回復し、引きちぎられた翼を再生させた。

 そうすると今度は逆の翼が引きちぎられた。

 回復するたびに引きちぎられる。これじゃ無間地獄状態だ。カイザーの痛みは相当なものだろう。

 早くネックレスに戻さないと。

 私はラセツからネックレスを返してもらい、必死で叫んだ。


「カイザー、戻って!!早く!!」


 だけどテュポーンにガッチリ体を捕まれているせいか、カイザーは戻ってこない。

 ぐったりと動かないカイザーを見て、もうこれ以上戦うのは無理だと思った。


「誰か、お願い!カイザーを助けて!」


 回復はできるけど、カイザーの痛みを和らげてあげることはできない。

 このままじゃカイザーが死んじゃう!

 もしそんなことになったら、と思うといてもたってもいられなかった。


 カナンやアルシエルもカイザーを助けようと援護してくれていたけど、テュポーンはカイザーを捕えたまま、いたぶり続けている。

 カイザーは両方の翼をテュポーンによってもぎ取られた。

 私がその翼を再生させると、今度はカイザーの首を両手で捻るように持ち、そのまま地面に何度も何度も叩きつけた。


 テュポーンは低く笑いながら、カイザーを容赦なく痛めつけた。

 回復させてもさせても、カイザーの苦しみを終わらせることができない。

 カイザーは意識を失っているのか、ほとんど動いていなかった。


「カイザー!!」


 もう見ていられないと、私は目を瞑った。

 ラセツが呼びかけたので、目を開けると、不思議な光景が広がっていた。

 テュポーンの両肩から指先にかけてが、完全に凍り付いてしまっていて動かなかったのだ。


 これは氷の魔法だ。

 もしかして…。


 カイザーは凍ったままのテュポーンの手からずるりと地面に落下した。


「カイザー!戻って…!!お願い!」 


 私が叫ぶと、カイザーの体は黒い影となってネックレスの石に戻ってきた。

 ネックレスに戻された後、カイザーに声をかけても返事がなかった。

 まさか、死んじゃったりしないよね…?

 私はネックレスを両手で包むように持って、持てる力をすべて使ってでもカイザーを助けたいと願った。

 お願い、カイザーを助けて…!

 そう願うと、ネックレスを掴む自分の手が光った。


「え…?」


 その時、私の背後にいたロキとバルデルの声が聞こえた。


「棺が光ってるぞ?」

「わ!本当だ!何だ?どうしたんだ?」


 彼らは驚いていたけど、すぐにその光は収まった。

 今のは何だったの…?

 その答えもわからないまま、私の目の前ではテュポーンの体が徐々に凍らされていく。

 テュポーンは両腕だけでなく、蛇の足全部がすべて凍り付いて地面に縫い付けられてしまっていた。それどころか、足元の一帯すべてが氷河のように凍り付いていた。

 こんな広範囲の氷魔法を撃てるのは、私が知る限り1人しかいない。


 それを成したと思われる人物は、私の頭上に浮かんでいた。

 見上げると、その人物は白銀に輝く長髪をなびかせながら、6枚の純白の翼を羽ばたかせて空中に浮かんでいた。


「天使…?」


 私にはどう見てもそれは天使に見えた。


「…団長!?」


 アスタリスが叫んだ。

 それに気付いた他の団員たちも、その天使を見上げた。

 その天使は上空からカナンたち騎士団メンバーに声をかけた。


「おまえたち、よく持ちこたえてくれた」


 聞きなれたその声は、確かに彼らの上官のものだった。


「ジュスター…?」


 私がそう呟くと、その天使は白い羽を散らしながら舞い降りた。

 目の前で片膝をつく天使に警戒したラセツは、私を守って腕から降ろそうとはしなかった。


「トワ様、お戻りになったのですね」

「やっぱりジュスター!?」


 天使だと思っていたその人物は、ジュスターだった。

 カナンたち聖魔騎士団も、傍に集まって来た。


「団長…!?そのお姿は…」


 カナンが驚くのも無理はなかった。

 彼の姿は、私たちの知っている騎士団長ジュスターのそれではなかったからだ。

 元々銀色の髪の根元には黒のメッシュが入っていたのだけど、それがなくなって美しい白銀の髪になっていたし、何より変わったのは、背中から6枚の純白の翼が生えていたことだ。

 いつもの黒を基調とした騎士団の制服を着ていたけど、それがもし白のローブとかだったら、完全に大天使だ。


「団長…すっごくキレイです…!」


 ウルクはうっとりと呟いた。

 他のメンバーも同じように彼の姿に見入っていた。

 彼らに構わず、ジュスターは私に礼を取った。


「遅くなり、申し訳ありません」

「今まで何してたのよ?皆大変だったのよ?」

「魔王様をお待ちしていて、遅れてしまいました」

「…え?魔王も一緒なの?」


 ジュスターは、動けず佇むテュポーンの方向を指さした。

 その方向に視線を移すと、その巨体の前に見覚えのある人物が立っているのが見えた。


「ゼル…くん?」


 私はラセツの腕から降りて、彼に駆け寄った。

 後を追ってこようとするラセツとユリウスをジュスターが止めた。

 そこにいたのは紛れもなく魔王その人だった。


「ゼルくん…!戻ってきてるならどうして教えてくれなかったの?心配したじゃない!」


 私は彼を攻めるように云った。

 だけどなぜか彼は私の方を見ず、テュポーンを見上げたまま無言だった。

 テュポーンは呻き声をあげて、こちらを見ている。


 魔王が返事をしないので、更に近づこうとすると、それを遮るように私の前にジュスターが舞い降りた。

 近くで見ると、ジュスターの純白の羽根はまばゆいばかりに美しく、その髪も白銀のように輝いている。これはもう魔族というより完全に天使だ。


「ジュスター、その天使みたいな姿は、どうしたの?」

「私のこの姿の変化は魔王様と契約した証です」

「契約…?」


 私は彼の云う契約の意味を理解した。


「…それってもしかして私の<言霊(ことだま)>スキルで…?」

「そうだ」


 振り向きざまに答えたのは魔王だった。

 なんだかいつもと少し様子が違うように感じた。


「エンゲージの成功により、おまえの<運命操作>と<言霊>スキルが手に入った」

「あ、私も<空間転移>と<重力制御>が使えるようになったよ」

「そうか」


 魔王はなぜか私から目を逸らせた。


「ゼルくん…?どうしたの?」


 なんだかいつもと違ってよそよそしい。

 そして、彼は信じられない言葉を口にした。


「トワ、おまえの役目は終わった。去れ」

「え…?」

「スキルが手に入った以上、おまえに用はない」

「何…言ってるの?」

「我の狙いは最初からおまえのスキルだった。そのためにおまえとエンゲージしたのだ」

「何よ…急にどうしたの?何でそんなこと言うのよ?」

「我が本気で人間などを相手にするとでも思ったか」


 魔王は口元を歪めて嘲笑うかのように云った。

 彼のあまりの豹変ぶりに、私は戸惑った。

 いつか、マルティスが云っていた「案外魔王もスキル目当てなんじゃねーの?」という言葉が頭の中に蘇る。まさかそんなこと、ないよね?


「ねえ、何か理由があってそんなこと言ってるんでしょ?」

「もう用はないと言ったはずだ。邪魔だ。ジュスター、連れて行け」

「…はい。トワ様、こちらへ」


 ジュスターが私の手を取ろうとした。

 だけど私はそれを振りほどいて、魔王を問い詰めた。


「ねえ、どういうこと?ちゃんと説明しなさいよ」

「気安く話しかけるな、人間。すべてはおまえとエンゲージするための芝居だったのだ」

「…芝居…?」

「おまえをその気にさせるのには苦労したぞ。なにしろ、おまえの心を掴む必要があったからな。わざわざ魔界まで出向いてやったのも、おまえの気を惹くためだ」

「嘘…。嘘でしょ?信じない…そんなこと…。魔界へは扉を閉めに行ってたんだよね?」

「閉めるも何も、扉などテュポーンに破られてとうになくなっていた」

「え…?」

「スキルが手に入った今、もうおまえは用済みだと言っただろう」

「やだよ!なんでそんなこと言うの?」


 私が叫ぶと、魔王は私に向き直った。


「うるさいやつだな。ではハッキリ言ってやろう。おまえなど、最初からスキルの入れ物としか見てはおらぬ。愛だの恋だのと面倒くさいことを言ったのも、すべてはスキルのためと思えばこそだ」

「そんな…嘘…」

「これまでおまえの恋愛ごっこにつきあってやったのだ。ありがたく思え」

「恋愛…ごっこ…?」


 嘘でしょ?彼は何を云っているの…?

 彼の言葉が私には理解できない。


「本来ならおまえを一生牢にでも閉じ込めておくところだが、それはしないでおいてやる。せめてもの我の情けだと思え。どこへでも行くがいい」

「ゼルくん…それ、本心なの…?」


 私にはわからなかった。

 それが彼の本心なのか、嘘なのか。

 いくら問いかけても答えてくれず、彼はもう私を見ようともしなかった。

 知らぬ間に涙が溢れ出ていた。


「ゼルくん…!」

「トワ様、行きましょう」


 ジュスターは涙をこぼす私を抱いて宙に舞った。


「さらばだ、トワ」


 彼は去り際に小声でそう云った。

 振り向きもせずに。


「ジュスター、今のは本当なの…?」

「私の口からは何とも」

「私のスキルが目的だって…。今までずっと、私を騙していたの?私に優しくしてくれたのも、全部嘘だったの?そんなはずないよね?きっとテュポーンから私を遠ざけるためにあんな嘘を言ったんだよね?」

「…」


 信じられない。

 信じたくない。

 きっと何か事情があって、あんなこと云ったんだって、思いたい。

 思いたいのに…。

 彼の言葉は鋭い棘のように深く心に突き刺さっている。


「何とか言ってよ…」


 私の目からはとめどなく涙がこぼれた。

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