魔族の仲間たち(1)
第二章開始です。
研究施設を破壊して脱出した私たちは、以前にも訪れたことのある北の国境の前線基地を目指すことになった。
そこに魔王がいたという話をしたら、皆そこへ行きたいと申し出たからだ。
他に頼れる人もいないし、もし魔王が不在でもサレオスに頼めば基地内で休ませてくれるかもしれないと思った。正直、野宿続きで体がしんどかったこともあったし。
同行する魔族はジュスターの他、8人。カナン、ウルク、テスカ、シトリー、ネーヴェ、ユリウス、クシテフォン、アスタリスという者たちだ。
急に全員の名前と顔は覚えられない。だいたい横文字名前は苦手なのよね。ジュスターはともかく、後の人たちはおいおい覚えて行こうと思う。
私と彼ら9人は、国境を目指して馬と馬車に分乗し、広大なヨナルデ大平原を東へと移動していた。
この馬車では国境まであと10日以上かかるそうだ。
追手がくることも考慮して、大司教公国の領土内に点在する警護所を迂回して国境を目指すことにしたから、その分日数がかかってしまうのだ。
奴隷部屋での劣悪な生活のせいもあってか、私は急に体調が悪くなった。
自分で回復魔法もかけてみたけど、精神的な疲労の蓄積による体調不良には効き目があまりなかった。
考えてみたら、奴隷部屋で衰弱していた上、自分の体のことも考えずに回復魔法や初めて蘇生魔法を使ったりしてたのは、少々無茶だったのかもしれない。
皆は心配して、馬車を止めて休ませてくれた。
研究施設を破壊したカイザーは、力を温存すると云って石の中に戻ったままだ。私の体調不良の大きな原因の1つは、カイザーが力を解放したせいだ。それで、魔力を供給する私にツケが回ってきたのだろう。魔王から気をつけろって云われてたのに、やっちゃったな…。
それと、施設を出る前から、お腹がペコペコだったことも体調不良の原因のひとつだと思う。
そのことをジュスターに伝えると、皆で食糧を調達しようということになった。
「アスタリス、近くに何かないか?」
ジュスターが話しかけたのは、御者を担当していた前髪で両目を隠している魔族の青年だった。彼の名はアスタリスという。
彼は前髪を持ち上げて、両目を開いた。元々遠くが見える<遠目>というスキルを持っているそうで、私と契約した際に上級魔族に進化し、<遠目>スキルで見える距離が少し伸びたという。
彼が前髪で目を隠しているのは、近場と遠くを見分ける調節がうまくできないせいだ。わざと両目を隠して必要のない時は遠くを見ないようにしているのだそうだ。
「もう少し進むと、右手に大きな森があるよ。奥に湖もあるから、水棲生物もいるかもしれない」
水棲生物…つまり魚ってことね。
「では少し寄り道になりますが、そこで休憩を兼ねて食糧を調達しましょう」
どうやらこの中では、ジュスターがリーダーのようだ。
元々知り合いだって云ってたし、彼だけが上級魔族だったから、前からそういう関係だったのかもしれない。
森の手前で馬車を止めた。
魔族たちは森の中で獣や鳥を狩り、湖では魚を捕まえた。
カイザーの云った通り、人手があるとこんなに楽なのね。もしかしてこうなることを見越していたのかな?
しかも彼らはなかなかに優秀で、それぞれ獲物を捕って捌いたり、森の中で果実を摘み取ったりしていた。
見ていて感心したのは、ネーヴェという名のアイドルみたいな美少年の繰り出す風の魔法だった。
ネーヴェは研究施設で、不死者の首を落とした魔族だ。
彼はその魔法で、大きなイノシシみたいな獲物の肉を、奇麗にスライスして見せた。
カイザーのダイナミックな魔法とは違って、コンパクトで細やかに作動させている。魔法のコントロールが上手なのかもしれない。こういうのって性格がでるのかな?
少し体調が回復した私は、湖があると聞いて歩いて行った。
そこで顔を洗っているうちに、水浴びしたくなった。なにしろ5日もお風呂に入っていなかったのだ。
湖で魚を捕っていたのは水の魔法を操るアスタリスだった。
彼が湖の中を見て、害悪となる魔物はいないと断言してくれたので、私はついでにアスタリスに見張り番に立ってもらい、お風呂代わりに水浴びをした。
久しぶりの入浴は、かなり気持ち良く、命の洗濯ができた。ついでに着ていた服も洗濯した。
水浴びした後は、少し体調も回復したので、ミニドラゴンのカイザーを少しの間だけ呼び出して魔法で髪や服を乾かしてもらった。
食事の準備の傍ら、<木製品工作>スキルを持つシトリーという、メンバーの中で最も大柄の魔族が、自身の肉体を<鋼鉄化>するスキルを発揮し、拳だけで大木を打ち倒し、さらに器用にも手刀を斧のように使ってテーブルや椅子の他、料理用の薪を作ってくれたりした。
「下級スキルなので、つたないですが」
「そんなことないわ。上出来よ」
刃物も鋸もない中で、よくぞ作ってくれたって感じで、とても助かった。
シトリーが作る木製の皿やスプーンはなかなかの出来だった。料理ができても手づかみで食べるのは嫌だったし、食器を作ってくれたのは本当に感謝だ。
「スキルのレベルが上がるとどうなるの?」
「もっと上質なものや小物なども作れるようになります。商売レベルになるには上級以上のスキルが必要ですが」
「上級スキル、欲しい?」
「もちろんです。下級しか持って生まれなかった自分が悔しいです」
「上級と云わずにもっと上を目指そうよ」
そう彼に声を掛けた。
すると、シトリーの大きな体が短く光った。
「…あっ」
シトリーは手を止めて、驚いたように私を見た。
「どう?変化あった?」
「これは…なんという奇跡ですか…!下級スキルが<S級木工製作>スキルに進化しました」
「やったね!でも急激にスキルが進化して、困ったりすることはない?」
「スキルは使わねば意味がありません。S級になったということは、熟練度が急激に上がるということです。おそらくは数日で」
「それってスキルを使えば使う程上達するってこと?」
「そうです。…でも、こんなこと、本当にあるんですね…!信じられません」
「フフッ。さっそく使ってみてよ」
「はい。トワ様はすごい方ですね…!女神様のようです」
ちょっとくすぐったいけど、喜んでもらえるのは素直に嬉しい。
そうだ、大事なことを忘れていた。
「この中で、料理のスキルを持っている人はいる?」
私が聞くと、2人が手を上げた。良かったー!
背中に黒い翼を持つ、赤い巻き毛のウルクと、ワインレッドの髪を首の後ろで1つに束ねている優し気な美形のユリウスだ。ウルクは脱出の際、私を連れて飛んでくれた小柄な魔族だ。
私は彼ら2人を呼び寄せた。
「ウルク、ユリウス。すっっごく美味しい料理を作ってよ!」
と言葉をかけた。
すると2人の体が短く光った。
「うわーーーっ!!」
「す、すごい…!!」
「僕、あこがれの<S級調理士>スキルを覚えましたよ!」
「私も…!トワ様、ありがとうございます!」
2人共、驚きの声を上げ、興奮していた。ユリウスは下級、ウルクは中級の調理士スキルからいきなりS級に進化したようだ。
彼らによれば、<S級調理士>とは、料理人の憧れでもある最上位スキルで、魔王に食事を提供できる資格の<上級調理士>をも軽く凌駕するものだそうだ。
下級、中級スキルを持つ者はそれなりにいるが、上級ともなるとかなり貴重らしい。その上のS級ともなれば、もはや神レベルなのだ。ちなみにSS級を生まれながらに持つ者はいないという。
生活スキルは生まれ持った能力であり、自然に昇級することはほとんどない。
中級スキルをもって生まれた人間が50年修行して上級に上がったことはあるというが、それもかなりレアなケースだ。
上位スキルを持って生まれた者は、下級スキルを持つ者が修行するよりもずっと早く熟練度が上がり、結果が伴う。スキル=才能って感じね。
更に、S級を取得している者は、自力で修行してSS級に昇級することも可能になるそうだが、いまだかつてそれを実現した者を誰も知らないという。
そんなすごいことだとも知らずに、私は暢気に「これで魔王の元で食べたくらいの料理が食べられるだろう」くらいに思っていた。
「他に何か、欲しいスキルはある?」
私は少し調子に乗って聞いてみた。
美味しい食事ができるのならなんだってあげるつもりだった。こうなりゃ出血大サービスよ。
すると、ウルクは味付けにこだわるようで<調味料生成>を、ユリウスは食材を吟味したいというので<食材鑑定>スキルをそれぞれに与えることになった。
ついでに早く作って欲しい私は、2人に<高速行動>を与えた。これはその名の通り、早く動けるスキルだ。余談だがシトリーにも<高速行動>を与えようとしたけど、彼にはその適性がなかった。
後にこの2人の料理人は、魔族の最高位料理人と称されることになるのだが、それはまた別の話だ。
馬車の近くで、シトリーが作った木のテーブルに、ジュスターが真新しいテーブルクロスのような薄い水色の布をかけていた。
「ん?この布、どうしたの?」
「私が作りました」
「えっ?洋服だけじゃないの?」
「洋服として作ったものを再利用してるんです」
「ほえー…」
ずっと気になってたジュスターのトンデモスキル<衣服創造・装着>。
いくらなんでも奇想天外すぎるって思ってたから、どういうふうになってるのか本人に聞いてみた。
長々と説明してくれたけど、要約すると、こういうことらしい。
この世界には目に見えない多くの元素や生物や鉱物などが発する粒子など、多くの物質が存在している。
ジュスターの頭の中には3Dプリンターのようなものがあって、イメージしたものをその多くの物質を使って疑似的に創っているのだという。
それを、各人が持つマギを使って可視化させ、装着させることで固定化され、服という現物になる。
マギとは、この世界の人々が持つ魔力の素のことで、魔力が強い者ほど多くのマギを持っている。
通常、服の色はそれぞれの持つマギの色が反映されるらしいのだけど、ジュスターが全員の色をそろえたいということで全員が持つ魔属性の色である黒色に統一した。
彼の創っている衣服は、草花などの原料から糸や布を作り、織ったり縫ったりする本来の衣服とは別の次元のものなのだそうだ。
いわば魔力で疑似的に作った服、という感じ。
しかも体に装着させないとダメなので、服だけをポンと創ることはできないそうだ。
服の強度や質は個人のマギ量に依存するようで、同じように見えて実は個人差がある。
ジュスターの着ているものは上質に見えるので、やはり彼の魔力は相当強いのだろう。
装着後固定化すれば、その服は脱いでもそのまま残るが、個人個人のマギで制作されている服なので、当人にしか着用できないという欠点がある。
つまりジュスターの能力で洋服屋さんを開くことはできないってことだ。
そういえば、彼に能力を付与したとき「とりあえず何か着てちょうだい」とか云った覚えがある。
その「とりあえず」が『魔法で即席の服を作る』というスキルを生んだのだった。
言霊スキルってある意味すごいなあ…。
で、ジュスターが自分用に作ったマントをテーブルクロス代わりに使用したというわけだ。
物を載せたり上に乗ったり手で触る程度なら他人にも使用できるらしい。
私の座る椅子にも布をかけてくれたので、一気にレストラン感が増した。
彼に、私の服も作れるのかと尋ねてみたところ、できると云った。
だけどここで一つ問題が生じた。
彼のスキルを有効にするためには、彼の前で素っ裸になる必要があるというのだ。
もうその時点で却下。
そういえば、最初に彼がスキルを使った時、全員素っ裸だったっけ…。
残念ながら、裁縫スキルを持つ者はいなかったので、私の服を作ってもらうことはできそうになかった。
支度が整い、私たちはテーブルを囲んで食事を始めた。
食卓には、色どりの奇麗なサラダや肉と魚、奇麗にカットされた果物などが並んでいる。ものすごく豪華だ。それがあまりにも奴隷部屋での食事とかけ離れていたので、私は感動のあまり思わず涙ぐんでしまった。
皆は私がどうして泣いているのかわからず、心配したりオロオロしたり、慰めてくれたりした。
で、気を取り直して、私は早速サラダから手を付けた。
「うん、美味しい!」
一口食べてすぐ、美味しかった。
サラダにはキャベツのような食感のものが使われていて、木の実がトッピングされている。なによりかかっているドレッシングが美味しい。
「この魚も塩味が効いてて美味しいわ」
私が食べるのを、じっと見守っていたウルクとユリウスの顔がほころんだ。
「あんたたち、やるわね」
と、親指を立ててグッ!という仕草をすると、彼らは「ありがとうございます」と笑顔を見せた。
メインディッシュの分厚いステーキは、カナンが仕留めてネーヴェがスライスした、でっかいイノシシみたいな魔物の肉だという。全然生臭くないし、とっても柔らかい仕上がりだ。
この味付けも、ウルクの<調味料生成>で生み出した調味料によるものだった。
<調味料生成>は、様々な材料から調味料を生み出すことができるスキルで、味付けもバラエティに富んだ料理を作ることができた。
私を含め、皆、一心不乱に食事を取った。皆かなり空腹だったみたい。
肉を手づかみで食いちぎるカナンやシトリーの豪快な食べっぷりとは対照的に、ユリウスとネーヴェは、木のピックで小さく刻まれた肉を少しずつ食べるという、その容姿に似合った上品さを見せた。
有翼人のテスカとクシテフォンが採ってきた木の実は、デザートとして最後に提供された。
食べきれなかった肉の一部をジュスターが氷魔法で冷凍し、一部を燻製にして保存食にする、とウルクは云った。長期の旅には保存食は必須よね。
「これで良い茶葉があれば言うことないのですけど」
とユリウスが呟いた。
「そうね、食後にお茶とケーキがあると良かったわね」
私が何気なく云ったケーキ、という言葉にユリウスが反応した。
ユリウスの<食材鑑定>の能力は、その食材で作れるレシピを開発することもできるようで、ケーキがどういう食べ物なのか、聞きたがった。
この世界にもスイーツはあるようだけど、ほとんどが火で炙るだけの焼き菓子ばかりで、私が思うようなケーキみたいなものではないみたい。
そういえば、魔王のところで食べたお菓子もクッキーみたいな焼き菓子だったな。
「ケーキとか、いろいろなお菓子も作ってくれるの?」
と声をかけると、ユリウスの体が光った。
その直後、彼は<S級菓子職人>のスキルを得たと云い、ものすごく感謝されたことは云うまでもない。
ユリウスは立ち上がって、食材の置いてある台の側でなにやらせっせと手を動かしていた。
ユリウスは火の魔法を制御できるようで、食材を炙ったり、粉を挽いたりしている。
<高速行動>のおかげで、速すぎて彼の手元の動きを見ることはできなかったけど、あっという間になにやら作って皿に乗せて持ってきた。
「わあ…!すごーい!」
出てきたのは木の実入りのタルトと薄く焼いたクッキーだった。
こっちの世界に来て、初めてちゃんとしたスイーツを見た気がする。
「メリルという木の実を使って試しに作ってみました。トワ様のおっしゃっていたケーキとは違うかもしれませんが」
「ううん、すごいわ!これはタルトっていうお菓子だけど、今話を聞いただけでこれを作るなんて、ユリウスってば天才じゃない?」
タルトは見た目も色どりがきれいで美味しそうだった。
一口食べると、とても上品な甘さで、美味しい。クッキーの方はパリパリのおせんべいのような食感でこちらも素晴らしい出来だ。
「うん、美味しいわ!この甘いのって、素材の甘さなの?」
「はい、メリルの実は完熟するととても甘くなるんです。この実を乾燥させてすり潰せば甘味料になります。他のお菓子にも利用できますよ」
「ほんと?ショートケーキやシュークリームも作れる?チョコとかポテチもあったら嬉しい!」
「ではどんなものなのか、お話を伺っても良いでしょうか」
ユリウスは腕のいいパティシエになれる素質がある。
こんな野外の、限られた材料だけでこれを作れてしまうっていうのはすごい才能だ。
材料ときちんとした設備や道具が揃ったところで腕を振るえば、もっとすごいものが作れそうだ。
ポテチについて説明してあげたけど、こっちの世界にじゃがいもがあるかどうかは不明だ。
味と食感の説明をしたところ、似たような食材を見つけられれば、作れるかもしれないということだったので、楽しみにしておこう。
お腹がいっぱいになったせいか、私の体調はすっかり回復した。
美味しい食事って、生きる活力になるわね。ん?ダイエット…?なんだっけそれ。
食料も積み込んで、私たちの旅はそのまま順調にいくかと思われた。
新しい仲間たちの紹介その(1)です。スキルの説明とか細かすぎますが、こんな感じで便利なスキルが出てきます。ご都合主義と云われようが、そういうお話なんだと生暖かく見ていただけたら幸いです。