見覚えのある人
私は近くに置いてあったスマホを手に取った。
手で操作すると、スマホは普通に動いた。
「こっちは動くわ…刻が止まったわけじゃないのかな?」
だけど、ゼルニウスさんは動かないままだ。
…どうなってるの?
すると、持っていたスマホから、ふいに黒い影が飛び出してきた。
「わっ!」
その影は以前、病院で現れたのと同じように、黒いマント姿の人型になった。
固まって動かないゼルニウスさんの背後に、その黒マントの人は現れた。
「ええ――!?」
私は目が点になった。
ど、どっから湧いた?
「あなた、あの時の…!」
黒マントの人物は、ゆらりとこちらへ歩み寄ってくる。
「あ、あなた…病院に現れた人ね?」
「危ないところだったな」
危ないところ?
それって…この状況のことを云ってるの?
「あなた、誰なの?これ、あなたがやったの?」
「そうだ。奴がおまえに意識を集中している隙を狙った。うまくいった」
「あなた、一体何なの?」
黒いマントの人は、頭を覆っていたフードをはねのけると、初めてその顔を見せた。
「あっ…」
今度はノイズはなく、はっきりと顔が見えた。
黒髪に、金色の瞳。
こっちの、ゼルニウスさんと印象は似ているけど、全然違う。
この人も超のつくイケメンで、正直こっちが断然私のタイプだ。
なんだか懐かしいような、切ないような…。
私、この人を知っている気がする。
「私…あなたを知ってるわ。…どこで会ったのかは思い出せないんだけど」
その黒マントの人は、クスッと笑った。
「そのセリフを聞くのは二度目だな」
「えっ?」
時が止まった空間で、彼は私の前に立ち、また頭をポンポンと軽く叩いた。
「それを寄越せ」
「え?スマホ?」
その人は、私の持っているスマホを指さした。
なぜか私は素直に彼の云うことを訊いて、スマホを差し出した。
彼は私のスマホを自分の右手首にかざすような動作をした。
「何してるの…?」
「おまえがこの端末に記録させている情報を読み取った。これでいつでもおまえの元へ行ける」
「読み取ったって、どうやって…?」
「おまえは覚えていないんだろう?ならば理解しなくても良い」
「あなた、どこから現れたの?」
「おまえのその端末が繋がっている空間から」
「…は?…もしかしてネットの中とか?」
「おまえの使う言葉はよくわからぬ」
わかんないのはこっちですって!
電脳空間を自由に行き来できるってか?
ネットの中を通って来たって、メールじゃあるまいし。
「だからあなたは誰なの?答えて!」
「…それはおまえ自身で答えを見つけろ」
「無茶言わないでよ」
「そんなヤツに惑わされた罰だ」
「そんなヤツって…ゼルニウスさんのこと?」
私が床で動かないゼルニウスさんに目をやると、黒マントの人物は彼の体を蹴り飛ばして床に仰向けに転がした。
ゼルニウスさんはマネキンみたいに床にゴロンと横たわった。
「ちょっと、何するのよ!酷いことしないで!」
いくら何でも、動かない人を蹴り飛ばすなんて、あんまりだと私が抗議すると、黒マントの人は不機嫌そうに私を睨んだ。
「チッ、おまえはコイツの方が良いとでもいうつもりか?」
「はあ?何言ってるの?」
その人は怒ったように舌打ちすると、来た時と同じように、急にフッと黒い影になって消えた。
「また消えた…。何だったの…?」
すると、床に転がっていたゼルニウスさんが動き出した。
同時に時計も動き出した。
どうやら止まっていた刻が動き出したようだ。
「トワ?」
「あ、ああ…ゼルニウスさん、大丈夫?」
私は彼の前にしゃがんで、起き上がるのを手助けした。
「今、何が…」
「あ、ううん?ごめんなさい。私が驚いてあなたを突き飛ばしちゃったのよ」
「…そうか」
咄嗟の嘘を彼は信じたようだ。
さっきの黒マントの人のことは、なんとなく言わない方がいいと思った。
正直云うと、ゼルニウスさんもさっきの黒マントの人と同じくらい怪しいから。
「あの、今日はありがとうございました。でね…さっきの話だけど、少し考えさせて欲しいの。とりあえず今日は帰ってくれる?」
「ああ、そうだな。急にすまなかった。時間はたっぷりある。ゆっくり考えるがよい」
私の言葉に、彼は素直に従ってくれた。
そして帰り際に再び私を抱き寄せた。
「おまえが我を受け入れてくれるまで、待つつもりだ」
そう云うと、彼は帰って行った。
1人になると、私はへたへたとその場に座り込んでしまった。
同じような黒髪のイケメンが2人も現れて、一緒に住もうとか、正体を考えろとか無茶をいう。
おまけに時が止まるとか、ネットから出て来たとか、非科学的なことも起こるし…。
「はぁ~もう、どうすりゃいいのよ」
時計は13時半を示している。
しまった、追い返す前に、ゼルニウスさんにお昼を作ってあげればよかった…。
荷物運んできてもらったのに、あんな風に追い出しちゃって、どう思ったかな。
悪いことしちゃった。
いろいろ怪しいところはあるけど、悪い人じゃない気がする。
翌日からは、普通に病院に出勤した。
本当はもっとゆっくりしたかったけど、働かねば食べていけないのだ。
梨香子たちには、ゼルニウスさんのことを根掘り葉掘り聞かれたけど、私も人に話すほど彼のことを知らないから、のらりくらりと躱した。
勤務終わりに病院を出ると、従業員用出口の外にゼルニウスさんが立っていた。
いつから待ってたんだろう?
食事をしようと誘われて、断る理由もないし、彼にごちそうになった。
近くのレストランで一緒に食事をした帰り、彼は私に封筒を差し出した。
何かと思って中身を見てみると、なぜか宝くじが1枚だけ入っていた。
「何ですか?これ」
「宝くじだ」
「それはわかるけど…」
「当選番号は明日発表されるようだ」
1等2億円の宝くじ。
1枚300円。
なんでそれを私にくれるのかな…?
「明日、確認して見ろ。当たっているから銀行に持って行け」
と予言めいたことを云う。
「あは…は…、ありがとう。当たってるといいね。私、実は宝くじって買ったことないんだ。買おう買おうと思いつつ、どーせ当たらないしなーって思ってなんとなく買いそびれてたの」
「そうなのか」
彼は意外そうな顔で私を見た。
まあ、ゲン担ぎにたった1枚に想いを託す人もいるけど、これで当たったら大したものよね。
本当に当たったら、この人マジ魔王かもって思う。
…なんてその時は思ってたんだけど。
翌日の夜も、ゼルニウスさんは私を待ってくれていた。
彼はまた食事を御馳走してくれた。
おしゃれなフレンチレストラン。
ずっと、行ってみたいと思ってた高そうなお店だ。
異世界云々はおいといて、やっぱりこの人、セレブなんだわ。
2人でワインを飲んで、主に話題は私の仕事のことばかりだけど、彼は嫌な顔ひとつしないで聞いてくれる。
食事を終えて席を立つとき、ふいにゼルニウスさんが「金を受け取ったか?」と聞いたので、何のことかと尋ねると、宝くじのことだという。
当たっている筈がないと思って、調べていなかった。
「これだけあれば、いつでも仕事を辞められるな」
ゼルニウスさんは別れ際にそう云った。
確かに仕事の愚痴はたくさん云ったけど、、別に私辞めたいとか思ってないんだけどな…。
彼と別れて、家に帰って当選番号をネットで調べてみたら…
「わああああ!!!」
思わず大声が出た。
嘘でしょ…!!
本当に当たってる!!
いや、もう部屋で1人で大パニックよ!
何回も何回も番号を確認して、目を真ん丸にした。
こんなこと、本当にあるの?
マジで私、億万長者に?
本当に彼、魔王なの…?
 




