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失われた王国

 ナルシウス・カッツとその一行は、大司教公国で様々な惨劇が起こったことも知らず、地道に発掘作業を続けていた。


 地下神殿を見つけて勢いにのっていたナルシウスは、その後は全く何も発見することが出来ず、一旦発掘チームを解散し、2人の助手の司祭、護衛役の聖騎士1人、荷物係の奴隷1人の5人という小規模なグループでキャンプを張っていた。

 彼の得意なスキルは地属性の掘削スキルで、発掘作業をするには最適ともいえた。

 考古学オタクのナルシウスの興味をそそる旧市街地は、公国首都の数倍の面積があり、更にその郊外には広大な地下墳墓地帯が広がっている。

 だがオーウェン王国跡地の墳墓は、大司教公国の騎士たちが見回ってはいるが、盗賊たちに荒らされ放題というのが現状だ。地下神殿を見つけた時のように、未盗掘の墳墓を見つけることは奇跡的なことなのだ。


 彼らはキャンプをしながら発掘調査を進め、いつしか公国自治領とアトルヘイム帝国領との国境近くまで移動してきた。もうすこし先へ行くと、アトルヘイム帝国の国境砦がある。

 かつて、オーウェン王国はアトルヘイム帝国にも劣らぬ広大な版図を抱えていたが、人魔大戦で王都が滅ぶと、一気に衰退し、その領地は隣接するアトルヘイム帝国やビグリーズ公国に分割統治され、利用価値のない未開拓の山林地帯などは放置された。


 ナルシウスは、そうした放置された地帯付近で地下墳墓の入口を見つけた。

 夕暮れ時だったため、その付近でキャンプを張っていた時、事件は起こった。

 ナルシウスの部下の1人が近くの沢に用を足しに出た時、不死者(ゾンビイ)が1匹うろついているのを目撃したのだ。

 不死者はその後ろにもいて、どこから出てくるのかと探って見ていくと、地下墳墓の中から次々と湧いて出て来ることがわかった。

 報告を受けたナルシウスは、不死者が湧いて出てくる地下墳墓の中を調査すべく、一行を率いて潜入した。

 不死者たちは、地下墳墓の中に作られた、真新しい部屋の扉の中から出てきていた。

 それは明らかに誰かの手によって最近作られた部屋のようだった。

 その扉はバネのついた開閉式になっていて、不死者は扉に体当たりするように体で押して外に出たり入ったりしていた。部屋の中がどうなっているのか気になった彼らは、扉を少しだけ開いて中を覗いた。


 部屋の中には、大きな何かの装置があり、そこから不死者が延々と湧き出しているように見えた。よく見ると、部屋いっぱいに不死者が立っていることに気付いた。

 ナルシウスの部下がこの光景に思わず悲鳴を上げてしまった。

 すると、部屋の中にいた不死者たちが、一斉にこちらを向いた。

 恐怖を感じた彼らは、慌ててそこから逃げ出した。どさくさに紛れて、荷物係の奴隷はそこから荷物を持ったまま逃亡してしまった。

 不死者たちは群れを成して後を追って来た。

 護衛役の聖騎士が必死で剣を振るうも、その数に押され、不死者の大群に呑み込まれてしまった。

 聖騎士が犠牲になっている間にナルシウスと司祭の3人は、元来た通路を通って、なんとか地上に逃げた。だが、地上には別の不死者の集団がいて、彼らを待ち伏せしていたのだった。


「ど、どうしましょう!カッツ祭司長!」

「く…」


 彼らが覚悟を決めた時、見知らぬ1人の騎士が現れ、不死者に号令をかけた。

 すると、不死者たちは、その場で動きを止めた。


「…なんだ?なぜ奴らは襲ってこない?」

「私が不死者たちを操っているのだよ」


 ナルシウスの問いかけに、騎士は何か赤い棒のようなものを手にして答えた。


「貴様らは公国の司祭か。見られたからには帰すわけにはいかん。一緒に来てもらおう」

「お、おまえたちはどこの者だ?帝国か?」

「行けばわかる」


 すると不死者の後ろから複数の鎧姿の兵士たちが現れた。

 ナルシウスたちは兵士らに後ろ手に両手を縛られて引っ立てられていった。

 彼らが連れていかれた場所は、放棄された山林地帯の中にある洞窟の中だった。

 真っ暗な洞窟の奥へと進む。そこにも不死者が大勢うろうろしていたが、襲われることもなくそのまま先へと足を進めた。

 真っ暗な道を進んでいくと、やがてほのかな明かりが見えてきた。

 明かりの方へと歩いて行くと一行はやがて広い空間に出た。


「なんだここは…」


 そこは巨大な地下空洞だった。

 天井近くには楕円形の円盤のような物がいくつも浮かんでいる。地下にも関わらず昼間のように明るいのはその円盤が光っているせいだった。


「人工の太陽…光魔法の魔法具か。しかし、あんな大きなものは初めて見る」


 彼らは空洞内に足を踏み入れた。

 地面には草木が生えていて、鳥のさえずりさえも聞こえる。

 そこには自分たちが地下道にいるということを忘れそうになるくらいの光景が広がっていた。

 頭上には空ではなく、吹き抜けの天井が見える。土の天井にはいくつもの補強された穴が開いているようで、空気はそこから入れ替えを行っているようだった。


「祭司長、我々は街に戻ってきてしまったのでしょうか?」


 同行していた司祭が云った。

 司祭が間違えるのも無理はない。

 空洞内の中央には大きな街が広がっていたのだ。

 民家らしきものも多く立ち並んでいた。家の屋根の煙突からは煙が立ち上っていて、人が生活している様子が見て取れた。

 そして驚くべきは、その奥に城のような大きな建物がそびえ立っていたことだ。


「いや、ここは確かに地下だ」


 ナルシウスは足元を見て云った。草に見えた緑は発光する苔で、木だと思っていたものも、緑色の苔が生えた大きな鍾乳石だった。

 兵士らに先導されて街の中を歩いて行くと、ナルシウスはあることに気が付いた。

 民家だと思っていたところは、兵士たちの宿舎のようだった。よく見ると軍馬の厩舎だったり武器庫だったりと、この街すべてが要塞基地であるかのようだ。そしてここにいる人間すべてが、武装した兵士だった。


「ここはどこかの国の基地なのか…?」


 ナルシウスは、兵士たちに促されるまま、城へと向かった。

 連行される途中、ナルシウスは城を見上げた。

 よく見ると、その城は洞窟の壁面を掘るようにして建てられており、城のように見えたのは表面だけで、奥は洞窟の壁面と一体化しているようだった。

 しかし古文書を腐る程見ていた彼には、その城の形状に見覚えがあった。


「あれは…」


 彼は目を見開いた。


「あれは、オーウェン城だ…!」


 彼の目の前にあったのは100年以上前に滅んだはずのオーウェン王国の王城だった。

 ナルシウス一行はその城の中へと連れていかれた。

 中に足を踏み入れると、遠目には城のように見えていたその内部が、洞窟を大きくくり抜いたところへ石を敷いただけの簡素なものだったことがわかった。いわゆる『ハリボテの城』である。

だが、質素ではあるが中は意外に大きく、城と呼ぶにふさわしい広さを兼ね備えていた。

おそらくは時間をかけて掘り進めて作り上げたものなのだろう。

 彼らはしばらくの間、窓のない小部屋に軟禁されていたが、ようやくこの城の支配者が会ってくれるということで連れ出された。


 長く続く大通路の先には鋼鉄の扉があり、それが重々しく開いた先には、玉座の間らしき大きな部屋が広がっていた。さすがに玉座の間というだけあって、装飾がきちんとなされていて、天井も高く十分な明かりもある立派な広間だった。

 玉座の前まで連れてこられたナルシウスたちは、兵士らに促されるままに膝をついた。

 玉座には誰もいなかったが、その脇に白いドレス姿の赤毛の女性が立っていた。 

 騎士たちが女の前で敬礼をし、ナルシウスたちの脇に下がって彼らを見張るように槍を立てて立った。


「…ナルシウス・カッツだな」


 赤毛の女が云った。

 ナルシウスはなぜ彼女が自分の名を知っているのかと驚いた。


「遺跡でも発掘していたのか」

「そうだが…。なぜ私の名を?ここは何だ?あなたは誰だ?」

「貴様、無礼だぞ」


 後ろの兵士が怒りを露にした。

 女は、兵士を制し、ナルシウスらに説明を始めた。


「ここはオーウェン王国の地下要塞だ」

「オーウェン王国だって…!?」


 ナルシウスは驚いた。

 それは100年以上前に滅んだ王国のはずだった。

 まさに彼はそのオーウェン王国の遺跡を発掘していたのだ。


「知っての通り、かつて栄えた地上の王都は魔族の攻撃により滅びた。だが、一部の者はこの地下へ落ち延びたのだ。我々はその子孫である。そして、オーウェン王家の血を継ぐ最後の王レオナルド二世陛下によって、今ここに我が王国は再興するのだ」

「再興といっても、このあたりはアトルヘイム帝国領だ。あの強大な国と渡り合おうというのかね?」


 ナルシウスが云うと、赤毛の女はキッと彼を睨んだ。


「100年前のあの人魔大戦は、アトルヘイム帝国によって仕組まれたものだったのだ。かの国はまんまと我が国の領土を手に入れた。我らの先代は奴らに利用され、何もかも奪われたのだ」

「…それは、本当か?」


 歴史研究家のナルシウスも初めて聞く話だった。


「それが本当なら、なぜ全世界にその事実を公表しない?」

「当時の事情を知る者は既にこの世にない。当時の侍従の手記なども残されているが、アトルヘイムが言いがかりだと言えば、それを真たらしめるだけの証拠としては足りぬ。歴史を研究しているそなたですら知らぬという時点で、国家による隠ぺいがなされている証拠だ。そして奴らは我々の口を武力で封じた。だが、それももう終わりだ。我々は公国を隠れ蓑に、100年かけて兵力を準備してきた。時は満ち、我々は我々の国を取り戻す時は来たのだ」


 赤毛の女は、キリッとした口調で叫んだ。


「あの…我々はどうなるのでしょうか」


 ナルシウスの隣にいた司祭が口を開いた。


「おまえたちがいた大司教公国は元々オーウェン王国のものだ。かの国は滅び、間もなく新たにオーウェン王国として生まれ変わるのだ。今頃は首都はわが軍に制圧されているだろう」

「ええっ!?」


 ナルシウスたちは、驚愕した。彼らは発掘作業に忙しく、大司教が死んだことも、公国が魔獣に襲われたことも知らなかったのだ。


「おまえたちも、オーウェン王国民となるのだ。生き延びたくば我らに従え」

「従うって、何をすれば…」

「事が動き出すまでしばらくこの城に留まってもらう。公国でそれなりの地位にあるおまえたちには、市民らを従順にさせる役目を担ってもらおう」


 赤毛の女がそう云うと、ナルシウス一行は、兵士らに先ほどまでの部屋とは別室に連れていかれた。


 ナルシウスたちが出て行くと、赤毛の女は玉座の裏にある扉へと出て行った。

 扉の先は別の部屋へと続いていた。

 その部屋にはベッドが置いてあり、全身を包帯で覆われた男が横たわっていた。

 ベッドの脇には回復士が治療を行っていた。


「レナルド様…」


 赤毛の女は彼の前に跪き、心配そうに彼の顔を見上げた。

 その包帯男の正体はレナルドだった。

 彼はゴラクドールの地下で魔王の炎を受け、瀕死の状態で逃げてきた。高級ポーションを使って生き延び、つい先程ポータル・マシンでここまで戻ってきたのである。

 誰にやられたのか、レナルドは語っていないが、優秀な隠密スキルを持つ護衛を倒すということは、かなりの手練れだということだ。そんな者が敵対しているとなれば注意しなければならないと、彼女は思った。

 王国の魔法士や薬師など総出で彼の治療に当たったが、彼の負った火傷は、並大抵の治癒魔法では役に立たなかった。火傷を隠すため、全身を包帯でぐるぐる巻きにされていたのだ。

 レナルドの手には<魔力増幅>の宝玉が握られていたが、彼は魔獣を召喚したために魔力も奪われていて、なかなか体力も回復していなかった。傷の治りが遅いのはそのせいでもあった。


「カーラ様、あとは我々にお任せを」

「わかった、頼む」


 回復士は彼女を安心させるように云い、部屋から出るよう諭した。

 片目と口のみが露出している状態のレナルドを一瞥し、カーラと呼ばれた赤毛の女は部屋を後にした。


 レナルドはゆったりした上質のローブを着せられていたが、その懐から小さな宝玉を取り出した。

 包帯で巻かれた手でその宝玉を使った。


「<運命操作>…!!」


 彼は何事か呟くと、宝玉は彼の手の中で粉々に割れ、サラサラと灰のように手から落ちて失くなってしまった。

 包帯からそれを覗いていた彼の目が見開かれた。


「あ…ああああ―!!」


 レナルドは思わずうめき声を上げた。

 回復士は驚いて、急に取り乱した彼に慌てふためいた。


 そんな騒ぎなど知らずに、玉座の間から通路へ出たカーラは心の内で舌打ちしていた。

 この大事な時に、王たる身でありながら勝手な行動をとった彼にイライラしていたのだ。

 すでに事態は動き出している。新王国の宣誓式には彼に登場してもらわねばならないというのに、あの包帯姿では到底無理だ。


 カーラは城の大通路にいた騎士団を呼び出した。


「ホリー・バーンズを連れて来い。陛下の傷を急ぎ治させるのだ」


 そう指示を出すと、騎士らは頷き、足早に去って行った。

 カーラはもはや手段を選んではいられないと考えていた。一刻も早くレナルドには回復してもらわねばならない。そこで公国随一のSS級回復士であるホリーに治療させようと思いついたのだ。

 そのカーラの元へ、1人の壮年の男性がやってきた。


「カーラベルデ」

「シュトラッサ―卿。任務おつかれさまです」

「ああ、すぐにまた出かける。といっても各国に文書を配布するだけの簡単な仕事だがね。青の騎士団も完璧な仕事をしたようだしな」

「はい。しかし、少々計画にズレがでました。レナルド様が怪我を負われてしまい、建国宣言の日程を遅らせなければならなくなりました」

「陛下にはすべてが整ってからお出ましいただいても問題なかろう。急ぐことはあるまい。所詮飾りだ。公国さえ押さえれば良い」

「そうですね。既に白の騎士団一個大隊が公国に向かいました。公国内部の騎士団も同時に蜂起することになっています。問題なく鎮圧できるかと」

「抜かりはないな」

「私の率いる紅の騎士団はレオナルド陛下をお守りして公国制圧後に入国します」

「頼む。…しかし、あの15年前の日から、よもやこのような日が来るとは思ってもみなかった。この城内で起こった落盤事故で瀕死の重傷を負ったレオナルド様が奇跡の復活をなされてから、王家の生き残りはあの方と生まれたばかりのおまえだけになった。すべてはあの時から始まったのだな」

「私は王国に命を捧げるために生まれてきたことを自覚しています」

「陛下に万一のことがあれば、…わかっているな?」

「はい」


 カーラはシュトラッサーと共に玉座の間から出口へと続く長い城内の大通路を歩いていた。

 大通路には多くの騎士たちがいたが、皆2人に道を開けて敬礼をした。


「皇女は?」

「玉座の間の右奥の部屋にノーマンと共に軟禁してあります。青の騎士団が警備をしていますので問題ないかと」

「ノーマンというのは黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)の隊長だったね。生かしておく必要があるのかね?」

「ノーマンは帝国の円卓騎士エイヴァンの婿養子です。それに皇女のお守りも必要でしょう。そもそもあの国は世継ぎ問題で揺れていますし、人質は多い方がよいかと」

「ふむ。ではそちらはおまえに任せよう」

「…ありがとうございます。義父上(ちちうえ)


 カーラはシュトラッサーに頭を下げた。


「…義兄上(あにうえ)のことは、よろしいのですか」

「あれは真っすぐすぎて(はかりごと)には向かん。我が息子ながらよくあそこまで生粋な武人として育ったものだ」

「それが義兄上の良いところです。魔法騎士団の中でも人望もありますし」

「だが、いざとなれば働いてもらわねばならん。そろそろ呼び戻しておくか。連絡用の宝玉は渡してあるな?」

「はい。ですが、魔獣騒ぎの後、勇者候補と共に行方がわからなくなりました」

「戻るのが困難ならば、こちらが動くことだけでも伝えておきなさい」

「…はい。すべては新王国の宰相となられる義父上の計画通りに」


 カーラは表情を引き締めて云った。

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