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理の真実

 …魔王は神様なんだ。

 以前、彼はイシュタムとは兄弟みたいなもんだって云ってたから、なんとなく想像はついてたんだけどね。だから驚きはしなかった。


<個体名ぜるにうすハ、我々ノ一部ダガ、例外的存在(イレギュラー)ニ変異シタ>


「…どういうこと?」


<我々ニハ分析不能>


 分析できないってことは、少なくとも彼はイシュタムの仲間じゃないってことだ。

 そんなことはとっくにわかってた。

 私の知っている魔王は、人間を排除して世界征服なんてしないし、私のスキルだって欲しがったりしない。

 もし彼がこの神様(イシュタム)の仲間なら、人間を排除したり支配下に置くことなんて、簡単にできたはずだもの。それに、わざわざ勇者と取引して、100年も消えたりしないわ。

 それになにより…彼の心は本物だったから。

 唇を通して、私の中に流れ込んできた彼の意識は、嘘偽りなく私を包んでくれた。

 あれが全部魔王のお芝居だとしたら、世界のすべては偽りしかないって思う。


 私は、魔王(ゼルくん)を信じてる。


<個体名ぜるにうすハ、我々ノ一部ダガ、例外的存在(イレギュラー)…>


 イシュタムは同じことを繰り返してる。

 つまり、これ以上彼の記録(データ)を持っていないんだ。

 イシュタムは魔王のことを知らない。十分な記録(データ)がないから過去の映像の中にも出てこなかったんだわ。

 彼はイシュタムの一部だけど、それだけじゃない、何か特別な存在なんだ。


 彼が何者かなんて、どうでもいい。

 私にとって彼は…大切な人で、一緒にいたいって思った人だ。

 そんなことを考えていると、なんだか胸が熱くなる。

 それはとても不思議なことだった。今の私は意識体で、そんなの感じるはずがないのに。

 その時、ふいにアラームのような音が聞こえた。


<異常信号(パルス)ヲ確認>


「え?何?」


信号(パルス)消失>


「…?」


 信号?

 なんだろ…。

 だけど神様(イシュタム)は何も云わなかった。

 一瞬、静けさが場を支配した。

 真っ白で何もない空間に1人でいるのってすごく不安。

 もしかして、私から何か云い出さないと、何も話してくれないのかしら…。


「…ねえ。あんたはその権限を手に入れたとして、何をするつもり?」


<現在進行中ノ我々ノ計画ヲ終了サセル>


「現在進行中…?今、何か起こってるの?」


<君ノ脳ニ直接事象映像ヲ送ル>


 再び、私の頭の中に画面が現れて、テレビ中継のようなものが映った。

 カメラが随分高い位置から撮ってるみたいで、地面の上を動いている小さな黒い点が人間なんだってことに、しばらく気付かなかった。よく見るとそれは多くの馬に乗った兵士たちだった。

 黒い霧と赤い雨が画面いっぱいに映っていて、時々視界が悪くなる。そして赤い雨を浴びた兵士たちが次々と倒れていく。


「これ…何?」


<現在進行中ノ事象>


「え?これ…ライブ中継なの?どこの?」


<現在ノ出現地点ハ、よなるで大平原南東部>


 ライブってことは、誰かがこの映像を送ってるってことよね。


「ねえ、この映像は…誰の記録(データ)?」


<個体名てゅぽーん>


「ええっ?テュポーン!?これが?」


 どーゆーシステムよ?

 テュポーンの目にカメラでも仕込んであるわけ?


 テュポーンからの映像だから、顔は映っていないけど、時々大きな人間の腕や蛇の足元が映るので、なんとなく全体像はわかる。

 それにしても、規格外の大きさだわ。スカイツリーより大きいんじゃないの?

 こんなのとどうやって戦えっていうの…?


<我々ハ、魔界ヨリてゅぽーんヲ送リ出シ、人間ヲ排除サセル計画ヲ進行中>


 テュポーンは両腕で空中に魔法陣を描き出した。

 その様は魔獣っていうより、巨人だ。

 テュポーンの描いた魔法陣から影のような物が飛び出した。

 その影は無数に飛び出し、倒れている兵士たちに覆いかぶさると、その姿を魔獣に変えていった。


「なにこれ…。魔獣を召喚しているの?」


 兵士や馬に乗り移った影は次々と魔獣へと変わり、生きている者たちに襲い掛かった。


<正解。個体名いどらノ身体ヲ依リ代トシタてゅぽーんハ、召喚術ノ使用ガ可能>


「それじゃ…あれってイドラが依り代になってるの…!?」


 私は愕然とした。

 私がイドラの意識体を持ち出したから、イドラの体はそのままテュポーンの依り代にされちゃったんだ。

 わかっていたことだけど…私、またやらかしてしまったんだ…!


 映像の中には、ノーマンらしき指揮官の姿もあって、それがアトルヘイム軍であることがわかった。

 そしてその画面の中に、私のよく知った姿が遠くに映し出された。


「…エリアナ!将…!それにゼフォン、イヴリスも…!」


 確かゼフォンとマルティスたちは偵察に出てるって云ってた。

 その途中できっとあれに出くわしたんだ。

 マルティスは映っていなかったけど、彼のことだからきっとどこかに隠れているに違いない。

 皆、必死に戦っている。

 私、こんなところにいる場合じゃないよ…!


 これは、私が自分で選択した結果なんだ。

 こうなるかもしれないってわかってて、イドラを助ける選択をした。

 だから、これは私の責任だ。私が自分でケリをつけないといけないんだ。

 私は一刻も早くここから出て、彼らの元へ駆けつけなくちゃいけないのに。


<現在てゅぽーんハ魔力ヲ40%解放>


「40%!?あれで?まだ半分も力を出してないっていうの?」


<魔力消費ヲ抑エルタメ、60%程度ノ魔力解放ヲ限度トスル>


「限度とするって…テュポーンの行動って、あんたが指示してるの?」


<てゅぽーんハ『使い魔』ノ効果ニヨリ、疑似的知能ヲ獲得シ、独自ノ行動ヲ取ッテイル>


「独自の?じゃああれはあんたの言うことを聞いてるわけじゃないの?コントロールできなくなったりしたらどうすんの?」


<カツテハ女神ガ権限ヲ行使シ、魔界ヘ送還シタ。今回ハ我々ガ権限ヲ継承シ、実行スル>


「どんだけ女神の権限に頼る気だよ!だからそれができなかったらどうすんのって聞いてんの!」


 私は思わず叫んだ。

 私も魔王も<運命操作>を使ってテュポーンを倒そうって思ってたけど、それを当てにして何も準備しなかったわけじゃない。

 むしろそれは保険として使うつもりで、皆命懸けで戦う覚悟をしてたわ。

 …そうよ、だから魔王は私を心配して行かせまいとしてたんだ。

 何の努力もせず、人から力を奪い取ることしか考えていないこの神様とは決定的に違う。


<我々ガ女神ノ力ヲ継承スレバ、最大単位ノ権限ヲ行使可能>


「私よりうまく力を使えるって言いたいの?」


<正解>


 なんかムカついてきた。

 何が権限よ!

 神様が神様の力を欲しがるって、何なの?

 そもそも神様って人を助けるもんじゃないの?


 …そうよ。

 そうなんだわ。 


 この神様は、根本的なことを間違ってる。


「ねえ、その権限ってさ、万能なんでしょ?女神はその権限を持ってたのに、どうしてこの世界の生命を奪えないとかいう決まりに従わないといけないの?それって矛盾してると思わない?」


<ソレハ女神ノ(コトワリ)ダ>


「あんたのいう理ってのは、ルールっていうか掟みたいなもんでしょ?あんたの理は?」


<コノ世界ノ存在ニ直接影響ヲ与エラレナイコト>


「それで、あんたはその理を変えたくて権限を手に入れたいのよね?」


<正解>


「だけどさ、考えても見てよ。女神はあらゆることが可能になる権限を持っているのに、どうしてそんな理が存在するわけ?おかしいと思わない?」


<スベテノ事象ヲ自由ニ行ウ場合、必ズ不具合、或イハ矛盾ガ生ジル。ソレラヲ回避スルタメ、何ラカノ(コトワリ)ガ発生スルト考察スル>


「つまり、何でもできる権限でも、必ずどこかで制限がかかるってことよね。それは何のため?」


<何ノタメ…?矛盾ヲ回避スルタメ…>


「わからないの?それは人間や魔族…この世界に生きるすべての命のためよ」


<意味不明。魔族ハ我々ノ創造物ダ>


「私はこう思うの。人間も魔族も、この世界に生きる人々の命は、神様のものじゃない。もう彼ら自身のものなんだって。神様が好き勝手に弄ぶものじゃないんだって」


<意味不明>

<理解不能>

<スベテノ魔族ハ、我々ノ管理下ニアラネバナラナイ>


「私が魔族を癒せることや、言霊スキルで魔族たちにあんたの知らない能力を与えたりとか、もしかしたら、あんたの予定では死ぬはずだった人を私が助けちゃってたかもしれない。既にもう管理できてないじゃない」


<ソレハ異分子ノ君ガ、我々の予定調和ヲ乱シタセイ>


「違うわ。そもそも私は、神様の権限の<運命操作>で、この世界に呼ばれたのよ?だったらこの力を使っちゃいけないなんてこと、ないでしょ?私が魔族を癒したり言霊スキルを使ったりしたのも全部、神様の権限なんだから」


<理解不能…>


「理解しようとしてないだけじゃん。それに、エウリノームのことはどう説明するのよ。あれは私とは関係ない所で起こったことでしょ?」


<ソレハ自我ノセイダ>


「なんでも人のせいにするのはよくないわよ」


<…我々ノ意図シナイ事象ダ>


「じゃあハッキリ言うわ。女神の権限はあんたが好き勝手にできるものじゃない。この世界に生きる者たちを救うための力なのよ!勝手に人間を排除するとか、ふざけたこと言ってんなってことよ!」


 私がきっぱりと云うと、一瞬この真っ白な世界が瞬いたように感じた。


<我々ヲ否定スルコトハ認メナイ>


 なんとなく、感情のないはずのイシュタムの言葉に、怒りが籠っている気がした。


「認めなさいよ、この頑固ジジイ!」


<…君ノ言葉ヲ、我々ハ否定スル。我々ハ支配スル者>


 ジジイって云われて逆切れ…って感じでもないか。

 でも、神様がなんとなくザワついてるように感じた。

 なんだか大勢の人が会議しているような…もしかして、神様の中でも意見が別れてるのかな?

 我々って云ってるこの神様の意識は、やっぱり複数なのかも。

 もしかして…イシュタムや魔王が自分のこと我って云うのって、我々のうちの1人だからだったりして。


<…権限…アルイハ…>

<…興味…>


 大勢の人の声が交じり合ったような、ノイズのようなものが聞こえる。

 それから無音になった。

 しばらくして、神様(イシュタム)は云った。


<我々ハ、混乱ヲ望マナイ>

<君ハ在ルベキ処ヘ戻ルベキ>


「は?ちょ、ちょっと待って!急に何よ?」


<時空調整中…>


「ちょっと待って…!在るべき処って、もしかして転生前の元の世界ってこと?」


<転送準備中…>


「やめて!帰らないわ!私、皆を助けないといけないんだから!ちょっと!聞いてんの!?中止!中止―!」


 この世界で私、まだやることがあるのよ。

 やらなきゃならないことがあるの。

 やりたいことがあるのよ。

 こんな形で皆と、彼と別れるなんて、絶対、絶対嫌―


 その時、またアラームのような音が鳴り響いた。


<異常信号(パルス)検出>

<未許可体ノ侵入ヲ感知>


 未許可体?

 もしかして…!

 魔王が助けに来てくれたの?


 アラームは鳴り続けている。


 きっとそうだ。

 彼が助けに来てくれたんだわ。


「ゼルくん!!私はここよ!助けて!!」


 私は声が枯れるくらいに大声で叫んだ。

 私を見つけて。

 抱きしめて、ここから連れ出して。


 アラームの音に混じって、心臓の鼓動のような音が聞こえる。


 …とくん…


<異常信号(パルス)ヲ確認>


 神様の無機質な声だけが響く。


 …とくん…


<強制排除実行>


 アラームは鳴り続ける。

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