星空の下で
ナルシウスとホリー、ノーマンはお互いに情報交換を行っていた。
ナルシウスはオーウェン王国の連中が大司教公国を制圧すると云っていたことを伝えると、ホリーは魔獣討伐で疲弊した公国騎士団では彼らに太刀打ちできないのではと危惧していた。
「魔獣…?何のことだ?大司教はどうしてるんだ?」
「嘘でしょ…?そこから説明しなきゃいけないわけ?あなた今まで何してたの?」
浦島太郎状態のナルシウスに、ホリーは盛大に溜息をついた。
ノーマンも自分が不在の間に出現した魔獣については知らなかった。
だが、彼にはそれよりも大事な役目がある。
「俺は皇女殿下をお連れして帝国へ戻らねばならん」
ノーマンは彼にぴったりとくっついて離れない幼女を見降ろしながら云った。
馬も馬車もなく、幼女を連れて帰る手立てをこれから考えねばならない状況に、彼はやや苦悶の表情を見せた。
ホリーは、そんな彼にある情報をもたらした。
「ああ、そうだわ。あなたのあのくそったれの副官、シュタイフだったかしら。数日前に軍を率いて国境砦に向かったわよ。国境までいければ合流できるんじゃない?」
国境と聞いて、口を挟んだのはナルシウスだった。
「そういえば、国境近くで、不死者を操る騎士に会ったぞ。不死者も、奴らの戦力なんじゃないか?」
「俺たちを襲ったのも不死者と謎の騎士団だった」
「不死者を操ることなんてできるの?…そういえば、あの副官も、国境砦付近に不死者の大群が現れたとか言って出撃していったわ」
私がノーマンの傍に歩み寄った時、不死者の話を聞いていた小さな皇女は、ひどく怯えていた。それにも気づかず、ノーマンは少女を連れて国境砦まで行くと話した。
「ねえ、一緒に行ってあげようか?」
「断る。魔族の手など借りん。砦にさえいけばなんとかなる」
ノーマンは意固地にも私の申し出を断った。
「不死者が出るところに、こんな小さな子を連れて行くなんてどうかしてるわ」
「…皇女殿下は私が全力で守る」
「それで全滅して捕まったんでしょ?信用できないじゃない」
「…くっ」
私の指摘にノーマンは云い返せなかった。
すると、私の後方にいた魔王は「やれやれ」とボヤいた。
「その皇女を無事に送り届ければ良いのだな?」
「魔王…力を貸してくれるの?」
「おまえの望みとあらば叶えてやらねばなるまい」
「魔族の力を借りるなど、言語道断だ」
ノーマンはあくまで拒否する構えだ。
「貴様には聞いておらぬ。そこの皇女に聞いておる」
「何…?」
私は心細そうな幼い皇女の前にしゃがみ込んで、彼女の目を見て話しかけた。
「こんにちは、皇女様。私はトワっていうの。あなたのお名前を教えてくれる?」
「…わらわはサラ・リアーヌ・アトルヘルミア・アトルヘイム。アトルヘイム帝国の第4皇女じゃ」
それまで怯えていた皇女は、その小さな体を精一杯大きく見せようと背を伸ばしながら名乗った。
きっと皇族らしく振舞えと教えられているんだろう。
「私たちは皇女様をお守してお家に帰してあげるお手伝いをしたいのだけど、どうかな?」
「…おまえたちは魔族ではないのか?なぜわらわを守るのじゃ?」
「魔族だけど、今は皇女様と仲が悪いわけじゃないでしょ?」
「そ、それもそうじゃ。だが周りの者どもからは魔族は敵だと教わっているぞ?あれは嘘なのか?」
「…他の人がどうかは知らないけど、私たちは皇女様の敵じゃないわ」
「本当か?」
「ええ。それに私は人間よ。心配しないで」
「…そなたの目は嘘を言っておらぬようじゃ。わらわはそなたを信用しようと思う。よろしく頼むぞ」
「ええ、任せて」
私がそう云って、皇女の小さな手を握ると、こわばっていた幼い顔が少しだけ明るくなった。
「だそうだぞ?」
「くっ…、ならば私は私で皇女殿下をお守するのみだ。だが貴様らを信用したわけではない。おかしな真似をすれば、容赦はせん」
「騎士としてのプライドというものは、時には面倒なものだな」
魔王はノーマンをチラッと見て彼に背中を向けた。
そこへユリウスがやって来て、魔王に耳打ちするように囁いていた。
「魔王様、その国境に現れたという不死者ですが、おそらくラエイラの研究所から転送されたものと思われます。不死者を操る者については心当たりがあります。できればそれを始末しておきたいのですが」
「不死者を操る術か。たしかアルシエルがそのようなスキルを持っておったな。<屍術師>だったか…」
「…そうなのですか。研究所ではそのスキルを宝玉から抽出して『屍術杖』という魔法具を作っていました」
「なるほど、その魔法具で不死者を操っている者がいるというわけか」
「はい。その者を見つけ、杖を奪えば不死者の動きは止められましょう」
「わかった。そちらはおまえに任せよう」
「ありがとうございます」
「…アルシエルも奴に殺されていたのか」
魔王はそうポツリと漏らし、沈んだような表情になった。
そこへカラヴィアが割り込んできた。
「アルシエルなら、中身が変わってるけど今ゴラクドールにいますよ」
「…中身が変わっている…?」
「移魂術で乗り移ったんですって。中身は勇者候補だった人間の男ですわ」
「…なんだと」
そこへジュスターに命じられて城の外の様子を見に行っていたウルクが戻って来て、城の外に一個中隊の騎馬軍が集まってきたことを報告した。
急いでここを出た方が良いということで皆の意見が一致した。
カラヴィアは変身能力があるのでここに残って宝玉を探すと云う。
「私たちは大司教公国へ戻るわ」
ホリーとナルシウス一行がそう云うので、ジュスターが彼らをポータル・マシンへと案内していった。淡々とマシンの説明を行っているジュスターと、マシンという未知の物に大興奮するナルシウスたちとのギャップが、まるでコントみたいに見えて少し可笑しかった。
ジュスターは後から合流するというので、ノーマンと皇女を含む私たちは、魔王の空間転移でとりあえず地上へ出ることにした。
私たちは、無事地上に転移した。
そこは林の中で、ユリウスたちは周囲に敵がいないかを警戒した。
ノーマンも皇女も初めての空間転移に驚いていた。
皇女は「すごいすごい」とはしゃいでいて、恐れもせず魔王の元へやってきて、皇女らしく礼を取った。
魔王が幼い皇女を優しい目で見ていたことに気付いた私は、ちょっと意外に思って訊いてみた。
「人間の子供と接したことがあるの?」
「ああ、昔…な。ちょうど、あれくらいの年だった」
魔王は懐かしいものを見るように、遠い目をして皇女を見た。
私の脳裏にはアルネラ村で聞いた女の子の話がよぎったけど、以前それで彼を気まずくさせてしまったことを思い出して、黙っておいた。
日が暮れてきたので、皇女のためにも、早めに野営をすることになった。ウルクが林の中に狩猟小屋があるのを見つけたので、そこを中心にキャンプをすることにした。
私が皇女の相手をしている間に、ノーマンは小屋の中を調べ、ウルクとユリウスは食糧になるものを探しに行った。
魔王が小屋周辺に魔物避けの結界を張ってくれたので、私と皇女は外で石けりをしたりかけっこしたりと、安心して遊ぶことができた。
「ねえ皇女様」
「…サラと呼ぶことを許す。特別じゃぞ?」
「じゃあサラ。いつもはどんな遊びをしているの?」
「遊び?…よくわからぬ。いつもは乳母が絵本を読んでくれたり、世界の昔話をしてくれたりする。あとは勉強とダンス、楽器、歌…いろいろやることが多いのじゃ」
「外で他の子と遊んだりしないの?」
「外に出ることは禁じられているのじゃ。この前は侍女が特別に外に連れて行ってくれると言ったので、付いて行ったらこのざまじゃ。お父様の言いつけを守らなかった罰なのじゃ」
皇女は肩を落としてしょんぼりしてしまった。
「済んだことをくよくよしても仕方ないでしょ?今度から気を付ければいいのよ、ね?」
「う、うん、そうじゃな」
「じゃあさ、簡単な遊びを教えてあげる。お部屋で侍女と遊べるようなものよ」
私は皇女に『あっちむいてホイ』や、指を使った遊びなど、道具がなくてもできる遊びを教えてあげた。看護師として働いていた時、入院してた子供とよく遊んであげてたから、こういう引き出しは多いのよね。
サラはその遊びがすっかり気に入って、子供らしくキャッキャとはしゃいでいる。道具があればもっといろいろ教えてあげられるのにな。
そんな私たちの様子を、魔王は傍の石に座って見ていたけど、時々参加もしてくれた。魔王も皇女もどちらも負けず嫌いで、勝負がつくまでどっちも譲らなかった。子供相手なんだから、勝ちを譲ってあげればいいのに、魔王ってば子供っぽいところがあるのねえ。
採ってきた食材をユリウスが焚火で調理してくれていて、ウルクが調味料を作って味付けを施している。すんごくいい匂いがしてきた。
ノーマンが狩猟小屋にあった薪を斧で割って、火にくべている。
そうしているうちにジュスターが合流してきた。ホリーたちは無事に大司教公国へ戻ったようだ。
小屋にあった食器などを借りて、ユリウスの作った食事を小屋の外で皆で食べた。ちょっとしたバーベキュー気分だ。
ノーマンもサラも美味しいと絶賛し、お腹が空いていたのか無我夢中で食べていた。
私は、マルティスたちと旅をしてきたことを思い出したけど、雲泥の差だ。この食事のレベルは超がつくほど高い。やっぱスキル持ちは尊いなあ…。
食事が終わって一息つくと、サラが眠そうにしていたので、小屋の中で休ませることにした。
狩猟小屋は薪やら罠に使う道具などがたくさん置かれていて、大人1人程がやっと横になれるほどのスペースしかなかったので、私と皇女が小屋の中で眠ることになった。
ジュスターが小屋の床に敷く布をどこからともなく出してくれた。
それを見たノーマンは初めて手品を見た子供のように目をパチクリさせて、なにがどうなっているのかを知りたがった。それがスキルだと知ると、彼は「魔族ってすごい」と驚いていた。
ノーマンは最初は勢いであんなことを云ったけど、結局はこうして魔族に世話になっている状況に、改めて謝罪し、礼を云った。
夜も更けて、私は小屋の中で皇女と一緒に横になっていた。
なんだか、前にもこんなふうに小さな子と一緒に寝たり、旅をしたことがあるような覚えがある。
やっぱり私、忘れていることがあるみたい。魔王のこともそうだけど、早く思い出したいな。
「<運命操作>で記憶が戻ったりしないかな…?」
いろいろ考えてたら眠れなくなって、サラを寝かせたまま、小屋の外へ出た。
外では焚火を囲んで男性陣が何か話をしていたようだった。
私が小屋から出てくると、魔王が立ち上がって近づいてきた。
「どうした?眠れないのか?」
「うん、なんか目が冴えちゃって…」
「少し散歩でもするか」
「うん」
魔王は私を抱えて空中を飛んだ。
まるで映画のワンシーンみたい。
「わあ…!」
思わず声が出た。
空には満天の星。この世界には月がないから、真っ暗だ。
でもその分、星がとてもきれいに見える。その美しさは世界観が変わりそうなくらい、感動的だった。
林を越えると、開けた場所があった。
魔王はそこに着地して、私を下ろした。
魔王が亜空間からランタンみたいな明りの魔法具を取り出して置き、足元を照らしてくれた。
「さっき皆で何を話してたの?」
「帝国の内情についてだ」
「帝国って、アトルヘイム帝国?」
「ああ。あの皇女は皇帝の末の娘で溺愛されているという。敵対する国にとっては格好の人質だ」
「皇女だからって、あんな小さな子が巻き込まれるなんて、可哀想ね」
「あの国も内部では権力闘争があるようだ」
「そうなんだ…。あれだけの大きな国ですものね。いろいろあるんだわ」
「あの娘も強大な帝国の皇女に生まれた以上、つねに命を狙われている。そういう運命を背負っているのだ」
「運命…」
その時、私の頭には<運命操作>がよぎった。
あの子の運命のためにこのスキルを使うことってできるのかしら?
「やめておけ。皇位継承問題などに首を突っ込まぬ方が良い」
突然魔王が云ったので、私はビックリした。
「…ねえ、どうして私の考えていることがわかるの?」
「おまえの単純な思考など容易に読める」
「む~!どうせ単純ですよ」
私がムキになって魔王に向き直った時、小石を踏んづけてよろめいてしまった。
「きゃあ!」
「おっと」
魔王の腕が私を抱き留めた。
「あ、ありがと…」
私がお礼を云うと、仄暗い中でも美形だとわかる魔王の顔が迫ってきた。
ど、どうしよう、鼓動が…。
「あ、あのっ…!さっき、したわよね…?」
「何を?」
「何って…唇にキ、キス…」
「さて、覚えがないな」
すっとぼけてる!
だけど魔王の顔が近い、近い…!
「あ、あのさ!さっきの<運命操作>の話だけど!」
「それがどうした」
「もし、私が魔族になりたいって願ったら、どうなっちゃうのかな…って」
「…魔族になりたいのか?」
「もしも、の話よ」
「さて、魔族に転生するか、移魂術とやらで魔族の体に入れ替わるか…。おまえは、人間をやめてもいいと思っているのか?」
魔王の問いに、私は戸惑った。
この世界に来てから、私はずっと魔族と一緒にいる気がする。正直云って、人間にはあまり良い思いを持っていない。魔族と共にいるせいか、自分が人間だってことも忘れている時だってある。ふと自分が人間だと思うと、仲間外れになったような、寂しい気持ちになることさえある。
「…よく、わからないの。魔族の仲間と一緒にいたいし、あなたともずっとこうしていたいって思う。だけど、この力を持って人間としてこの世界に来たのには何か理由があるのかもって思ってるのよ」
「ならばそのままで良いのではないか?」
「だって…そしたら私だけおばあさんになっちゃうじゃない。そんなの嫌だもん」
「フッ…我は気にせぬ。歳を取るのも悪くはないと思うぞ」
「歳を取ったことのない人に言われても説得力ないわよ」
私がそうやってまくしたてると、魔王は少し困った顔をした。
それに気づいて私はハッとした。
「…ごめん。無神経だったわ。歳を取らないことにだって、悩みはあるのよね…」
「いや、構わん」
暗闇の中、彼の金色の瞳だけが光って見えた。
その時、ふと妙案が浮かんだ。
「そうだ!<運命操作>スキルで『人間のまま不老不死の体になりたい』って願えばいいんじゃない?」
うん、願うならこれ一択だわ。
我ながらいい考え。
具体的にどうなるのかはよくわかんないけど、きっと何か裏技があるに違いない。
あーなんだろう、今までつっかえてたものが、一気に晴れた感じになった。モヤモヤが晴れて、視界がクリアになった気分。
すると、魔王が私の髪を撫でて云った。
「そんなことはスキルを使うまでもない」
「えっ?…他に方法があるの…?」
急に、吐息がかかる程に魔王の顔が迫って来て、唇を塞がれた。
背の高い彼は少し身をかがめるようにして私を包み込むと、ゆっくりと唇を重ねてきた。
頭の中が痺れるみたいに、何も考えられなくなって、私はそのまま目を閉じた。




