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神の棺

 私は手に入れた魔王のスキルを手に入れて、テンションが上がっていた。

 試しに1人でゴラクドールに転移してみたりしたけど、夜だったせいか、静まり返っていて誰にも会わなかった。

 全員転移しても大丈夫な場所を確認して、再びロキたちの家に転移で戻った。

 私は明日の朝、皆を集めて<空間転移>を使おうと決めた。ロキとバルデルにはそれを他の魔族たちに知らせに行ってもらった。


「ゴラクドールへは俺も連れて帰ってくれよな。一刻も早く解毒薬を手に入れなくちゃなんねえからよ」

「…でたよ。あんたってお金儲けのことしか考えてないよね」

「金は大事だぞ」


 …なんかこれと同じようなセリフを自分でも云った気がする。

 私も自重しよう。


『<重力制御>があるのなら、私の背に乗ることも可能だな』


 ミニドラゴンのカイザーが、私の肩に乗って云った。


「そっか、その手もあったわね。でもさすがに500人は乗せられないわよね?」

『それは無理だ』

「お!俺乗ってみたい!空飛んでみたい!」

『おまえは乗せん』

「なんだよ~いいじゃねーか、ケチ」


 マルティスが駄々っ子みたいになって拗ねた。


「それよりも問題はテュポーンだ。ゴラクドールはどんな様子だった?」

「夜だったせいか、静かだったわよ。全然人もいなかったし」

「まだテュポーンは近づいてきてないのか」

「そんな緊張感はなかったなあ」


 テュポーン討伐のため魔族と人間の連合ができて、討伐作戦が決行されるはずだとマルティスは云った。

 テュポーンには強力な防御壁(バリア)があって物理も魔法も一切攻撃が通じない上、毒の雨を降らせ、黒い霧を吐いて人を食らうのだと聞かされた。

 ウルクの腕が無くなったのはその霧のせいだったことを思い出した。


 魔王は<運命操作>でテュポーン打倒を願えと私に云ったけど、実はそれを祈るのが怖い。

 ジュスターが、親しい誰かが<運命操作>実行の巻き添えになって死ぬかもしれない、って云ってた言葉がずっと心に残っていたから。

 テュポーンを倒すために、誰かがいなくなったりするのが怖いんだ。


「だが弱点はある。あのデカイ体のせいで相当魔力を消費するらしいんだ。だから魔力をわざと消耗させて動けなくするって手は使える」


 自身たっぷりに云うマルティスに、私は魔界で見た、あの不気味な触手のことを話した。

 私が魔界にいたことを聞いた彼は、呆れた顔をしながらテーブルの上を指でコツコツ、と叩いた。


「ま、何でもアリなおまえのことだ。今の話を信じるとして、あの怪物が魔界から直接魔力を得ているってことになるのか?」

「魔王はそう云ってた」

「魔王も一緒だったのか?あいつはどこ行ったんだ?」

「テュポーンと魔界を繋ぐ扉を閉めるって行って、私だけ先に戻されたの」

「じゃあ、魔王はまだ戻ってきていないのか」

「あ!…しまった、魔王府に寄って来ればよかった。魔王が帰ってきてるかもしれなかったのに…。カイザー、私が消えた時って傍に誰がいたかわかる?その人たちに私が無事って伝えないと」

『おまえの傍にいたのは私の他にはイシュタムだけだ。隣の部屋にはジュスターがいた』

「魔王は?」

『魔王は魔界へ行っているため不在だ』

「そうじゃなくて、魔界には意識体しか行けないの。魔王の体も意識を失くして私の体と一緒にあったはずでしょ?」

『…魔王はそのまま魔界へ出向いて行ったが』

「え…?そんなはずないよ。魔王もむこうじゃ意識体だったはずよ?スキルも魔法も使えないって言ってたもん」

『意識の世界では制限を受けるのは当然だ』

「そういうことを言ってるんじゃないの!意識だけしか行けない世界に、体ごと入れるわけないでしょ?!魔王の体はどこに行っちゃったわけ?」

『魔王は魔界へ行ったと言っている』

「だ・か・ら~!そんなわけないんだってば!」


 私がムキになってカイザーに強い口調で云うと、ロキとバルデルはビクッと体を震わせた。

 見かねてマルティスが仲裁に入ってきた。


「まあ、いいじゃねーか、魔王なんだし、俺ら普通の魔族とはどっか違うんだろうよ。自分と違うからって、認めないのは人間の悪い癖だぜ?」


 マルティスはいつものように楽観的に云った。


 …確かにあの世界では魔王と私は意識体だった。私が見ていた彼の姿は、私が作ったイメージのはずで、あれが実体だったはずがない。

 でも…。

 魔界で彼に抱きしめられた時の温もりは、今もはっきり覚えている。

 どうして温かく感じるのかなって、思ってたけど。

 もしかしたら、彼には意識体とか実体とかいう概念がないのかな?

 マルティスの云う通り、彼には常識を当てはめちゃいけないのかもしれない。

 見た者によって姿が変わったり、いろんなことを知っていたり、私の考えがわかったり…。考えてみたら、不思議なことばかりだ。

 マルティスの云う通り、理解できないことを認めないのは良くないな。


「ごめん、カイザー、怒鳴ったりして…」

『謝ることはない。私の説明が不十分だったのだ』


 私は肩に止まっていたカイザーの頭を撫でた。

 カイザーは猫みたいに気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「そういやおまえが魔界から戻って来られたのはその棺のおかげなのか?」


 マルティスは部屋の隅に置いてある棺をチラッと見た。


「あ~、それ?私もよくわからないんだよね」

「なあ、あの棺もゴラクドールに持ってっていいか?」

「棺?なんでよ?まさか売り飛ばそうってんじゃないでしょうね」

「ギクッ」

『あれは魔王が探していた聖櫃(アーク)に違いない。魔王府へ届けた方が良いぞ』

「魔王府が買い取ってくれんの?」

『おまえの持ち物ではあるまい』

「マルティス、がめついよ。でも、魔王はどうして聖櫃を探してたの?」

『詳しいことは私も知らぬ。おまえが意識を失くしてすぐに配下の者たちに命じて探させていたようだが、見つかったという報告はなかった』

「そうなんだ…」

「持ってってやるんだから手間賃くらい貰ってもいいよな?魔王は金持ちなんだし」

「もう、セコイよ」


 私は今度こそマルティスに愛想を尽かしそうになった。


「そうだ、おまえさ、あいつら連れて帰ったらテュポーンと戦わせろよ」

「は?何言ってんの?」

「あいつら全員、戦士なんだぜ」

「そうなの?なんでわかるの?」

「カラヴィアから聞いたんだよ。あいつら人魔大戦の時、エウリノームの軍の諜報部隊で実戦に参加させられてたんだとよ。下級魔族だが、優秀なスキル持ちが多くて、それでエウリノームが手放さなかったって話だ」

「それってもしかして…」

「殺してスキルを奪うためだったんだろうよ。だが、人間の国に来て、あいつらの力を借りなきゃいけない事態が起こったんだろうな。そういう意味じゃあいつらは運が良かったんだよ」

「そんな…」


 戦争のためにこんな遠くまで連れてこられた上、命を狙われて、こき使われて…そんなの、あんまりじゃない。


「可哀想って思ってるだろ」

「うん…」

「だったらあいつらを使ってやんな。あいつら仕事も与えられず、ずーっと地下で待機してたんだぞ?そっちの方が可哀想だろ」

「でもテュポーンと戦うなんて危ないじゃない」

「ゴラクドールにいた連中だって駆り出されてるんだろ。あいつらをゴラクドールに住まわせたいんなら、恩を売るためにも討伐に参加させるべきだ」

「でも…」

「何のためにおまえがいるんだよ?」

「それは…そうだけど」


 マルティスの云うこともわかるけど、わざわざ危険なところに彼らを送り出すのはどうかと思う。


『トワ、今日はもう遅い。そろそろ休め。魔族たちが寝具用に毛皮などを持ち込んでくれている』

「それじゃ俺はこっちの部屋であいつらと休むからよ。そこの毛皮1枚もらってくぜ」


 マルティスは魔族たちが置いて行った大判の毛皮1枚を持って、奥の部屋に行ってしまった。

 戻ってきたロキとバルデルも「おやすみなさい」と云って奥の部屋に行き、扉を閉めた。


 私は、部屋の中を見回した。どこからかすきま風が入って来てるようで、思わず体をすくめた。

 目に入ったのは、部屋の隅に置いてある例の棺だ。

 なんだか不思議な棺だ。

 私がその棺を見つめていると、背後からカイザーが毛皮の外套(コート)を私の肩に掛けてくれた。


『寒いなら、私が抱いて寝てやろうか』


 振り向くと、そこには魔王の顔があった。

 魔王に擬態したカイザーが、私のすぐ後ろに立っていた。


「…ちょっと、それやめてよ」

『どうした。この姿になれば喜ぶと思っていたのに』

「だって…、本物じゃないんだもん」


 私はわざと彼から顔を背けた。

 するとカイザーは背中から毛皮ごと私を抱きしめた。


『では他の者の姿の方が良いか?』

「…そのままでいい」

『そうか』


 少し寒いと云うと、カイザーが少しだけ炎を焚いて、部屋を暖めてくれた。


「ありがとうね、カイザー」

『うむ。あの地下の部屋でのことを思い出すな』

「そうだね」


 カイザーが云うのは、大司教公国の地下の奴隷部屋でのことだ。

 あの時もすごく寒くて、暗くて、辛くて、心細かったな…。

 カイザーがいてくれたから、乗り切れたんだ。

 私がカイザーに抱いているのは、飼い主がペットに持つ愛情に似ている。カイザーもきっと同じだと思う。カイザーは家族みたいなものなんだ。

 カイザーといると安心するけど、魔王といるとドキドキする。だからカイザーにこの姿に擬態されると、そんな感情が入り混じって混乱してしまう。


 私は背中にぬくもりを感じながらも、目の前の棺を見ていた。

 カイザーが聖櫃(アーク)と呼ぶ棺。魔王が探していたものらしいけど、一体何なんだろう?

 しばらく見ていると、蓋の空いた棺の中から光の塊が浮き上がって来た。


「あ…!!」

『なんだこれは…』


 その光は、直接私の頭の中に呼び掛けてきた。


「声が聞こえる…」

『私には何も聞こえんぞ』

「そうなの?私にだけ?」


 そしてしばらくするとその光は消えた。


『不思議なこともあるものだ。やはり、これが聖櫃(アーク)に違いない』

「神の棺とか言ってたっけ」

『だとすると、今のは神か…?何か言っていたか?』

「私にこの棺の中で寝ろって」

『本気か?これは死者の入るものだぞ?』

「それ言ったら私、この中に現れたんだよ?それに床で寝るより温かそうだし、中に布も張ってあって、クッション性もありそうだし、案外寝心地いいかもよ?」

『だが2人で入るには少々狭そうだ』

「え」

『そうだ、私が下になっておまえが私の上に…』

「ちょっと待て、エロドラゴン!あんたまさか、その姿で一緒に寝るつもり?」

『抱いて寝てやると言っただろう』

「ないない!それはないから!」


 カイザーってば、しれっととんでもないことを云い出すんだから。


「人の姿になるの禁止!」


 という私の命令を受けて、カイザーは仕方なくミニドラゴンの姿になって、棺に横たわる私の腕の中に納まった。

 毛皮を布団代わりに掛けると、その毛皮からひょこっと小さなカイザーが顔を出す。


「ねえ、そういやあんたも魔王に召喚されたんだよね?」

『そうだ』

「あんたも依り代はないよね?」

『私は魔獣ではなく魔族だぞ。魔族の肉体は太古の昔、神の手により創り出されたものだ。同じように私は魔王によって創られたのだ』

「へえ~。そういや、こうやってちゃんと体があるのにネックレスの中に入っちゃうのって不思議だよねえ」

『創造主に似たのではないか?』

「…そっか、魔王も同じなんだね。私、忘れてたわ。ここは魔法アリな世界だってこと」

『おまえのいた世界では魔法はなかったと言っていたな』

「うん。その代わり、科学や医学が発達してるのよ」

『なぜ魔法がないのだ?』

「なんでだろうね?魔法で便利になっちゃうと、人間は努力しなくなっちゃうからかなあ?」

『魔法士は皆、日々修練を重ねているぞ。努力はしていると思うが。おまえが特殊なだけだ』

「へ?修練…?あ、そういやデボラ先生もそんなこと言ってたな…。魔法は練習しないと腕が鈍るって」

『修練もせず高等魔法を使いこなせるのはおまえと魔王くらいなものだ』

「…それってやっぱり神様の体のせいかな?」

『そうかもな。…そろそろ眠れ』

「うん…」


 私は目を閉じた。

 すると、瞼の裏に、自分そっくりの女の人の姿が映った。


 …誰?


「ようやく話せる時が来たわ」


 …どこかで会いましたっけ?


「私はいつでもあなたの傍にいたのよ」


 その人は私に、伝えたいことがあると云った。

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