マクスウェルの願い
魔王府からの要請を受けて、テュポーン討伐に直接軍を動かしたのは魔王城と魔伯爵マクスウェル、魔公爵ザグレムだけだったが、後れを取った他の魔貴族たちも物資や食料、工作人員の提供などで協力した。
なぜなら、今回の討伐後には論功行賞を行うこととされ、その褒賞として現在未開拓の直轄地が分与されることが魔王府から発表されたからだ。少しでも魔王に良い印象を与えようと各魔貴族は躍起になった。
直接軍を送りたいという魔貴族もいたが、既に計画している作戦に間に合わないということで断念したという経緯もあった。
その先陣を切って中央国境から納入されたネビュロスからの物資は、豊富の一言に尽きた。
武器や防具、馬具に至るまで一級品をそろえて来た。
加えて、作戦本部が発注していた特注品も届けられた。
ネビュロスいわく、「魔王様が100年戦い続けても物資を送り続ける」とのことだった。
キュロスの魔族のキャンプでは、その物資の受け入れに大わらわとなった。
キャンプ内のマクスウェル軍の陣でも、ネビュロスからの物資の搬入作業が行われていた。
マクスウェルはネビュロスが送って来た山のような物資を、複雑な気持ちで見ていた。悔しいが、ネビュロス陣営は潤沢な資金があると云わざるを得なかったからだ。
苦虫を潰したような表情でいる彼の元へ、娘であるイヴリスが険しい表情でやってきた。
「父上!お話があります!」
イヴリスがなぜこれほど憤っているのか、彼にはその理由に心当たりがあった。
陣の中で最も大きな天幕がマクスウェルの居留地であった。
天幕の中央には豪華な椅子に座るマクスウェルがいて、その周囲には彼の一族と側近が控えている。
イヴリスは父の正面に立って、思いの丈をぶちまけていた。
「どーして私だけ留守番なんですか!ゴラクドールへ帰れって何なんです?!納得できません!私だってお役に立てます!」
「だから何度も言っているだろう。直系のおまえにもしものことがあってはならぬのだ」
イヴリスにそう言い聞かせているのはマクスウェル本人だ。
「そんなの、父上が次の繁殖期で子をもうければ良い話ではありませんか!」
「そういう話ではない。子を思わぬ親がどこにいる!」
「子供の気持ちだって考えてください!直系の私が一族の役に立たなくてどうするんです?」
既に2人の子を失っている親の想いを、イヴリスはわかってはくれなかった。
「なにもおまえが出しゃばらなくても、我が召喚士軍団は鉄壁だ」
「ですから!私もその末席に加えてくださいと申し上げているだけです!」
堂々巡りになっているこの親子喧嘩を止める者はこの場にはいなかった。
だが、折れたのは父の方だった。
「…そこまで言うのなら、伝令として加えてやっても良い」
「本当ですか?」
「ただし、戦闘には加わらぬという条件付きだ」
「…くっ…!わかりました。私は自分のできることを致します」
イヴリスは不承不承納得して、天幕を出て行った。
「まったく困ったものだ。すっかりわがままになってしまって…」
娘を送り出した後、椅子の背もたれに体重をかけながら、マクスウェルは大きく溜息をついた。
天幕にいた一族の者たちにも仕事に戻るよう命じた。
その彼の元へ、若い側近の者が飲み物を運んできて声を掛けた。
「イヴリス様もご立派になられましたね。上級精霊を召喚できるとは、さすが直系です」
「…ああ、私もあれには驚いた。少し見ぬ間に成長したものだと感心したが…中身はまったく成長しておらんようだ」
「そうですか?私などは、一生懸命で可愛らしいと思いますが」
先ほどのイヴリスの様子を思い出し、若い側近は笑顔を見せた。
彼は一族の中でも若頭とされる、有望な若者だった。
マクスウェルはその若い側近を見て、「フム」と唸った。
「その後、カラヴィアからの連絡は?」
「ありません」
「あやつめ、定期連絡を寄越せとあれほど念を押したのに」
「しかし、カラヴィアの最後の報告では、ジュイス様が人間の国で生きているとのこと。生きておいでなら、どこかで能力を発揮するのではありませんか?いずれ見つかりますよ」
いずれ見つかる、と、周囲の者たちはもう100年も云い続けている。
マクスウェルには、もはや気休めにもならない言葉であった。
一族総出で、これだけ探しても見つからないというのは解せぬ話であった。
奴隷としてどこかに監禁されているのか、それとも自らの意思で出てこないのか。
あの人間たちの云っていたイドラという者が、もしかしたらジュイスなのではないかとマクスウェルは疑っていた。だが、その外見を聞く限りどうやら違うようだ。
優秀なジュイスならばオルトロスくらい召喚できるやもしれないと思ったのだが、もしそうなら、わざわざ偽名を名乗る必要などないはずだ。あんなものを召喚できるのは一族の者しかいないはずなのだから。
一族の傍流であるカラヴィアを魔王護衛将に推薦したのはマクスウェルだった。
大戦後も100年に渡ってカラヴィアにジュイスの捜索を命じていたのであったが、さぼっているのか一向に近況を報告してこない。
カラヴィアの特殊な能力に目を付け、諜報活動に向いているという理由で魔王の王宮に仕えさせた。おそらくカラヴィアは、その能力で仕入れた情報網を駆使して城の中で成り上がって行ったのだろう。名のある名将らを退けて、瞬く間に魔王護衛将候補になった。
どうにも浮気性で、興味がすぐに移り変わってしまう癖があるが、魔王に対する忠誠心だけは誰にも負けないと豪語している。
性格的にはやや難があるが、本質は悪い者ではないとマクスウェルは思っている。
だから捜索を頼んだのに、このていたらくだ。
マクスウェルは深い溜息をついた。
マクスウェルの血統は稀有な召喚士の血筋を守るため、同族同士でパートナーを組むことが多く、そのため特に直系は子供が生まれにくい。カラヴィアのような特殊能力を持つ者が生まれるのも、そうした歪んだ血統のせいでもあるのかもしれなかった。
だから一族のパートナーは慎重に選ばれる。
かつては一族の者は勝手に恋愛をして子供を作ることを禁止され、禁を破った者は数百年に渡って隔離されてきた。だが、そのせいで子供の数が激減してしまい、一族は存亡の危機に立たされた。
マクスウェルが爵位を継いでからは、申告すれば他の陣営の者とパートナーになっても、一族の会議で了承されれば概ね認めるようにした。
そうしたらしたで、イヴリスのようなわがままを通す者も出てくる始末だ。
側近に下がるよう命じて、広い天幕内は彼1人になった。
「ジュイス…今頃どうしているのだ」
生まれた時から美しい子だった。
生きていればさぞ美しく成長しているだろう。
金髪で、深い青い瞳をしていて、魔法にも召喚能力にも長けていた。
それ故に、ジュイスにかける期待も大きくなっていた。
それが、ある日突然いなくなったのだ。
魔族の中でも、召喚能力を持つマクスウェルの一族は引く手数多で、他の陣営から狙われることも多い。
ジュイスが誘拐された時も、最初は他の陣営を疑い、捜索が遅れたのだ。
マクスウェルにはジュイスの上に、召喚能力に優れた息子がいたが、人魔大戦の折りに行方不明になったまま戻らなかった。後日遺品だけがエウリノーム陣営から届けられ、死んだことがわかった。
ジュイスが攫われたことに加え、二重に訪れた不幸に、マクスウェルは打ちのめされた。
大戦後イヴリスが生まれた後も、ジュイスのことをずっと引きずったまま、領地で引きこもってしまっていた。それが家出をしてしまうほどにあの子を傷つける原因になってしまったのだ。
イヴリスには悪いことをしたとも思っている。
だから、あの子のためにも早くジュイスが生きているのか死んでいるのか、ハッキリさせたかった。
カラヴィアはジュイスが生きているとハッキリ伝えて来た。
生きているのなら、会いたい。
それがマクスウェルの願いだった。




