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実験狂の最期

 フルール・ラウエデスは実験室から、白いローブに返り血を浴びた状態で出て来た。

 実験と称して口に出すのも恐ろしいことを行っていたのは容易に想像がついた。

 彼が手袋を外しながら部屋の外に出ると、いつも部屋の外に待機しているはずの助手がいなかった。


「職務怠慢だ、まったく」


 ブツブツと文句を云いながら、通路に出たが、そこにも人っ子1人いない。

 不審に思って研究室の方に行こうとすると、通路にローブ姿のスタッフが倒れていた。


「はて?なぜこんなところで寝ているのかね」


 フルールが丸眼鏡を持ちあげながら云うと、いきなりそのローブのスタッフが顔を上げた。

 その顔は顎から下の部分を噛みちぎられていて血を滴らせていた。


「うわぁあぁ!」


 血まみれのローブのスタッフは、うめき声を上げながら這いずってフルールの足を掴んだ。

 フルールは驚き、その手を振り払って後ろへ下がった。


「来るな、来るな!」


 そう云いながら、スタッフを脚で踏みつけて逃げ出した。


「何なんだ、あれは!誰か!誰かいないかー?」


 フルールは呼びながら研究所の中を走り回った。

 通路の白い壁にはあちこちに血の跡があったが、スタッフらしき姿は見えなかった。

 奥の研究室の扉を開けた時、彼の口から悲鳴があがった。

 そこは、多くの不死者(ゾンビイ)であふれており、その足元ではスタッフらが彼らの餌食になっていた。

 フルールの悲鳴を聞いた不死者たちは、一斉に彼を見た。

 彼は慌てて部屋の扉を閉めて通路を逃げ出した。


「ひーっ!なんだ、何が起こった?なんで不死者がいるんだ?」


 不死者たちは、大勢で扉を押し倒しながら通路に出て来て、フルールの後を追いかけてくる。


「そ、そうだ『屍術杖(アートワンズ)』…!」

 フルールは実験をしていたので、『屍術杖』を自分の部屋に置いてきていた。よもや研究室内に不死者がいるなど思いもしなかったからだ。

 慌ててそれを取りに自分の部屋へと戻った。

 彼は自分の机の引き出しを乱暴に開けた。


「あれ?あれ?ない…!」


 引き出しの中にいつもしまってあるはずのものが見当たらない。

 引き出しを取り出して机の上でひっくり返してみたが、探し物は見つからなかった。


「探しているのはこれですか?」


 見知らぬ人物がフルールの机の上に土足で立っていた。

 その手には赤い棒が握られていた。


「だ、誰だ?そっ、それは『屍術杖』!それを寄越せ!」

「人にものを頼む態度ではありませんね」


 その人物は美しい顔で冷たく云った。

 それはユリウスだった。

 フルールはユリウスに掴みかかろうとしたが、彼はすばやく机の上から後方に移動した。


「貴様が不死者を放ったのか?貴様、一体何者だ?!」

「セキ教授から『屍術杖』を少し拝借して、奥のシェルターから不死者をこちらの研究所へ誘導してきたんですよ。彼らは本能のままに生きた人間を襲って歩くので、あとの命令は必要ありませんでした」


 ユリウスはそう云いながら『屍術杖』を楽しそうに振っていた。


「面白いですね。こうして振ると、あの腐った脳に指令が伝わるなんて。死人を操る精神スキルがあるなんて初めて知りましたよ」

「何てことをしてくれたんだ!何が目的でこんなことを!?」


 フルールは激怒した。


「もちろん、あなたに復讐するためですよ」

「な、何を…私はおまえなんか知らん!」

「あんなひどいことをしておいて、忘れたんですか?」

「な、何のことだ!」


 フルールが叫ぶと、ユリウスはキッと彼を睨んだ。


「私はあの日まで、あなたに生きたまま内臓をえぐられ、皮膚を削がれ、そのまま水槽の中で半死半生のまま放置されていたのですよ」

「し、知らん!私じゃない!」


 不意に部屋のドアがバン!と大きな音を立てて開いた。


「ひぃっ!と、扉が!」


 ユリウスが扉を光速行動で開いたのだったが、フルールには勝手に開いたように見えた。

 扉の音を聞きつけて、不死者が通路から次々と入ってきた。


「ひーっ!」


 フルールは慌てて『屍術杖』を持つユリウスの立っている方に逃げてきた。

 だが、ユリウスの姿は瞬時に移動した。

 フルールは襲い掛かる不死者たちを魔法で吹き飛ばしていると、ふいに耳元でユリウスの声が聞こえた。いつの間にか自分の真後ろにいたユリウスに、驚きのあまり声すらも出なかった。


「がんばってくださいね」

「ひぃっ!」


 ユリウスはニッコリ微笑んで、『屍術杖』をフルールの目の前で振って見せた。


「そ、それを寄越せ!」


 フルールは『屍術杖(アートワンズ)』につられて、ユリウスに掴みかかろうとした。

 だが、ユリウスの姿はパッと消え、彼の目の前にはいつの間にか不死者の大群が押し寄せていた。


「ぎゃああ――!」


 フルールは大勢の不死者たちに押し倒され、ガブリガブリと体中を噛みつかれ、生きたまま食われることとなった。

 フルールの断末魔の悲鳴が聞こえた。


「やめて、許して、あっちいけぇぇぇ!!痛い、痛い!うわぁぁぁ!!」


 ユリウスは机の上に立って、その様子を凍るような目で見下ろしていた。

 やがて不死者たちが立ちあがってその場を去って行くと、フルールは体のあちこちを無惨に食われて死んでいた。


 不死者(ゾンビイ)に食われた者は不死者になってしまう。

 フルールも例外ではなく、しばらくすると彼の身体はブルブルと震え出し、ゆらりと起き上がった。彼もまた不死者となって蘇った。


「自らの実験体によって殺されるとは。フッ…貴様に相応しい最期だ」


 ユリウスはそう呟くと、部屋を出て行った。


 ユリウスは、不死者たちを元居たホールに戻し、研究所の入口をロックして外に出た。

 セキ教授を連れ出し、既に研究所の外で待機していたグリスに彼と彼の家族を保護するように伝えておいた。

 また、中にあった水槽の中身と巨大なポータル・マシンをアザドーで保護管理するように云った。

 グリスには人魔研究所を封鎖して不死者を封じ込め、彼らをすべて焼き払うように命じた。

 ユリウスは『屍術杖』をグリスに預けて、ポータル・マシンでゴラクドールへと戻って行った。


 ポータルマシンでゴラクドールに戻ってきたユリウスは、近くに人の気配を感じて姿を消した。

 そこへやって来たのは、トワとルキウスたちだった。

 ユリウスはトワを見つけて驚いたが、姿を現さずに彼らを見守っていた。

 彼は、ルキウスの仲間らしき男が魔法具を出して、行き先を別の場所へ設定する様を見て、怪しいと思ったのだ。

 彼らはセウレキアの闘技場の闘士のはずだが、なぜポータル・マシンの操作方法を知っているのか、なぜそんな魔法具を所持しているのか。

 トワは囚われているようには見えなかったし、自らの足でマシンに乗っていた。

 操られているようにも見えないため、何か事情があるのだろうとユリウスはあえて止めに入らなかった。

 そうしてトワと彼らはマシンに乗ってどこかへ転移されていった。

 ユリウスは、マシンの傍にそれをコントロールしていたルキウスの仲間の前に、トワの行く先を聞き出そうと姿を現した。


「わぁ!」


 突然現れたユリウスに、ルキウスの仲間の男は驚いた。

 そして、手にしていた魔法具がいつの間にか彼に奪われていることに気付いた。


「おまえ、誰だ?それを返せ!」

「ルキウスはラエイラに行ったんですか?」

「…なんだ、ルキウスの知り合いか。いや、オーウェン王国だよ」


 薄暗い通路でユリウスを見た男は、彼を人間だと思っているようだった。

 ユリウスの形の良い眉がピクリと動いた。

 人魔研究所にあった大型のポータル・マシンの行き先も旧オーウェン王国跡地ではなかったか。


「オーウェン王国?旧市街地のことですか?」

「旧市街の地下にある要塞のことだよ。あんた行ったことないのかい?オーウェン王国の王族の子孫が再興の機会を伺っているんだ。長い時を経て、ようやく地上に姿を現す時が来たのさ」


 男は少し、酔いしれたように云った。


「なるほど、あなた方はオーウェン王国の末裔というわけですか。で、これから何が始まるのです?」

「かつての王国の版図を取り戻すんだ。そして王国を破滅に追いやった連中に天罰を下すのさ」


 男は力説したが、ユリウスは冷静に聞いていた。


「…なぜトワ様を連れて行ったのです?」

「トワ?ああ、あの娘のことか。あれは魔王の愛人なんだろ?利用できるかもしれないってんで連れてくことになったらしいぞ」

「利用?」

「我々だけの武力では帝国全体を相手にするのは難しい。魔王の協力を取り付けたとなれば、奴らを威嚇できるだろ?」

「帝国との戦争の道具にするつもりですか」

「魔王はあの娘に随分とご執心だっていうじゃないか。娘を押さえれば、魔王を操れる。まあ、魔族にはいろいろと罪を被ってもらうことになるんだがな」


 男の言うことを聞いて、ユリウスは呆れ顔になった。


「あなた方はバカなんですか」

「何?」


 ユリウスはワインレッドの髪をかき上げた。

 彼の尖った耳を見て、男はようやく相手が魔族だと悟った。


「おまえ、魔族か!」

「魔王様を操れるなどと本気で考えているとは呆れます。トワ様を人質に取るような卑怯な者を魔王様は決して許しません」

「こっちは娘の命を握ってるんだ。魔王だって手は出せないさ」

「なるほど。ではその話、ご本人にもう少し詳しく話していただきましょうか」

「は?」


 ユリウスは男の目の前で突然独り言を云いだした。

 その内容は、誰かと会話しているかのようなものだった。男は何を云っているんだと首を傾げた。

 男が瞬きする間に、ユリウスの隣に黒衣の男が現れた。


「うわっ!」


 突然現れた人物に、男は驚いた。


「な…、な…」

「何用があって我を呼びつけた?」

「魔王様、お呼び立てして申し訳ありません」


 ユリウスは片膝を折って、黒衣の男に頭を下げた。


「ま、魔王だって…?」


 男には、現れた黒衣の男が、頭の両脇に大きな巻き角を生やした人外の者に見えた。瞳は金色に輝き、白目部分が漆黒という人ならざる目に鋭い牙。その姿は魔王と呼ぶに相応しい異形だった。


「さあ、オーウェン王国とやらの話を、お聞かせください。そしてトワ様をどう利用するつもりなのか、おまえたちの計画を魔王様の前で白状するのです」


 ユリウスの白々しいセリフを受けて、魔王が男を振り返った。

 その恐ろしい容貌と黒いオーラに、男は冷や汗が止まらなかった。

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