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奴隷部屋

 大司教の部屋に残された3人は、一様にショックを受けていた。

 シーン、と静まり返った室内で、最初に口を開いたのは大司教だった。


「君たちは戻り給え。今後も鍛錬に励むように」


 平然とした口調で云う大司教に、エリアナは食ってかかった。


「仲間が奴隷に落とされたってのに、今まで通りにやれっていうの?」

「仲間だと?君たちはお互い勇者候補というライバルのはずだが?」

「ハッ、そうだな。俺たちは慣れ合ってた。甘かったってことだ」


 将は自虐的に云った。


「…ねえ、もし勇者になれなかったら、私たちも奴隷に落とされるの?」


 それは彼ら3人共が不安に思っていたことだった。


「そんなことはない。今のは特殊な事例だ。君たちは心配しないでこれまで通り頑張りたまえ」


 3人はその言葉を信じるしかなかった。


「行こう」


 将が先に部屋を出た。

 優星に促され、エリアナも続いて部屋を出て行った。


 3人は自室へ戻る途中の通路でも「信じられない」と話し合っていた。


「きっと何かの間違いよ。魔属性だなんて、ありえないでしょ。あの子の能力が足りないから、誰かに罠にかけられたに違いないわ」

「誰かって誰だよ?」

「そんなのわかるわけないでしょ!」


 将の問いかけにエリアナは怒鳴った。

 彼らは彼女の適当な推理にはもう慣れっこになっていたので、それ以上突っ込まなかった。


「それにしてもいきなり奴隷とか、ないよね」

研究施設(リユニオン)って人体実験とかやってそうだな」

「なんとか助けてあげられないのかしら」

「おいおい、助けたりしたらこっちまで奴隷にされちまうぞ?」

「…でた。日本人特有の事なかれ主義。自分さえ良ければいいの?」

「もともと知り合いでも何でもなかっただろ?」


 将はあっさり云って、先に部屋へ戻って行ってしまった。


「薄情者…」

「残念だけど、将の云う通り、僕らにできることはもうないよ」


 優星の言葉に、エリアナは唇を噛みしめた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 私は、レナルドに強い力で後ろ手に両腕を拘束されたまま、廊下を歩かされていた。


「私、これからどうなるの?」

研究施設(リユニオン)へ送られることになります。この首都から少し離れた集落にあるので、そこまで馬車で移送されることになります。移送の日が決まるまでは奴隷用の独房に入ってもらうことになります」

「…私、魔族じゃないわ」

「私もそう思います。ですが魔属性を持つとわかった以上、こうするより仕方がないのです」

「どうして…?」

「この国の掟だからです。魔属性を持つ者はすべて魔族、と定められており魔族は殺さねばなりません。逆に聖属性を持つ者は人間だと言えます。ですがあなたは聖魔両方を持つという極めて珍しいケースです。魔族と断定はできないかわりに否定もできないことになります。あなたが本当は何者であるのか、確かめる必要があるのです」

「実験材料にされるの?」

「そういう言い方は本意ではありませんが、否定はしません」

研究施設(リユニオン)ってどんなとこ?」

「魔族の体を使って様々な実験を行っているところです。人間の奴隷も実験に使われますが、口に出すのもはばかられるようなことを行っている場所でもあります。そのような場所にお連れするのは心苦しいのですが、大司教様の命令には逆らえません。申し訳ありません」

「あなたが謝ることじゃないわ」

「…こんなことになって残念です」


 私が連れていかれたのは、大聖堂の本棟地下深く、螺旋階段を延々と下った先の、薄暗い通路だった。

 通路の両脇にはいくつかの部屋があった。

 その部屋1つ1つに奴隷が入れられているようだった。

 私はそのうちの部屋の1つに入れられた。

 勇者候補には限られた情報しか与えられていなかったので、奴隷がいることも、大聖堂の地下にこんな地下牢みたいなところがあったことも知らされていなかった。

 レナルドによると、犯罪を犯した者や規律に違反した者が奴隷に落とされ、苦役と呼ばれる強制労働に就かせられるのだそうだ。


「迎えが来るまでしばらくここで過ごしてもらいます。ここではあなたは何もする必要はありません。食事は朝と夕方提供されますが、他の奴隷と同じ水準のものになりますので覚悟はしておいてください」


 それだけ伝えると、レナルドは去って行った。

 警備の兵によって扉が閉められ、施錠された。

 私は溜息をひとつ着くと、部屋の中を見回してみた。

 窓のないむき出しの泥の壁と床。ジメジメした空気が纏いつく。

 部屋の中には明りはない。木の扉の目の高さにある小さなのぞき窓から、廊下の松明の明かりがうっすらと漏れてくるのが唯一の明りだ。

 粗末な木のベッドには藁のようなものが敷き詰められているだけで、布団やシーツなんてものは当然ない。

 傘立てに使うようなツボが3つ置いてあって、そのうちの1つには蓋が付いていた。どうやらそれがトイレらしい。蓋が閉まっていても近づくとひどい臭いがする。

 別のツボには水が溜まっていたけど、いつ汲んだのかわからないくらいに藻が浮かんでいた。

 さすがにこの水を飲む勇気はない。

 まさに牢屋、という言葉がピッタリの部屋だ。


 湿気のためか、少し寒い。

 こんなとこで何もせずに何日も過ごすなんて、それ自体が拷問だわ。

 私は両腕で自分を抱きしめるように体をすくめた。


『寒いのか?』


 ネックレスの石の中からカイザーが声をかける。


「うん、もう出てきていいわよ」


 ネックレスから出たカイザーは、ミニドラゴンの姿で私の目の前にふわふわと浮いている。服の下にネックレスをしていたおかげで、取り上げられずにすんだ。

 カイザーはその姿のまま、小さく炎を吐き出した。

 ほのかに部屋の中が温かくなってきた。


『空気を温めた。これでしばらくは寒さを感じないだろう』

「ありがとう」

『ひどいところだな』

「奴隷用の部屋らしいからね。寒さはなんとかなったけど、この臭いは耐えられそうにないわ」

『臭いを遮断してやろう』

「そんなこともできるの?」

『風魔法で、空気の流れを遮断し閉じ込めるだけだ。造作もない』


 カイザーは、トイレのツボの臭いをツボの中だけに閉じ込めてくれた。

 おかげで嫌な臭いがだいぶ軽減された。


「やるじゃない」

『ふふん、もっと褒めて良いのだぞ』


 それから3日、私はその部屋で過ごした。

 カイザーは何度も、脱獄を提案してきたけど、ここには他の奴隷もいるし、巻き込んで命の危険に晒してもいけないと却下した。それに研究施設(リユニオン)というところがどんな所なのかも気になっていたから。

 そう云ったものの、2日目には弱音を吐きそうになった。

 ベッドは堅いし、狭い部屋にずっと閉じ込められているしで、体はガチガチ。

 何と云ってもお風呂に入れないのがキツイ。顔も洗えないし歯も磨けない。体力より精神的にキツイ。

 カイザーは自分が水の魔法を使えないことを私に詫びたけど、そこまで求めたらさすがにバチがあたるわ。十分、役に立ってもらっているんだもの。


 マズい食事だのなんだの文句を云っていたけど、ここへ来てから、食べられるだけマシなんだって思うようになった。それくらい、この部屋の食事はひどいものだった。

 穀物が数粒浮いているだけの薄いスープと、拳半分くらいのカチカチになったパン、それとコップ一杯の水。夕食にはそれに生の葉野菜が数枚ついてくる。それだけだった。


「こんなところにずっといたら病気になっちゃうわ」

『お前の体調も心配だな』


 カイザーは私の体力を心配して、ほとんどネックレスの中にいた。それでも、必要な時だけ出てきて会話してくれるだけで、随分元気づけられた。

 脱水症状を起こしかけたけど、それは自分でなんとか回復できた。

 でもお腹の虫はグーグー鳴りっぱなしで、私は次第に体力を奪われていった。


「ダイエットだと思って頑張るわ」

『ダイエット?』

「食べたいものを我慢することよ」

『何のためにそんなことをするのだ?』

「スタイルを保つためよ。人間の女はちょっとくらい痩せていたいものなの」

『よくわからんが、我慢強いのだな』

「そうよ、美しさを保つための努力って大変なのよ」


 そうして4日目。

 ようやく奴隷部屋の扉が開いた。

 移送される日がやってきたようだ。

 兵士が2人やってきて、フラフラな私の両手首に縄をかけた。まるで罪人扱いだ。

 兵士たちに連れられて、4日ぶりに地上に出た私は、眩しくてなかなか目が開けられなかった。

 そのまま歩かされ、多くの兵士たちが詰めている大聖堂の裏門に出た。

 兵士たちが私を好奇の目で見る中、1台の幌馬車の前まで連れてこられた。

 幌馬車の内側には頑丈な鉄格子が嵌っていて、普通の馬車ではないことが一目でわかった。

 私はその鉄格子の荷台に乗せられた。

 2人の兵士のうち、1人が馬車の御者席に乗り、もう1人は私と共に鉄格子の中の荷台に乗り込んだ。

 鉄格子の扉に鍵が掛けられ、馬車は出発した。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 大司教の部屋に、レナルドが入ってきた。


「先ほど、研究施設(リユニオン)へ移送しました」

「ごくろうだった」


 レナルドが報告すると、大司教は椅子から立ち上がった。


「とんだ誤算だったな。勇者どころか、魔属性を持つ者だったとは」

「驚きました」

「なぜこんなことが起こったのか、調べねばならん」

「そのためにラウエデス卿の元へ送ったのですね」

「魔属性を持っている時点で勇者にはなりえんからな。下級の回復魔法など、あっても意味がない」

「しかし、良いのですか?せっかくの貴重な実験材料(サンプル)を…。ラウエデス卿は、おそらく殺してしまいますよ」

「それもやむを得まい。できるだけ傷をつけぬようにと伝えてある」


 レナルドはやれやれ、といったジェスチャーをした。

 大司教は机のカギを開けて引き出しを開けた。


「むっ」

「どうしました?」

「宝玉が、無くなっている」

「まさか」

「ここにあったもののいくつかが無くなっている」

「誰かがこの部屋に忍び込んだと?」

「この部屋には魔法壁(マジックバリア)が張ってある。簡単に忍び込むことはできん。それに鍵はこの1つだけだ。カギを壊すことなく盗むことなぞ…」

「何が無くなっているんです?」


大司教は引き出しの中を確認した。


「<防御力増加>と<覚醒能力封印>の2つだ」


 レナルドは驚いた。


「それは大変ですね…!」

「すぐに探索させる」

「…この大聖堂内にスパイがいる、ということですか。ならば私の方でも調査してみます」

「頼む」


 レナルドは急いで部屋を出ていった。

 大司教は机を拳でドン!と叩いた。


「<運命操作>は完璧だったはずだ。なぜこうなった…!」


 大司教は懐に忍ばせてあった宝玉を取り出して、それに向かって語り掛けた。


「イドラ、いるか。すぐに私の部屋へ来い。頼みたいことがある」

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