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帝国城要撃

 アトルヘイム帝国城はドラゴン接近の報を受けて、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 以前の時と同様、今回もただ上空を飛んで行くだけなのではないかと楽観視をしている者も多くいた。

 ところが、そのドラゴンが城の中庭広場に降り立ったものだから、城中の兵士たちが武装したまま広場に駆け付ける騒ぎとなった。

 ドラゴンを駆る者、それは魔王をおいて他にない。

 つまり、帝国城に魔王自らが乗り込んできたことになる。

 城に詰めていたエイヴァン将軍をはじめとする円卓騎士らは兵を率いて広場に駆け付けた。

 皇帝は護衛兵に守られ、広場に面した宮殿の上階からドラゴンを見下ろしていた。


 巨大なドラゴンの背中に、人が乗っているのが見えた。

 ドラゴンが首を下ろすと、そこを伝って人が降りてきた。

 広場に集まっていた兵士らの緊張感が高まる。

 エイヴァン将軍は、降りてきた人物が見知った者であることに気付き、声を掛けた。


「ノーマンか!?」


 ドラゴンから降りてきたのはサラ・リアーヌ皇女を連れたノーマンだった。

 遠巻きにその2人を、皇帝をはじめ、将軍たちは固唾をのんで見守っていた。

 彼らが本物かどうか確認するために、エイヴァンが2人に近づいた。

 エイヴァンが娘婿のノーマンと言葉を交わし、硬く握手を交わしたのを見た他の兵たちは、ようやくホッとした。彼らがなぜ魔族と共にドラゴンに乗ってきたのかという疑問については、ノーマンの口から釈明が行われた。

 皇女が本物だとわかると、やがて皇帝も護衛兵に守られて広場に姿を現した。


「お父様ー!」


 サラが大声を上げて父親の元へ駆け出した。


「おお、サラ・リアーヌ!よくぞ無事で」


 皇帝はサラを抱き上げて頬ずりした。

 サラも父親の首に抱きついて泣きじゃくった。

 感動の再会を皆静かに見ていた。


 そしてー。

 ドラゴンから黒衣の男と黒髪の少女、銀髪の魔族が下りてきた。

 彼らがノーマンたちの方へ近づくと、周囲は緊張感に包まれた。

 おそらく、周囲の兵士たちには魔王の姿がそれぞれ違うように見えているのだろう、彼らの反応は、恐れのあまり青ざめたり、ブツブツと魔物避けの呪文を云い始めたり、ボーッと見とれたりと様々だった。


「魔王殿!」


 皇女が黒衣の魔族に向かってそう云った途端、皇帝をはじめ、周囲にいた者たちからどよめきの声が上がった。


「魔王…だと!?」

「お父様。あれは魔王殿なのじゃ。わらわをここまで送ってくれたのじゃ」


 サラを下に降ろすと、皇帝はまっすぐに魔王と向かい合った。

 皇帝には、魔王は黒く禍々しいオーラを纏った強面の大男に見えていた。


「魔王…ゼルニウス…か?」

「おまえが今の皇帝か」

「…アトルヘイム帝国第124代皇帝カスバート三世だ。真偽はどうあれ、娘を送り届けてくれたことには感謝する」

「フン。通りすがりについでに寄っただけだ」


 魔王はそっけなく云った。

 その後ろにいたトワは前にもこの城に来たことがあったが、あの時もやはりこんな風に物々しく兵士に囲まれていたことを思いだした。ゼフォンに対する仕打ちのこともあり、彼女のこの国に対する印象は最悪に近い。


 その場にいた多くの将兵たちは、それが本物の魔王だとは信じられなかった。

 仮にも魔王といわれる者が、軍も引きつれずこんなところに単騎で乗り込んでくるはずがない。だがこの重々しいプレッシャーを放つ男が、只者でないことはその場にいた者全員が感じたことだった。

 そこへ、マニエルが出てきて、魔王に語りかけた。


「貴公が本物の魔王だというのなら、真偽を質したいことがある」


 魔王は、横から出て来たマニエルをジロリと睨みつけた。


「魔王様に意見するとは無礼であろう」


 後ろにいたジュスターが魔王の隣に出て、マニエルを脅すように云った。

 マニエルは一瞬ビビったが、必死に気力を振り絞り、言葉を発した。


「無礼を承知で物申す。先日オーウェン新王国なるところから書状が届いた。それによれば、先の帝都に現れた魔獣は、貴公が召喚したものであるとの記述があったのだ。それに相違はないか?」

「魔獣?ここにも魔獣が現れたの?」


 そう云ったのは魔王の後ろにいた黒髪の少女だった。

 この場に似つかわしくないこの少女は誰だろうかとマニエルは思った。どこかで見たような気もするのだが、魔族の少女などに会ったことがあるはずもなく、勘違いだろうと自ら断じた。

 あの時とは髪色が違うだけのことだったのだが、人は思い込みというフィルターがかかると真実が見えなくなるものである。

 マニエルはトワの言葉に、片方の眉をピクリと上げた。


「…知らぬと言うのか?」

「知るわけないじゃない。私たちは今までゴラクドールにいたのよ?向こうでも魔獣が出て大変だったんだから!」

「ゴラクドールにも魔獣が出たというのか?」

「そうよ。その魔獣を退治してきたんだから。魔王が魔獣を召喚したなんて言いがかりだわ!誰かが魔王に罪を擦り付けようとしてるに決まってるじゃない!」


 ムキになるトワに目をやって、魔王はマニエルに向き直った。


「おまえたちが誰の言うことを信じるのかは我にはどうでも良いことだ。その目で真実を確かめもせず第三者の言うことを信じるのならそれも良かろう」

「ちょっと、ゼルく…じゃなくて魔王!何を言い出すのよ!良くないに決まってるじゃない!」

「この者らに魔族は敵だという刷り込みがある以上、自分の目で真実を確かめるまで何を言っても空言だ」


 マニエルは理性的に物を云う魔王に対し、返す言葉が無かった。

 彼の云う通りだと思ったからだ。


「わらわは魔王殿を信じるぞ」


 そう云ったのは皇女だった。


「魔王殿がもし悪いことを企んでおるのなら、わらわをここまで送ってくれるはずがないのじゃ」

「皇女殿下…」


 皇女の云うことは正論だとマニエルは思った。

 エイヴァン将軍は隣に立つノーマンに尋ねた。


「ノーマン、おまえはどう思う?」

「疑うべきはオーウェン新王国なる者たちです。奴らは不死者(ゾンビイ)を操り、国境砦を襲いました」

「おお、そうだ。国境砦が落ちたと報告があって、援軍を出したが音沙汰がないのだ」


 エイヴァンが思い出したように云うと、ノーマンは首を振った。


「おそらくは全滅したのでしょう。我々も不死者を操る謎の騎馬軍団に襲われました。奴らもオーウェン新王国の手の者に違いありません」

「それは真か…!」


 魔王はもう興味を失くしたとばかりに、「帰るぞ」と云って踵を返した。

 トワは皇女にバイバイと手を振って、魔王の後に続いた。

 その時、広場に面する宮殿の上層階から、攻撃を命ずる号令の声が響いた。

 広場にいたエイヴァンたちは何事かと上層を見上げた。警備の兵は配置しているが、攻撃命令など誰も出していないはずだった。

 号令の直後、一斉に広場のドラゴンと魔王に向けて弓矢と攻撃魔法が放たれた。


「何っ!?」


 驚きの声を発したのはエイヴァンだった。

 そしてその攻撃は、広場にいた将軍や皇帝らにも無差別に降りかかった。不意を突かれた広場の兵士たちが幾人も矢や魔法を受けて倒れた。


「陛下をお守しろ!」

「早く避難しろ!」

「誰が攻撃を命じたのだ!?」

「攻撃をやめさせよ!!」

「誰か!兵を回せ!」


 広場に怒号が飛び、その場は大混乱となった。

 エイヴァンやテルルッシュらは皇帝と皇女の盾になって防御壁を展開しながら、広場から宮殿の奥へと避難していった。


「魔王殿ー!」


 皇女の呼ぶ声が宮殿の中へと遠ざかっていく。

 トワのすぐ後ろにいたジュスターは身を挺してトワを庇ったが、魔王が防御壁を張って攻撃を防いでくれたので、事なきを得た。


「何なの!?何が起こってるの?」

「ジュスター、トワを連れて、カイザードラゴンの元へ行け」


 魔王はジュスターに向かって命じた。

 魔王の命を受けたジュスターは、混乱するトワを抱えてカイザードラゴンの足元へと移動した。

 カイザードラゴンは絶対防御スキルを発動して、降りかかる攻撃からトワたちを護った。


 いち早く宮殿の中に逃げ込んでいたマニエルは、すぐに帝国騎士団に召集をかけた。広場を見渡していた彼は、私兵らしい兵士の一団が広場の一角にいるのを見つけた。攻撃しているのはその兵士たちだった。

 王宮に自軍の私兵を入れることは禁じられているはずだ。

 だれかが自分の私設騎士団を王宮に持ち込んで、攻撃させているのだ。だとしたらそれは反逆行為ではないか。

 マニエルは部下に調査を命じ、攻撃を指揮している者を探させた。

 それはすぐに判明した。攻撃の指示を出していたのは、円卓騎士の1人、帝国将クインタスだった。

 彼は警備と称して、広場と広場に面する宮殿の上層階に弓部隊と魔法士部隊を配置していたのだった。


「クインタス卿が…!?」


 マニエルが驚愕していると、広場に魔王の声が響き渡った。


「愚か者共め!カイザードラゴン、人間共に思い知らせてやれ!」


 魔王が命ずると、巨大なドラゴンの口から激しい炎が、まるで火炎放射のように広場と広場を囲む宮殿の上層階に向かって放たれた。

 上層階で武器を構えていた兵士らは皆その炎に焼かれることになった。

 その炎はそのまま宮殿に燃え移った。


「身の程知らずは早死にすると知れ」


 魔王は広場の上空に浮遊すると、炎に包まれる広場の一角から避難せずにまだ攻撃している私設騎士団の方に向かって手をかざし、爆裂系魔法を詠唱した。

 魔王の詠唱を感知した騎士たちは、悲鳴を上げて逃げ出した。それを上層階から「逃げるな!戦え!」と鼓舞している帝国将がいた。

 魔王の目はその帝国将の顔を映していた。


「そうか、貴様か」

「ひっ…!」


 それは帝国将クインタスだった。

 魔王が目の前に浮遊してくるのを見て、短く悲鳴を上げたが、逃げようとしている部下たちに「あいつを殺せ!」と叫んでいる。


「貴様のような奴に与える情けは持たぬ。死ね」


 魔王はゆっくりと手をかざすと、その手から巨大な衝撃波を発生させ、その帝国将ごと帝国城の宮殿の上層部の一部を吹き飛ばしてしまった。

 広場の四方を囲んでいた宮殿の一角が跡形もなく無くなって、風穴が空いてしまった。その衝撃は、城を囲む外城門の一角までも吹き飛ばしていた。 

 それとは真逆の方角にいたマニエルは、クインタスが吹き飛ばされて消し飛ぶ様を目撃した。

 炎に包まれた広場には怒号と悲鳴が交錯していた。


「部下の統制すら取れぬとは、皇帝の権威も地に落ちたものだな」


 魔王の言葉は、すでに宮殿の奥深くに避難していた皇帝の耳には届かなかった。

 上昇する魔王に向けて、別の方向からも魔法攻撃が飛んできた。


「攻撃を止めよ!」


 皇帝を避難させた後、広場に戻ってきたテルルッシュ将軍が、まだ攻撃を続けている騎士らに向けて叫んだ。

 魔王には魔法攻撃はまったく効かなかったが、それでも騎士らは攻撃を止めなかった。

 テルルッシュの制止はまったく効き目がないどころか、彼自身にも攻撃が及んだ。彼は部下たちに促されて宮殿の奥へと避難していった。

 マニエルがいたのは、皇女たちが逃げた宮殿の方角であり、魔王はこちら側には攻撃をしてこなかった。それはやはり皇女の身を案じてのことだったのだろうと思われた。

 クインタスが死んでも攻撃を止めない兵士たちがいることから、彼は黒幕は別にいるのだと推測した。

 広場にいなかった高級武官はグレイ将軍、アントニウス帝国将、魔法局長コーネリアスだ。

 誰が敵で味方なのかを見極める必要がある。彼はいち早く城を抜けだし、帝国軍本部へ向かった。


 魔王が攻撃を受けているところを見ていたトワはショックを受けていた。


「やめて!攻撃しないで!皇女を送ってきてあげただけなのに、こんな仕打ちはあんまりだわ!」


 トワは思わず叫んでいた。

 むろん、彼らの攻撃が魔王にダメージを与えられるわけはないのだが、彼女は多少なりとも人間に心を寄せようとした魔王を、彼らが裏切ったことが悲しかった。

 サラとノーマンに罪はないが、帝国軍がだまし討ちのような真似をしたことは許せなかった。


「ジュスター、ここを離れるぞ。トワを抱えてカイザードラゴンの背へ乗れ」

「はっ」


 魔王の指示でジュスターは翼を出し、トワを抱えてカイザードラゴンの背中に乗った。

 トワはカイザードラゴンの背から広場を睨むように見下ろしていた。

 隣にいたジュスターは、彼女の様子がおかしいことに気付き、トワの顔を覗き込んで驚いた。彼女の瞳が一瞬金色に見えたからだ。そしてその表情は無機質で、感情が無いように見えた。


「こんな奴ら、滅んでしまえ」


 彼女がそう呟いたのをジュスターははっきりと聞いた。


 魔王は、カイザードラゴンの頭の高さまで浮遊し、広場をぐるりと見渡していた。

 ほとんどの人々が逃げて、城の上層階にも一部の兵士しかいなかったが、その兵士らはまだドラゴンに向けて攻撃を仕掛けてきていた。彼らは口々に「死ね!魔族め!」と叫んでいた。


「人間共よ、自らの行いを悔いるがいい」


 魔王は、広場の攻撃者らを、その方向にあった巨大な建物ごと爆裂系魔法で跡形もなく消し飛ばした。

 それはトワがこれまで見てきた魔法の中でも、桁違いの凄さだった。圧倒的な強さというのは、こういうことなのだろう。

 それでも彼は皇女の逃げた方向には攻撃しなかった。それを見てトワは、裏切られてもなお、魔王が皇女のために情けをかけているのだと悟ってジーンと感動していた。


 カイザードラゴンが、激しい炎を吐き出した。

 逃げ遅れた兵士らは炎に焼かれ、広場に面した建物は炭化して粉々になった。

 黒煙と煤で広場はかすみ、もはやそこに立っている者は1人もいなかった。


 ドラゴンの背中に着地した魔王は、トワを気遣った。


「トワ、怪我はないか」

「…ごめん、ゼルくん、私が皇女を送ってなんて言ったから…」

「おまえのせいではない」

「私、甘かったわ。こんなに魔族が憎まれているなんて、思わなかった」


 魔王には、この攻撃が皇帝の命令ではないことはわかっていたが、この国の内情にまで首を突っ込むつもりはなかった。


 魔王たちを乗せたカイザードラゴンはその翼を羽ばたかせ、広場の上空に飛び上がった。

 その風圧で、城の塔のてっぺんにつけられた国旗や彫刻、装飾物などが吹き飛ばされた。

 漆黒城の上空高く飛び上がったドラゴンは、地上に向けて火球を立て続けに吐き出し、炎の雨を降らせた。

 それはまるで天災のごとく、城のみならず市街地など広範囲に降り注ぎ、街を焼いた。

 トワはこのカイザードラゴンの行為をもう止めなかった。

 それほどに彼女は人間に絶望していた。


 ドラゴンに乗った魔王一行は、火の海になった帝都を後にした。


 だがこれは、アトルヘイム帝国に訪れた災厄のほんの序章にすぎなかった。

 ドラゴンが去った直後、帝国内でクーデターが勃発したのである。

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