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誤算

 アトルヘイム帝国城の皇帝の個室。

 皇帝が座るための豪華な革張りの椅子には不機嫌そうなグレイが座っていた。

 その前には皇帝と行動を共にしていた帝国将アントニウスが立っていた。

 彼はスパイとして皇帝に同行し、離反して手勢の十数騎と共に帝都に戻ってきたのだ。

 アントニウスが皇帝を裏切ったことで、皇帝一派は包囲され、討ち取られている筈だったが帝都に戻ってきたところで偵察兵から、一派を取り逃がしたとの報告を受けた。

 これは反乱軍にとっては大きな誤算となった。

 更にアントニウスの隣に立つグレイの副官が、第12部隊が滞在している自治領区が皇帝側についたとの報告をした。


 それに加えてグレイを不機嫌にさせているのは、広大な帝国領各地の諸侯が恭順を示さないことだった。彼は伝令部隊『黒の脚』を派遣してクーデターに賛同を求める密書を各地に送っていたのだが、返答があったのはたった2領主からだけだった。しかもその内容は中立を保つというもので、グレイの期待していたものではなかった。地方領主たちは、このクーデターがこのまま成功するかどうかを見極めるつもりなのだ。

 シュタイフに軍を与えて主要諸侯の元へ送り出し、武力で脅すというパフォーマンスを実行させているのも仕方のないことだった。

 広大な帝国を治めるためには、各地の領主を従わせる必要がある。帝都を占領したことは、反乱の足掛かりを作ったに過ぎないのだ。皇帝を撃ち漏らしたのは大きな誤算だった。


「こんなはずではなかった。あの宰相め、話が違うではないか」


 彼に策を授けたオーウェン新王国の宰相シュトラッサーは、皇帝を殺し、帝都を押さえて黒色重騎兵隊を支配下に置けば、地方領主たちは無条件で従うはずだと言ったのだ。

 そこへグレイの副官がさらに追い打ちをかける報告をした。


「帝国大学生らの抵抗が激化しています」

「たかが学生に何を手こずっている!武力で一気に制圧できんのか!黒色重騎兵隊を投入しろ」

「怪我人が出るかもしれませんがよろしいので?」

「多少の犠牲は仕方あるまい」


 グレイの副官は真っ当な考えのできる男だった。


「戒厳令が続いて市民のストレスは限界に来ています。これで若者たちに危害を加えたとなれば、今度は市民たちが暴動を起こしかねません」

「市民には食料も配給しておるし飢えてはいないはずだ。不満などあろうはずがない」

「街の様子を一度ご覧になられてはいかがです?」

「バカなことを言うな!外にはどんな刺客がいるかもしれんのだぞ!」


 憤るグレイを見て、副官は溜息をついた。何を云ってもダメだと思ったようで、彼はもう何も意見しなかった。

 アントニウスも同じ気持ちだったようで、副官と共に敬礼をして部屋を出た。

 思った以上に芳しくない状況に、彼は不安を覚えていた。


「…そう長くは持ちますまい。あなたも早くご自分の身の振り方を決めた方が良いですよ」


 副官はそう云って去って行った。

 彼も近いうち、グレイを見限って出て行くのだろう。

 アントニウスが城内の自室に戻ると、彼の直属の部下である帝国騎士団の団長とその団員が2人、待っていた。

 彼らは逃げる皇帝一味を追い詰め、討ち漏らした帝国騎士団であった。


「おまえたち、戻っていたのか」


 帝国騎士団はアントニウスと亡くなったクインタス、逃亡中のテルルッシュの3人の将官の麾下に属している。現在帝都内に展開している帝国騎士団はクインタスの配下を吸収したアントニウスの配下の兵たちだ。彼らもその内の一軍であった。

 彼らは皇帝を追い詰めたが、あと一歩のところで、謎の一団が現れて邪魔され、取り逃がしてしまったという失態の謝罪に訪れていたのである。

 騎士団長は頭を下げながら、皇帝を救った謎の一団について報告した。

 その一団の中には魔族も混じっていたという。

 彼らの素性はわからないが、人間と魔族の混合チームで、恐ろしく強い連中だったという。


「そうか、自治領区が皇帝派に味方したのは皇帝が砦にたどり着いて、第12部隊と合流したからか」


 アントニウスは拳を握り締めた。

 その後、帝国騎士団は幾度か追手を差し向けたものの、やはりその謎の一味に撃退されてしまったという。


「まずい、まずいぞ」


 彼は部下たちに向かって云った。


「国内の兵力を至急まとめろ」

「しかし、帝国軍本部で軟禁中の第2、7部隊は未だ恭順していません」

「どんな手を使っても構わん。味方に付けろ。…そうだ、従わねば帝国大学の学生たちを殺すと脅せ」


 アントニウスの命令に、騎士団長とその部下は顔を見合わせ、困った表情になった。


「あの、閣下。大学を包囲していた騎士団の隊長とお会いになっておりませんか?」

「いや、会っておらん。どうかしたのか?」

「彼らは抵抗する学生らと大学前で交戦状態になったそうです。そこになぜか正体不明の魔族が現れて、全軍退却する羽目になったというのです」

「何!?魔族だと?何だその話は…初めて聞いたぞ。で、その魔族とやらは何者だ?どうやって帝都にやってきたというのだ?」

「わかりません。ただ、今もその魔族が大学内で学生たちを守っていて、手を出せない状態です」

「籠城しているのか?ならば食料と水を絶てばよいではないか」

「…それが、市民や商人たちが支援しているようで物資は毎日運び込まれているようです」

「ならば市民を近付けぬよう、大学を孤立させろ」

「いえ、あの…実は孤立させられているのは騎士団の方で…」

「どういうことだ?」


 アントニウスは眉間にシワを寄せて彼らを睨んだ。

 どうも彼らの報告は要領を得ない。


「騎士団の宿舎の周囲には戒厳令に対する抗議を訴える市民が大勢押し寄せていて、宿舎から出動できない状態になっています。ここへきて商人たちが騎士団への食料や武器などの価格を釣り上げてきて、交渉が難航しているのです。このままでは騎士団自体も飢えてしまうことになります。我々は帝都民を敵に回してしまったのです」


 彼は目を丸くした。

 無力だと思っていた帝国の市民たちがこんな形で武力に反抗するとは思わなかったからだ。


「武力で商人たちを従わせろ」

「…これ以上、市民を敵に回すことは得策ではありません。これではクーデターが成功しても、民の支持を得られず治政は安定しません」


 騎士団長は冷静に意見を云ったが、アントニウスは聞く耳を持たなかった。


「そんなことはどうとでもなる。今は戦力をそろえることが重要だ。何としてでも第2、7部隊を従わせろ。まずは大学を制圧しろ。魔族だか何だか知らんが、抵抗する者がいたら見せしめに殺しても構わん」


 上官の命令には逆らえないと諦め、騎士団長とその部下たちは命令を復唱して部屋を出て行った。

 1人になったアントニウスは、ブツブツと独り言を口にした。


「くそっ…。グレイがこれほど無能だとは思わなかった。素人ばかりを上の役職に付けるからこんなことになるのだ。物資の確保は基本中の基本だろうが」


 グレイは生粋の軍人で、事務方の人間を軽んじる傾向にあったことは否めない。クーデターを起こしてから、帝都でまともに登城して仕事をしている事務方の人間は半数にも満たない。グレイに恭順しない者らは自宅に引きこもって登城を拒否しているのだ。おかげでいろいろなことが滞っていて、たった半年程度で国の経済は傾きかけている。

 力で押さえつければ市民たちは大人しく従うはずだと信じ込んでいたのがそもそもの間違いだった。


 彼は目頭を揉むようにして、自分の目を覚まそうとしているかのように見えた。

 だがその口車に乗ってしまった以上、もう後には引けないのだった。



 包囲していた市民たちを蹴散らして、帝国騎士団が大学へ向かってくるとのアスタリスの報告により、学生たちは大学前で彼らの行く手を塞いで対峙した。

 学生たちは、丸腰で騎士団に向かいあい、まずは話し合いを求めた。

 帝国騎士らは、抵抗する者を排除し、大学を制圧しろと命令を受けていた。

 だが、指揮を執る帝国騎士団長はこの申し出を受けた。

 騎士の中にはこの大学に身内が通っている者もいて、元々この命令には承服しかねる者も多く、学生らに武器を振るうことを良しとしなかったのだ。


 決め手はカムラの一言だった。


「帝国騎士団は何を守るための武力だ?市民か、それとも権力者か?このクーデターはただの私欲で行われたもので、大義はない。僕ら学生に武力を向けることが間違っているとなぜ気付かないのか?」


 カムラの言葉は真実だった。反乱の首謀者たちはグレイによって地位と権力を約束された者ばかりであることを騎士たちもうすうす気づいていた。

 それをカムラがはっきり言葉にすると、騎士たちの中には武器を捨てて「やめだ!」と叫ぶ者も現れた。すると、それは他の騎士にも伝染し、次々と武器を手放す者が続いて出た。


 アントニウス麾下の帝国騎士団長は、学生たちの前でついに決断した。


「我ら帝国騎士団は、騎士団憲章を順守する!」


 団長はそう宣言した。

 帝国騎士団憲章とは、帝国騎士は帝国民の安全と健康を守る者であり、いかなる外敵からも帝国民を守り、その秩序を回復することに務めるもの、というよう騎士の在り方を規定したものである。

 騎士団の騎士たちは、その場で騎士団憲章を暗唱しはじめた。

 騎士団長は、学生らに対し武力行使をしないことを約束したが、それは主であるアントニウスを裏切ることを意味していた。

 その騎士団と対峙する学生たちの前に、黒衣の男が姿を現した。


「口先三寸で敵を丸め込んだか。大したものだ」

「魔王様!」

「魔王様だ!」


 帝国騎士たちは、学生たちがその男を魔王と呼び、歓声を上げている様を、奇妙な気持ちで見ていた。

 ここは、魔族を排斥する帝国の帝都のはずだ。なのに、なぜかその帝国の子らは魔王を称え、歓声を上げている。これは一体どういうことなのか?


「魔王って、何なんだ…?まさか本物なわけはあるまい?」


 騎士団長は思わず口走った。

 まさか、本物の魔王がいるはずがない、と彼らは思っていた。

 魔王はその騎士団長に語り掛けた。


「おまえたちは主を裏切って、これからどうすべきか迷っているのだろう?」


 心の内を見透かされた騎士団長は、絶句した。

 魔王は人の心を見抜くのか?と恐れたのだ。


「答えはお前たち自身の中に既にあるはずだ」


 魔王は騎士たちの間の前で空中に浮遊した。

 騎士たちはどよめき、身構えた。


「自分の信じる者のために戦うのが騎士たる者の務めだ」


 魔王がそう云うと、学生たちは熱狂し魔王コールを繰り返した。


「我の力の一端を見せてやろう」


 魔王はカイザードラゴンの名を呼んだ。


『ようやく出番か。待ちくたびれたぞ』


 学生たちと帝国騎士団の目前に、カイザードラゴンはその巨大な姿を現した。

 カイザードラゴンが学生たちの前ではその存在を秘匿されていたのは、彼らにより強い衝撃を与えるためだった。


「おおっ!ドラゴンだ…!!」

「魔王様のドラゴン…!!ほ、本物だぁ!」

「近くで見るとすごい迫力だなあ!」


 上空に突如現れた巨大なドラゴンに彼らは驚愕した。

 その圧倒的な存在感に、人間たちは息を呑んだ。

 こんな絶対的な存在と敵対すべきではないと、彼らの脳裏に刷り込むことが魔王の狙いだった。


 魔王が浮遊してドラゴンの背に乗ると、どこからともなく聖魔騎士団と、それにザグレムが魔王の後ろに姿を現した。

 いつでも人任せだったザグレムは、ユリウスに良い所を見せたいと、珍しく同行することを志願したのだった。


「私の実力を示す良い機会だ。私の能力が<魅了>だけではないことをユリウスに知ってもらわねば」


 そう云ってザグレムは張り切っていたが、ユリウスは興味なさそうにそっぽを向いていた。


「特別に我が直々に手を貸してやる。帝国軍基地を解放してやる故、後の始末は自分たちで行え」


 魔王がドラゴンの背中から騎士団長にそう命じた。

 命ずることに慣れたその物云いに、騎士団長は敬礼しかかって、ハッと我に返った。


「魔王に指図されずとも、そのくらいのことはわかっている!」


 騎士団長は少しムキになって答えた。

 だが、魔王の言葉は彼らの本当の主の命令よりも聞く価値のあるものだった。

 魔王は笑い声を残し、ドラゴンに乗って帝都の空を滑空していった。

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