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運命の上書き

 驚いたのは魔族の優星だった。


「え?エウリノームって…?」

「おまえたちがレナルドと呼んでいた騎士と言った方が良いかもな」


 驚いている勇者候補たちに、ジュスターが説明した。


「だって…彼は死んだはずじゃ…?」


 トワが驚愕の声を上げると、魔王が云った。


「やはり転生していたのか」

「…死んだ後、この体に転生したってこと?よりにもよって優星の身体になんて…!」


 トワの言葉に、エリアナが疑いの目を向けた。


「…転生ってそんなホイホイできるものなの?」

「エリアナさん」

「は、はいっ!?」


 ジュスターに名前を呼ばれたエリアナは背筋を正して彼の方を向いた。


「ホイホイとはどういう状態を指すのですか?」

「は?」


 エリアナがポカンとした時、トワがジュスターにまるで漫才のツッコミのように手の甲で彼の腕をはたいた。


「ちょっと!何訊いてんのよ!今そんなのどうでもいいでしょ?空気読みなさいよ!」

「…すいません、気になったので」


 エリアナはせっかくのジュスターとの会話のチャンスをトワに邪魔されて舌打ちした。

 そんな彼らに構わず、魔王はエウリノームに語り掛けた。


「おまえは<運命操作>を使ったのだろう?何を願ってその体に転生した?」


 エウリノームはフン、と顔を背けて答えようとしなかった。


「ねえ、<運命操作>って何?」


 エリアナが隣に立っていた将に尋ねたが、当然彼も知るはずはない。


「自分や他人の運命を、自らが願った通りに動かすことができるスキルのことです」


 エリアナの質問には、ジュスターが答えてくれた。

 その説明に、勇者候補だけでなく、聖魔騎士団のメンバーもざわついた。


「運命を動かすって…そんな神様みたいなこと、できるっていうの?」

「マジかよ…そんなスキル持ってたら俺TUEEE!どころのさわぎじゃないぞ…」

「他人の運命も自由に操れるなんて…!」

「そんな恐ろしいスキルが存在するとは…」


 狼狽える勇者候補たちに、ジュスターは追い打ちをかけるかのように告げた。


「あなた方がこの世界に召喚されたのも、エウリノームが<運命操作>を使ったからに他ならない。このスキルが他人にどれだけ影響を与えるかがわかるだろう」

「嘘…!じゃああたしたちがここにいるのもそのスキルのせいだっていうの?」

「僕がこうなったのも…?」


 青ざめて尋ねた優星に答えたのは魔王だった。


「おまえも<運命操作>の大きな歯車の中に巻き込まれてしまった可能性がある」

「そんな…!」

「なるほど…。よーくわかったわ。全部そいつが元凶なのね!」

「ああ…そのようだな」


 エリアナと将、魔族の優星の目は縛られたままのエウリノームに向けられた。


「なあ、ここでコイツをぶっ殺したら<運命操作>は無効になったりしねえのか?」


 将の言葉に、それまで黙っていたエウリノームが初めて口を開いた。


「一度動き出した運命は誰にも止められぬ。そしてそれが叶うまでは私は死なないのさ。ここで貴様らに殺されても必ず転生する。<運命操作>が働いている限りな。ハハハッ!貴様らにはどうにもできんのだ!」


 彼は嘲るように笑った。

 将は、その視線で人が殺せるのではないかと思えるほどの鋭い目つきで彼を見た。


「コイツ、ムカツクにも程があるぜ…!」


 するとトワが魔王に尋ねた。


「ねえ、この人の願いって何だと思う?」

「どうせ、我から不老不死のスキルを奪いたいとでも願ったのだろう」


 魔王はそう云ったが、エウリノームは答えず含み笑いをしているだけだった。

 トワは「ふぅん」と云いながら彼の前に出て来た。


「不老不死になりたいんだったら、スキルを奪うなんてめんどくさいことしないで、最初からそう願えばいいのに」


 トワは素朴な疑問をぶつけた。

 それには無言のままのエウリノームに代わって、ジュスターが答えた。


「寿命を迎えようとしていたエウリノームは、<運命操作>の宝玉を手に入れて、おそらくそれを願ったのでしょう。ところが実際は不死どころか、短命の人間に転生してしまった。<運命操作>にも叶わないことがあると思い込んだのでしょう」


 エウリノームは舌打ちした。ジュスターの云ったことは図星だったようだ。

 それを聞いた魔王はククッ、と笑った。


「気付かないのかエウリノーム。おまえの願いはとっくに果たされていることに」

「何だと?」


 エウリノームは驚いて魔王を睨みつけた。


「おまえは、死んでも新たな体に転生する力を手に入れたのだ。それは既に不死を得ているのと同じことだとなぜ気付かぬ」

「…!嘘だ…!そんな叶い方、認めない!」


 彼は驚愕の表情をして、魔王の言葉を否定した。

 ジュスターは表情を変えないまま、片方の口の端だけを釣り上げてニヤリと笑ったように見せた。


「使用者に予想外の結果をもたらすのがこのスキルの長所でもあり短所でもある。だが不死を得ても、能力もスキルも受け継がれないのでは意味がないな」


 ジュスターは含み笑いをしながら云った。


「おのれ…!」

「<運命操作>はちゃんと働いていたのだ」

「嘘だ!人間のまま生まれ変わりを繰り返すなんてごめんだ!そんな不死など無意味だ!」

「せっかく願いが叶ったというのに、わがままなことだな」


 魔王は笑って云った。


「そっか。スキルを継承できないってことは、『強くてニューゲーム』ができないってことかぁ…そりゃ凹むわよね」


 トワは能天気にもそんなことを云った。

 ゲームでは1度クリアしたら、2週目は1度目のプレイデータを引き継いで、強い能力のまま最初からゲームを開始できる『強くてニューゲーム』っていうクリア特典があることが多い。これがあるとないとでは、2週目のモチベーションが全然違う。

 彼女はリアルの人生をゲームで例えるのもどうかと思ったが、今のエウリノームにはこのクリア特典がない状況だと指摘したのだ。

 エウリノームには当然トワの云った意味などわからなかったが、彼女が自分を憐れんでいることを悟って、憎々し気に睨みつけた。


「まだだ!まだ最後の願いが残っている!おまえの<運命操作>を奪ってやる!その望みはまだ残っている!まだ<運命操作>は動いているはず…」


 そこまで云って、彼はハッと思い当たった。

 目の前に標的の娘がいるというのに、なぜ何も起こらないのか?<運命操作>が働いているのなら、何かが起こるはずだ。彼は自分から動こうとしたが、拘束されていて指一本動かすことができなかった。

 だがまだ、この娘から<運命操作>を手に入れるという願いは叶っていない。


 …叶って…いない…?

 いや、先程、手に入れたような気がする。

 彼はつい先ほど体験したことを思い出した。


 だがあれは、ザグレムの術中に落ちていた間の出来事だ。

 妄想だ。幻惑だ。

 あの幻惑の中では、確かにこの娘を殺して<運命操作>を奪った。それを手に入れたことで願いは叶ったと彼は心底喜んだ。

 あの時の喜びはまだ記憶として心の中に残っている。


 まさか、まさか―。


 ()()()()()()()()()()()()()()()

 冷静に考えれば、あのザグレムが都合よくあんな場所に現れるなど、不自然極まりないことだった。あの時点で<運命操作>が働いていると気づくべきだった。

 しかし、そんなバカなことがあるだろうか?

 現実と妄想を同列に扱うなど、ありえない。それが<運命操作>が見せた幻惑だとするのなら、スキルの精度が著しく低下しているとしかいいようがない。

 …。

 まさか、本当に宝玉の劣化のせいなのか…?

 彼はぐらりと世界が歪むのを感じた。

 そんなことがあってたまるものか…!

 そうだ、きっとそのうち、この娘からスキルを奪える時が来る。時を待っていればきっと…!

 彼は一縷の望みを持つことにした。


「なるほど、ここへ乗り込んできたのはトワの持つ<運命操作>が目的だったか」


 魔王の言葉を聞いた一同は、再びざわついた。

 運命を操れるという恐るべきスキルを、トワが持っているのだと知ったからだ。


「そういえばこの宝玉の中に<運命操作>はないようだ。先程、最後の願いと言っていたが、もしや宝玉は消失したのか?」


 ジュスターの問いかけにエウリノームは顔を背けることで肯定した。


「わざわざ危険を冒してまで私のスキルを取りに来たところを見るとそうなんでしょうね」


 トワはエウリノームを見て溜息をついた。


「その姿になって、私に近づいて、油断させて殺そうとしてたってわけね」

「我がいる限りそんなことはさせぬがな」


 魔王はトワの言葉の後、少し食い気味に断言した。


「フン、今に見ていろ。じきにスキルを奪って貴様らを這いつくばらせてやる」


 エウリノームは、まだ諦めていなかった。

 今すぐに立ち上がって、この娘の首を絞めてやろうと思ったが、重力魔法により固定されている彼の足は1ミリたりとも動かなかった。


「トワ様、この者反省の色がまったく見えません。もう数発蹴りを入れてもよろしいですか」


 ロアがすっくと立ちあがって云った。彼女もこの場にいる者たち同様、エウリノームの物言いに相当頭に来ていたようだ。

 一瞬、エウリノームの顔が引きつった。

 彼の背後にいた優星も、同じように表情をこわばらせていた。あのキックをあと数発食らったらきっと前歯が全部なくなるな…などと考えていたのだ。

 ロアの申し出にトワは、腕組みをして考え込んだ。


「ロアの蹴りは効くからなあ…。でもこの人の場合、肉体的な痛みはあまり有効じゃないみたいよね。死んでも転生すればいいなんて軽く思ってるし」

「ホントよ。人間のまま生きるのが無意味だなんて、馬鹿にしてるわ!皆真面目に生きてるのよ!」


 エリアナは真面目に怒っていた。


「そうよね。…よし!いいこと思いついた!」


 トワはエウリノームの真正面に、腰に手を当てて颯爽と立った。


「私が『運命の上書き』をしてあげる」

「上書き…だと?」


 エウリノームには聞きなれない言葉だった。

 すると、魔王が手を打った。


「面白い、おまえに任せよう」


 魔王はそう云ってトワに微笑みかけた。

 ジュスターも彼女を振り返り、頷いた。

 魔王の言葉を受けて、トワは椅子に縛りつけられたエウリノームの前に立って彼を指さした。


「な、何をするつもりだ…!」


 腫れた顔の彼は少し怯えているように見えた。


「人間のまま転生を繰り返すのは嫌なんでしょ?そもそも転生が前提だから命を大事にしないのよね。それって生き物として間違ってるわ。命は大事な物なのよ」


 彼女は看護師としての立場を思い出して、彼に説教した。

 そしてエウリノームから、後ろに立っている魔族の優星に視線を移した。


「ねえ、優星。この体に戻りたい?」


 急に名を呼ばれた魔族の優星は、驚いてトワを見た。


「え…?何だよ急に…」


 彼は椅子に拘束されている元の自分の姿を眺めた。


「戻りたいと願ったら、戻れるものなのか?」

「たぶんね」


 トワがそう云うと、エリアナたちはざわついた。


「どういうこと?トワってそんな力も持ってるの?」

「さあ…。<運命操作>ってのをあいつが持ってるんなら、もうなんでもアリなんじゃね?」

「す、すごいです、トワさん…神様みたいですね」

「ああ…まったくだ」


 勇者候補たちが口々にそんなことを話しているのを聞きながら、優星はしばらく悩んでいたが、やがて顔を上げた。


「いいよ、僕はこのままで」


 彼の答えに驚いたのは勇者候補たちだった。


「いいの!?」

「おい、優星…!本当に?」


 エリアナと将は心配そうに声を掛けたが、当の本人は笑顔で答えた。


「いいんだ、もう。僕はこの体で生きていく」


 隣に並んでいた聖魔騎士団のメンバーたちも驚きを持って優星を見た。


「本当にいいのね?」

「ああ、後悔しないよ」


 トワは魔族の姿の優星と見つめ合った。


「わかったわ」


 彼女はそう云うと、エウリノームに向き直った。

 そして彼の目の前に手をかざして云った。

 彼女は「行くわよ、<運命操作>!」と口にした。


「エウリノーム。あなたはその体のまま、一人の人間として一生を全うするのよ。もう転生する必要はないわ。その縛られた運命の輪を断ち切って、自由になりなさい」


 ジュスターは穏やかに見守っていた。

 するとエウリノームは縛られたまま首を振った。


「嫌だ、嫌だ!人間のまま死ぬのは嫌だ!私は宝玉を集めるんだ!強いスキルを集めるんだ!それが生きる価値だ!そうだ、おまえに望むスキルの宝玉をやる!だから私に協力しろ!私を自由にしろぉぉー!!」

「そうやって宝玉をエサに協力者を増やしてきたのだな」


 魔王はそう云いながら、テーブルの上の宝玉を手にした。


「これがおまえの<能力奪取・宝玉化>か」

「それは私の物だ!返せ!」

「そもそも、こんなものを持って生まれたのが間違いだったのだ」


 魔王はその手の中の宝玉を見つめると、宝玉は青い炎で包まれた。


「うわあああ!!やめろ、やめろぉぉ!!」


 宝玉はあっという間に灰になってしまった。

 目の前で大切な宝玉が灰になったのを見て、エウリノームは半狂乱になった。


「うわぁぁぁ!!」


 魔王はエウリノームの前で、テーブルの上に転がっている宝玉全てを燃やしてしまった。


「やめろ…!やめてくれ…!!」


 すべてが灰に帰してしまうとエウリノームはがっくりと肩を落とした。

 もうしゃべる気力もなくなったようで、拘束を解かれて部屋を出される間も、目の焦点が合わないまま空を見つめてブツブツと何かを呟いていた。

 その後、シトリーとクシテフォンに両脇を抱えられて魔王府の外まで連れ出されると、エウリノームは解放された。

 念のため、エウリノームの後をカナンが尾行していった。


「ねえ、あのまま行かせちゃって良かったの?あいつ、まだ何かしでかすかもよ?」


 エリアナのクレームに答えたのは魔王だった。


「構わん。もう奴には何もできん。あれはもうただの人間だ」



 一方、ネーヴェはジュスターとトワの前にやって来て、ペコリと頭を下げた。


「団長、トワ様、ごめんなさい。あいつを連れてきたの、僕なんだ。すっかり騙されて、あいつの正体に気付いてなかった」


 ネーヴェがしおらしく謝ると、ジュスターはネーヴェの頭を軽くポン、と叩いた。


「ここにいる誰も、エウリノームがあれに転生していることを知らなかったのだ。おまえのせいではない」

「そうよ、皆騙されたんだもの。仕方がないわ」

「だが、もう少し慎重になるべきだったな」

「うん、トワ様を危険に晒すところだったんだって自覚してるよ。反省してる。もう絶対あんな迂闊な真似はしません」


 ジュスターはネーヴェの肩をポンポンと叩いて他のメンバーの元へ送り出した。

 それから彼は将やエリアナ、優星たちの方に向いて、頭を下げた。


「あなた方のおかげで、奴の正体を暴くことができた。感謝する。あなた方が異変を知らせてくれなければ、トワ様を危険に晒すことになったかもしれない」


 彼らも感謝されて悪い気はしなかった。特にエリアナはジュスターの美しい顔と髪に見とれてボーっとなっていた。

 将はそんな彼女に舌打ちしながらも、優星の傍に寄って話しかけた。


「なあ、優星。おまえ、本当に良かったのか?」

「ん?さっきのこと?」

「魔族のまま生きてくって…。もしかしてそれ、俺のせいか?俺がおまえのことを受け入れないから…」

「それは違うよ、将。君のせいじゃない。これは僕の問題で、僕自身が出した答えだよ」

「じゃあ何でだ?俺たちに気を遣ってとかじゃないだろうな?」

「違うってば」


 優星は笑った。


「ねえ、将。僕らはこの世界で生きて行かなきゃならない。だったら、この世界でしかできないことをやってみたいと思ったっていいんじゃない?」

「優星…」

「僕はこの体になるまでずっと、この世界を受け入れていなかった気がするんだ。いつも誰かに頼って、誰かのせいにしてさ。そのくせプライドばっかり高くて…ゲイだってことも言えなくて」

「そりゃ…たぶん、初対面でおまえがゲイだって知ったら、俺きっとおまえに対する態度、変わってたかもしれない。そういうのを察知しておまえは俺に気を遣ってたんだろ?」

「そうだね。でも一番の理由は君に嫌われたくなかったからだよ」

「悪ぃ…俺、そういうの免疫なくてさ…」

「だからもういいって。それに僕は魔族の素晴らしさに目覚めたんだ」

「は?」


 優星は、将に魔族の性別の秘密について説明をした。


「えええええーーーー!!!マジかよ!!」


 急に大声を出した将を皆が振り返った。

 予想通りの将の反応に優星は笑った。


「何よ、うるさいわねえ」


 エリアナが将を振り向いて文句を云った時だった。


「むっ!」


 先ほどまでエウリノームがいた空間に向かって、魔王は身構えた。


「トワ様、お下がりください」


 ロアがトワを自分の背に庇った。

 その場にいた者たちの視線が、一点に集まる。

 すると、その視線の先の空間が歪み始めた。


「出てくるぞ」


 魔王の言葉に、聖魔騎士団員たちにも緊張が走った。

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