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ジュスターとウルク

 大司教公国、首都シリウスラント。


 ジュスターとウルクは大聖堂の別棟にいた。

 イドラからの情報によれば、地下のポータル・マシンはあくまでイドラが仕事用に使っていた旧式のもので、大聖堂の別棟には大司教が使っていた最新式のポータル・マシンがあるということだった。

 空を飛べるジュスターとウルクはカラヴィアを置いて、空から屋根伝いに侵入した。

 火事で焼け落ちたのは、大講堂のある表の部分だけで、別棟をはじめ、魔法士たちの住居部分や併設する魔法学校などは無事だった。

 いつもなら、別棟には聖騎士や司祭以上の位の高官たちが詰めているのだったが、魔獣討伐後の混乱を収拾するために、全員が市内に出ていた。

 空から別棟に忍び込んだ2人は、イドラから聞いていた部屋へたどり着いた。

 その部屋にはなぜか鍵がかかっておらず、何なく中へ入れた。

 部屋の奥には情報通りポータル・マシンがあった。


「行き先がどこか、僕が乗って確かめてみましょうか」

「待て」


 ウルクの申し出を、部屋の中にあった机の中を漁っていたジュスターが止めた。

 彼が手にしていたのは皮紙だった。

 皮紙とは、この世界には広く流通しているもので、通常の紙に比べ強度があるため、公式文書など大切な文書を記す場合によく用いられている。普通の紙は繊維質を多く含んだ植物から作られるが、皮紙は、油抜きした魔物の皮をなめして、薄く延ばしたもので、インクが染み込みやすく裏移りしないため丸めて持ち運べることから、手紙やポストに伝言を残す場合などにも使われる。ちなみにこの皮紙の一大生産地になっているのがビグリーズ公国であり、ここへ魔物の皮を卸しているのは魔伯爵マクスウェル領である。


 皮紙には文字が書かれていたが、ウルクには人間の文字が読めない。

 ジュスターがそれに目を通すのを見て、ウルクは驚いていた。


「団長、人間の文字が読めるんですか?」

「ん?…ああ、以前、グリンブルに行っていた時に少し学んだ」

「さっすがだなあ…!」


 魔族は識字能力に劣るため、人間の文字を読み書きできる者はいわゆるエリート扱いで、どの魔貴族陣営でも欲しがられる人材となる。ネビュロス陣営のマサラがあの若さで陣営のリーダー的存在になっていたのがいい例である。

 なので、ウルクが彼を憧れの眼差しで見るのも当然といえた。その熱い視線をさりげなく無視して、ジュスターは話を続けた。


「これは、このポータル・マシンに関する覚書のようだ。フッ…、行き先までメモしてあるぞ。どうやらこれを使っていたのは大司教だけではなかったらしい」

「何人かで使うための説明書きってことですか?」

「だろうな。行き先の1つはラエイラらしい」

「ラエイラって…ヒュドラが出たところでしたっけ」

「そうだ」

「そんなとこに何があるんですかね」

「わからんが、もう一か所、記載がある。そちらには地下王国、とだけ書かれている」

「地下王国?なんでしょう?」

「調べてみる必要がありそうだな」


 ジュスターが云うと、ウルクは思い出したように訊いた。


「カラヴィアはどうします?」

「放っておこう。ここの場所は教えたし、自分で考えて行動するだろう」

「あの人、置いてかれたってきっと泣きますよ」

「奴が勝手に付いてくると言ったんだ。面倒を見る義理はない」


 ジュスターの冷たい美貌が表情を変えずに云った。

 彼の仲間以外に見せる冷淡さにはもうとっくに慣れたつもりだったが、ウルクは時々寂しさを感じてしまうことがある。この人は本当は誰にも心を開いていないのではないかと思ってしまうのだ。


「あの、団長。聞いても良いですか?」


 ウルクはふいにジュスターに問いかけた。

 ジュスターは皮紙から視線をウルクに移した。


「何だ」

「地下神殿で、エウリノームに話してたことなんですけど」

「…ああ」

「団長、シリウスって言ってましたよね」

「…そうだったか?」

「僕の記憶が確かなら、シリウスっていうのは魔王様を倒した勇者の忌まわしい名のはずです。それ故にその名を口にする魔族はいません。なぜ、そんな名前を名乗ったんですか?」

「…」

「それと、<運命操作>って何なんです?」


 ジュスターはふぅ、と溜息をついた。


「おまえは物覚えが良いな」

「…すいません。ずっと気になってて」

「いや。私が自分で話したことだ。…よかろう。おまえには話しておこう」

「あまり、人に聞かれたくない話なら、僕、絶対誰にもしゃべりませんから」

「そういうわけでもないんだが…」


 ジュスターは苦笑した。


「<運命操作>とはシリウスが持っていたレアスキルだ。エウリノームはシリウスを殺して、そのスキルを手に入れた。皆は奴が移魂術とやらで人間になったと思っているようだが、違う。奴は<運命操作>スキルを使って、人間に転生したのだ」

「そんなことが、可能なんですか…!」

「ああ。その証拠がここにある」


 ジュスターは自分の胸を親指でトン、と突いた。


「シリウスとは私自身のことだ」

「…えっ!?ど、どういう意味ですか?」


 ウルクはピンときていないようだ。


「今はわからなくても良い。…その<運命操作>というスキルは、誰かの運命を動かして物事を自分へ有利になるように導くという効果がある。エウリノームはなんでも願いが叶うスキルだと思っていたようだったがな」

「…そんな都合のいいことがあるんですか…!」

「ある。だが、スキルを使っても本人にはその結果だけがもたらされるだけで、どういう経緯でその結果が得られたのかを知ることはできないんだ。知らぬ間に他人に意のままに操られている方は、その結果をもたらした本人を恨むことだってある」

「えっと…」


 ウルクは戸惑っているように見えた。

 ジュスターはフッと笑ってウルクの肩に手を置いた。


「無理に理解する必要はない。おまえには関係のない話だ」

「…関係なくはないです。団長は、僕たちのリーダーですから。僕だけじゃなく、団員皆がそう思っています」

「…ウルク」

「人間の国に取り残されて途方に暮れていた僕たちを導いてくれたのは団長です。トワ様に出会えたのも、聖魔騎士団という居場所を作ってもらえたのも、団長がいてくれたおかげだって思ってます。僕らは何があっても団長を信じてますから」


 ウルクの真摯な発言に、ジュスターの瞳が揺れる。


「団長って、あんまり自分のこと、話してくれませんよね。それにもきっと理由があるんだろうなって。僕らは、いつか団長が自分から話してくれるまで聞かないでおこうって協定を結んでるんです」

「…そんなことを言っていたのか」

「だから、今は多くを聞きません。僕だけ抜け駆けしちゃダメですから」

「ウルク…」

「下級魔族だった僕らは、トワ様から力を貰って興奮しました。トワ様のために役に立ちたいって思うのと同時に、団長にもっと頼ってもらいたいって、皆、思ってるんです」


 ジュスターの表情がふっと柔らかくなった。


「すまないな。おまえたちにそんな風に気を遣わせていたとは知らなかった」

「あ、いえ、気を遣うとかそんなんじゃないですよ!」

「ああ、わかっている。そのうち、おまえたち全員に話してやろう。ではウルク、地下王国とやらに行こう。私の役に立ってくれるのだろう?」

「はい!もちろんです!」


 ウルクは嬉しそうに返事をした。



 一方、空の飛べないカラヴィアは、ウルクに「変身できるんだからゆっくり歩いてくれば?」などと云われて取り残され、ブーブー文句を云いながら道を歩いていた。


「わざわざ残ってやったのに、この扱いは何なのさ?」


 置いてきぼりをくらってかなりふてくされていたが、開き直って表に倒れていた兵士の鎧を引っぺがしてその騎士そっくりに化けてみた。

 大聖堂を目指して堂々と街中を歩いていると、自分と同じ鎧姿の騎士の一団が、ホリー・バーンズを取り囲んで歩いているところに遭遇した。

 それを見て、カラヴィアは予定を変更し、その一団の後を付いていくことにした。

 この一団の鎧の紋章がどこのものかを思い出したからだった。


 ホリーは、魔獣騒ぎの中、首都警護団を名乗る騎士から、ある国の王族が騒ぎに巻き込まれて怪我をしたから、診てもらいたいと伝えられた。

 確かに、この国には魔法学校や魔法修練場もあって、各国の権力者、いわゆるVIPの子弟も留学してきている。彼らは真っ先に騎士団らが誘導して避難させたはずだったが、逃げ遅れて怪我をした者がいたのだろう。

 VIPはいわば金の成る木だ。復興にも金が必要だし、そうそう無下にはできないと思ったホリーは、騎士に付いていくことにした。


 ここへ至る前に、ホリーをナーバスにさせる出来事があった。

 発端は、魔獣討伐後も首都に留まって瓦礫の撤去などに尽力していた黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)の元へ、国境砦から急使が来たことだった。

 公国と帝国の国境付近の村々に不死者(ゾンビイ)の大群が出たとの報告だった。

 国境砦に駐留していた一個中隊が、不死者の数が多すぎて対処ができないと、最も近くにいたシュタイフの部隊に救援を要請してきたのだ。

 副長のシュタイフは、国境付近へと向かい、その足で帰国するというので、市内に備蓄されていた食糧を兵糧として大量に持ちだした。

 当然、市民からは反発を受け、対立した。

 帝国軍は基本的に、遠征した場合は領国内の町や村で食糧などを現地調達することになっている。それは時に略奪行為にもつながった。

 そのため今回のようにトラブルになることなどは日常茶飯事であった。

 シュタイフは本国の命令を遂行するために強硬姿勢を取り、半ば強奪に等しいやり方で食糧を持って出国して行った。

 公国の施政を担ってきた司祭たちは、魔獣の被害で避難していた市民たちの食糧が確保できなくなることを危惧し、彼らに激しく抗議した。その急先鋒に立っていたのはホリー・バーンズだった。

 首都に残った者の中で最も地位が高いのは彼女であり、優秀な回復士でもあるホリーは新たな指導者として市民の期待を一身に集めていた。

 だが武力では帝国に勝てない。彼女は、抗議をものともせずに出て行った黒色重騎兵隊の後姿へ唾を吐きかけた。イライラを募らせていたホリーの元へ、首都警護団の騎士が彼女に治療の話を申し出たというわけだ。


「ちょっと、こんなに歩くなんて聞いてないわ。これ以上歩くなら馬車を用意してちょうだい」


 ホリーが騎士らに文句を云うと、仕方がないとばかりに騎士の1人が辻馬車を手配しに街中へ戻って行った。

 その間、ホリーは足を踏み鳴らしながら「この私を待たせるなんて」と、イラついた様子で待っていた。

 そのうち、疲れたと言って、近くに居た騎士に椅子や水を持ってこさせた。

 騎士に変身しているカラヴィアは、その彼女を眉をひそめて見た。隣に立つ騎士も同じように呆れていて、溜息をついた。

 やがて騎士が手配してきた馬車が到着し、ホリーを乗せて出発した。

 カラヴィアも馬車の後部に立ち乗りした。

 彼らの馬車は城門を出て行き、旧市街地の方へと向かって行った。

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