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神々の権限

 エウリノームは自分の欲望の赴くままに行動した結果、人間や魔族に様々な混乱をもたらした。

 実験は失敗と云ったけど、エウリノームの行動によって世界は大きく動くことになった。それはイシュタムも予期しなかったことだったのだろう。


「…てか、そもそもなんで人間を排除する計画なんて必要なの?今だって差別はあるけど、人間と魔族が上手くやっているところもあるわ」


<計画ハ手段のヒトツ。重要ナコトハ、権限ヲ継承スルコト>


「は?何言ってんのかさっぱりわかんないんだけど」


<君ノ脳ニワカルヨウニ説明スル>


 いちいち癇に障る云い方するわね…。

 神様は再び映像を私の頭の中に送って来て、言葉を交えて説明してくれた。

 まー、この言葉もAIっぽくて聞き取りづらいんだけどね…。


 その説明は、なんとこの世界の創生まで遡った。

 何万年、何億万年前のことなのかはわからないけど、とにかく気の遠くなるような大昔のことらしい。

 私そんな壮大な質問した?…と少し後悔した。


 最初にこの世界を創った神様は、イシュタムより更に高次元の存在だったそうで、イシュタムにもその神についてはよくわからないという。

 そもそもイシュタムは、元々この世界とはまったく関係のない世界の支配者だったからだ。

 それが先程まで私がいた、魔界と呼ばれる世界だ。

 だからこの魔界ってところは、元の世界と全く違うのね。

 魔界ではすべての生命は実体を持たず、自意識もない。ただ、そこに生命としては存在する。それがここでは普通のことなんだ。

 それはイシュタムが創った、イシュタムの世界の(ことわり)だ。


 それがなぜ、この世界に来たかと云えば、我儘な1人の女神のせいだった。

 その女神は在る時、突然イシュタムの世界に勝手に入って来て、力を貸せと云った。


 最初にこの世界を創った神様は、女神にこの世界の支配を引き継ぐと、どこかに姿を消してしまったらしい。たぶん、また別の世界を創りに行ったんだろうという。

 というのも、神と呼ばれる高次元の存在にとっては、多くの世界を支配することで、神としての格が上がるんだそうな。格が上がるとどうなるのかは、私の頭では理解できないことらしい。


 イシュタムは、私にわかりやすいように女神を擬人化してくれて説明した。

 それは私の頭の中にあるイメージを引き出して見せているらしく、女神のイメージは絵にかいたような尻軽ギャルっぽくなっていた。いわゆるビッチってヤツだ。

 かなりの悪印象だ。巻き込まれたイシュタムにしてみれば、いい迷惑だったんだろうな。


 その女神は最初の神から『事象書き換え権限』という特別な能力を与えられていて、その権限を使って人間を創り、この世界に文明をもたらしていた。

 女神の世界は、色に溢れ、活気に満ちていて、イシュタムの世界とは、はっきりいって雲泥の差があった。

 ちなみに『事象書き換え権限』っていうのは、イシュタム曰く、「あらゆる事象を改変できる神の権限」だそうだ。

 女神はこの絶大な権限でもって好き勝手に世界を改変した挙句、自らが創った人間により、世界を滅ぼしかけた。しかも、女神は自身の(ことわり)により、この世界にある生命体を自らが処分することができなかった。

 ハッキリいって駄女神だ。

 最初の神様は完全に人選ミスしてる。

 その駄女神は、世界の支配に失敗すると最初の神に権限を取り上げられてしまうのではないかと思い、他の神に助けを求めた。そこで女神が見つけたのがイシュタムだった。

 イシュタムも運が悪い。


 女神は権限を使ってイシュタムの治める魔界と自分の世界を繋げてしまい、イシュタムを協力せざるを得ない状況に置いた。

 2つの世界を繋げてしまう程の権限を持つ女神をイシュタムは恐れた。

 それでイシュタムは女神の要望に応え、魔族を創って女神の世界へ放ったり、女神に創ってもらった現身を使って世界に降臨して暴れたり、テュポーンという魔獣を召喚したりして女神の願いを叶えた。

 このあたりの話は絵本の通りだった。

 ある意味、あの絵本すごいな。一体誰が書いたんだろう。


 この駄女神に巻き込まれ、こき使われたイシュタムへの見返りは、世界の半分にそのまま魔族を住まわせてあげること。でも女神はイシュタムに世界の支配権を分割しなかったため、直接関与はできないままだった。

 イシュタムに与えられた権限は、女神の決めた範囲内で魔族や魔界の動植物をこの世界に送り出して、その記録を眺めることだけ。

 だけど悪いことばかりじゃなかった。

 地上に魔族が増えると、その魔力はイシュタムに還元される。

 イシュタム自身のパワーが増えると、魔界に影響を与えたり、女神の世界へ間接的に影響を及ぼせるようになった。

 その1つがエウリノームに使った『使い魔』だ。


 そんなある時、女神は世界から忽然と姿を消してしまった。

 女神の痕跡を追おうにも、イシュタムは人間の記録を見ることができないため、女神の行方について知ることはできなかった。

 イシュタムが計画を始めたのはこの時からだ。

 これまで女神にいいようにこき使われてきたイシュタムが、女神不在となったこの世界を支配しようと考えたのは自然なことだったのかもしれない。

 イシュタムは世界の支配のために、まずは女神の創った人間を排除する計画を立てた。

 女神が不在とはいえ、イシュタムがこの世界に生み出せる魔族の数は制限されている。力を得るために、むやみに魔族を増やせるわけではないのだ。おまけに人間と違って魔族は繁殖周期が長いため、おいそれと人口を増やせない。これ以上魔族を減らされる前に、天敵である人間を排除することは優先されるべき事柄だった。

 そしてその計画に、エウリノームに騙されたイドラが関与することになったのだ。


 女神が人間に殺されて何処かに埋められたとイシュタムが知ったのは、人間の国に潜り込んだエウリノームの記録によってだった。


「人間が神を殺せるものなの?」


 私がイシュタムに尋ねると、イシュタムは、女神は別次元の神だからわからないと答えた。

 そして、エウリノームが人魔大戦を誘発した。

 イシュタムはこれで人間を排除し、魔族がこの世界を支配できると考えた。

 ところがそのタイミングで、行方不明だった女神の棺が人間によって掘り起こされ、女神の体に勇者が召喚された。

 勇者がその力を行使し、人魔大戦を人間の勝利に導いたことで、多くの魔族が命を失い、魔界にいたイシュタムも徐々に力を失っていった。

 この時の勇者の働きにより、イシュタムは女神の権限が勇者に継承されたことを知った。


 気まぐれなスキルコレクターのエウリノームは、スキルを奪うために勇者を殺してしまった。

 更にその執着は止まることを知らず、その亡骸を依り代にして、彼は再び勇者召喚を行った。

 イシュタムはそれを利用して、その亡骸に一族を送り込み、女神の権限を継承しようと何度も試みたが、すべて失敗してしまった。

 そうして100年が経ち、私が召喚されたのだ。


<検証ノ結果、『事象書キ換エ権限』ノ継承ハ肉体ノ継承ヲ以テ可能トナル事ガ判明>


 なぬ。

 私も検証されてたのか…。

 っていうか、いまサラッとすごいことを聞いた気がするんだけど。

 勇者が女神の体に召喚されたって…。

 ってことは…。


<現在『事象書キ換エ権限』ハ君ノ体ガ所有シテイル>


「やっぱり…私の体って女神のだったの…?」


<正解。君ノ体ハ女神ノ現身(ウツシミ)。君ノ前ニハ、俗称勇者ガ使用シテイタ>


 ちょ…お下がりの服貰ったみたいな感じで云われてるけども。

 そうか、考えてみれば勇者も異世界から召喚されたんだ。

 本物の勇者は依り代に宿るって云ってたもんね。

 そうか…。


「わかった!『事象書き換え権限』って、<運命操作>のことね?」


<補正ヲ要スル。『運命操作』ハ『事象書キ換エ権限』ノ最小単位ノ権限>


「最小単位?権限に大きいとか小さいとかあるの?」


<権限ノ範囲ヲ示ス。『運命操作』ハ、コノ世界ノ事象ニ限定サレタ略式権限デアリ、見セカケノスキル。君ノ意識体ガ行使スルニハ適シテイル>


 む。今、何気にディスられた?

 私の頭じゃ、この世界限定の権限程度で充分だって言われたような気が…。


「…それじゃ、私はその権限を持っているけど、この世界限定の権限しか使えないのね?」


<例外ヲ認メル。既ニ君ノ体ハ『運命操作』ヨリ上位ノ権限ノ一部ヲ行使シテイル>


「はい?身に覚えないけど?」


<個体名まるてぃすノ記録デハ、君ノ存在ノ重複ヲ確認シテイル>


「…重複って?記憶を失ってた時のこと?よく覚えてないんだけど…」


<自身ノ記憶操作、時空跳躍ニヨル二重存在、対魔族用治癒、言霊ニヨル能力付与ヲ確認>


「…言霊と回復スキル以外は、よくわからないけど…記憶操作っていうのは、私が記憶を失くしたこと…?」


<正解>


 私が記憶を失っていたのって、やっぱり自分自身がしたことだったのか…。

 それじゃ、記憶を取り戻したのもその権限がやったことなのかな。

 私がひそかに願っていたことを、勝手に叶えてくれたわけ?

 …マジか…!

 自分でコントロールできない能力って何よ。

 私、歩く最終兵器じゃん!怖すぎる!

 これ、アブナイ奴が使ったら、激ヤバなことになるんじゃ…?

 …。

 待てよ。

 今、私の体って…どうなってるんだっけ…。


「…もしかして私をここへ隔離したのって…」


<君ヲ此処ヘ隔離シタノハ、君ノ身体ヲ空虚ニスルタメ。我々ノ一族ニ権限ヲ継承サセルタメ>


 やっぱりかー!!

 コイツ、意識のない私の体を乗っ取る気だ!!

 私の体に別の誰かが入ると、その人が権限を引き継ぐ。

 イシュタムは私の体を奪って、女神の権限を手に入れるつもりだ。


「ちょ、ちょっと!何勝手なことしようとしてるのよ!」


<君ノ同意ハ必要トシナイ>


「だいたい、無断で私の体に入るなんてエッチ!スケベ!変態!」


<意味不明…説明ヲ求ム>


「あんたのことよ!第一そんなことしたら、私、戻るところがなくなっちゃうじゃない!」


<君ハ在ルベキ処ヘ戻ル>


「え…?」


<本来在ルベキ処ヘ帰ス>


「在るべき処って…?もしかして元の世界に戻るってこと?…でも私、向こうの世界で死んでるんじゃないの?」


 そういえば、以前イシュタムも同じようなことを云ってた。

 異分子だから元の世界へ戻すって…。


<送還時ノ時空座標ヲ調整スレバ問題ナイ>


「…そんなこと、できるの…?」


<座標ノ記録ガ有レバ可能。既ニ個体名たろすノ記録カラ抽出済>


 私をこの世界へ召喚したのは…大司教と大勢の魔法士たちだった。

 大司教が宝玉を使って召喚術を行ったんだ。

 大司教は実はタロスっていう魔族で…そうか、イシュタムはすべての魔族の記録を持ってるんだっけ。


「元の世界に戻ったら、もうこの世界へは帰って来れないの?」


<正解>


 そりゃ戻りたいって思うこともあったけど、今このタイミングじゃ絶対ない。

 魔王や、騎士団の皆とももう会えなくなるなんて…


 …そんなの、絶対嫌…!


「嫌だって言ったら?」


<強制的送還ヲ実施>


 いやいや!

 それは困る!

 なんとかしなくちゃ…。


「そもそも神様が人間の体に入るなんてこと、できるの?」


<可能。君ノ体ハ女神ノ現身。我々ハ、以前女神ノ創リシ現身ニ降臨シタ事例ガ有ル>


「だからって今回も成功するとは限らないじゃない?今までだって失敗してきたんでしょ?」


<継承ニ失敗シタ理由ハ、現身ガ死亡シタ状態ダッタコトガ原因ト判明。肉体ノ死亡状態ニヨル継承ノ場合、自然治癒ニ要スル時間ハ、コノ世界ノ単位デ3153600000秒」


「は?何を言ってるの…?秒とかでいわれてもわかんないし」


<女神ノ現身の継承ニハ、死亡状態カラ自然治癒ニテ復活サセル必要ヲ認メル>


「…自然治癒ねえ…。確かに…。私が召喚された時、体のどこにも傷なんかなかったわ…。死んでる状態じゃ乗り移れなかったってことか。自然治癒完了までにそのサンジュウナントカ秒かかるって?それ、も少し大きい単位で言ってよ」


 剣で刺されたとしたら傷の深さにもよるけど、だいたい全治2~3カ月くらい?

 あ、でも死んでる状態だから、また違うのかな?


<100年>


「ひゃく…ねん!?そんなに?」


 ケタが違うことに驚いた。

 自然治癒ってそんなに時間がかかるんか…!

 私が勇者の体に召喚されたのは勇者が死んでから100年後。ちょうど自然治癒が完了した後だったってことだ。

 勇者が死んで100年。100年前の戦争で…とかこの単位はよく口にしてた気がするけど、その年月に、そんな意味があったなんて…!


<我々ハ権限ヲ継承シ、コノ世界ノ理ヲ変エル>


「だから、それは私の体を奪えたらって前提でしょ?」


<現在、君ノ体ハ生命維持、意識不在ノ状態。継承可能。君ノ意識体ヲ送還シテモ支障ナシ>


「それは間違いよ。私を帰したら、あの体にはもう誰も入れなくなるわよ!」


<意味不明。説明ヲ求ム>


「魔王が私を守っているからよ。彼は私とエンゲージするんだから、私以外をあの体に入れるはずがないのよ。だから私を戻して、権限を持つ私と交渉した方が良くない?」


 私の傍には魔王がいるはず。

 彼が私の体を守ってくれるわ。魂の見えるカイザーだっているんだから、守りは鉄壁のはずよ。

 うまくイシュタムを丸め込めれば、私を解放してくれるかもしれない。


<魔王…>


 神様はそう云ったきり、黙ってしまった。

 その沈黙が私を少しだけ不安にさせた。

 今までの説明の中に、魔王は1度だって出てこなかった。

 魔族の歴史を語るのに、魔族の王である魔王の存在なしには語れないはずなのに。

 イシュタムはすべての魔族の記録を持ってるって云ってた。

 なのになぜ?

 …もしかして、イシュタムは魔王の記録を持っていないの?


<個体名ぜるにうすノ尊称ト理解>


「そうよ…。魔王ゼルニウスが私の体を守ってるの。私以外誰も、あの体に入れたりしないんだから!」


 その時、私の脳裏には魔王府の図書館で読んだ絵本の1ページが浮かんできた。

 イシュタムがパッカーンて割れて、中から魔王が出て来たシーン。

 魔王はイシュタムの中から現れた…。


<個体名ぜるにうすハ>


 そうか、魔王は…


<我々ノ一族ダ>


 魔族じゃないんだ。

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