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魔王の講義

 アトルヘイム帝国の帝都内では相変わらず学生たちによるデモが続いていた。

 シュタイフは黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)第11部隊全軍を率いて、帝国内の自治領区を回っていたため、帝都内の守備は帝国騎士団が担っていた。

 グレイからは、帝国大学には各国の要人の子弟がいるので、攻撃はするなと云われていたのだが、学生たちが市内で暴動を起こしてこちらにも多少の被害がでるようになってきたため、帝国騎士団は大学を包囲して無力化するという強硬手段に出た。


 学生たちは、大学の正門を封鎖して学内に兵が入れないようにバリケードを作って対抗し、騎士団を迎え撃つべく、待ち構えた。しかし彼らのほとんどが武器らしい武器も持たず、丸腰のままだった。彼らの武器は力ではなく言葉だった。

 帝国大学へやってきた騎士団は馬を降りて学生たちを包囲し、投降して学内から退去するよう勧告した。

 だが、学生らは口々に叫んで抵抗した。


「世界に誇るアトルヘイム帝国の騎士団が、丸腰の学生を殺すのか!」

「こんな私欲にまみれた反乱がまかり通る国であってはならない!」

「そうだ!恥を知れ!」


 誰かが騎士に向かって石を投げた。

 それに激高した騎士が、石を投げた学生の髪をひっぱって引きずり倒した。

 そこから取っ組み合いが始まり、多くの学生に怪我人が出た。

 悲鳴と怒号が入り混じり、その場は修羅場と化した。

 その時、学生に手を出していた兵士たちが急に動かなくなり、次々と地面に伏した。


「う…うう、なんだこれ…は」


 突然のことに、何が起こったのかその場にいた誰にもわからず、学生たちも戸惑っていた。

 騎士団の兵らは、見えない強い力で押さえつけられ、地面にねじ伏せられているようだった。

 立っているのは学生たちだけだった。


「その辺にしておけ」


 学生たちが声のした方を振り返ると、大学の正門の上に立っている者がいた。

 夕暮れということもあり、その人物の姿ははっきりとは見えなかったが、黒衣にマントを羽織っているように見えた。


「誰だ…?」


 その人物は指先ひとつで地に付した兵士たちをまとめて遠くへ放り出した。


「すっげ…」

「魔法局の魔法士じゃないか?」

「で、でもこんなすごい魔法士なんていたっけ…?」

「ともかく、俺たちの味方をしてくれるみたいだ。今のうちに押し返そうぜ!」


 学生たちは勢いづいて帝国騎士団を押し返し、バリケードの外へ兵士たちを追い出した。

 兵士が再び突撃し、学生に攻撃しようとすると、今度は別の人物が姿を現し、兵士たちをバタバタと倒していった。


「な、なんかすごい速さで帝国騎士団を倒していく人がいる!」


 学生たちは歓声を上げた。

 それでもまだ突入しようとしていた騎士の前に、今度は黒い翼を持った人物が舞い下りた。その手には大きな鎌が握られていた。


「クックック…死にな!」


 彼がその大鎌をひと振りすると、空から騎士たちに何かの液体が降りかかった。

 その直後、液体がかかった騎士たちが苦しみだした。


「早く回復士に解毒してもらわないと死ぬよ」


 彼がそう云ったので、騎士たちはそれが毒だと気づいた。

 回復士は後方に待機していたため、彼らは慌てて後退していった。


 帝国騎士団を撃退して、学生たちは腕を振り上げた。

 彼らの歓声はしばらく収まらなかった。


 正門の上にいた人物がひらりと地に降りてくると、残りの人物たちもその近くに駆け寄った。学生たちが彼らの周りを取り囲んだ。


「あんたたち、魔族か!」

「なんで助けてくれたんだ?」

「どうやってここにきたんだ?」


 学生たちは魔族と見るや、興味津々で矢継ぎ早に質問をしてくる。

 高い教育を受けている彼らは、黒色重騎兵隊や大司教公国の市民たちのように、魔族だとわかっても罵ったり、攻撃したりはしなかった。

 そこに現れたのは黒衣と黒髪の人物と優し気な美貌の男、黒い羽根を持った小柄な少年の3人だった。


「我の名はゼルニウス」


 黒衣の人物はそう名乗った。

 その名を聞いた学生たちは驚きを隠せなかった。


「え…!?」

「嘘だろ…!その名って…」

「まさか、魔王…!?」


 それは魔族の王その人だった。



 学生たちに、校内の講堂に案内された魔王たちは、そこでまた多くの学生らに囲まれた。


 帝国大学の講堂は、ステージになっている中央の構台を中心に扇形のすり鉢状に座席が広がっていた。

 その光景は、魔王にかつてのグリンブル・アカデミーでの授業を思い出させた。ただしアカデミーの教室の何十倍もの広さがあるが。


 その構台に魔王たちが立つと、座席についた学生たちから拍手が起こった。

 講堂には先程、兵士たちと戦いを繰り広げていた学生たちも含め、座席に座り切れない程の人であふれていた。通路にまで座り込んだり、後ろの立ち見席まで満杯になっていた。

 魔王をここへ連れてきたのは学生たちのリーダーのカムラという若者であった。

 彼は魔王たちに自分たちの現状を話して聞かせた。

 その上で、魔王の意見が聞きたいというのだ。


「ここで我に講義でもさせるつもりか?」


 魔王は冗談のつもりで云った。


「え?やってくださるんですか?」


 カムラはジュスターばりの天然のようで、魔王の云うことを真に受けてしまった。

 講堂の最前列に陣取っていたのはなぜか女子生徒たちだった。

 彼女らのお目当てはもちろんユリウスだ。

 彼らの目には魔王の姿はそれぞれ異なって見えているはずだった。


 講堂の高い天井すれすれを、テスカが危害を加える者がいないかどうか飛んで見回ると、学生たちから「カッケー!」と歓声が上がった。

 飛んでいるだけで人気者になったテスカは、少し気分を良くして、そのまま講堂の天井の柱に腰かけて下を見守ることにした。

 魔王の隣に、優し気な美形のユリウスが立つと、何のコンサートなのかと疑う程黄色い声援が飛んだ。


「いいだろう。おまえたちの質問に答えてやる」


 魔王がそう云うと、場内は若い熱気であふれた歓声が上がった。

 最初に質問をしたのはリーダーのカムラだった。


「なぜ、この帝都に現れて、我々を救ってくださったのです?」

「運命の導きによってだ」


 魔王の抽象的な答えに、カムラは二の句が継げなかった。


「えっと…あの、それはどういう意味ですか?」

「なぜここへ来たのかは我にもわからぬ。気づけばここにいたのだ」


 魔王の返答に講堂内はざわついた。


「ここへ来た時、おまえたちが攻め込まれていた。おまえたちが助けを求めていたから助けた。それだけの話だ」

「魔王様は空間魔法を使えるとお聞きしましたが、もしやそれで転移してきたんですか?」

「そうだ。今回は我の魔法による転移ではないがな」


 その後も学生たちからの質問は絶えない。

 彼らにとって、魔王とは伝説上の人物である。なので、魔王の話すことすべてが理解できるとははなから思っていなかった部分もあり、魔王のなぞかけのような会話でもいちいち説明を求めるのは失礼にあたると、そのまま知ったかぶりで通すことにした。

 書記を務める学生は、一言一句を聞き逃すまいと必死だった。


 彼らは、魔王の姿が見る者によって違うという伝説を確かめたがった。それで、今どんなふうに見えているのか講堂内でアンケートを取ってみた時は、本当に魔王の姿が皆違って見えることがわかって、ちょっとしたゲーム会場のようななかなかの盛り上がりを見せた。男と女ではその見え方が如実に違っていて、ほとんどの女子学生たちには魔王はかなりの美形に見えていたようだ。


「おまえたちは魔族を排斥しているこの国をどう思う?」


 魔王は学生たちに核心に迫る質問をした。

 すると1人の生徒が手を挙げた。


「僕は魔族史を研究しています。…あの、魔王様にお目にかかれて光栄です。僕らはたまたまこの国に生まれましたけど、だからって魔族を排斥すべきだなんて認めていません。そもそもこの国が魔族を排斥すると言い出したのも、100年前の大戦があったからです。それ以前にはそんな法律はなかったし、帝都にだって魔族はいたと聞いています。戦争に勝ったから魔族を好きにしてもいいなんて考えは間違っていると思うんです」


 1人が話し始めると、学生たちは次々と手を挙げた。

 司会のカムラが次々と学生たちを指名していく。


「国民には隠しているけど、軍人たちは魔族を捕まえては奴隷商人に売り払って小遣いを稼いでいるという話です。そんなことが人道上、許されるでしょうか」


 この意見には学生たちからも賛同の声が起こり、この事柄自体についてブーイングが起こった。

 それを制したのはリーダーのカムラだ。

 カムラは魔王にではなく、講堂にいる学生たちに向かって話し出した。


「伝承によれば、魔族は増えすぎた人間の数を減らすために神に創造されたとされている。それが本当ならば、魔族はこの世界の調整者たる存在だ。それを排斥し、虐げることは神の意志に逆らうことではないのか?」

「ほう、調整者か。面白いことを言う」


 魔王が感心したように云うと、カムラはそれに頷き、続けた。


「神によって送り込まれた魔族を否定するのは神を否定するのと同じではないか。神が存在するのであれば、そんな人間に天罰を下そうとするのではないか?実際、魔族排斥を謳っていた大司教公国は、オーウェン新王国とかいう新興国に滅ぼされた。今、この国に起こっていることも、天罰でないとどうして言える?」


 学生たちの中にはこの意見に同調する者も多かったが、異論を唱える者もいた。

 魔王は少し笑いながら云った。


「おまえたちのいう神とは、人間を創った神のことだな」

「はい」

「良いことを教えてやる。人間は神の意志に背くどころか、神自身をもその手にかけたのだ」

「ええっ?!それはどういうことですか…?人が、神を殺したってことですか?」

「人間の神は、おまえたち人間の中に紛れていた。とても身近な存在だったのだ」


 講堂はシーン、と静まり返った。

 それからザワザワしはじめた。

 学生たちは魔王の云ったことを必死で解釈しようとしているようだった。

 カムラもその話をもっと詳しく知りたいと思ったが、魔王は話題を変えてしまった。


「おまえたちの意見は面白い。ではおまえたちは、魔族を排斥する必要性を感じないというのだな」


 すると最前列に陣取っていた女生徒たちが口をそろえて云った。


「排斥するも何も、私たち、魔族を見たのは今日が初めてです!」


 彼女たちの視線はユリウスに釘付けだった。

 するとユリウスはいつもの優しい微笑で、彼女らに語り掛けた。


「そうですか。では初めて魔族を見た感想はいかがですか?」


 すると彼女らからは「キャーッ!」という黄色い歓声が上がった。

 それからはもう、まるでアイドルかなにかのように、ユリウスの一挙一動に彼女らは声を上げていた。

 彼は魔王の広告塔としての務めを果たしていた。ユリウスをここへ連れてきたのは正解だったと魔王は思った。


「ひとつ言っておくが、このクーデターは天罰などではない。裏ではオーウェン新王国が関わっている」


 魔王の発言に、学生たちは動揺した。どうやらその事実は知らなかったようだ。

 カムラは魔王に尋ねた。


「それはどういうことですか?なぜ魔王様がそれを知っているんです?」

「知っているのではない。様々な情報から導き出した結果を話しているだけだ」


 その情報を提供したユリウスも頷いていた。

 学生たちは「ほう…」と魔王を畏怖の目で見た。

 すると学生の1人が、「そういえば帝都に攻め込んできたのは見たこともない白い鎧の騎士だった」と言った。彼らはどこかの貴族の私兵だと思っていたのだ。


「そういえば、オーウェン新王国は帝国からの独立を求めていたというぞ。その見返りに反乱軍に手を貸したということなんじゃないのか?」

「なるほど…。それはありうる」


 学生たちは魔王の投げた言葉から推察を始めた。


「真実は自分の目で確かめるがよい。そのための手伝いならしてやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「魔王様、よろしいのですか」


 ユリウスが口を挟んだ。


「良い。我らがここへ来たのもそういう運命なのだろう。世界を変えるのはこうした若者たちだ」


 学生たちの意気は上がった。

 彼らは反乱軍と徹底抗戦をするつもりだと云った。

 するとカムラは腕を振り上げて熱弁を振るった。


「今回のクーデターは、魔族排斥を含めて、旧体制を見直す良い機会だと思っている。皇帝は国と国民を捨てて逃げた。僕らがこうして必死で抵抗しているのに、自主的に動いている軍の一部を除いて、助けにも来ない。皇帝は自らの命を優先して僕ら国民を見殺しにしたんだ。もし今、皇帝が戻ってきたとしても、僕らは以前のように皇帝を尊敬することはできないだろう!」

「そうだ!」

「そうだ!」

「俺たちがこの国を変えるんだ!」

「反乱軍を駆逐して僕たちがこの国を救うんだ!」

「おおー!!」


 魔王は楽しそうに意気上がる学生たちを見ていた。

 そんな彼にユリウスはそっと囁いた。


「魔王様、楽しんでらっしゃいますね」

「未熟な者たちの意見を聞くのは刺激になって面白い。まさかこの反乱が神による天罰だなどと言い出すとはな」


 魔王はクックと笑った。


「トワ様たちとはぐれたことはよろしいのですか?こんなところに転移するなんて、あのイシュタムという人は本当に信用できません」

「起こってしまったことは仕方がないだろう」

「…以前、トワ様が行方不明になった時は随分思い詰めてらしたのに」

「フフン。我とトワは運命で結ばれておるのだ。時が来れば会えると信じておる」

「余裕ですね…少しムカつきます」

「何か言ったか?」

「いえ、何も。しかし、人間の国に内政干渉するとは珍しい。どういう風の吹き回しですか」

「トワの影響かもしれんな」

「…なるほど。それで、彼らに力を貸すとおっしゃいましたが、具体的にどうするんです?」

「帝国軍本部の包囲を解いてやればいい。そうすれば軍は機能を取り戻し、反乱軍に対抗できるようになるだろう」


 ユリウスはフッと溜息をついた。


「そんなこと、私やテスカ1人でも余裕です」

「まあ、そうだな。だが、ここで魔王の実力と威厳を示す必要がある。未来のためにも、な」

「…?よくわかりませんが、徹底的にやればいいんですか?」

「圧倒的に、だ」

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