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ジュスターの告白

「え?」

「ジュスター、向こうを向いていろ」

「はい」


 魔王に云われてジュスターは私に背中を向けた。


「え?何?」


 魔王は私の両肩に手を置いた。


「我とエンゲージしよう」

「エンゲージ…?って何するの?」

魔法紋(クレスト)の交換だ」

「だからそんなの持ってないってば」

「魔法紋とはいわば個体を識別する情報だ。人間に置き換えれば、生体情報ということになる」

「生体情報…?ってもしかしてDNAのこと?」

「ふむ。お前の世界ではそういうのか」


 DNAの交換?

 待てよ…看護学校の講座で聞いたことあるな。

 ええと…DNA採取の簡易方法は頬の内側の粘膜とか毛根のついた髪の毛とかだっけ。あと血液、唾液…

 唾液…!?

 私はカーッと頬が熱くなるのを感じた。

 も、もしかしてそれってキスするってこと?!

 しかも、ちょっとエロい方のヤツを思い浮かべてしまった。


「ま、待って待って!!こ、心の準備が…!!」

「そうか。ならば急がずとも良い。我はいくらでも待つぞ。すでに100年待ったのだ」


 あ…!だからあの時、魔王は私にキスしたんだ。

 あれ?でもキスしたけどエンゲージできてないよね?…もしかして寝ちゃったから?


「あの、魔法紋交換てキス…でするの?」

「嫌ならおまえの血肉をすすっても良いのだぞ」

「ひぃ!」


 魔王はニヤリと笑った。

 さらりと怖いこと云うし!


「あわわわ…いやいや!わ、私なんか食べても美味しくないし!」

「冗談だ」

「な、何なのよう!もう!」

「フッ。ただ口づけするだけではダメなのだ。お互いの心が伴わねば、エンゲージはできぬ」

「そ、そうなんだ…。エンゲージできたら、私にも魔法紋が現れるの?」

「…そうなるはずだが、まだ試したことはないからわからぬ」

「…もし、魔法紋が現れなかったら?」

「おまえは人間だから、そういうこともあるやもしれぬ。だが大丈夫だ、きっと成功する」


 魔王はそう云ったけど、それを確かめるのは、なんだかちょっと恥ずかしいし、怖い気がする。

 それに…もしダメだったら?

 やっぱり<運命操作>で転生するしかないんだろうか。ってことは…死ぬまで待つのか…。

 私はこんなに不安なのに、魔王はちっとも気にしてないっぽい。

 むしろ自信満々な気がする。どうしてなんだろう?

 そう考えて、ふと思いついたことがある。

 あ…、そっか…。


「ねえ、<運命操作>にした願い事ってさ、もしかして…パートナーが欲しいって願ったりした?」

「ああ、その通りだ。共に歩んでくれる者を、我は望んだ」


 すると、それを聞いていたのか、私に背を向けていたジュスターが急に口を開いた。


「ああ…!なるほど、そうだったのか」


 彼はポン、と手を叩き、1人でなにやら納得していた。


「なぜトワ様が魔族を癒す力を持ったのか、謎が解けました」

「え?何、どういうこと?」


 彼は聞き捨てならないことを云った。

 それは私もずっと、疑問に思ってたことだったから。


「うん?我は他に何か言ったか?」

「ええ、言いましたよ。私はそれを言葉通りに受け止めたんです」


 ジュスターは振り返ってこちらを向いた。


「ただパートナーが欲しいだなんて漠然と言うから、私はどんな人がいいのかと尋ねたんです」

「何て言ったの…?」

「この人は、『我を癒してくれるような、優しい娘がいい』と言ったんです」

「そういえばそんなことも言ったな」

「え…!」


 私は唖然としていた。

 癒してくれるようなっていうのは、魔王が()()で云った言葉よね…?

 それを彼は、言葉通りにそのまま『魔王を癒せる人』と受け取った。

 この人アホなの!?

 あー…でも、確かにジュスターは、そういう人だったよ…。

 冗談とか例えとかが全然通じないんだった。


 つまり、魔王を癒せる=魔族を癒せるってことで…。

 私はその願い通り、魔族を癒す力を持ってしまったってことになる。

 そしてそれは、魔王が願ったパートナーが私だっていう証拠でもあるわけで…。


「ふむ、なるほど。では我の願いがトワの聖魔の力を生んだというのか」


 サラッと受け止めてんなー!

 こっちはそれなりにショックなんだけど!

 私自身が<運命操作>されてたなんてさ!

 …でも確かに、私が魔属性を持ったのは魔王と会ってからだった。まるで忘れていたことを思い出したかのように、急に増えてた。思えばあれからいろいろなことが動き出したんだ。

 っていうか<運命操作>ってスゲー!!

 たった1人の願いのために、世界の(ことわり)まで変えちゃうなんて…!


「それじゃ、今までの私の行動も<運命操作>で操られてたってこと…?」

「それは違います。<運命操作>は願った結果をもたらすものですが、あなたの意思はあなたが決めたものですよ。むしろあなたは強い運命を持っていますから、操られるより操る方かもしれませんね」


 ジュスターからそれを聞いて私は少しホッとした。

 私の行動も全部、操られてたんだとしたら、なんだか納得いかないもの。

 それに、願い事ありきで魔王が私を好きっていったのなら、そんなの受け入れられなかった。


「<運命操作>って怖いな…」


 私は思わず口に出した。

 こんなの、持ってちゃいけない気がする。おかまいなしにいろんな人を巻き込んで、目的を果たすなんて、もう人間の領域じゃない。

 そんな私の心を見透かしたように、ジュスターは語り掛けた。


「大丈夫ですよ。あなたは正しい使い手になります」

「ジュスター…あなたの願いは叶ったの?」


 私の問いに、無表情だった彼の顔がフッと柔らかくなった。


「転生した私の願いはエウリノームに復讐することでした。それは叶いましたよ。しかし、今にして思えば、私の本当の願いはそんなことではなかったのだと、ようやく気付いたのです」

「本当の願いって…?それは口に出さなくても叶うの?」

「おそらく。自分でも気づいていませんでしたが、そういう叶い方もあるんだと思いました。この体になったことも、100年という時間も、あなたに会えたことも、すべて意味があることだったんです」


 珍しくジュスターが自分のことを語ってくれた。


「シリウスだった頃の私は、傲慢でとても嫌な人間でした。いや、この世界に来る前からそういう人間だったんです。あなたも見たでしょう?私は能力に溺れ、独りよがりで他人を見下していました。それも無自覚だから始末に負えない。自分の強さと優しさを他人に押し付けて満足していたんです」


 彼は語りながら溜息をついていた。

 自分の過去を思い出したのか、眉をひそめながら。


「それに拍車を掛けたのが<運命操作>というスキルです。これはこの世界に召喚された時に手に入れたものでした。このスキルを使えば叶わないことなど何もなかった。そんな傲慢さが仲間の裏切りを呼び、エウリノームという災厄を呼び込んでしまった。あなたの言った通り、これは罰だったのでしょう」


 以前私が<運命操作>の話をした時、いつか罰が当たるんじゃないかって云ったこと、彼は気にしてたんだな。


「おまえも孤独だったのだな」


 魔王がポツリと云った。

 するとジュスターは魔王を見て首を振った。


「ですが今はもうそうではありません。私には部下たちが…大切な仲間がいます。そしてあなたが」

「ジュスター…」


 ジュスターはその碧い瞳で私を見つめた。


「すべてはあなたのおかげです、トワ様。あなたの運命が私の願いを引き寄せてくれた」


 ジュスターは一歩前に出て私の傍に近づこうとした。

 そこへ魔王が間に割り込んできた。


「それ以上近づくな」

「…狭い心ですね。そんなことでは嫌われますよ」

「何だと」


 私の目の前で元勇者と魔王が睨みあっている。


「私はトワ様の騎士団長です。トワ様に近づくななどという理不尽な命令は、聞けませんね」

「任命したのは我ではないか。おまえなど解任してやる」

「魔王のくせに何をセコいことを」

「誰に向かってものを言っている?調子に乗ると滅ぼすぞ」

「ほらまたそういうことを。魔王だからといって威張り過ぎなんですよ」

「何だと?おまえも魔族になったのだから、我に従うのが筋だろう」

「トワ様が言うにはそういうのをパワハラというそうですよ。だいたいあなたは…」


 とても世界を二分した戦いの主導者たちとは思えない程、低レベルな争いをしている。

 いつも無口で冷静なジュスターが、こんなに本音で喋っているところを見て、私は嬉しくなった。

 そのやり取りを見ていた私は、なんだか可笑しくなってきて、声を出して笑った。

 2人はおなかを抱えて笑う私を見て、ようやく不毛な言い争いを止めた。


 魔獣も倒して、エウリノームも死んだ。

 エンゲージのことも気になるけど、これで一件落着―、私はそう思っていた。

 だけど、私の運命はそう簡単に解放してくれなかった。


 カイザードラゴンがペルケレ共和国領土内の砂漠地帯に差し掛かった時、ジュスターが云った。


「魔王様、少し寄り道をしていただきますがよろしいですか」

「どうかしたか」

「アスタリスがこの下の宿営地にいると遠隔通話で伝えてきました。トワ様の闘士仲間たちも一緒だそうですよ」

「…マルティスたちもいるの?」

「ええ。どうやらゴラクドールで何かあったようです」


 私がドラゴンの翼から地上を覗き込むと、空に向かって大きく両手を振っている人物が小さく見えた。

 それはアスタリスだった。

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