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元凶の最期

 包帯姿のレナルドは、くぐもった声で笑った。


「クッククク…」

「何がおかしい」


 ジュスターは怒ったように尋ねた。


「これが笑わずにいられようか。宝玉は失われ、<運命操作>は元の持ち主に戻ったのだ」

「…何を言っている」

「やはりその娘こそが勇者だったのだ。神はまだ私を見放してはいなかった!」

「たわごとを!貴様には私が引導を渡してやる!」


 ジュスターは怒鳴り、その手には長刀が握られた。

 レナルドが声を掛けると、玉座の両脇の扉から大勢の兵士たちが飛び出してきた。

 彼らはジュスターを取り囲むと、襲い掛かってきた。

 その隙に、レナルドは兵士らが出て来た扉から逃亡した。


「逃がすか!」


 ジュスターは兵士らを叩き伏せながらレナルドの後を追った。


 カーラとルキウスは自身の腕にそれなりに自信を持っていた。

 だが、目の前の魔族たちは彼らがこれまで会ったことのないすご腕の持ち主だった。

 カーラは優秀な剣士だったが、ウルクの高速行動を使った投擲攻撃には太刀打ちできず、最後はウルクの蹴りで床に沈んだ。カーラを倒したウルクはジュスターの後を追って玉座の脇の扉へと飛んで行った。

 ルキウスはユリウスを相手に、防御壁を展開して、その素早い攻撃を防いでいた。


 そんな緊迫感の中でも、魔王は私をお姫様抱っこしたまま、広間の状況を傍観していた。


「ねえ、どうしてここに?」

「我にはなんでもお見通しなのだ」

「…説明するのがめんどくさいのね?」

「…」

「でも、助けに来てくれてありがとう」


 私が真面目にそう云うと、魔王は少し照れたように目を逸らした。

 すると、扉の向こうからまた兵士の一団が駆けつけてくるのが見えた。


「ちょっと、援軍よ!見てていいの?」

「ではカイザードラゴンでも呼ぶか」

「あ、でもネックレス…」


 ネックレスはルキウスの首にかかっている。

 魔王は構わずカイザードラゴンを呼び出した。するとルキウスの前に巨大なドラゴンが現れた。

 玉座の間の天井に頭をぶつけて窮屈そうに登場したカイザードラゴンは、広間にいた数人の兵士らを押しつぶして出現した。


「うわっ!!な、なんで…!?」


 彼はネックレスを自分が持っていればドラゴンは出てこないはずだと思い込んでいたため、尻もちをついて驚いていた。

 ユリウスはルキウスを殴って気絶させ、彼の首からネックレスを奪い返した。


 広間に駆けつけてきた兵士たちも、ドラゴンを前にして驚き、腰を抜かしたり四つん這いになって逃げようとしたり、尻込みしたりして、戦おうとする者は誰もいなかった。


「トワ様、これをどうぞ」


 ユリウスは玉座の間の飾りカーテンを切り取って紐にし、倒れているカーラとルキウスをで縛り上げて部屋の隅に転がした後、私の元へやってきて、ネックレスを渡してくれた。

 私はそれをお礼を云って受け取り、カイザーに話しかけた。


「カイザー、お願いよ、人間を殺さないで、手加減して!」

『…努力はしよう』


 カイザーはそう云うと、炎を吐かず、尻尾で兵士たちを薙いだり、あたりに風を吹かせて吹き飛ばしたりして、彼なりに手加減をしてるように見えた。

 だが弾き飛ばされた兵士たちの中にはおそらく命を失った者もいるだろう。

 ここは既に戦場だ。こちらを殺しにかかってくる人を、殺さないでというのは私のエゴなのかもしれない。


「ここはカイザードラゴンに任せよう」


 魔王はそう云って、私を抱いたまま宙を浮いてジュスターたちの後を追いかけた。


「…あの、重くない?」

「問題ない」


 彼がそっけない態度を取っているように感じたのは、もしかして怒ってるからなんじゃないかと思った。


「…あの、黙って来ちゃって、ごめんね…?怒ってる?」


 魔王は私を見つめてフン、と鼻を鳴らした。


「これに懲りて我以外の男に付いて行くのは止めるのだな」

「はい…」


 玉座の脇の扉は大通路に通じていて、逃げるレナルドを庇うように次々に兵士たちが現れた。

 追いかけるジュスターは氷の範囲魔法で、行く手を阻む兵らを氷漬けにし、駆け抜けていく。

 ウルクは翼を広げて兵士らを飛び越え、レナルドの逃げる方向へ先回りして挟み撃ちにした。


 魔王は高度を上げて大通路の高い天井付近からその様子を眺めている。

 こういうのを本当の高見の見物っていうのかしら。


 挟み撃ちにされたレナルドは、宝玉を取り出して、ウルクに向かって掲げた。


「精神スキルなら僕には効かないよ」


 ウルクが笑顔で云うとレナルドは舌打ちした。

 その時、城の入口の方から別の騎士の一団が現れた。


「これは何の騒ぎだ」


 彼らの後ろには緑色のローブを着た女がいた。

 先頭の騎士は、包帯姿のレナルドがいることに気付いた。


「レナルド様!?これは一体…」

「こいつらは賊だ。殺せ!」

「なんと!」


 彼らはウルクに攻撃を仕掛けられようとするレナルドに駆け寄り、彼を背後に庇った。

 近くに得体のしれない包帯姿の男がやってきたので、緑のローブの女は彼をじろじろと見た。


「レナルド…?あなた聖騎士のレナルドなの?大怪我した人ってもしかしてあなた?」


 緑のローブの女はホリー・バーンズであった。


「あなた、前から怪しいと思っていたけど、一体何なの?」

「聖騎士のレナルドですよ。あなたに治療を頼みたい」


 騎士たちがジュスターやウルクと戦っている最中にも関わらず、レナルドは暢気にホリーに治療を申し込んだ。


「いいけど、あなた治療費払えるんでしょうね?言っとくけど私は即時払いしか受けてないから」

「もちろんです」


 このやり取りを上空から見ていた魔王は含み笑いをしていた。


「見たか?今のを。こいつらは生きるか死ぬかの瀬戸際でも金の話をしているぞ」

「笑えない(ジョーク)ね…」


 魔王の存在に気づいたホリーはキッと私たちの方を見上げた。


「あなたたち、何なの?魔族!?…あ、あなた…!」


 ホリーは私にも気付いたようだ。

 私もそれほど彼女のことを知ってるわけじゃないけど、大司教公国の祭司長だっていうことくらいは知ってる。気位が高くて人を見下す態度が司祭たちから嫌われてるってメイドたちが噂してた程度の知識だけど。


 ジュスターがレナルドを庇って立ちはだかる騎士らを睨みつけた。


「そこをどいてもらおう」


 だが、彼らは退くどころかジュスターに向かって斬りかかってきた。

 ジュスターと撃ち合って、到底かなわないとわかっても、騎士らはレナルドを庇う。

 彼らが体を張って戦っている隙に、レナルドはホリーを連れて逃げようとした。

 だが、2人は最後尾にいた騎士に行く手を阻まれた。


「部下を放って逃げるんですか?」


 その騎士は云った。


「何だ、貴様…どけ!」

「毎度、卑怯なことですな」


 レナルドが怒って騎士に迫ったが、騎士はなぜか笑って彼の邪魔をした。


「貴様、何だ!誰だ?」

「あんたに恨みを持つ者だよ」

「何だと?邪魔をするな!…こうなれば!」


 レナルドが宝玉を取り出すのを見て、騎士はそれから目を逸らせた。


「おっと、もしかしてそれは精神スキルかな?」

「貴様、なぜそれを知っている?…ならば」


 レナルドはホリーを羽交い絞めにして、宝玉を彼女の前に掲げた。

 精神スキルをホリーに使ったようだったが、ホリーはキョトン、としていた。


「何っ…!貴様も耐性持ちか…!?」

「何のことよ?まさか、私に何かのスキルを使おうとしたんじゃないでしょうね?何よこれ!」

「やめろ!」

「それをよこしなさい!」


 ホリーはレナルドの腕を掴んで宝玉を奪おうとし、宝玉の取り合いになった。

 その拍子に宝玉はレナルドの手から滑り落ち、床に落下して粉々に割れてしまった。


「ああ!何をする!」

「あ~あ、割れちゃった。案外もろいものなんだねえ」


 騎士は残念そうに呟いた。

 激高したレナルドはホリーに剣を向けた。


「貴様っ、よくも…!」

「おっと」


 ホリーに振り下ろされようとしたその剣を弾いたのは、騎士の剣だった。

 その隙をついて、ホリーはレナルドから距離を取った。


「あんた、女相手には強気で剣をふるよねえ…。この前もワタシの背中を平気で斬ったしね」


 騎士はそう云うが、レナルドには身に覚えがなかった。

 彼は後ろにジュスターが迫るのを感じて振り向いた。

 すでにホリーと一緒に来た護衛の騎士たちは1人残らず地面に突っ伏していた。

 その連中をまたいで、ジュスターがずい、と前へ出た。


「おまえの相手は私だ」


 レナルドは味方をすべて失い、ついに覚悟を決めたようだ。


「積年の恨み、晴らさせてもらう」

「フン、ほざくがいい」


 レナルドは剣を構えた。

 が、一合ももたずにジュスターの長刀はレナルドの剣を弾き飛ばし、その身体を真一文字に斬った。

 包帯が巻かれているため、その表情はよくわからなかったが、レナルドの体は血しぶきをあげてその場で倒れた。

 横たわるレナルドが何か呻いていたが、ジュスターはその胸に真上から長刀を突き立て、トドメを刺した。レナルドは断末魔の悲鳴を上げていたが、やがて静かになった。

 ジュスターは長刀を引き抜き、刀身についた血を払って納めた。

 彼は、すでに息絶えているレナルドを見下ろしていた。


 返り血を浴びたジュスターを、私は両手で口を押え、声を出すのを我慢しながら見ていた。


「殺すなと言いたいのだろうが、あやつの心情も汲んでやれ」


 魔王は私の気持ちを悟ったように云った。


「うん…。あの人のせいで、多くの人が死んだり苦しんだりしたんだものね…。わかってはいるんだけど…」


 どんな人でも命は大切だと思う。

 だけど、裁かれるべき罪は確かに存在する。命を持って償わなければいけないものもきっと…。

 そんなことを考えていると、魔王が私の耳元で囁いた。


「この世界にはこの世界の(ことわり)がある。おまえがすべての命の責任を負うことなど不可能だ。そして残念ながら命の価値は平等ではない。誰かを助けようと思えば誰かを見捨てることになる。全てを助けたいなどと思うのは自己満足にすぎぬ」

「う…」


 この人は本当に私の心が読めるんじゃないかしら。

 そしてとても痛いところをついてくる。

 私が増長しないように釘を刺してくるのだ。


「おまえは、護りたいものを護れば良い」

「…私が、護りたいもの…」


 私は彼のその言葉を噛みしめた。


 魔王は私を抱いたまま、ジュスターの隣へと着地し、そこでようやく地面に降ろしてもらえた。

 レナルドの遺体を見た魔王は、ジュスターに語り掛けた。


「こやつ、我の炎を受けた傷が治らぬままだったのだな」

「この包帯姿は、魔王様が与えた傷のせいでしたか。なぜこのような姿なのかと思っておりました」

「並みの人間なら即死だがな。宝玉のスキルで生き延びたのだろうが…今度こそ死んだか」

「はい」

「転生した可能性もあるか」

「…否定はできません」


 2人の会話の中に、気になるワードが出て来たのを私は聞き逃さなかった。


「転生って…まだどこかで生きてるかもしれないってこと?」

「ええ。奴が死ぬ前に<運命操作>を使っていたら、その可能性は高いです」


 <運命操作>!?

 ちょっと待って…。


「今、運命操作、って言った?」

「はい。奴の持っていたと思われる宝玉のスキルです」

「あの、そのスキル、私も持ってるんだけど…」


 ジュスターも魔王も驚いて、同時に私の顔を見た。

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