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絶望のイドラ

 イドラが度々テュポーンに意識を奪われるようになって、イシュタムは、グリンブルからトワの元へ転移する機会をなかなか得られなかった。

 ある時、イシュタムが目を離した隙にイドラがグリンブル市内で行方不明になってしまった。イドラを探して市内を探していると、治安部隊が彼の元へやって来て、イドラは治安維持機構本部の地下牢に囚われていることがわかった。

 イドラは都市の郊外で小動物の遺体を依り代にして小さな魔獣を呼び出していたところを、治安維持部隊の巡回員に見つかって連行され、拘留されていたのだ。

 イドラは起きている間にもたびたびテュポーンに支配されるようになってしまっていた。事態は悪化していたのだ。

 イシュタムは迎えに来た時、我に返ったイドラは、治安部隊員の腰から剣を奪い、自分の胸に突き立てようとした。

 イシュタムはそれを止めた。


「もう迷っている余裕はない。私を殺さねばテュポーンを復活させることになってしまう」


 だがイドラはイシュタムにそう訴えた。

 それに答えたのはイシュタルの方だった。


「あんたを死なせるわけにはいかない。何度も言わせるな!私もイシュタムも、あんたを助けたいと思っているんだ」

「同情ならいらない!」

「同情じゃない!イシュタムはあんたを想っている。一緒に居たいと望んでいるんだ!」

「イシュタムは神だぞ。神がそんなこと…、ありえない!」

「いいから一緒に来い!」 


 治安維持機構から解放されたイドラの手を握って、イシュタムは今度こそトワの元へ空間転移しようと試みた。

 だが転移した先は、今はオーウェン新王国領となっている旧市街の地下神殿だった。

 そこはイシュタムが召喚された場所でもある。彼が召喚された時の魔法陣もそのまま残っていた。

 イドラは魔法陣に足を踏み入れた。

 イシュタムはもしかしてここにトワがいるのかもしれない、と期待したがイドラはそれを否定した。


「違う…私をここへ呼んだのはテュポーンだ…」


 辺りを見回すと、イドラは地下神殿の入口からこちらへ歩いてくる人物に気付いた。

 それはウルクとユリウス、それに2人の下級魔族たちだった。


「おまえたち、なぜここに…。それにロキ…とバルデル…か?」


 イドラは彼らに声を掛けた。


「あー、イドラ様だ!」

「イドラ様、預かってた宝玉あげちゃったよ」

「あげた?誰に?」

「えっと、お使いの兵隊さん」


 イドラが状況が分からず困惑していると、宝玉は魔王の部下が回収したのだとユリウスが補足説明をした。

 イシュタムの方も、イシュタルに交代してウルクに事情を説明した。

 ロキとバルデルはイシュタムを見て驚いていた。


「イシュタム様…?」

「うわぁ、絵で見たのと同じだあ!神様って本当にいるんだね!」

「まさか、本物なわけないでしょう」


 ユリウスは当然、信じていなかった。


「イドラ、ちょうどあなたに連絡を取ろうと思っていたところです」

「私に何か用か?」

「先程、旧市街に残っている魔族たちの様子を見てきました。やはり彼らは何らかの精神支配を受けているようでした。彼らの精神支配を解いてあげて欲しいんです」

「ああ…、しかし人数が多すぎる。今の私には時間がないんだ。エウリノームの宝玉でもあればいいのだが」

「宝玉…ですか」

「<精神支配>というスキルだ。そのものズバリ、相手を精神的に支配下に置くことができる。それを使えば解除も可能だ。私が1人1人解除するより確実だ」

「えー!どうしよう!あの荷物の中にあったのかい?オイラたち取り戻してくるよ!イドラ様、待ってて!」


 イドラとユリウスが止める間もなく、ロキとバルデルは獣人特有の素晴らしいスピードで走り去ってしまった。

 イシュタムはここにトワがいないことを知ると、イドラを連れて再び転移しようとした。

 だが、何度やってもこの場に戻された。


「どういうことだ…ここから動けぬ」


 イシュタムはイドラを見た。


「そうか、イドラがテュポーンの意志に引っ張られているせいか…」

「この場に溜まっている魔力はかなり強いからね。多分、それが魔獣に力を与えているんだよ」


 ウルクはそう説明した。

 イドラはイシュタムと目を合わせた後、フッと目を逸らせた。


「…もういい、私のことはもう放っておいてくれ」

「そんなことを云って、構って欲しいと思っていることが見え見えですよ」

「な…っ!」

「あなたの精神年齢は子供ですか。強い魔獣を召喚することで他人に認められたいとか、いつも自分を見ていて欲しいとか思っているのでしょう?挙句の果てに、テュポーン召喚を盾に脅迫ですか。やっぱりあなた、エウリノームに毒されているんじゃないですか?」


 優し気な容貌のユリウスからは想像もできないほど辛辣な言葉を投げかけられて、イドラは心理的ダメージを負い、逆上した。


「エウリノームとは関係ない!」


 イドラはムキになって否定した。


「初めは確かに、魔王を打倒するために奴に協力した。だが奴は単に自分の欲望を満たすために私を利用したにすぎないのだとわかったのだ。私は奴を許せない」

「…ずっと不思議だったんです。あなたの持つ強力な魔獣召喚スキルを、なぜエウリノームは奪わなかったのか。その理由を教えてくれませんか?」

「それは…私のスキルを成長させるためだろう」

「あなたのスキルは使えば使う程成長するのですか?」

「そうだ。使用者の経験値が蓄積されていき、より上位の魔獣を呼べるのだ」

「…その成長の到達点がテュポーン召喚というわけですか」

「ああ、そうだ。最強の魔獣テュポーンを召喚するために今まで魔獣を召喚してきたと言っても良い。この能力に目覚めてからずっと、夢に見てきたことだ。私のこのスキルはついに究極の…」


 イドラが言葉を紡ごうとした時、急に左胸を抑えて苦しみだした。

 ユリウスはどうしたのかとイシュタムに訊いたが、彼もわからないと云った。


「あっ…!!ぐっぐグ…!!」


 イドラの目が光った。


「テュポーンか!?」


 イシュタムが叫ぶと、イドラの口を使って魔獣がしゃべりだした。


『ググッ…そうか、知らなかったのだな』


 テュポーンは不敵に笑った。


『愚かな者だ。本当にスキルが成長していると思っていたのか。滑稽だな』

「何…?どういうことだ!」

『この者のスキル自体が偽物なのだ。成長などせぬわ』

「偽物…?どういう意味です」


 ユリウスがイドラの口を操る者に尋ねた。


『ググッ…良い機会だ。イドラ、おまえ自身にも聞かせてやる。おまえは元々召喚スキルなど持ってはいなかったのだ』


 魔獣は低い声で笑いながら、イドラの口で云った。

 イシュタムは問い詰めた。


「どういうことだ…?答えろ!」

『この者のスキルは宝玉によるものだ』

「え?でも宝玉なんて持ってないよね?」


 ウルクが指摘すると、イドラは自分の左胸を拳で叩いた。


「…まさか、体に埋め込まれているのか?」

『そうだ。本人も知らぬことのようだがな』


 ユリウスは戦慄し、ウルクは驚きの声を上げた。


「イドラも実験台にされていたのか…?」

『この者の体内に埋め込まれた宝玉は、この者の精神を通して魔界へ直接接触(アクセス)して魔獣を召喚する。魔界にいた私がこの者の心に入り込むのは容易いことだった』


 魔獣はイドラの身体を借りて笑った。


『この者は自分で上位魔獣を召喚したつもりなのだろうが、宝玉に宿った私が魔界から魔獣を連れ出してやったに過ぎぬ。この宝玉で呼べる魔獣はせいぜい中級程度だ。それを自分の手柄だと酔いしれ、傲り高ぶる様は滑稽でしかなかった。グググッ…』


 イドラの笑い声は止まらない。

 その内側で、この事実を知ったイドラは叫んでいた。


 嘘だ…嘘だ!

 私のこのスキルは偽物だったのか?

 では、私のこれまでの想いは?私という存在価値は…?

 私も、エウリノームに利用されていただけの…コマ…だったのか…


 イドラの中で何かがプツリと切れた。


「なるほど。おまえはその宝玉に寄生しているのか。ならばその宝玉を体の中から取り出せばイドラは解放されるのだな」


 イシュタムの言葉に驚いたユリウスとウルクは、彼を振り返った。


「待て!もし宝玉が体に同化していたら…」


 ユリウスの制止も聞かず、イシュタムはイドラの左胸に右手を当てた。

 すると、イドラは急に苦しみだした。

 その声はイドラ自身の声と魔獣の声がシンクロして聞こえた。

 イシュタムは無表情のまま、右手に力を集中した。

 重力魔法を利用して、イドラの胸から宝玉を抜き出そうとしているのだ。

 イシュタムの右手が当たっているイドラの左胸が隆起し始め、着用しているローブの胸元が徐々に血で染まっていく。


「…まさか、力づくで宝玉を取り出そうとしているんじゃ…」

「無茶だ…!死ぬぞ!」


 ウルクが驚きの表情で2人を見た。

 ユリウスもイシュタムの暴挙に驚いた。だが確かに、宝玉を取り出せば魔獣を排除できる。だがそうすればおそらくイドラは死ぬだろう。


 イシュタムの中ではイシュタルが「やめてくれ」と叫んでいた。


<イドラが死んでしまってもいいのか!?>


 イシュタルの言葉は、イシュタムを一瞬怯ませた。

 イドラの中のテュポーンは、その一瞬を見逃さず、イシュタムの手を払いのけ、距離を取った。

 そして魔法陣の中でけたたましい笑い声を上げた。


『イドラはおまえに失望しているぞ?よくも殺そうとしたな。助けるなんて嘘だったのだな。おまえは魔獣を追い出すためなら私を平気で殺すのだな、と』

「違う。宝玉を取り出してイドラを助けようとしただけだ」

『イドラは絶望している。自分が召喚士ではなかったと知って、よほどショックだったのだろう。自暴自棄になって、何の抵抗もなく簡単にこの体を私に明け渡したぞ』

「何だと…?」

『ググッ…もうこの体は私のものだ』


 血に染まったイドラの左胸の辺りから、黒い霧のようなものが現れ、イドラの周囲を包み込んでいった。

 イシュタムはイドラの前に立ち塞がった。


「イドラ、テュポーンに抵抗しろ!」

『無駄だ。この者は自分の存在価値を見失い、おまえに裏切られ、もはや生きる希望を失った。私に食われることを望んでいる』

「…イドラ…!」


 ユリウスはイシュタムを振り返った。


「こうなってはもう、イドラを始末するしかありません」

「…ダメだ。イドラに手を出すならおまえも敵だ」


 イシュタムは頑なに拒んだ。

 イドラは魔法陣の中で黒い霧を纏いながらゆらゆらと立っていた。

 テュポーンがしゃべらないところを見ると、まだ残っているイドラの自我と戦っているのだろうか。

 ウルクがイドラを止めようと右手を伸ばすと、イドラの身体から発する黒い霧のようなものが彼の右手を覆った。


「うわぁぁぁぁー!」


 途端にウルクは悲鳴を上げた。


「ウルク!?どうしたんです!?」


 ユリウスが駆け寄ると、ウルクは右手を抑えて蹲っていた。

 右手から大量の血を流していた。ウルクは右の手首から先を失っていた。その切断面はまるで酸で溶かされたようにただれていた。


「…!あの黒い霧のせいか…!」


 ユリウスは、光速になることで、周囲のものが止まって見えるという<光速行動>を利用して、ウルクの腕を切断した黒い霧の正体を調べようと試みた。

 黒い霧の正体は、極小の触手のようなものの集合体であった。触手の1つ1つが高速で回転しながら浮遊し、物質に触れると溶解液を吐き出して溶かし、自らに吸収しているのだ。これでは<物理無効>も効かないわけだ。ウルクの右手は溶かされて触手に吸収されてしまったのだ。つまり、テュポーンに食われてしまったのだ。

 ウルクは痛みに顔をしかめている。

 イドラは自分のしたことに恐れおののいて、その場に座り込んでしまった。

 ユリウスはキッとイシュタムを睨んだ。


「イシュタム、あなたは空間転移ができるんでしょう?今すぐウルクをトワ様の元へ連れて行ってください!イドラを止められなかったあなたの責任ですよ!」

「…しかし、ここでは奴の魔力に引っ張られて、転移できないのだ」

「私の思念は、テュポーンなどに負けはしません!必ずトワ様の元へたどり着いて見せます。ウルク、少しだけ我慢して」

「…仕方がない」


 ユリウスの剣幕に押されたイシュタムは、魔法陣の隅で座り込むイドラに声を掛けた。


「必ず、おまえを助ける。待っていろ、イドラ!」


 そう云ってイシュタムは、2人を連れて空間転移した。

 こうして彼らは、ゴラクドールのトワの元へと転移してきたのだった。


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