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ザグレムの憂鬱

 そこは、ゴラクドールの最高級ホテルの最上階のスイートルームだった。

 魔獣騒ぎも、ここでは他所の出来事のようだ。

 バルコニーからは騒ぎのあった噴水広場が近くに見え、遠くにはゴラクホールが見える。

 まだ、大勢の市民たちが街中に倒れたままだった。


「いい眺めですね~!ここから魔獣が出て来たのをのんびり見物していたわけですか」


 バルコニーから外を眺めていたアスタリスが、部屋の中に向かって声を掛けた。


「人間共が逃げまどうさまは、さぞ良い眺めだったろうな」


 魔王は優雅に足を組み替えながら云った。

 魔王が腰かけていたのは、四つん這いになったザグレムの背中だった。


「我の忠告を無視するとは、なかなかの度胸だな、ザグレム」


 魔王がそんな嫌味を云ったのも、ザグレムが再びトワにちょっかいを出そうとしていた事実に怒っていたからだ。

 泣きつかれて眠ってしまったトワをコンドミニアムの部屋に寝かせ、魔王はサレオスとアスタリスを連れて、彼女を悲しませた原因を作った張本人の居場所を見つけて訪ねてきたのだった。


「どうやって殺してやろうか。刻むか?爆発させるか?それとも醜く溶かしてやろうか?」

「う…!お、お許しを」


 重力魔法で四肢の自由を奪われたザグレムは、四つん這いにさせられ、椅子の代わりにさせられていた。

 魔王の姿を見て慌ててゴラクホールから逃げてきたザグレムは、ホテルに戻って女たちと引き揚げようとしていたところ、魔王の襲撃を受けたのだった。

 既にこの部屋の中で攻防戦が行われ、ザグレム自身もかなりのダメージを受けていた。魔王に自慢の顔面をしこたま殴られたのである。護衛の女たちもサレオスとアスタリスにあっという間に倒されてしまい、縛られて部屋の隅で転がされている。ザグレムはなんとかこの状況を打開する方法を考えていたが、身動きも出来ぬ状態ではもはや打つ手がなかった。


 そもそも、ザグレムがなぜここにいたのかというと、彼を取り巻く愛人たちが彼のご機嫌を取ろうと寄り道をしたからであった。

 マリエルを始末してグリンブルを後にした時、ザグレムはかなり機嫌が悪かった。

 愛人らはザグレムの機嫌を取るため、ペルケレ共和国に寄り道をして、共和国の各都市を巡って観光を楽しんだ。セウレキアの芝居小屋で評判の華麗なレビューショーをはしごしたザグレムは大層気に入った様子だった。

 気に入った魔族の歌姫の出演する芝居小屋に通いつめ、興行主に大枚を払って身請けし、新たに愛人に加えたことで、ようやく彼の機嫌が直ったのだ。

 その歌姫が隣の都市のゴラクドールで行われる祭りで歌うことになっていると聞いて、ザグレムは祭を見物したいと云いだした。

 ゴラクドールには通常人間しか入れないが、魔公爵たるザグレムはセウレキア市長ザファテを直接訪ねて圧力をかけ、特別に都市に地下からノーチェックで入れる許可証を得て、ゴラクドールで最も高級なホテルの最上階に部屋を用意させたのだった。

 その際、セウレキア市庁舎内にいた女性たちが次々と篭絡され、セキュリティすら解除して市長の元へとザグレムを案内したことは、後々まで市長を悩ませることとなるのだった。


 そんなわけで、ザグレムは何の気兼ねもなくこの都市に入国でき、ホテルの部屋のバルコニーからお酒のグラスを片手に街中で行われていた華やかなパレードを眺めていたのだった。

 楽し気なパレードを空から眺めようと思い、歌姫が歌う予定だというゴラクホールへと足を向けたのは、ほんの気まぐれだった。


 彼はここに魔獣が現れることも、魔王が現れることも想像すらしていなかった。たまたまトワを見かけてちょっかいを出しに来たに過ぎず、個人の力量で魔王に勝てるなどとは最初から思っていない。

 ザグレムの最大の武器は自らの戦闘能力ではなく、魅了し、傀儡スキルや精神スキルで操った者を代わりに戦わせることなのだ。そしてそのスキルは魔王には意味がないことを彼は知っている。

 こうなれば素直に謝って許してもらうしかないと思った。


「…申し訳ありませんでした、魔王様。あの娘が魔王様の意中の者と知りながらも、あの能力欲しさに行動してしまいました」


 ザグレムは、女たちが気を失っていることに感謝した。腫れあがった顔と、魔王に椅子代わりに座られているというなんともみっともない姿を愛人たちにみせるわけにはいかなかったからだ。


「貴様、トワにスキルを使ったらしいな」

「…ですが、あの娘にはなぜか私のスキルが通じませんでした」

「そうらしいな」

「…ああ、私のスキルは無敵のはずだったのに、ショックだ…」

「貴様、まったく反省の色がないな」


 魔王の言葉には怒気が混じっていた。

 だが、ザグレムは迂闊にもそれに気づかず、言い訳ばかりを繰り返していた。


「い、いえ!魔王様が好意を持ったという娘に興味があったのです。どんな素晴らしい娘か確かめようと…」

「あれの能力が目的のくせに、よく言う。…命はいらないと見えるな」

「お待ちください!違うのです。私は真実に愛する相手に巡り合いたいだけなのです」

「あれだけ愛人がいて何を言っている」


 ザグレムの云ったことは、魔王を呆れさせた。


「どれだけ多くの愛人がいても、本当に愛する人にはまだ巡り合っていないのです。それで魔王様の意中の者がどのような者なのか、興味を持ったのです」

「わざわざスキルを使って、か?嘘もたいがいにしろ。もしトワがスキルで落ちていたらおまえは今頃この世に存在しておらんぞ」

「それは、その…スキルを使ってしまうのは癖で」


 魔王は座ったまま、ザグレムの尻を思いっきりつねった。


「あうっ!い、痛い!」


 悲鳴を上げるザグレムを見ていたサレオスは、魔王に注進した。


「魔王様、仮にも魔貴族の双璧をなす魔公爵家の当主を殺したとなれば魔貴族たちの動揺を招きます。また彼らの均衡が崩れ、要らぬ争いを生むことにもなりかねませぬ。トワ様もご無事だったことですし、ここはひとつ穏便に済ませては」


サレオスの申し出に、ザグレムはホッとして表情を緩めた。


「おまえのいうことも一理あるが、我はトワの苦しみをこやつに味わわせてやらねば気が収まらん」


 魔王は、腕組みしたままサレオスに云った。


「あんなに殴ったのに、まだ気が済みませんか…」


 ザグレムは絶望したように云った。

 するとアスタリスが尋ねた。


「この人が苦手だって思うものは何ですかね?女性が好きなんですよね?」

「…なるほど」


 魔王が何かを思いついた。


「サレオス、前線基地に戻る時、こいつを連れていくというのはどうだ」

「えっ?」

「は?」


 サレオスとザグレムが同時に言葉を発した。


「男だらけのむさ苦しいあの基地に放り込むというのはどうだ?もし逃げたら領地をすべて没収するという条件で」

「そ、そんな…!」

「魔王様…」

「わ、私は魔公爵だ!そんなところになど行くものか!」


 四つん這いになったまま、ザグレムは叫んだ。


「貴様、自分の状況をわかっておらんようだな」

「魔公爵、魔王様のお怒りを買う行動は慎んでもらいたい。貴公も、魔王様と戦って勝てるなどと思ってはおらぬだろう。この都市まるごとを一瞬で消してしまうことすらできるお方なのだぞ」

「ク…」

「そもそもおまえを魔公爵に任じてやったのも、ポーション生成の成功への恩賞としてだ。独占販売まで認めてやりその功績に見合った報酬も得たはずだ。これ以上何を望む?」

「いや、ですから愛を…」

「ふむ。ではおまえにはこれをくれてやろう」


 魔王は何もない空間に手を伸ばすと、まるでポケットから取り出すかのように、異空間から何かを取り出した。

 そしてそれをザグレムの首に巻き付けた。

 それは真ん中に小さな黒い石が嵌め込まれた黒いチョーカーだった。


「はっ?な、何です?これは」

「我が作った魔法具だ。精神系のスキルを無効にする効果がある」

「ええっ!?」

「以前からおまえのスキルは厄介だと思っていた。トワにそう話した時に、この魔法具を作ることを思いついた。これは精神を通して発するスキルを感知し、次元波動で阻害するものだ。装着すればあらゆる精神系スキルを受けないが、同時に発することもできなくなる」

「え…」

「ちなみにこれには我の魔力が練り込んであるので、我にしか外せない」


 魔王は自慢気に云った。

 四つん這いになったままのザグレムはわなわなと震えた。


「そ、そんなー!」

「ついでに前線基地にポーション1000個を無償供与せよ」

「1000個でも2000個でも提供します!ですから基地行はどうかご勘弁を…!」

「どうする?サレオス」

「基地に来ていただいても、役に立ちそうにありません。ポーションをいただくだけで結構です」


 サレオスははっきり拒絶した。

 ザグレムはホッとした表情になった。


「仕方がないな。ではポーション2000個を前線基地へ送れ」

「わ、わかりました。で、この首輪は…」

「貴様は先程、真実に愛する相手に巡り合いたいと言ったな?」

「ええ」

「本気で愛したい相手なら、魅了スキルを使わずに付き合ってみたらどうだ」

「スキルを使わない…?」

「おまえはそんなナリをして案外小心者だからな。誰でも彼でも魅了スキルを使って落とそうとするのは、フラれるのが怖いからか?そんなことで相手を本気で愛せるものか」

「おっしゃるとおりですが…」

「おまえが真に愛せる者に出会ったら我の前に連れてこい。そうしたら外してやる」

「魔王様に愛人を紹介しろと?そ、それはちょっと難易度が高いのでは…」

「おまえは人の心を操り、弄んできた。歪んだ愛しか知らぬおまえは、こうでもせねば目を覚まさんだろう」

「…魔王様もお人が悪い」


 サレオスは苦笑した。

 サレオスの仲裁を受けた魔王は立ち上がって、ようやく重力魔法を解除すると、ザグレムは「ふぅ」と溜息をつきながら、衣服を払って立ち上がった。

 スキルを封じられたなんてハッタリだと思っていたザグレムは、すぐさま部屋の外に出て行った。

 そしてしばらく経ってからザグレムが涙目になって戻ってきた。


「魔王様…!私のスキルがまったく効かないのですが、この首輪のせいですか?」

「だからそう言っただろう、バカめ。我の言葉が嘘だと思ったのか?」


 ザグレムは見るからに落ち込んでいた。

 なまじスキルに優れている者は、その本質を見失う傾向にあると魔王は知っている。

 ザグレムにもそういった面があったようで、気取った印象のあった彼がまるで子供のように見えてしまうのを、魔王は愉快そうに見ていた。

 サレオスとアスタリスにザグレムの監視を任せ、魔王はトワの元へ戻ろうとした。

 その時、アスタリスが騎士団のメンバーからの遠隔通話を受けて、その内容を魔王に伝えた。


「魔王様、ユリウスからです。広場の地下のポータル・マシンの前まですぐ来て欲しいって…」

「あやつめ、我を呼びつけるとは偉くなったものだな」

「あー、はは…すいません…」


 その後の報告を受けると、魔王の表情が一変した。

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