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ゴラクドール制圧

 ゴラクドールを出て北西へ1000キロ程行くと傭兵都市キュロスがある。

 ペルケレ共和国の中ではゴラクドール、セウレキアに次ぐ都市収入を誇る大都市である。

 キュロスには世界的に有名な傭兵部隊を養成する傭兵学校と格闘術の専門養成所が多くある。

 世界各地から格闘術や武術を学びたい者らが集結しており、そういった生徒たちが多く通う学校の費用や、それに付随する商店などが多く集まって都市収入を上げているのだ。


 そのキュロスには、傭兵部隊の本拠地がある。

 その本部に傭兵部隊の大軍団の出動要請がゴラクドールから届いていた。

 ゴラクドールが魔族の襲撃を受けたという衝撃的な報告が届いた時は、キュロス政府も真偽を質すために兵を派遣したのだったが、それが事実だと判明すると、彼らは頭を悩ませることになった。

 戦う相手が魔族となると、事態は複雑になってくる。傭兵の中には、多くの魔族が混じっているからだ。

 ゴラクドールを襲撃したのが、魔伯爵マクスウェルだと聞いて、キュロス政府の上層部は顔色を変えた。


 100年も前のことなど多くの人間は忘れてしまっているが、人魔大戦の引き金を引いた有名人である魔伯爵マクスウェルを知らない魔族はいない。

 そもそもキュロスで傭兵稼業をしている魔族のほとんどが、人間の国に取り残された人魔大戦の生き残りなのだ。

 彼らのほとんどは人間の国で分不相応な扱いを受け、虐げられ、差別されてきた経験を持っている。マクスウェルが兵をあげるとなれば、傭兵部隊に属している魔族のほとんどが合流するだろう。

 傭兵部隊の中には、魔族だけで構成されている部隊もある。魔族の部隊は上級魔族ばかりの実力者たちで構成されており、エース級の働きをしている。それを失うことは世界最強の傭兵部隊の弱体化を招くことにもなる。彼らが抜けてしまうことは、傭兵を派遣しているキュロス政府にとっては、かなりの痛手となる。

 マクスウェルとの戦端が開かれたと聞き、キュロス上層部は、再び人魔大戦が起こるかもしれないと危惧した。

 マクスウェルの後ろには復活したと云われている魔王がいる。

 そして、今度は人間側には勇者がいない。かつて戦場となったオーウェン王国は、マクスウェルに滅ぼされた。キュロスがその二の舞にならない保証はどこにもなく、戦は避けるべきだという声が多く上がった。


 キュロス上層部が頭を悩ませている最中に、更に驚くべき情報がもたらされた。

 ゴラクドールに魔王の乗ったカイザードラゴンが現れ、治安部隊を一蹴してゴラクドールを制圧してしまったというのだ。


 ゴラクドールから引き揚げてきた治安部隊によれば、事の発端は治安局が理由もなしに都市にいるすべての魔族に退去命令を発令したことだった。それをきっかけに、魔族の暴動がおこり、治安部隊と衝突したのだという。どう考えても治安局に非がある。

 領主であるエドワルズ・ヒースはこの愚行に立腹し、治安局長を更迭させるよう通達したが、時すでに遅く、退去命令に異を唱えた魔族たちが市内で暴れ出し、やがて暴動に発展していった。

 魔族たちの暴動を抑えるために治安局は治安部隊を出動させ、抵抗する魔族たちと市内各所で戦闘が始まってしまった。

 治安部隊は大部隊を動員して抵抗する魔族たちを中央広場まで追い詰め、見せしめとして皆殺しにするつもりだった。

 そこへ魔王がドラゴンに乗って現れ、治安部隊を蹴散らして魔族たちを救ったという。

 その後、マクスウェルの軍もゴラクドールに到着し、治安局を占拠して、治安部隊を都市から追い出した。更に、魔公爵ザグレムの軍も中央国境に進軍中との報告がもたらされた。

 魔王の配下たちは、魔族の退去命令を勝手に出した治安局長を拘束し、都市警備局や運営委員会、情報管理部など市内の要所をすべて押さえた。

 領主のエドワルズ・ヒースは市庁舎が魔族に占拠された際に拘束された。その際、魔王はこの地を占拠し、魔族の象徴都市にすることを宣言した。

 事実上、ゴラクドールは魔族の手に落ちたのである。


 魔王は都市から退去する治安部隊の隊長に、人間の国全体に魔族の差別を撤廃するよう求め、要求に応じない国は敵対するとみなし、魔王軍全軍をもって滅ぼすと伝えた。

 そして三か月以内に各国の態度を示せと命じ、応答のない場合は敵対するものとみなす、とも通告した。

 この内容は書状にしたためられて首都セウレキアの市長宛てに届けられた。

 これまで、魔族側がこのように文字での通告をしたことはなかったため、ペルケレ政府は面食らった。これは今までとは違うぞ、との認識を新たにした。

 この書状は写しを取られ、ペルケレ共和国に駐在していた各国の大使たちによって、ただちに全世界へと通達された。


 この知らせを受けて、キュロス政府が最も心配していたことが現実となる。

 各地に派遣されていた魔族の傭兵たちが部隊ごと脱走し、ゴラクドールへと向かったのだ。

 他の傭兵部隊でも同じようなことが起きていて、部隊に残った魔族は1人もいなかった。

 このことが知れ渡ると、人間の国に残されていた魔族たちは皆、ゴラクドールを目指すようになるのだった。


  ペルケレ共和国政府は魔王に何度も特使を送ったが、門前払いされてしまった。

 政府は、中央協議会を招集して対応に当たったが、元々小国家の集まりであるこの国はここへ来て足並みが全く揃わなかった。

 13に上る自治領主たちは、自分の領地を守ることしか考えていなかったし、共和国内でもっとも富を得ていたゴラクドールが陥落したことを、腹の中では手を叩いて喜んでいたからだ。

 故に自分たちが危険を冒してまでゴラクドールを奪還する必要はないと、彼らは思っていた。

 だが、首都セウレキアの領主ザファテは、このままでは人間は滅ぶと強調した。その理由は、ゴラクドールの立地にあった。

 ゴラクドールはペルケレ共和国の最も東に位置している。

 魔族の軍がゴラクドールに出入りするとなれば、最短ルートとなる中央国境を通ってやってくるだろう。

 中央国境を管理しているのは中立を謳うグリンブル王国だ。魔王のお墨付きをもらっているグリンブル王国は魔王軍の通過を許すだろう。

 魔王軍は易々と中央国境から人間の国へ侵入し、整備された街道を通ってゴラクドールへやってくる。そしてその途中には人間世界の巨大な食糧庫となるヨナルデ大平原の一部が含まれる。

 温暖な大陸の中央南部で広大な領地を誇るペルケレ共和国は、隣接するヨナルデ大平原の恩恵を受けて栄えてきた。

 万が一、ヨナルデ大平原の村々を魔族が押さえるか、あるいは焼き払いでもしたら瞬く間に人間は飢えてしまう。中央協議会に参加する領主たちは、自分たちの利益に固執するあまり、そんな危険な立場に置かれていることを誰も理解していなかった。

 狡猾な魔王は、それらをすべて計算に入れてゴラクドールを制圧したのだとザファテは主張する。

 それだけ魔王は本気なのだと力説した。


 ゴラクドールを奪われる形になったペルケレ共和国は、到底魔王の条件を受け入れるわけにはいかず、交渉を重ねてきたが一向に解決策が見つからない。そもそも当の領主であるエドワルズ・ヒースが拘束されたままなのだ。

 こうなればもう戦争をして魔王をゴラクドールから追い出すしかないのだが、頼みの綱の傭兵部隊もその2割を占める魔族が寝返ってしまい、戦力的に不安を抱えている。


 解決策を見いだせないままペルケレ共和国は各国に召集をかけ、キュロスで首脳会議を開くことにした。緊急ということもあり、参加したのは各国の事務方のトップや外交官ばかりだった。

 ペルケレ共和国政府は、いち早くアトルヘイム帝国に密使を送ったのだが、かの国からは応答がなかった。

 グリンブル王国とビグリーズ公国は中立という立場を守ると返答し、この場には参加しなかった。この2国は正式に魔王と対立しないことを既に打診したという。

 グリンブル王国はこれに伴い、高級温泉別荘都市ラエイラから人間専用という限定条件を緩和するとも発表し、魔族と敵対しない姿勢を打ち出した。これには国内の魔族を牛耳るアザドーからが背後で動いていた。


 ペルケレ共和国に軍を出しても良いと返答したのはアトルヘイム帝国領のいくつかの国と、帝国と縁のある沿海州連邦国の中の一部の国、それにオーウェン新王国だけだった。

 オーウェン新王国は先日大司教公国を吸収して建国されたばかりの国で、カーラベルデという若い女王が即位している。そのため、諸国からは得体のしれない国扱いをされている。

 そのオーウェン新王国からは宰相ジーク・シュトラッサーなる人物が来ていた。

 この男はかなりのやり手らしく、この場にガベルナウム王国領の複数の民族国からの中立を証明する書状を持ってきた。これにより、諸国が魔族と争っている間にガベルナウムが攻めてくる心配はなくなった。

 ガベルナウムは多民族国家であり、王は多民族会議により選出され、数年ごとに持ち回りで交代するという変わった国だ。それ故、年単位で国の方針が変わることも多く、諸外国としては非常に付き合いづらい国だった。そんな国と交渉を成功させた、シュトラッサーの手腕を各国は恐れた。


 そのシュトラッサーが、アトルヘイム帝国がこの場に使者すら出せない理由を話した。

 帝国は現在クーデターが勃発していて、無政府状態になっているという。

 シュトラッサーは明言を避けたが、そのクーデターの影にはオーウェン新王国の存在があった。

 

 シュトラッサーは、アトルヘイム帝国の内情に干渉しないことを諸国に求めた。

 集まっている諸国は、万が一アトルヘイム帝国が魔王軍に攻撃されても援軍を出さないことに決めた。

 つまり、各国は帝国を見捨てることにしたのだ。これは帝国領の各国にとっては願ってもないことで、このまま帝国が倒れてくれれば自国が独立できる可能性も出てくる。

 アトルヘイム帝国から独立を勝ち取ったヴォルスンガ評議国も、静観する構えだと返答した。

 かつて帝国に攻め込まれた歴史を持つペルケレ共和国のザファテは「自業自得だ」と切り捨てた。


 ペルケレ共和国は各国からの支援を得て、傭兵部隊と各国軍の混成部隊を結成した。

 この傭兵混成部隊は、さっそくゴラクドール奪還のために出撃していった。

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