反乱の終結
黒色重騎兵隊第11部隊全軍を率いて、帝国領内の諸侯を訪ね歩いていたシュタイフは、オーウェン新王国との国境付近にいた。
どこの自治領区も、中立の立場を取るばかりで、新政府に恭順すると宣言したところは1つもなかった。このまま手ぶらで帝都に帰ることはできないと考えたシュタイフは、再びオーウェン新王国から軍を借りようと思いついた。
オーウェン新王国の大軍を借りて、武力で諸侯を脅そうと考えたのだ。
シュタイフは小休止しようと国境付近の砦に立ち寄ったが、なぜかそこで不死者の大群と遭遇してしまい、大慌てで砦から逃げ出した。
その際、不死者の大群に囲まれて半数が馬を放って逃げだした。
騎兵隊だったはずが、半数が歩兵となってしまい、ずいぶんと行軍が遅れてしまったシュタイフの軍は、長い隊列を組んでそのままオーウェン新王国領へと足を踏み入れると、先頭の方でなにやら騒ぎが起こった。
シュタイフが報告を求めていると、列の先頭の方からなにやら黒い霧のようなものが湧き出しているのが見えた。
「なんだ、あれは…」
それはみるみるうちに広がり、騎士たちを呑み込んでいった。
シュタイフが撤退命令を出し、命からがら逃げだした時には、彼の率いていた軍は500騎あまりとなっていた。
ようやく帝都にたどり着いた彼は2か月前に出て行った時とは別人のようにやつれていた。
そんな彼は、帝都に入るなり違和感を感じた。
街の中に入ると路上には市民たちが普通に通行していて、クーデターなど起こっていないかのような日常があった。
帝都は帝国騎士団が戒厳令を敷いていて、街中を市民が歩いている筈はないのだ。
急いで帝国城へ行かねばならないというのに、街道にいる大勢の市民たちのせいで、街の中をゆっくり歩まねばならず、シュタイフはイラついていた。
そうしているうち、いつの間にかシュタイフの軍は市民らに取り囲まれてしまっていた。
「なんだ、おまえたちは。そこをどけ!」
シュタイフは声を荒げたが、市民たちは退こうとしなかった。
市民の中にいた少年がシュタイフの後ろにいた騎士に向かって叫んだ。
「今頃戻ってきても遅いんだぞ!悪党は魔王様が退治してくれたんだからな!」
「魔王…?何を言っているんだ?」
「子供のいうことなどに耳を貸すな」
シュタイフは騎士を叱った。
「そこをどかねば踏み潰すぞ」
シュタイフは市民を脅した。
「それが市民を守る騎士のいうセリフか?シュタイフ」
市民たちが、ササッと道を開けると、その声の主が馬に乗って現れた。
「な…!!あなたは…!!」
シュタイフの顔が引きつった。
それはそこにいるはずのない人物だったからだ。
「ノーマン…隊長…!!」
なぜここにノーマンがいるのか?
なぜ?
どうして?
疑問ばかりが彼の脳裏に浮かんだ。
「シュタイフ、及び黒色重騎兵隊第11部隊を反逆罪で拘束する。全員武装解除せよ」
ノーマンがそう云うと、彼の背後から黒色重騎兵隊第1部隊が走り出てきた。
「どういうことだ?な、何が起こった?一体どうして…?」
「グレイは失脚した。今頃は牢獄の中だ」
「まさか…!信じないぞ!そうか、貴様がグレイに取り入って、俺を騙そうとしているんだな?その手には乗らんぞ!」
シュタイフは自分の背後の黒色重騎兵隊第11部隊に、ノーマンと黒色重騎兵隊第1部隊を攻撃しろと命じた。だが、彼らは動かなかった。
シュタイフは振り返って、騎士らにもう一度命令した。
だが彼らは誰一人として従おうとはしなかった。
シュタイフのすぐ後ろにいた第11部隊の副隊長が発言した。
「もうたくさんです。あなたには従えない。直属の上官であるグレイ将軍の命だから今まで従ってきましたが、将軍が失脚したとなれば話は別です」
「なんだと…!貴様、上官侮辱罪で殺してやる!」
シュタイフは馬上で腰に帯びた剣を抜いた。
剣を振り回すシュタイフを見て、とり囲んでいた市民たちは悲鳴をあげて後退した。
その直後、彼の手にあったはずの剣は、ノーマンの鞭によって奪い取られていた。
「わわっ!」
鞭で剣を絡めとられた拍子にシュタイフはバランスを崩し、馬から落ちてそのまま地面に尻もちをついた。
市民たちはその無様さを嘲笑った。
「街中で、しかも市民の前で剣を振り回した往来危険罪も追加しておく」
ノーマンはそう云って騎士たちにシュタイフを取り押さえさせたが、シュタイフにはまだ事態が呑み込めていなかった。
ノーマンは皇帝の命を受けて伝令と共に帝都に帰還した後、国内でクーデターを起こした謀反人らと交戦していた第2、7部隊と合流した。その後、黒色重騎兵隊第1部隊の隊長に返り咲き、グレイから黒色重騎兵隊全軍の指揮権を取り戻したのだった。
縄で拘束され、帝国城へと引っ立てられていくシュタイフに、かつての同僚だった第1部隊の騎士が事態の推移を話して聞かせた。
きっかけは帝国大学の学生たちの蜂起だった。
それに帝国騎士団の一部が同調して彼らを援護し、反乱軍と戦い始めた。
そこへ、どこからか魔王が現れて、学生たちを援護したという。
魔王は、配下の魔族と共にドラゴンを駆り、帝国軍基地本部を包囲していた黒色重騎兵隊第10部隊をあっという間に全滅させた。その後、武装解除させられていた第2、7部隊が解放された。
魔王の圧倒的な力に、帝国騎士団も市民も、救われた学生らですらも畏怖したという。
帝国軍基地本部が奪還されたことを受けて、グレイの新政府は帝国城から増援部隊二個中隊を送ったが、なぜか道中で全員が昏倒していて、基地本部に1人もたどり着けなかった。
それも魔王の力の一端だと市民たちは思い込んだのだが、実はザグレムの仕業だった。
帝国大学の学生たちが云うには、魔王ゼルニウスは学生たちを助けるために反乱軍打倒に力を貸してくれたという。
なぜ魔王が学生たちを助けるのか、どこからやってきたのかなど、いろいろと謎は尽きないが、学生たちからは絶大な信頼を得ていることは確かだった。
解放された黒色重騎兵隊の第2、7部隊も武器を手にして、学生たちが指揮する正規軍に加わった。
魔王のドラゴンが城の中庭に飛来すると、グレイは恐怖のあまり玉座の間の裏の部屋から出てこなかったそうだ。城に詰めていたアントニウス麾下の帝国騎士団やグレイの私兵団らが迎撃したが、ドラゴンと魔王の部下たちの前に、なすすべもなく敗北した。
恐るべきはザグレムの精神攻撃であった。
ユリウスやアスタリスはその手際を間近で見て、魔公爵という地位は伊達ではないことを悟った。
帝国の騎士たちは彼の幻惑にかかって、お互いを敵だと思い込み、同士討ちを始めたのだ。
魔王たちは以前のように城を破壊することなく、クーデターの首謀者たちを次々と捕らえ、たった数時間で帝国城を無力化してしまった。
魔王を倒すだの、魔族を世界から葬るだの云っていた帝国騎士たちは、その実力を目の当たりにして自分たちが思いあがっていたことを素直に認めた。
ドラゴンだけでも十分脅威なのに、たった数名の魔族たちだけで城を落としてしまうほどの力を示したのだ。そして魔王が力を使わなかったのは、城を壊さないようにするためだと聞いて、帝国騎士たちはゾッとしたのである。
100年前の人間たちはこの魔王を敵に回してどうやって勝ったのだろうかと、反乱軍の兵士たちは絶望的な気持ちになったものだった。
小部屋に隠れていたグレイを引きずり出したのはアスタリスで、ザグレムは彼に<幻惑>スキルを使った。
その幻術の中で、グレイは帝国の皇帝になる夢を叶えたらしい。
その後、城に乗り込んできた第2、7部隊が彼を発見した時、グレイは玉座にいて呆けていたそうだ。
1人だけ国外へ逃亡しようとしていた裏切り者のアントニウスは学生たちに捕まり、そのグレイの足元に縛られて転がされていた。
ようやく反乱が収まり、帝都は安堵感に包まれた。
魔王が学生たちに協力し、反乱軍を駆逐して帝都を救ったという事実は、帝都民たちの誰もが知るところとなっていた。この出来事によってそれまで魔族排斥を謳って来た帝国民たちも、その見方を変えざるを得なかった。
魔王は奪還された帝都の市民に向かってこう云った。
「おまえたち人間が意識を変えれば、我々魔族はその手を取るだろう」
それを最後に、魔王は帝都から忽然と姿を消した。
帝都奪還の報を受けて、自治領の砦にいた皇帝一行が帝都に戻ってきたのはそれから2週間余り経ってからだった。皇帝は第12部隊を引き連れて帰還した。
その頃には反乱軍は帝都から一掃され、帝都民も普段通りの生活を取り戻しつつあった。
すべてが終わってから帰還した皇帝については、「今更何をしに戻ってきた」感が強く、帝都民からは冷ややかな目を向けられていた。
それでも皇帝は、戦後処理を行うことで皇帝としての責務を果たした。
だが帝都は、以前とは違う雰囲気になっていた。
帝都を捨てて逃げた皇帝は学生や市民たちからの信頼を失っていたのである。
特に学生たちからは批判を受けて、皇帝の責任を追及するという運動に発展した。
クーデターを治められなかった責任を取って、円卓騎士のエイヴァンとテルルッシュは将軍職を辞任することになり、マニエルとコーネリアスは減俸処分となった。
くしくもトワが願った通りになってしまったのだ。
そればかりか、これまで皇帝が推進してきた魔族排斥を見直すよう学生たちが運動を始めたのだ。
その後学生たちを中心に市民たちは何度も皇帝と掛け合い、やがて帝国民会議という、市民が帝政に参加する権利を勝ち取ることとなるのだが、それはまた別の話である。
クーデターの首謀者であるグレイを中心に反乱に関わった者たちは次々と処刑された。反乱に加担した第2皇女と第3皇女も皇族としての特権を剥奪された。
シュタイフは、率いていた黒色重騎兵隊第11部隊の8割を失った理由を、オーウェン新王国領で黒い霧に襲われたからだと語った。だが、誰もまともに話を聞かなかった。反逆罪を犯しただけに留まらず、自分の指揮能力のなさを嘘で塗り固めたとされ、彼もまた死罪に処された。
シュタイフの云うことが真実だったとわかるのは、彼が処刑された後だった。
そのきっかけは、オーウェン新王国がアトルヘイム領へ進軍していることが伝えられたことだ。
アトルヘイム帝国領の一部の村や町が謎の霧によって滅ぼされ、村人のほぼ全員が黒い霧に食われてしまったと、生き残った者が帝都までたどりつき、助けを求めてきたのだ。
その者の報告によると、その黒い霧はオーウェン新王国軍が飼っている得体の知れないバケモノが発生させているのだという。その黒い霧は触れた者を跡形もなく消し去ってしまうのだと云い、それはシュタイフの証言と合致するものだった。
そのバケモノは馬車に乗っていて姿を見せず、黒い霧はその馬車から出て来ては、敵を襲うらしい。オーウェン軍は無人になった村や町から食糧などの物資を根こそぎ奪っていったのだという。
皇帝は市民たちの不信感を払拭するために、黒色重騎兵隊第2部隊を帝都の防衛に残し、動かせる部隊すべてを率いて自ら出陣した。一介の将に格下げになったエイヴァンたち元将軍の他、ノーマンたち黒色重騎兵隊の精鋭も参加した。
皇帝率いるアトルヘイム帝国軍は、オーウェン新王国軍を迎え撃つべくヨナルデ大平原方面へと進軍していった。




