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大司教公国の終焉

 ユリウスとウルクは国境砦を見下ろす小高い丘に立っていた。


 上から見ると、国境付近には大勢の人間がひしめきあっているように見えた。

 よく見るとそれは不死者(ゾンビイ)の大群だった。

 不死者たちを薙ぎ払いながら、かき分けるようにして逃げる兵士たちは、どうやら砦を捨ててきたようだ。

 不死者に食われた者は不死者になってしまう。逃げていたはずの兵士たちの多くが、いつの間にか生存している兵士たちを襲う側になっているのだった。


「砦は落ちたようだね。あの皇女様、ここへ来なくて正解だったよ。こんなの見せたら怯えちゃうよね」


 ウルクが無邪気に云った。

 国境砦には多くのアトルヘイム兵が詰めていたが、彼らは突然訪れた不死者の大群に蹂躙され、食われ、自らも不死者となって砦の中を彷徨うようになっていた。

 多くの兵士らが砦を捨てて逃げ出したが、彼らを追って砦から出てきた不死者たちは、不自然にも整列して整然と行進していた。


「あの中に不死者(ゾンビイ)を操っている者がいますね」


 ユリウスは砦付近を見下ろしながら云った。


「そいつを捕らえるの?」

「いや、そいつの持つ魔法具を奪うのが目的です」

「魔法具ってどんなの?」

「赤い棒のようなものです。目立つのですぐにわかりますよ」

「わかった。じゃあ僕が空から探してあげるよ」

「助かります」


 2人は高速行動で移動し、不死者の大群に近づいた。

 ウルクは翼を出して上空から高速飛行で周辺を飛び回った。

 すると、不死者の先頭付近を走る、馬に乗った男が右手に赤い棒を持っているのを発見した。


「ユリウス、見つけたよ」


 ウルクから遠隔通話で連絡を受けたユリウスは、光速移動で追走し、すぐに騎馬に追いついた。そして騎馬の男の手から『屍術杖(アートワンズ)』を奪い取ってその場から離れた。

 驚いた騎士は、馬を止め、ユリウスの後を追いかけようと馬首を巡らせた。

 ユリウスは『屍術杖』を使って、不死者たちにその騎士を襲うように指示した。

 すると、騎馬はあっという間に不死者に囲まれて動けなくなった。

 不死者は馬を襲わないが、足止めを食らった馬は暴れて騎士をその背中から放り出して走り去った。

 地面に落ちたその騎士は、大勢の不死者たちに覆いかぶされて、生きたまま食われてしまった。


「これでお仕事終わり?」


 ユリウスの元へウルクが舞い戻ってきた。


「ええ。協力していただいてありがとうございます」

「この死体たち、どうするの?」

「そうですねえ…」

「あのさ、向こうにいる連中を襲わせるってのはどう?」


 ウルクが視線をやった方角には黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)と白い鎧の騎士団がいた。


「…彼らは何をしているんですか?」

「おかしいんだよね。敵同士なのかと思ったら戦ってないし。砦の兵士たちが襲われてるのを助けもしないでただ見ているだけなんだ」

「共謀しているということですか…。仕掛けて見ましょうか」


 ユリウスは形の良い唇を釣り上げて云った。


 ユリウスは『屍術杖(アートワンズ)』を使って不死者たちに、黒い鎧と白い鎧の兵士たちがいる方向へ向かうように指示を出した。

 不死者たちが向かってきても、彼らは逃げようとはせず、じっと見ているだけだった。

 彼らの仲間が不死者を操っているものだと思い込んでいたのである。

 ところが、迫ってきた不死者たちは、彼らの傍まで来ると、白黒問わず、無差別に騎士たちを襲い始めた。

 不意の不死者の攻撃に、彼らは慌てた。


「おい!なぜ襲ってくるんだ?約束が違うぞ!裏切ったのか?!」


 黒い鎧の騎士が叫んだ。


「いや、違う!何か手違いがあったんだ。おい、不死者(ゾンビイ)の担当者はどこだ?」


 答えたのは白い鎧の騎士だった。

 騎士の中には、不意を突かれて噛まれて死んでしまい、不死者になってしまった者も出始めた。

 双方の騎士らは不死者を避けるように馬を巡らせ、ようやく避難を開始した。


「とにかく我々は帝国へ引きあげる。今頃は国内でも蜂起しているはずだからな。手筈通り、軍を進めてくれるんだろうな?」

「そちらはぬかりはない」

「この死者共をこのまま帝国領内へ向かわせるのではなかったのか?あてにならんな」


 黒い鎧の男が吐き捨てるようにそう云った。

 白い鎧の騎士のリーダーらしき男が、別の騎士から不死者を操っていた騎士が食われて不死者になっていると報告を受けて、顔色を変えた。


「少し手違いが発生した。だが計画に変更はない。予定通りに行ってくれ」

「頼むぞ。もう後には引けんのだからな!」


 黒い騎士は馬首を翻して叫んだ。

 その男は、黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)第一部隊の副長シュタイフだった。

 大量の食糧を強奪して大司教公国を出発した彼らは、途中で青い鎧の騎士団に食糧を渡すと、国境砦まで真っすぐやってきた。そこで国境砦を不死者を使って落とした白い鎧の騎士団と遭遇した。だがそれは初めから打ち合わせていたもので、戦闘は行われなかった。

 皇女の誘拐という予期せぬ事態を利用して、帝国内のある勢力がこの計画を立てた。シュタイフは皇女奪還のために帝都を出た時からこの作戦に参加していたのだ。ノーマンと別れた後、彼の率いる部隊には、その勢力の兵らが揃っていた。

 シュタイフは国境砦に駐留していた帝国からの援軍を、不死者と白い騎士団に攻撃させ、国境砦ごと壊滅に追い込んだ。


「せっかく邪魔なノーマンを消して俺が隊長になれたのに、邪魔されてたまるか」


 シュタイフはそう呟き、馬を走らせた。

 黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)は帝都方面へと走り去った。

 白の騎士団は不死者を操っていた騎士を見つけたが、既に不死者となっていた。彼が持っていたはずの魔法具を探したが、見つからなかった。

 どこかで落としたのだろうかと砦付近を捜索したが結局見つけられず、あれがなければ不死者の大群を誘導することは不可能であるため、仕方なく彼らは、一旦地下王国へと戻って行った。

 それを見送ったユリウスは、不死者たちに砦に戻るよう命令を出した。


 ウルクは砦近くの林の木のてっぺんに止まりながら、黒と白の騎士団たちを遠目に見送っていた。


「砦を不死者たちに守らせるなんて、斬新だね」

「とりあえず砦の中から出ないようにしておけば近隣に被害も出ないでしょう。そのうち腐って脳が溶けたら動けなくなるでしょうし」


 ウルクの隣の木の枝の上に、いつの間にかやってきていたユリウスがそう説明した。


「あの白い鎧の騎士団、オーウェン王国の奴らだったんだね。まさか帝国と繋がってたなんて驚きだよ。一体どうなってんの?」

「さて。人間の考えることはわかりません」

「あいつら完全に味方を見捨ててたよね。もし皇女様をあいつらに渡してたら、無事じゃ済まなかったかもね」

「同士討ちということは、帝国内で反乱でも起こっているのでしょうか」

「もしそうなら、帝都に向かったトワ様たちが心配だね。ゴタゴタに巻き込まれていないと良いんだけど」

「魔王様やジュスター団長もついていますし、大丈夫だとは思いますが…」

「だよね」

「…オーウェン王国が焚き付けたんでしょうか。どうも裏でコソコソ動きすぎて気に入りませんね」

「で、僕らはどうしよっか?」

「ここからなら大司教公国までそう遠くありません。オーウェン王国とやらの動向を探ってみませんか?」

「いいよ。公国の地下にいる魔族たちのことも気になるしね」


 ユリウスとウルクは、大司教公国へと向かうことにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


「うう~、気持ち悪い…」


 ホリーが開口一番に叫んだ。

 ホリーとナルシウス一行は、ジュスターの操作でポータル・マシンに乗せられ、大司教公国の大聖堂の別棟に戻ってきたのだが、どうやら『転送酔い』をしてしまったようだ。

 ホリーだけでなく、ナルシウスの助手としてついてきた司祭たちも皆、顔色が悪かった。


「しかし、大聖堂内にこんなものがあったなんて驚きだね。大司教の秘密主義も極まれり、ってとこかな」

「部屋の中に置いてあったのは知っていましたが、変わった形の物置だとばかり思っていました…」


 司祭が云うのも無理はなかった。そもそもポータル・マシンは使い方がわかっても、相応の魔力がないと使用できないので、使用できる人間は限られている。部屋の掃除をしていたメイドたちにとっても、ポータル・マシンはおかしな形の家具だという程度の認識だった。


 見知った大聖堂に戻ってきてホッとした彼らを待っていたのは、見知らぬ軍隊によって街が制圧される様だった。

 大聖堂に残っていた司祭たちに聞くと、魔獣騒ぎが収まって間もなく、この街に見知らぬ青い鎧の騎士団が大挙して入国してきたそうだ。

 しかも彼らは、街の正門から堂々と入ってきたという。

 市内にいた王国の仲間が門を開けて待っていたのだ。あまりにも堂々と入ってきたので、市民らは公国騎士団の一部かと思っていたそうだ。

 彼らが街に入ってくると、異変に気付いた聖騎士団が行く手を阻んだ。


 聖騎士団に呼応して公国騎士団、魔法騎士団らも集結し、青の騎士団と戦い始めた。

 ところが、各騎士団から多くの者たちが、その場で青の騎士団に寝返った。

 聖騎士団員らは予期せぬ出来事に混乱し、戦いを継続することができなくなった。味方を攻撃することはできないと、公国騎士団らが戦いを拒否したからだった。

 公国内部には、オーウェン王国の子孫や子弟が思いの他多くいたのである。彼らは長い時間をかけて、その同胞の人数を徐々に増やしていったのだった。

 聖騎士団の戦意を削いだのは青の騎士団リーダーの言葉だった。


「大司教が魔族だった!この国の権威は地に落ちた。大司教のいない大司教公国はもはや国として存続できない。この国は元々オーウェン王国だったはずだ。そしてここにいる民はオーウェン王国民だったはずだ。ただ、元に戻るだけなのだ!我々は民を守るために、この国を救うためにやってきたのだ!今こそ一丸となり、新たな王国を築くのだ!」


 青の騎士団長はそう云って拳を突き上げた。彼らは自らをオーウェン新王国軍と名乗った。

 それに多くの騎士が「おおー!」と賛同を示した。

 彼らは、市民を巻き込む気はない、と断言し、気勢を削がれた聖騎士団と公国騎士団は、それ以上抵抗することなく武装を解除した。

 多くの市民は戸惑っているようだった。



「100年続いたこの国もいよいよ終焉を迎えるか」


 この光景を大聖堂の窓から見ていたナルシウスはボヤいた。

 その隣でホリーは爪を噛んでイライラしていた。


「冗談じゃないわ!何とかしなさいよ!」

「私たちに何ができるって言うんだね。君も今後の身の振り方を考えた方が良いよ」

「オーウェンだかなんだか知らないけど、勝手にやってきて好き勝手されちゃ困るのよ。こうなったら魔法士たちを集めて、対抗するわ」


 ホリーは駆け出して行った。

 ナルシウスは「頑張って」と他人事のように声を掛けた。

 彼の部下の司祭たちも不安そうに見ていた。


「祭司長、我々はどうなるんでしょう」

「どうもこうもないよ。大司教が亡くなった時から、こうなることは予想できたはずだろ。この国にはもう指導者がいない。枢機卿もいないし、我々だけじゃどうにもならないよ。魔獣によって市民も騎士団も疲弊してる。祭司長には軍を動かす権限がないからね」

「聖騎士長のレナルドが王だって言ってたように思うのですが…」

「ああ。そんなこと言ってたようだね。彼が王国の王だったって話だけど、なにがどうなってるのやら、彼らに説明してもらわないといけないよね」

「その王が死んだというのに、お構いなしに進軍してくるってどういうことなんですかね?」

「王なんてお飾りだってことだよ。大丈夫、おとなしくしてれば何も怖いことはないさ。相手はたかが人間なんだから。さっきのドラゴンや魔王にくらべれば大したもんじゃないよ」


 ナルシウスは大きく伸びをして、大聖堂の別棟の通路を歩き出した。


「さて、夜も更けてきたし、私は資料室に戻るよ。用があるときだけ呼んでくれたまえ。魔王に関する論文をまとめておきたいんだ。新王国軍には恭順すると言っておいてくれ」


 オーウェン新王国の騎士団はあらかじめ各所に手を回してあったのか、武力を行使せずにかなりスムーズに首都の心臓部である大聖堂内部を制圧した。

 ホリーが魔法騎士団の詰め所に行った時には、すでに騎士団はオーウェン新王国軍の手に落ちていた。

 というよりも、魔法士のほとんどがオーウェン新王国軍に自ら参加していたのだ。

 祭司長という立場ということもあり、ホリーはそのまま軟禁されることになった。

 もともと、ホリーはその人格から魔法士たちに人気がなかったため、彼女を庇おうとする者は誰もいなかった。

 ナルシウスは抵抗しないと約束したし、残り2人の祭司長は行方不明となれば、ホリーさえ押さえればこの国の上層部は掌握したも同然だった。

 国内で実務をこなしていた司祭たちは、全員投降していた。

 ホリーは知らなかったが、大司教が亡くなってから、オーウェン新王国の内通者が司祭たちとの接触を図っていたそうだ。司祭たちは自身の待遇面を保証してもらうことを条件に、手を貸すことをとっくに約束していたのである。すべては大司教の死をきっかけに動き出していたのだ。


 聖騎士団と公国騎士団という2大武力を押さえられた大司教公国は、防衛機能を失った。

 大聖堂に勤務する者や一般市民たちは、大司教を失った日から、他国に攻め入られるか、アトルヘイム帝国に併呑され自治権を失うかという不安を抱えていた。それ故自分たちを護ってくれる軍隊を失ったことは痛手だった。

 オーウェン王国などという未知の軍が攻め入ることは彼らにとって想定外のことだった。

 ところがオーウェン新王国軍は、不足していた食糧を提供してくれたため、市民らの信用を勝ち得ることに成功した。実はそれは、黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)が奪っていった食糧を、彼らと示し合わせて街の外で受け取り、それを市民に返したにすぎないのだが、それを彼らは黒色重騎兵隊を蹴散らして奪い返したと市民らに喧伝してまわったのだ。その事実により市民たちは、彼らをヒーローに祭り上げた。魔獣被害により疲弊していた市民たちは新王国軍の施しに感謝し、彼らを熱狂的に歓迎した。

 その上、新王国軍は市民らにはこれまで通りの生活を約束したので、たった数日で彼らは何の抵抗もなく市民らに受け入れられることになった。


 それから数日後、大聖堂の正面壁に、オーウェン新王国の紋章旗が掲げられた。

 その後、紅の騎士団に守られた新王が入国し、大聖堂を臨時の王城とすることにした。

 同時にオーウェン新王国の建国宣言がなされた。

 その日、大司教公国は滅亡した。

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