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対策会議

 ペルケレ共和国のキュロスの傭兵部隊本部では、テュポーンに対する緊急会議が開かれていた。

 彼らも物見の兵を出していて、テュポーンの動向を逐一報告させていた。


「それで、そのバケモノはこっちへ来るのか?」

「グリンブル方面の方が人口は多い。できればそっちへいってもらいたいものだな」


 そんな自分勝手な会話から始まった会議は紛糾した。

 議題に上がっているのは、傭兵部隊を出すべきかどうか、ということだった。

 議論が進むと、前回ゴラクドールを攻めた際、こっぴどく敗北を喫した傭兵部隊を信頼できるのかどうかという話にもなっていった。

 現在の傭兵部隊に魔族はほとんど参加していない。

 その上、グリンブル王国や近隣諸国から傭兵部隊の出動要請が相次いでいて、会議の参加者はイライラしていた。


「こっちのケツに火がついてるってのに、他人の面倒まで見られるか!」

「しかし、契約金は破格ですぞ」

「金があったって、命を失くしたら意味がない」

「その怪物はテュポーン、という伝説の怪物だというぞ。人間が倒せるものなのか?」


 会議に出席していたのはペルケレ共和国の13の都市の市長や領主たちで、皆それぞれの都合で動く俗物ばかりである。

 テュポーンが現在いるのは、ちょうどグリンブル王国とペルケレ共和国の国境の間に広がる広大なヨナルデ大平原一帯である。

 運のよいことに、その近隣には大きな村や町はほとんどなく、ヨナルデ組合が旅人のために作った小さな村がいくつか点在するだけだ。ここでいくらバケモノが暴れても、彼らには痛くも痒くもない。

 その魔獣の情報は逐一会議室の中にもたらされた。

 最新情報では、アトルヘイム軍の魔法士が、テュポーンを土魔法で地中に閉じ込めて行動不能にしたらしいとのことだった。


「さすがは世界最強のアトルヘイム軍だな」

「アトルヘイム軍はテュポーンを放置して撤退を開始したとか。魔獣は死んだのでは?」

「いや、閉じ込めただけで死んではいないようだ。やがて這い出して来ると見ている」

「なんだと!?なぜトドメを刺さんのだ!」


 まるで他人事のように話す会議のメンバーに、首都セウレキアの市長であるザファテは声を荒げた。


「知らんよ。アトルヘイムの奴にでも聞いたらどうだ」

「もし穴から這い出して、ペルケレ方面に南下すれば、セウレキアに到達するかもしれんのだぞ!」

「そうならんように今、話し合いをしているんだろうが」


 激昂するザファテを他のメンバーが諫めた。


「もちろんだとも。セウレキアは我が国の玄関口だ。多くの国民や観光客がいる。なんとしてでも我が国に入る前に、あのバケモノの足を止めねばならん」

「前にバケモノ、後ろには魔王か。なんとも呪われておるわ」

「あれが魔王が召喚した魔獣でないとは言い切れぬからな」


 エドワルズ・ヒースが議長という立場でこの場にいたが、ゴラクドールを魔王に奪われたばかりの彼はあまり発言することもなく彼らの話を聞いていた。


 彼らの心配は、テュポーンという魔獣が魔王とグルなのではないかということだった。

 魔王とテュポーンが手を組んでいるとすれば、傭兵部隊を総動員してテュポーンに向かわせている間に、魔王はキュロスとセウレキアを落としてしまうだろう。

 テュポーンを陽動に使って、この国を手に入れようと企んでいるのではないか、と領主たちは心配しているのだ。


 その時、会議室の外でなにやら物音がした。

 女性たちの悲鳴にも似た声が聞こえて、会議室にいた者たちはざわついた。


「何だ?」

「何事だ?重要な会議中だぞ!」


 領主の1人が秘書に向かって怒鳴っていると、会議室の扉がバン!と勢いよく開いた。

 そこから入ってきたのは、この建物の1階の入口に座っていた受付嬢たちであった。


「な、何だおまえたち!」


 受付嬢に続いてぞろぞろと入場してきたのは、この建物のスタッフや、各領主の秘書や側近と見られる女性たちであった。

 彼女たちの後から優雅に部屋に入ってきたのは白い服を着た黒髪の男だった。


「あぁ~ん!ザグレムさまぁ~ん!素敵!」


 女性たちに、まるで神のように崇められながら会議室の真ん中に登場したのは、魔公爵ザグレムだ。


「ザグレム、だと…!」


 それは人間の一般人でも知っている、魔貴族の名だ。

 領主たちは立ちあがって彼から距離を取った。

 ザグレムという魔族は、強力な精神スキルで他人を自在に操ると云われているからだった。


「警備兵は何をしていた!?」


 ザファテはそう叫んだが、武器を振り回して威嚇するザグレムの護衛の女性魔族たちを見て、警備など無意味だったことを察した。


「長い割に、あまり実りがないようだね」


 ザグレムは紅い唇を歪ませて云った。


「おまえたちがテュポーンを倒すつもりなら、手を貸そう。ただし、おまえたち人間が対テュポーン討伐連合を作り、1つになって戦うのが条件だ」


 この申し出に、領主たちの一部が反発した。


「そのテュポーンを魔王が召喚したのではないと、どうして信じられる?我らをたばかっているのではなかろうな?」

「そ、そうだ!我々人間をひとまとめにして、一気に葬ろうというつもりなのではないか?」


 この物云いに、ザグレムの取り巻きの女性魔族たちが怒りを露にした。


「貴様、ザグレム様に何という無礼な口を!」

「その口、切り刻んでやろうか!」


 彼女たちは文句を云った領主たちに向けて、武器を向けた。

 それを制して、ザグレムは云った。


「貴様たちはバカなのか?もしあれが魔王様の呼び出したものだとしたら、なぜわざわざこの私がこんなところまで出向く必要があるのだ?あれがおまえたちの国を蹂躙するのを黙って見ていればよいだけではないか。そんな簡単なこともわからぬとは、やはり人間は愚かな生き物だ」


 ザグレムのこの発言に、領主たちは動揺した。

 だが、まだザグレムの言葉を信用できない者もいた。


「そ、そんなことで丸め込もうとしても無駄だ!我らがテュポーンを攻略している隙ならば、魔王は戦力をかけずに我が国を乗っ取れるではないか!」


 別の領主の発言に、ザグレムはクックック、と笑った。


「貴様らは、本当に愚かだな」

「な、何だと!?」

「たとえば、今、私がこの場にいるおまえたち全員にスキルを使ったとする。そうすると明日にはこの国の実権はすべて私のものになるのだよ」

「な…!」

「君たちは、私の本当の恐ろしさをを身を持って体感することとなる」


 領主たちはこの場にいる女性たちの様子を見た。

 ある領主は、いつもここへ来るたびに気にかけていたお堅い受付嬢が、胸元をはだけてザグレムにしなだれかかっているのを見てショックを受けた。

 別の領主の男は、自慢の美人秘書がザグレムのために領主たちに下がるように指示し、彼のために道を開けさせているのを、驚きを持って見つめていた。


「私がその気になれば、あんな魔獣に頼らなくともこの国を手に入れることなど容易いということだ。そんなめんどくさいことに興味はないけどね」


 ザグレムはやれやれ、と肩をすくめるジェスチャーをした。

 その場にいた会議の出席者たちは、ザグレムの云っていることが決して誇張ではないことを、目の前の女性たちを見て悟った。


 エドワルズは、ゴラクドールに一時軟禁されていたが、今は甥と共に解放されてキュロスに滞在している。ゴラクドールに軟禁されていた彼の魔王に対する心象は、決して悪くはなかった。

 そのエドワルズはその場で発言した。


「…ザグレム公の言うことはおそらく本当なのだろう。この国を手に入れるのが目的なら、最初からあのバケモノを使って脅せばよい。わざわざあのような宣言まで出したことも含めて、私はこの件に関して魔王は関係していないと思う」


 彼の言葉は説得力があった。

 領主たちからは「それもそうだ」という声が上がり、異を唱えていた領主もいつのまにかその意見に同調するようになった。


「ザグレム公。あなたの言うことを信じよう。あのバケモノを倒すための共闘を条件として休戦協定を申し込むと魔王に伝えて欲しい。我々は各国と連携して同盟を模索する」


 エドワルズは皆を代表してザグレムに伝えた。


「承知した。ではそのように伝えよう。あのバケモノは人間を食うのが存在理由だと言うよ。君たち人間も踏ん張りどころだね」


 ザグレムはそう云い捨てて部屋を後にした。

 すると取り巻きの女性たちも全員部屋から立ち去って行った。

 自分の美人秘書がその中にいて、引き留めようとした領主が、「触んな、スケベじじい!」とビンタを食らっていた。


 まるで嵐の去った後のように、領主たちは唖然とし、会議室内はシーンと静まり返った。

 最初に沈黙を破ったのはザファテの咳払いだった。


「と、ともかく、これで方針は決まった」

「グリンブルには兵を出して共闘を呼びかけよう」

「アトルヘイム軍にも要請するのか?」

「無論だ。至急、各国の要人に伝令を出せ。これは、人間の存亡にかかわる一大事なのだと」


 エドワルズは盟主らしく話をまとめた。



 傭兵部隊本部の建物を出たザグレムの前に、1人のスラリとした魔族が現れた。

 それはメトラだった。


「ザグレム様、ありがとうございました」

「他ならぬおまえの頼みだからね」

「新しいスレイプニールの馬車を仕立てましたので、ゴラクドールまでお送りいたします。そのままお使いください」

「フフ。いつも悪いね」

「いえ、こちらこそいつも御贔屓いただいておりますので。他になにかあれば何なりとお申し付けください」

「そうだねえ…。そうだ、今度ユリウスに似合う贈り物を頼もうかな」

「ユリウス…と言いますと、魔王様の側近の方ですか」

「知っているのか?」

「大変能力の高い魔族で、我々の組織にもたびたび協力してもらっているのです」


 メトラがユリウスを知っていたことに驚いたザグレムだったが、彼がユリウスを褒めると、ザグレムは自分のことのように喜んだ。

 そして、メトラはユリウスから頼まれたことについても話した。


「なんだ、水くさい、私にも協力させてくれればよいものを」

「では移送に馬車をいくつか出させては?きっと感謝されますよ」

「おお、それは良い考えだ」


 ザグレムは喜んで協力することを約束した。

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