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嵐の前

 数日前―。


「戦争になるんでしょうか…」


 イヴリスはぼそっと呟いた。

 マクスウェルが去った後の天幕で、マルティスたちは深刻な表情になっていた。


「このままだとそうなるな」

「どうしましょう。私たちのせいです。なんとか止める方法はないのでしょうか」


 イヴリスは心配そうに云った。


「トワを先に救出すれば止められるんじゃねえの?」


 そう云った将に、皆の視線が集まる。


「援軍が到着する前に、ゴラクドールからトワを取り戻すんだ。そうすれば、攻める理由がなくなるだろ?」

「なあ、それなんだが…」


 マルティスが口を挟んだ。


「トワがもしどこかに囚われてるとしたら、魔王が黙って見ているはずないと思うんだよな」

「…そっか、トワは魔王に告られたって言ってたくらいだものね」


 彼の言葉にエリアナが同意すると、優星が疑問を口にした。


「魔王ってゴラクドールにいるの?」

「トワがいるならいるだろ?」


 その問いに将が答えた。


「そもそもあいつ、ドラゴンを召喚できるんだろ?危機回避くらい自分でなんとかできるんじゃねーの?」

「それができない状況かもしれないじゃないですか」


 マルティスの意見に、イヴリスが反論した。


「魔力切れを起こしているのかもしれません。だとしたらドラゴンも呼べないでしょう?」

「そんときゃ魔王がなんとかすんだろ」


 マルティスの言葉を聞いていた将が、突然立ち上がった。


「あんた、さっきから聞いてれば、全部誰かが何とかしてくれるって言ってるよな。俺、そういうのすっげー嫌いなんだけど」

「将…」


 優星は、将を惚れ惚れとした目で見た。


「このままここにいたってどうにもならない。俺たちは街の中に入ってトワを探す。何もしないよりマシだ。魔王がいたらいたで構わない」

「そうねえ。あたしたちなら人間だし、お金さえ払えば都市に入れるわ」


 エリアナも将に続いて立ち上がった。


「だけどさっきの治安部隊に顔見られてるんじゃないの?大丈夫かい?」


 優星が心配を口にした。

 するとそれへゼフォンが助言した。


「この都市の入国門は東西南北に1つずつある。少し遠回りになるが、別の門から入れば問題ないだろう。治安部隊の連中もあの大人数だ、横の連絡がうまくいっているとは思えんからな」

「へえへえ、さすが勇者様ご一行は考え方が違うね」


 茶化すように云うマルティスの目の前に、エリアナが腰に手を当てて立ちはだかった。


「そーよ、あたしたちは勇者候補よ。だからついでにお金も用立ててくんない?あたしたち一文無しなのよね」

「わかった。利子は1割にサービスしとくぜ」

「マルティスさん、セコいですよ!」


 イヴリスがたしなめるように云ったが、マルティスはベーッと舌を出した。

 こうして将、エリアナ、ゾーイ、アマンダの4人は、イヴリスの手配した馬でゴラクドールへと向かうことになった。


「将、気を付けて」


 彼らに同行できない優星は、見送りに出て来た。

 将の馬の後ろにはエリアナが、ゾーイの後ろにはアマンダがそれぞれ乗っていた。


「ああ、また後でな」


 将は優星に指で合図を送って馬を走らせた。

 優星は勇者候補たちの姿が見えなくなるまで見送った。

 彼は溜息をつきながら、所在なさげに外をうろうろしていた。


「どうした」


 ゼフォンが声をかけてきた。


「あ…いや、僕は何したらいいのかなって。彼らの役に立ちたいけど…僕は人間なのか魔族なのか、まだよくわかってなくてさ」

「別に、どちらだろうと、おまえはおまえだろう。したいことをすれば良いではないか」

「無理なことを言わないでよ。今だって彼らと一緒に行きたかったけど、魔族はあの町に入れないじゃないか。こんなんじゃしたいことなんて自由にできっこないよ」


 そこへ通りかかったマルティスが口を挟んできた。


「この世界は平等じゃねえって、魔族になって初めてわかったろ?」

「好きでなったんじゃないよ」

「人間は魔族を差別する。魔族は人間を侮蔑する。どこまでいっても平行線なのさ」

「どっちも譲らないってこと?」

「まあ、グリンブルみたいにうまくやってるとこもあるけどな」

「そんなこと言われても、よくわからないよ…」

「おまえはまだ、自分を受け入れられていないんだな」


 ゼフォンは少し気の毒そうに優星に云った。

 すると、マルティスは嫌味を交えて語り掛けた。


「そりゃそうだわな。今まで人間の特権を振りかざして生きてきたんだ。魔族の不自由さを受け入れられるわけがない」

「振りかざしてって何だよ。そんなつもりはないぞ。だいたい僕はこの世界に望んできたわけじゃない。勝手に召喚されただけで…」

「そろそろそうやって誰かのせいにするのはやめたらどうだ?いい加減、覚悟を決めろ」


 優星の言葉を断ち切って、ゼフォンは強い口調でたしなめた。


「無理だよ。魔族になったって、何をしたらいいのかもわかんないし」

「自分から行動しなければどうにもならんぞ」

「僕はこっちへ来てからずっと閉鎖された環境にいたし、人間と魔族が戦うことなんて当たり前だと思ってたよ。深く考えることもしないで、云われるままにしてきたんだ。自慢じゃないけどこの世界へ来てから、自分で考えて行動したことなんて一度もないよ」

「だったら今からでも考えろ」

「簡単に言ってくれるね…」


 優星は溜息をつきながらゼフォンの目を見た。

 その目は真剣で、彼が真正面から優星の言葉を受け止めてくれていることがわかった。


「魔族でも、将の力になれると思う?」

「おまえはあの人間が好きなのか」


 さらっとゼフォンに指摘されて優星は驚いたが、自分の態度も相当バレバレだったんだろうと思い、開き直ることにした。


「…うん。おかしいって思うよね?」

「いや?何もおかしいことなどないが」

「え?だって僕、男だよ?」

「それがどうした」

「…え?」


 見かねたマルティスが優星に、魔族の生体について説明してやった。

 すると、彼は目を丸くして驚いた。


「魔族って、すごいんだね…!!」

「俺に言わせりゃ、人間が不自由すぎんのさ」

「なんだか人生観が変わったよ。…そうか、これが普通なんだ…」


 優星は改めて自分の身体を見直した。


「おまえのその体は恵まれている。スキルこそなくなっているだろうが、魔族としての身体能力は高いはずだ」

「見かけもな。国に帰ったらさぞモテるだろうよ」


 マルティスはそう云いながら去って行った。

 ゼフォンはそれを見送って、優星に向き直った。


「マルティスの言ったことは本当だ。アルシエル様のまわりには彼を慕う魔族が常にいた」

「そうなんだ。僕、そんな人の体もらっちゃっていいのかな…。自信ないよ」

「おまえはアルシエル様ではない。優星という別の魔族として生きれば良い。魔族は実力主義だ。おまえがその実力を示せば、周りはお前という個人を認める。魔族はそういう種族だ」

「へえ…。魔族って進んでるんだね。…僕は周りの目が怖くて仕方なかったよ」

「…人間に戻りたいか」

「そりゃね。でもこの魔族の社会ってのはなかなか魅力的だと思うよ」

「そうか」

「あのさ、無くなったスキルってもう一回取り戻すことはできる?」

「一度取得したことがあるものならできるはずだ」

「あんたさ、アルシエルって人の事詳しいんだろ?どんなスキルを持ってたのか、教えてくれないか。もう一度、取り戻したいんだ」

「ああ、構わんが…どういう風の吹き回しだ?」

「僕は将の…いや、誰かの役に立ちたいんだ」

「そうか」

「それに、行動しろって言ったの、あんたじゃないか」

「ああ、そうだったな」


 ゼフォンは少し嬉しそうだった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 マクスウェルの天幕を出た勇者候補一行は、馬を並べながらゴラクドールへと向かっていた。


「お金を借りといて何だけど、あのマルティスって魔族、結構お金貯め込んでたのね。見た?あのジャラジャラした金の袋。あの混乱の中でもちゃっかり持ち出してくるなんてなかなかの守銭奴ね」

「ある意味人間みたいですね」


 馬の後部でエリアナとアマンダがマルティスについての感想を述べていた。

 アマンダはふいに自分の前にいるゾーイの背中を見た。

 彼女はこのところ、ゾーイが以前にもまして無口なのが気になっていた。


 彼らは先程とは別の入国門から、金を払ってゴラクドールへ入った。

 門にはマクスウェル軍の来襲を警戒しているらしく、武装した兵士たちが詰めていて、物々しかったが、都市の中に入ってしまえば日常通りの観光都市であった。

 乗ってきた馬を預けて彼らが市内を歩いて行くと、魔獣騒ぎがあったのは広大な都市の極一部だけだったことがわかった。ゴラクホールや以前彼らが滞在していたコンドミニアムのある地区は立ち入りが制限されていたものの、その他の地区は何事もなかったように賑わっていた。


「平和だな。魔族が来襲するとかってニュースは届いてないのか?」


 街中を酔っぱらって騒ぎながら楽し気に歩いている人間たちを見て、将はボヤいた。

 酔った人間の客が、路地でゴミを片付けていた魔族に向かって「仕事しろよー」と、飲んでいた酒瓶を投げつけた。頭に酒瓶をぶつけられた魔族は無言でそれを回収し、何事もなかったように自分の仕事を続けた。


「何あれ…」


 彼らが街を歩いていると、何度もそういった場面に出くわした。

 この街の魔族は、いわゆる労働者階級で、アザドーが作った「人間を傷つけないように」というルールにのっとって働いている。

 それにつけこんだ人間から理不尽な暴力や暴言を受けることが横行しているのだ。


「治安が良くないとは聞いていたけど、マナーとかモラルも低い街ね」


 エリアナは溜息をついた。


「私も、かつては魔族をあのように蔑んで、差別していました。とても恥ずかしいことです」


 アマンダはその光景を目にして、恥じ入るように云った。

 するとエリアナがすかさずフォローした。


「そういう教育を受けてきたんですもの、仕方ないわ。あたしもそうだったし…。でも今はちゃんと自分の目で世界を見ることができるようになったわ。何が正しいのか、自分の間違いに気付くことだってできるのよ」

「そ、そうですね。まだ少し、魔族は怖いですけど…でも悪い人たちばかりじゃないってわかりましたから」

「だけどよ…。こんな抑圧された環境で、奴らもう100年近く働いてきたんだろ?なんかひとつきっかけがあれば暴発しちまうんじゃね?」

「そうならないように治安局が常に目を光らせていると聞きますよ」


 ゾーイが将に説明した。


「治安局って俺たちを追って来た奴らか。こっちはたった数人だってのに、千人単位で押しかけてきやがって」

「それだけ魔族は脅威なんでしょう」

「だいたい、この街の魔族たちはなんでおとなしく人間の言うことを聞いてんだ?」

「人間の国で生きていくためでしょうね。昔、この都市では魔族の奴隷の反乱があったそうで、建設中だった施設が壊滅したとか。一部の魔族は逃亡しましたが、多くは捕まって処刑されたと聞きます。それがトラウマとして魔族の中に残っているのかもしれません」

「外に出たら魔族狩りに遭うし、グリンブルは金がかかるし、生きていくためには我慢するしかなかったってことか…」

「魔族と人間が共存するなんて幻想なのかしらね」

「でも、トワさんは魔族とうまくやってましたよね?お互いの理解が大切なんじゃないでしょうか…」


 アマンダの言葉に将とエリアナは頷いた。

 彼らは街はずれの緑の多い区画にやってきた。


「あ、将様!マルティスさんが云ってた、セウレキア市長の別荘って、ここですよ」


 トワがセウレキア市長の別荘にいるかもしれないと、マルティスから聞いていた彼らは、さっそく別荘の敷地に入って行った。

 別荘の管理人は勇者候補一行を見るなり、彼らを有名闘士だと勘違いしたようで、別荘内に入れてくれた。あいにくと市長は留守だったが、管理人は彼らを歓迎して泊まる部屋まで用意してくれた。

 管理人に他に闘士がいないかと尋ねると、興行が終わったので皆セウレキアに帰ったと云う。

 彼らはその日、ここに泊まることにした。

 将と同部屋になったゾーイは、突然話があると切り出した。


「急になんだよ。あらたまって」

「トワさんはここにはいません」

「なんだって…?なんでそんなことがわかるんだよ?」


 ゾーイは質問には答えなかった。


「明日、私は将様たちと別れて別行動を取ります」

「…どういうことだ?どこへ行くんだよ?」

「オーウェン新王国です」

「オーウェン新王国…?なんだよそれ」


 そこへ扉をノックして隣の部屋のエリアナとアマンダがやって来た。

 彼女らもゾーイに呼ばれていたのだった。

 そこで彼らはゾーイから驚くべき事実を聞くこととなった。


 大司教公国はオーウェン新王国により制圧され、滅亡したこと。その後、オーウェン新王国という新たな国が建国されたこと。

 そして、トワはルキウスによってそのオーウェン新王国に連れ去られたことを。


「無くなった?国が?」

「ねえ、ちょっと待って。どうしてそんなことあなたが知ってるの?あたしたちとずっと一緒だったわよね?」


 すると、ゾーイはベルトについた物入れから手のひらよりも小さな宝玉を取り出した。


「私はこれで、本国からの指令を受けていたのです」

「本国って…」

「私は最初からオーウェン新王国の人間だったのです」

「嘘です!だってゾーイさんの故郷は公国の地方領のはず…」

「アマンダ、公国は元々オーウェン王国領なのだよ」

「どうしてトワを連れて行ったの?」

「彼女が魔王のお気に入りだからです。彼女を説得して魔王を味方に付けられれば諸国への強みになりますから」

「じゃあ、魔王もオーウェン新王国にいるの?」

「それは…わかりません。私が聞いたのはトワさんをルキウスが連れて行ったということだけで、その後どうなったのかまでは…」


 ゾーイは宝玉をしまうと、将たちに向き直った。


「私の父は、オーウェン新王国の宰相をしていて、その父から呼び出しがあったんです」

「公国の人たちはどうなったの?」

「街はそのままです。ただ、大司教の代わりに女王が起ったにすぎません」

「それじゃ頭が変わっただけってことか」

「そうともいえますね。…ただ、新王国はアトルヘイム帝国から独立し、元の領土を回復すべく軍事行動を起こすつもりで軍を増強していますが」

「アトルヘイムと戦争すんのか?」

「いずれはそうなるかもしれません。ですから皆さんとはここでお別れです」

「え…!」


 アマンダは驚きの声を上げた。


「水くさいぜ、ゾーイ。これまでずっと一緒にやって来たんじゃねえか」

「そうよ。今打ち明けてくれたってことは、ちょっとはあたしたちに期待してるってことでいいのよね?」

「そ、そんなことはありません。だいたい、私はオーウェン新王国のスパイだったんですよ?皆さんを裏切っていたんです」

「でも、一緒に命懸けで戦ってきたじゃありませんか!私、ゾーイさんのことスパイだなんて思ってないです!」

「アマンダ…」

「アマンダには悪いけど、あの胸糞悪い大司教公国が無くなったのはいいことだと思うわ」

「エリアナ様、酷い…。でも、街の人たちが元気ならそれでもいいです。帝国から独立できれば、今よりももっと暮らしが楽になりますよね?」

「それにあたしたち、元々トワを探しに来たんだし。その目的を果たすためにもオーウェン新王国とやらに行くべきなんじゃない?」


 エリアナはそう云ったが、彼女は既にトワがもうそこにはいないことを知らなかった。


「おまえはどうしたいんだ?ゾーイ」

「私は…。オーウェン新王国を興すのは私の悲願でした。ですが戦争は避けるべきです。宰相となった父の、目的のためには手段を選ばないやり方にはついて行けない」


 将はゾーイに手を差し出した。


「親父さんを止めたいってんなら、俺たちを頼ってくれ。協力させてくれよ。仲間じゃないか」

「ヒューッ、将ってばカッコイイじゃん」

「うるせーよ」

「わ、私も、お手伝いします!」


 ゾーイは驚いた表情から一転、安心した表情になった。

 そして将の手を握った。


「皆さん、ありがとうございます…!」


 ゾーイはずっと彼らに隠してきた自分の秘密を打ち明けて、晴れ晴れとした表情になった。

 ところが翌日、彼らは出歩くことすらできなくなった。

 ゴラクドール市内のあちこちで魔族による暴動が始まったのだ。

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