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イシュタムのミス

 私たちが滞在している砦に、帝都から黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)第1部隊第1分隊、通称『黒の脚』の伝令隊員がやってきた。

 彼らは、まさか砦に皇帝がいるとは思ってもいなかったらしく、帝都からの反逆者の命令を皇帝に伝令すると言うまさかの事態に陥った。

『黒の脚』が伝えたのは、砦に駐屯する第12部隊の帝都への帰還要請だった。


『黒の脚』は2人1組で伝令の役目を果たすらしく、彼らのほとんどが姿を消したり気配を殺したりできる隠密スキルを所持していて、諜報活動も行っている。

 彼らは、与えられた任務を果たしに来ただけで、クーデターに加担した覚えはないと話し、皇帝が別の任務を自分たちに与えればそれに励むと申し出た。

 この言い分に将軍たちは呆れたけど、伝令という仕事柄、私情を挟まないことが彼らの身上だとマニエルが弁護したので、彼らが処罰されることはなかった。

 帝都でのクーデターが芳しくない状況であることを伝令から聞いた皇帝は、調査のために『黒の脚』と共にノーマンを帝都へ送り出した。


 こうしてしばらく砦で過ごすことになったのだけど、相変わらず騎士団メンバーを受け入れてくれないお偉方に、私は反発していた。


「あのジジイたち、全員失脚すればいいのに」

「おまえって案外口悪ぃのな」


 私が愚痴をこぼしているのを聞いていた将が、笑いながら云った。

 私がジジイ呼ばわりしているのは、エイヴァンやテルルッシュたち将軍やその副官と、彼らを黙認している皇帝のことだ。

 この時、私たちは聖魔騎士団の天幕の外で、バーベキューをしていた。

 騎士団メンバーが狩りで仕留めた野生動物の肉と、砦の倉庫に詰んであった食材を分けてもらったのだ。もちろん中心となって調理しているのはウルクだったので、味は保証付き。砦中に良い匂いが漂っていた。

 その匂いにつられて非番の兵士が何人か立ち寄っていった。

 将の隣で肉を頬張っていたエリアナがもぐもぐしながら云う。


「でもさ、あんたの気持ちもわかるわ。ここのオジさんたち頑固者ぞろいだもんね。あたしたちの言葉なんかも聞く耳もたーん、ってカンジだし」

「だよな。俺たちも、手を貸すって云ってんのに『魔族の仲間の手は借りん』とかって断りやがるし。正直、もう俺たちがここにいる理由はないんじゃねーか?」

「しかし、ここから出て行くにも足がありません。この広い草原を何の装備もなしに徒歩で旅するのは無謀というものです」


 ゾーイも肉を食べながら正論を云う。


「あーあ、こんな時、あんたのカレシが来てくれたら、パパッと転移させてくれんのになあ」


 ふいにエリアナが云った。

 え?カレシ?


「カレシって…もしかして魔王のこと?」

「他に誰がいるってのよ?」

「カレシ…」


 私はその言葉を噛みしめていた。

 22年間、カレシなどというものとは無縁の人生を送って来たわけで。

 告られたし、なんとなくオッケー的な返事もしたけど…もしかして、これってカレシカノジョの関係…?

 ダメだ、ニヤニヤしちゃう…。

 やっぱりこれ、壮大な夢なんじゃないだろうか。


「ちょっと、顔がにやけてるわよ」

「えっ?そ、そんなことないわよ…!」


 エリアナの指摘に私は慌てて自分の両頬を押えた。

 以前、私が行方不明になった時、魔王が世界中を飛び回って探したって聞いているし、心配してるんじゃないかって、少し己惚れてもいたりもする。

 今もどこかの空を飛び回って私を探してるんじゃないかって…。そうして私を見つけて颯爽と現れ、心配したぞ…なーんて云って抱きしめてくれるのよ。フフッ。


 なんて妄想をしながら、ふいに私はゾーイの隣に座るイシュタムを見た。

 元々無口なのだけど、このところずっと転移できない原因を突き止めようと思案中のようで、難しい顔をしている。

 私と将たち4人は彼を囲んで、意見交換を始めた。

 数日間悩んでイシュタムが出した答えは、イドラの思念が消失した、ということだった。

 要するに、イドラの意識はテュポーンっていう魔獣に乗っ取られてしまって、イドラの思念が途絶えてしまったってことらしい。

 するとエリアナが軽い気持ちで云った。


「イドラの思念がテュポーンに食われてるんなら、テュポーンの思念を追えばいいんじゃないの?」


 イシュタムは「なるほど」と感心して、エリアナを見た。


「トワ様!」

「ん?」


 ウルクの声が私を呼んだので、席を立って騎士団メンバーの元へ移動した。

 ネーヴェが空を指さしたのでそちらを見ると、彼はなぜか砦の空中にいた。


「ウルク、何ー?」


 私が叫んだ時、背後から声がした。


「あっ」

「ん?」


 その声に反応して振り返ると、つい今しがたまでそこにいたイシュタムと彼を囲んでいた将、エリアナ、アマンダ、ゾーイの5人の姿が消えていた。


「あれ?何…?皆どこ?」


 狼狽している私に向かってクシテフォンが冷静に云った。


「イシュタムが転移したようです。彼らごと」

「はぁ―?」

「トワ様がそこに座ったままだったなら、一緒に転移していたでしょう。危ない所でした」

「うっそーん…」


 そういや、テュポーンの思念を追えばいいって話してたっけ…。まさかそれで転移しちゃったの?イシュタム、行動早すぎ!

 そりゃ「イドラが心配なら、根性で飛びなさいよ!」なんて結構プレッシャー掛けちゃってたけど…転移するならするって一言位云ってから行きなさいよね…!

 それにテュポーンって恐ろしい魔獣なわけで、そんなのの真正面に飛んだらどういうことになるのか、ちょっと考えたらわかりそうなもんじゃん…イシュタムってうっかりさんだから、考えなしに飛んじゃったんだろうなあ…。

 しかもエリアナたちまで巻き込んで…!

 エリアナ、きっと怒ってるだろうなあ…。食事中だったし。

 だけど、テュポーンの近くに転移したらしたで、それはピンチなんじゃないだろうか。


「どうしよう…」


 ともかく、イシュタムがいなくなった以上、私たちはこの砦から動けなくなったわけで、エリアナたちの後を追おうにもその手段がない。

 その時、ウルクが再度私を呼んだ。

 あ、そういえば呼ばれてたんだった。

 そのウルクは翼を羽ばたかせながら砦の上空にいて、何かジェスチャーして私に伝えようとしている。


 その時、砦中に緊急事態を知らせる半鐘が鳴り響いた。

 突然のことに、私は耳を押さえた。


「今度は何?」


 砦の物見の兵士が声を上げていた。


「ド、ドラゴンだ!」

「ドラゴンがこっちへ向かって来るぞー!」


 私は驚いて空を見上げた。

 遠くからその巨大な影はすごいスピードで飛来した。

 ウルクに続いてクシテフォンも空中に飛び上がって、それを待ち受けた。

 彼らに誘導される形でドラゴンは砦の上空で羽ばたきながら止まり、砦の前に砂煙を起こしながら着地した。ドラゴンの起こした風からシトリーが私を庇ってくれた。私は風になびく髪を押さえながら、それがカイザードラゴンであることを確信した。

 ドラゴンの背から宙を舞うように、見覚えのある黒衣の青年が姿を現した。

 彼はまっすぐにこちらへ向かって飛んで来た。


「嘘…!」


 今まさに彼のことを考えていた私は、まさか本人が降臨するとは思ってもみなかった。

 いやもう、立て続けにいろんなことが起こって、もうパニック状態よ。

 まさか、これも運命操作のせい…?


「トワ!」


 私の名を呼んで目の前にフワリと着地したのは魔王その人だった。 

 彼はボーゼンとしている私をきつく抱きしめた。


「良かった。心配したんだぞ」


 はうっ…!妄想が現実になった…!!

 私は妄想の中のままに、うっとりと彼の胸に体を預けた。


「トワ様!ご無事で…!」


 そう云って駆け寄ってきたのはユリウスだった。

 ユリウスは相変わらず眩しいほどの美しさだ。

 ふと、彼の背後に黒髪に紅唇の男が立っていることに気付いて、私はサッと血の気が引いた。

 その人物に見覚えがあったからだ。


「…その人…!どうしてここにいるの…?」


 ゴラクホールで、私に人間たちをけしかけた魔族、ザグレムだ。

 この人のせいで、失わなくても良い命が失われてしまったのだ。

 あの時の、苦い気持ちが蘇る。

 私は思わず魔王の腕を強く掴んだ。

 それに気付いた魔王は、私の耳にそっと囁いた。


「ザグレムはおまえに謝罪したいそうだ」


 魔王の云った通り、ザグレムは私の前に膝をついて頭を垂れ、謝罪の言葉を口にした。

 だけど、一度負った心の傷はそう簡単には消えない。

 ザグレムがいくら言葉で謝っても、それを簡単に受け入れられるほど、私は大人じゃない。

 すると魔王は再び囁いた。


「トワ、許す必要はない。おまえの負った傷が癒える時、初めてその罪は許されるのだ」


 その言葉で私は救われた気がした。

 このもやもやした気持ちは理屈じゃどうにもならない。うわべだけ許すって云っても、たぶん心の中では納得できないだろうから。

 魔王は私の気持ちを理解してくれている。


「過去を見つめることは大事だが、とらわれ過ぎてはいけない。だが、許しを請う気持ちだけは察してやれ」

「うん…そうだね」


 私が頷いて微笑みを作ると、魔王は私の髪を撫でた。


「1人で悩むな。おまえには我がついている」


 背後から耳元で囁く彼の優しい言葉に、私は泣きそうになった。

 美形すぎるその顔が後ろから迫ってきて、私のこめかみにキスした。

 

 いい雰囲気になりかけていた時、ミニドラゴンに変化したカイザーが、私の胸に飛び込んできた。


『トワー!!』

「カイザー…!」

『ようやく会えたな』

「…あんたも元気そうね」


 魔王はいいところを邪魔されて、露骨に嫌な顔をしてカイザーを見た。

 私は苦笑いをしながら、カイザーの頭を撫でてやった。

 その隣ではユリウスがザグレムに説教していた。


「言葉だけの謝罪では、人の心を動かすことはできません。どうすれば許されるのか、ご自分で考えて行動してください」


 ユリウスの言葉は、丁寧だけど辛らつだ。

 なのにザグレムの顔はなんだか頬が緩んでいるように見えた。

 叱られているのにおかしな人だと思っていたら、なんでもザグレムはユリウスに一目惚れしたとかで、今猛烈アタックの真っ最中だということだった。もしかしてこの人ドМなんじゃないの?

 ザグレムのことはまだ少しモヤっとするけど、ユリウスが厳しく監視しているようなので少し安心した。ユリウスって優しいイメージしかなかったけど、意外な一面があるんだな。

 私はユリウスを呼んでこっそり「あいつのことどう思ってるの?」と訊くと、彼はニッコリ笑って云った。


「どうとも思っていませんよ。トワ様が気に掛ける程のことはありません」


 魔王と共に戻ってきたアスタリスとテスカも私の元へやってきて挨拶をしてくれた。

 皆が無事で良かった。


 一方で、消えたエリアナたちが心配だ。

 私は魔王に、ここへ来たいきさつと、イシュタムがエリアナたちを連れて転移したことを話した。

 そうしていると、砦から皇帝と将軍たちが兵士を連れて慌てて出て来た。サラもいる。


「魔王殿!」


 サラ・リアーヌ皇女は皇帝の制止を振り切って魔王の前に駆け寄った。

 皇女は先日の帝国城での無礼を謝罪した。

 子供なのに、皇帝の代わりに謝るなんて、さすがは皇女様だ。

 もちろんそれは彼女のせいではないのだから、魔王は許すも許さないもないのだけど、反省の欠片も見せない将軍たちに対しては思うところがあったようだ。

 ジジイたちには魔王の姿が恐ろしいものに見えているのだろう、ものすごくビビってるようで、一定の距離を置いて、そこから近寄ろうとはしなかった。 


「皇帝よ。帝都の反乱は収まったぞ。早く戻ることだな」


 魔王のこの言葉に将軍たちはざわついた。

 なぜ魔王がそんなことを知っているのか?信じられない、という声も聞こえたけど、皇帝はすぐに斥候を帝都へ送れと命じた。

 それだけ云うと魔王はもう興味はないとばかりに皇帝に背を向けた。


 魔王はゴラクドールへ戻ると私たちに云った。

 私はイシュタムと共に転移したエリアナたちが心配だったけど、行く先がわからないのではさすがの魔王でも後を追うことは難しい。

 私たち、イドラを救うためにゴラクドールから転移してきたはずだったんだけど…。

 結局何も得ることなく振出しに戻ることになったことに、私は焦りを感じた。


「…何しに来たのかしら、私」

「いや、それなりに収穫はあったぞ。おまえも皇女を救えたのなら、無駄足ではなかったのだろう」

「そう…なのかな?」

「この世に無駄なことなど何ひとつありはしない。すべてに意味がある。我が転移をせず、カイザードラゴンに乗って移動することを選択したのは、アトルヘイム領を視察するためだった。我の思念がおまえを呼んだのか、おまえが我を呼び寄せたのかはわからぬが、おかげでこうして会うことができたわけだ」


 もとはといえばイシュタムのミスなんだけどね…。

 でも、再会できたことは素直に嬉しい。

 彼が来てくれなかったら、私と魔族である騎士団メンバーは帝都には連れてってはもらえないだろうから、ここに居残りってことになってたと思うし。


 エリアナたちのことは心配だけど、今の私にはどうすることもできない。

 テュポーンがどこにいるかなんてわからないし。

 魔王は、一旦ゴラクドールへ戻って情報収集した方が良いと助言してくれた。


 やっぱり魔王が傍にいてくれると、心強いな。

 私、彼が好きだ。

 彼を見つめながら、私は胸に抱えたカイザーを無意識にぎゅうと抱きしめた。

 カイザーは『ぐえっ』と声を上げた。

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