宝玉を手に
―時は少し遡る。
宝玉を取り上げられたエウリノームは、失意のままゴラクドールの魔王府を出た。
だが、あることを思い出し、中央広場の地下へと向かった。
そこにポータル・マシンがあったことを覚えていたのだ。
ポータル・マシンでエウリノームがやって来たのは、今はオーウェン新王国の王政府本拠となっている大聖堂の中の一室だった。
彼は、この大聖堂の構造を熟知しており、人目につかない抜け道を通って、魔族たちが潜む大聖堂の地下へと密かに潜り込んだ。
彼は、イドラがタロスから預かった宝玉をこの地下に隠していることを思い出したのだった。
<能力奪取・宝玉化>のスキルは魔王によって失われてしまったが、まだ精神系スキルの宝玉が残っているはずだ。
それを使ってあの娘を意のままに操り<運命操作>を使わせれば、まだ逆転できると考えたのだ。<能力奪取・宝玉化>のスキル復活や、魔族への転生を願えば、まだ自分の欲望を叶えることができる。
「まだだ、まだ諦めないぞ…」
彼はそう呟きながら不敵に笑った。
運命が上書きされたことなど、彼は信じていなかった。
まだ、スキルを奪える自分の運命の可能性を信じていたのだ。
エウリノームは地下2層へ降りて、魔族たちが生活していた地下の部屋をしらみつぶしに探していた。そこにいたはずの魔族たちの姿が見えないことに若干の違和感を覚えたが、さほど気にしなかった。
彼は棚や椅子を壊し、ツボを割ったりと、まるで強盗さながらの粗っぽさで探し回った。
「くそ…!どこだ?どこにある?」
こんなことなら地下神殿で会った時、イドラから聞き出しておけばよかったと後悔した。
そんな彼の背後に迫る人影があった。
「おまえ、何してる!」
「人間!ドロボーか?」
エウリノームが振り向くと、2人の下級魔族がいた。
それは宝玉を取り返すために戻ってきたロキとバルデルだった。エウリノームの姿から、彼が兵士ではないと判断し、2人は立ち向かうことにしたのだ。
エウリノームはめんどくさそうに舌打ちした。
「あっちへ行け!邪魔だ」
彼には取るに足らない下級魔族などに構っているヒマはなかった。床に落ちていた棒きれを拾って、2人を追い払おうとした。
だがロキとバルデルは身軽で、ひらりひらりと躱す。
「ケケッ!攻撃してきたぞ」
「懲らしめないとな!」
ロキとバルデルは2人同時に呪文を唱えた。
すると、エウリノームの足元に突然大きな穴が開いて、彼の身体はその穴の中へと落下していった。
「うわぁぁぁ!!」
2人が使ったのは<陥穽>という落とし穴を作るスキルだった。
エウリノームは見事にその落とし穴に落ちたのだった。
ロキとバルデルはそれが自分の主とも知らず、穴の上から彼を見下ろした。
その深さは優に10メートル以上はあるように見えた。
穴は垂直に近い逆円錐形になっていて、長身の彼がジャンプしてみても、まるきり届かない。両腕を伸ばしても穴の直径には届かない上、壁面には凹凸はなく手をかける場所もない。
道具やスキルを使わずに自力で出ることは難しいと思われた。
「お、おまえたち、ここから出せ!私はエウリノームだぞ!」
彼は真実を云ったのだが、2人の魔族たちには当然信じてもらえるわけがない。
「うわー!人間が主様のお名前を叫んでるよ!」
「不遜だね!バチが当たるぞ!」
「いいから出せ!」
「べーだ!嘘つき!誰が出してやるもんか!」
そう云って彼らは穴の中のエウリノームに向かって砂を掛けた。
エウリノームが砂を食らって咳き込んでいる間に、2人の姿は視界から消えた。
彼は落とし穴の壁をよじ登ろうと何度も試みたが、徒労に終わった。
しばらくすると、今度は別の人物の顔が覗いた。
「へーえ!今度はその姿になったんだ?その子、あんたが殺したんだ?」
それはエウリノームの知らない人物だった。
見た所、オーウェン新王国の兵士のようだ。
「あっはっは!ダッサー!下級魔族にいいようにやられてやがんの」
その兵士は大声で笑った。
「貴様、誰だ!?シュトラッサーの手下か?」
エウリノームは叫んだ。
そしてハッと気付いた。
「そうか、わかったぞ!貴様が宝玉を盗んでいたんだな?シュトラッサーの命令か?」
「何言ってんの?」
「からかうのもそのくらいにしておけ」
今度はまた別の人物の声がした。
その人物が穴を覗き込んだ。
今度は見覚えのある人物だった。オレンジ色の髪の魔族で、確か魔王府で見た魔族だ。
それは、エウリノームを密かに尾行していたカナンだった。
「貴様、魔王の部下…!くっ、尾行されていたのか」
エウリノームは唇を噛んだ。
「当り前だ。おまえのような奴を野放しにするわけがないだろう」
カナンはエウリノームを尾行してポータル・マシンに乗り込んでやってきた。
エウリノーム自身は気付いていなかったが、彼は独り言を云う癖があり、ポータル・マシンの転送先をカナンは労せず知ることができたのだ。
そして彼と共にいたオーウェン新王国の兵士は、変身能力を持つカラヴィアであった。
宝玉を探して大聖堂内をウロウロしていたカラヴィアは、目立つ容姿のカナンを見つけて驚き、彼に無理矢理ローブをかぶせてここまで同行して来たのだった。
カラヴィアを探していたロキとバルデルはちょうどここで彼らと鉢合わせしたのだ。
「なあ、あんた!さっき預けた荷物返してよ」
「えー?嫌よぉ。これはワタシが貰ったもんだもん」
「ダメダメ!イドラ様に頼まれたんだもん。返してよ!」
ロキがそう云うと、カラヴィアとカナンが異口同音に云った。
「イドラがいるの?」
「イドラがいるのか?」
カラヴィアとカナンはお互いに見合った。
「なら話が早いわ。本人に会って直接、残りの宝玉の在処を聞き出そうっと」
宝玉という言葉を聞いて、穴の中のエウリノームは激しく反応した。
「おい!それは私のものだ!寄越せ!返せ!」
「あーん?あんた、自分の立場がわかってないようね」
カラヴィアはアルシエルの身体に入った優星と会っている。その優星の人間の身体に、まさかエウリノームが入っているとは思ってもみなかった。カナンからエウリノームがこの姿になってトワのスキルを奪おうとしていたことを聞くと、カラヴィアは呆れた顔をした。
「あんたも懲りないねえ…。もうさ、死ななきゃ治らない位悪党だね」
アルシエルを殺し、優星を殺したエウリノームを、カラヴィアは許せなかった。
「残念だけどここにあった宝玉は全部回収したわよ。これはあんたの悪行に対する報いね」
「自業自得というやつだな」
「シュトラッサーめ!兵を使って宝玉を探させるなんて恥知らずにもほどがある!」
エウリノームはまだカラヴィアをオーウェン新王国の兵士だと思い込んでいるようだ。カラヴィアももうめんどくさくなって、訂正することを諦めた。
「あー、シュトラッサーってあの宰相ね。そっか、あいつが宝玉を持ってんのねえ…」
「知っているのか?」
「まあね。ワタシ、これでも大司教公国では重臣だったから国内の事情には詳しいのよ。シュトラッサーってのは元はオーウェン王国の貴族の家柄でさ、名家だってんで大司教公国の地方領主に封じられてたのよ。大した才能もなく、うだつのあがらない奴だったはずなんだけど…そいつが急に宰相だなんておかしいと思ってたのよね」
「突然頭角を現したのか?」
「そうそう、急にね。他国との交渉が上手くいき始めたの。アトルヘイム帝国の内乱を手引きしたのも宰相の手柄だって、もっぱらの噂だったけど、なるほどそういうことかぁ」
「つまり、そいつがなにかしらの宝玉を持ってる可能性があるということか。相手を操れば交渉事など簡単だしな」
「…たぶん精神系スキルの宝玉ね」
カラヴィアは穴の中のエウリノームを見た。
「こいつはどうするの?」
「放置するか」
カナンがそう云うと、穴の中のエウリノームがわめきだした。
「待て!出してくれ!こんなところに放置されたら死んでしまう!」
「良く言うよ。さんざん人の命を奪っといてさ。自分が死ぬときは命乞いすんの?」
カラヴィアは厳しく云った。
そしてふと思いついて、自分の持つ袋の中身を確かめた。
「お!良いの見っけちゃった」
カラヴィアは袋の中から宝玉を取り出した。
「じゃーん!<記憶消去>の宝玉~!以前大聖堂でタロスが使おうとしてたやつよーん」
「<記憶消去>?こいつの記憶を消すのか?」
「そう!多少の精神耐性なんかものともしないっていうユミールの超強力なスキルよ。縁起悪いからってイドラに返却してたんだ」
カラヴィアがその宝玉を穴の上で掲げた。
「や、やめろ…!やめてくれ…!」
「あんたたち、ちょっとあっち向いててね。巻き込まれちゃうと厄介だから」
カラヴィアがカナンやロキとバルデルにそう云うと、彼らはカラヴィアに背中を向けた。
「あんた、この宝玉でいろんな人の大事なものを奪って来たんでしょ?一度くらい奪われる方の身になってみたら?」
カラヴィアは宝玉を手に、エウリノームに語り掛けた。
「あんたのすべての記憶を消す。只の人間になって一から出直しな」
「い、嫌だ、やめろぉぉぉ!!」
カナンは背中にエウリノームの叫び声を聞いた。
やがて静かになった。
「もういいわよん」
カナンが振り向いて、穴の中を覗き込むと、エウリノームは気を失って倒れていた。
「意識を取り戻したら、きれいさっぱり忘れているわ。こいつはもう只の人間よ」
「…ふむ」
カナンは穴の中に降りて、エウリノームの身体を軽々と抱き上げ、驚くべき脚力で穴からジャンプして出て来た。
「スゲー!」
「この穴からあんなに簡単に出るなんて…」
ロキとバルデルはカナンの運動能力に驚いていた。
「あらら、助けてやるの?」
「助けたのはおまえの方じゃないのか?命を奪わずにやり直しをさせるとは、なかなか情深いことをするじゃないか」
「…一応、知らない相手じゃなかったしね…」
「こいつは過去のしがらみからようやく抜け出せたんだ。只の人間なら保護してやる必要があるだろう?」
「ふぅん?あんたってばいいヤツじゃん。わかった。コイツはワタシが救護室へ連れてくわ」
「頼む」
「あんたはどうすんの?」
「イドラに直接会って宝玉の在処を聞き出してやろう」
「え?ワタシの代わりに行ってくれんの?」
「おまえがそうしたいと云ったんじゃないか」
カナンの世話好きな一面がここでも発揮されることになったのだが、そんな彼の性格を知らないカラヴィアはなぜかジーンと感動していた。
「ワタシにそんな優しいこと言ってくれる人、初めてよ…!」
そんなカラヴィアをよそに、ロキとバルデルはまだ騒いでいた。
「ちょっと、宝玉返してよ!」
「イドラ様が魔族の皆の精神支配を解くために宝玉がいるんだよ」
「精神支配?」
「オイラたち主様の言いつけを守ってずっとこの地下で暮らしてたんだ。でもそれは精神支配っていうのを受けていたからなんだって。イドラ様はそれを解いてオイラたちを全員故郷に帰してくれるって約束したんだよ」
「主ってエウリノームのことか」
「ちょっとー、いい話じゃない」
カラヴィアはほろりとしていた。
「だけどこの中に<精神支配>の宝玉なんかなかったわよ」
「えー!?」
「じゃあ皆、あのまま…?」
そこでカラヴィアが何事かを閃いた。
「あー!なーるほど!謎は解けたわ!」
「何だ?」
「あいつよ、あの宰相!あいつが持ってる宝玉が<精神支配>なのよ!きっとそうだわ!」
「ということは、魔族たちの暗示を解くには、宰相から取り返すしかないのか」
「フフン、ワタシに任せて!」
「…おまえ、大丈夫か?精神耐性はあるのか?」
「ないけど、大丈夫!じゃーん!<隠密>スキルの宝玉~!」
カラヴィアは袋の中からまた別の宝玉を取り出した。
もしここにトワがいたら某猫型ロボットみたいだと云ったに違いない。
カラヴィアはその<隠密>スキルを使って姿を消した。
だが、気配を察することが得意なカナンにはすぐに居場所がバレてしまった。
「まあ、普通の人間には有効だろうから安心しろ」
「…そう言われても…。もしかしてあんたってスゴイ人なの?」
「獣族の上級魔族には通用しないスキルだと思っておけ」
「なるほどね…。なんだろ…惚れそう」
そんなカラヴィアを残してカナンは、ロキとバルデルを案内に、イドラがいるはずの地下古墳へと向かって行った。




