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アルシエル(2)

 天幕を出てエルドランと別れたゼフォンと優星は、多くの魔族が行き交うキャンプの中、ユリウスを探していた。


「大規模フェスみたいな雰囲気だね、ここ」

「フェス?」

「あー、こういう大勢が集まるお祭りみたいなもののことだよ」

「祭りではないが、このように大勢の魔族が陣にいるのは、人魔大戦以来だな」

「100年前もこんな感じだったんだ?」

「人魔大戦の時には魔王城の中庭が利用されていて、このキャンプの比ではなかった。ここより数十倍の広さがあって、魔族で溢れかえっていた」

「へえ…魔王城か。いつか行ってみたいな」

「おまえなら自由に行き来できるはずだ」

「顔パスってこと?」

「そうだ」

「へえ…、やっぱアルシエルって凄い人なんだなあ…」


 キャンプの中央の広場ではなにやら大きな施設を建設中だった。

 ユリウスはその施設の前にいた。

 彼の周囲には取り巻きと思われる魔族の集団がいて、ゼフォンたちがユリウスに近づこうとすると、身分と所属を求められた。キャンプにおいてユリウスの果たす役割は大きく、彼の肩書は聖魔騎士団員だが、実質的には総指揮官よりも実権を握っているといっても過言ではなかった。

 副司令官のゼフォンですらこの扱いなのだから、他の魔族などはユリウスに近づくことすら叶わなかった。


「あなたたち、副司令官に失礼ですよ」


 ユリウスが取り巻き集団を戒めると、彼らはゼフォンに頭を下げた。

 

 ゼフォンがカナンへの伝言をお願いしたいと話すと、ユリウスはそれを笑顔で受けてくれた。

 優星がその内容を説明すると、ユリウスの表情が一変した。

 そして彼はすぐに2人に、グリンブルへ同行して欲しいと提案してきた。

 グリンブル王都内では毒の雨で多数の犠牲者が出ていて、市内は不死者(ゾンビイ)で溢れかえっているらしく、実験には最適だと彼は云う。

 しかしゼフォンは、グリンブルまで行くには、日程的に厳しいと難色を示した。

 そんな彼にユリウスは大丈夫だと断言した。

 ユリウスが取り巻きたちに合図を送ると、彼らはすぐにスレイプニールの豪華な仕立て馬車を手配した。驚くゼフォンと優星に「グリンブルなど午前中のうちに日帰りができますよ」とユリウスは笑った。


 こうして2人はやや強引にグリンブルへ行かされることになった。

 スレイプニールの馬車の中で、ユリウスは、グリンブル王国内にある人魔研究所というところで、かつて<屍術師>というスキルの宝玉から、『屍術杖(アートワンズ)』という、不死者を操ることのできる魔法具を作っていたことを明かした。その研究中にスキルを取り出した宝玉が消失してしまったため、量産には至らなかったという。現在進行形で世界的に発生している不死者(ゾンビイ)問題を解決するためには、この杖を世界中にばらまく必要があると彼は考えていた。

 ユリウスが2人をグリンブルに誘った理由は、この杖を量産する研究に協力してもらうためだった。優星はもちろん、協力すると申し出た。

 <屍術師>スキルの話をしていると、ゼフォンが思いついたことを口にした。


「…ふと思ったのだが、テュポーンの使ったものも<屍術師>なのではないか?」

「あー、そういえばあれも毒で死んだ者を不死者(ゾンビイ)として蘇らせるよね。もしかしてテュポーンもそのスキルのせいで生命力を奪われていたりして。だから動きが遅いとか?」

「…あれは依り代に憑依して実体化しているんですよ?魔力を動力源に動いているんです。そもそも生命力といえるものなどあるのでしょうか」


 ユリウスが優星の説に異論を唱えた。

 その説にゼフォンが自らの解釈を付け加えた。


「テュポーンの使ったものは<屍術師>と全く同じというわけではないのかもしれんな。不死者たちも操られているというより勝手に行動しているように見えた。アルシエル殿のスキルの劣化版、あるいは悪霊を呼び出すことに特化したスキルといったところか」

「似てるけど違うスキルってこと?そもそもテュポーンが僕と同じスキルを使えるとかおかしいもんね」


 <屍術師>というスキルの秘密を聞いたユリウスは、その出自について考えていた。

 彼は、テュポーンの依り代であるイドラが、体内に埋め込まれた宝玉によって召喚能力を得ていたことを知っている。その召喚能力の中に<屍術師>に似たスキルが含まれているとしたら、魔獣を呼び出すのと同じように悪霊も呼び出せるのかもしれない。テュポーンは毒を吐き出した時に、その召喚スキルを一緒に使ったと考えるのが合理的だ。

 だがこんなレアな召喚スキルなど、そうそうあるものではない。

 そこから導き出されるのは、イドラの体内に埋め込まれた宝玉の元の持ち主が、アルシエル本人か、あるいは彼に近しい血統の別の魔族だった可能性があるということだ。しかし今となってはそれを追跡することは難しい。

 ただ1つ云えるのは、アルシエルは魔伯爵マクスウェルの血統に連なる者である可能性が高いということだ。自分もマクスウェル陣営の1人だったからこそわかる。

 だが、アルシエルがマクスウェル陣営の者であったという話は聞いたこともない。彼は自らの出自を語ることは決してなかったというから、どこの陣営の者かは知られていなかっただけかもしれないが。

 何か公表できない秘密でもあったのかもしれない。

 そこまで考えて、ユリウスはアルシエルの姿を持つ優星に視線を向けた。


 いや、もうよそう。

 彼には彼の人生を生きる権利がある。

 アルシエルの過去を掘り起こして、彼にそれを背負わせるようなことはすべきではない。

 ユリウスがそんなことを考えているとも知らず、優星はゼフォンに話し続けていた。


「ねえ、ゼフォン。これが上手くいったら、僕、アルシエルって名乗ってもいいかな」


 優星の意外な申し出に、ゼフォンもユリウスも驚いた表情をした。


「急にどうした?誰かに何か言われたのか?」

「ううん。そうじゃないよ。誰も何も言わないからこそなんだ」

「む?」

「僕、自分が中途半端なのがすごく嫌なんだよ」

「…おまえはおまえなりに努力していると思うが?」

「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でも、やっぱり僕、心のどこかで甘えてたんだ。魔族として生きるって言いつつ、どうしていいかずっと迷ってて、誰かがどうにかしてくれるんじゃないかってさ。ゼフォンに行動しろって言われてようやく武術を磨く気になったけど、エルドランは一切手を抜かないで僕を袋叩きにするし、優しい言葉をかけてくれる人なんか1人もいなかった。正直、心が折れかけたよ」

「…魔族は実力主義ですからね」


 ユリウスがボソッと呟いた。


「だけどそんな時、あの<空間移動>スキルを得たんだ。必死で努力すれば、答えが得られるって気が付いたんだよ。そして<屍術師>スキルを得た時、思ったんだ。僕がアルシエルの体を受け継いだことには、きっと意味があるんだって。だからもう、ここでキッパリ、決別しようと思ってさ。いつまでも人間の優星の気分でいちゃいけないって思ったんだよ」

「…おまえからそんな言葉を聞くとはな。一時はあんなに腐っていたのに」


 優星は少し照れくさそうに頭を掻いた。


「それを言わないでよ。僕だって恋愛のこと以外で、こんなに真面目に悩んだのは初めてだったんだからね。それにさ、人間の僕はまだどこかで生きてるんだろ?僕が優星って名乗っていたら、紛らわしいじゃないか」


 優星はゼフォンから、人間の優星(エウリノーム)が記憶をリセットされて、人生をやり直したことを聞いていたのだ。


「それはそうだが…」

「それとも、ゼフォンは恩人の名前を僕が名乗ることに抵抗がある?」

「そういうことではない」

「正直云うとね、この体になって、優星って名乗るのが僕自身すごく嫌でさ。違和感しかないんだよ。だって全然似合わないんだもん。絶対アルシエルの方がカッコイイよ!」

「まさか、そんなくだらない理由から名乗ろうというのではあるまいな?」

「名前は大事だよ!名は体を表すっていうじゃないか」


 優星は力説する。

 だがゼフォンは深く溜息をついて優星に云った。


「…おまえはおまえでいいと云ったはずだぞ?無理にアルシエル様になりきらなくともいいんだ」

「違うよゼフォン。僕はアルシエルになろうなんて思っちゃいない。彼の記憶を見て、僕なりに彼を理解したつもりだけど、そもそも僕はあんなにストイックになれないしね。だけど、彼の人生を受け入れて生きていくことはできると思うんだ」


 ゼフォンは熱く語る優星を見ながら、亡きアルシエルのことを想った。

 もし彼の思念が、この体に少しでも残っているのだとしたら、きっと今の優星を喜んで受け入れるに違いない。奪われたスキルが蘇ったことが何よりの証ではないか。

 そんなことを思いながら、ゼフォンは優星の真摯な眼差しを受け止めた。


「…そうか。それがおまえなりに出した答えか」

「うん。ダメかな?」


 優星がわざわざゼフォンにそんな許可をとること自体、おかしいとも思う。別に名乗りたければ勝手に名乗れば良いのだ。彼はアルシエルの体を持っているのだから。

 だがゼフォンのように、昔から彼を知っている者にとっては違和感があるだろう。

 優星は優星であって、アルシエルではないのだから。

 その名を受け入れて生きていくことの難しさを、彼はこれから嫌という程知ることになるだろう。

 それをわかった上で、彼はこの決断をした。ゼフォンは、優星がアルシエルになりたいのではなく、魔族として生きていく覚悟を決めたのだということを理解した。

 ならば、ゼフォンのとる行動は1つだ。

 

「良かろう。俺は今後おまえをアルシエルと呼んでやる」

「…いいのか?」

「だからといっていい気になるなよ。その名にふさわしい人格と実力を示さねば、許さんからな」

「う、うん、頑張るよ」


 ゼフォンは彼の肩をポン、と軽く叩いた。

 誰が何と云おうと、優星がアルシエルとして生きていくことを否定させない。ゼフォンはそう固く誓った。


 それまで黙って2人の会話を聞いていたユリウスが口を開いた。


「わかりました。ではそのように関係者にも通達しておきます。私も応援しますよ。改めてよろしく、アルシエル」


 ユリウスはそう云って笑顔を見せ、アルシエルに手を差し出した。

 アルシエルはその手を握り返した。


「こちらこそ、よろしく」

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