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価値観の違い

 「人殺し!」


 そう叫ばれた気がして、ハッと目が覚めた。


 そこは、コンドミニアムの部屋のベッドの上だった。

 夢…だったのかな。

 そう思って頭を動かすと、こめかみに痛みが走った。

 そこに手を触れてみると血の固まった跡があった。


 夢じゃなかった…。

 あれは、本当にあったことなんだ。

 私、人殺しになっちゃったんだ…。

 私は憂鬱な気分で深く嘆息をつき、自分の傷口に回復魔法を掛けながら、冷静に思い返してみた。

 あ!

 魔王…!そうだ、私、魔王に会って安心しちゃって、いつの間にか寝ちゃってたんだ。

 うはー…。

 思いっきり抱きついちゃったうえに「大好き」とか言っちゃった気もする。

 思い出すと、顔から火が出そうだった。

 会って間もないのに…。

 でも、あの時魔王に「俺がついてる」的なことを囁かれたのはグッと来ちゃったなあ…。

 あの時の彼の声が耳に残ってる。うわああー、恥ずかしい!!

 それを思い出して、私は枕を抱きしめてベッドの上でジタバタしていた。


 ふと視線を感じてベッドの脇を見ると、魔王が立っているではないか。


「きゃあ!」


 慌てて起き上がった。

 今のにやけた自分を見られていた!!

 恥ずい!死ぬ!

 …あれ?

 でもよく見ると、違うことに気付いた。


「あ、カイザードラゴンか。ビックリしたぁ」

『…なぜわかった』

「え?そりゃ、わかるわよ。雰囲気が違うもの」

『…雰囲気…』


 カイザードラゴンは少し悩んでいるように見えた。


「魔王は?」

『ザグレムをぶち殺すとか言って出かけて行った』

「…マジ?」

『かなり頭にきていたようだったからな』

「こ、殺しちゃったりするの?」


 確かに、カイザードラゴンが女性たちを殺すことになったのも、あの人がおかしなスキルを使ったのが原因だ。

 だからって殺すのは…どうかと思う。


『奴は仮にも魔公爵と呼ばれるほどの上級魔族だ。そう簡単に殺したりはせぬだろう』

「ねえ…。魔族の国って、人を裁く法律とかないの?」

『裁くのは法律ではない。魔王だ』

「そうなんだ…。でもそしたら魔王が大変じゃない?」

『よくは知らんが、魔王の代理人なる者たちが裁いていると聞いたことがある』

「あ、なるほど、魔王が任命した裁判官がいるってことか」


 カイザードラゴンは魔王の姿のまま、ベッドの脇に腰を下ろして、私を見た。


『すまなかった』

「ん?あ、さっきのこと…ね?」

『だがそれはあくまでも、お前の意に沿わぬことをしたことに対する詫びだ』

「…人を殺したことは反省してないっていうの?」

『100年前の大戦では、私は多くの人間を殺した。人間を殺すことが悪いことだとは今も思っておらぬ』

「…そっか。あんたは戦争のために召喚されたって言ってたっけ」


 価値観の違いだ。

 戦争ではたくさん人を殺せば褒められる。でもそれが終われば人殺しは罪だと責められる。

 そもそも、カイザードラゴンは戦争のために、人間を殺すために召喚されたわけで、それが彼の存在理由でもある。

 それにあの時は、彼にとっては私を守るという正当な理由もあった。人を殺してはダメだと責められても、それが悪いことだなんて思えないのは当たり前なんだ。


「ねえ、カイザードラゴン」

『カイザーと呼べ。以前のおまえは私をそう呼んだ』

「わかったわ。カイザー。…あんたは私を守ってくれようとしたのよね」

『ああ』

「さっきは責めてばっかで、お礼を言ってなかったわね」

『私はおまえの意に添わぬ行動をして、おまえを悲しませた。礼などいらぬ』


 カイザーは神妙な顔をして目を逸らせた。

 なんだ、理由はどうあれ、反省してるんじゃない。

 人の命を奪ったことはショックだったけど、カイザーの事情も考えたら、私ばっかり落ち込んでる場合じゃなかったんだ。


『ひとつだけ教えてくれ』

「ん?」

『なぜ、石を投げられてまで謝る必要があった?』

「…うん、石を投げるのはちょっとやり過ぎだなって思ったけどね。私、逃げたくなかったの。自分のしたことから逃げて後悔するの、もう嫌なのよ」

『…いじめにあっていた友達を助けられなかったことを言っているのか?』


 私は驚いてカイザーを見た。


「…どうして知ってるの!?」

『以前、おまえが話してくれた。自分にできることがあるうちは、もう逃げないと決めたと言っていたな』

「驚いた…!私、そんなことまで話してたのね」

『…おまえに忘れられて、私は悲しいぞ』

「ごめん…」

『その後添い寝もしたのに、覚えておらぬとは、残念だ』

「そっ、添い寝!?ま…まさかと思うけど、その姿で…?」

『そうだ』

「ギャー!」


 衝撃の告白に思わず声を上げてしまった。

 魔王の顔で、サラッと云わないでー!


 その時、来客を知らせるベルが鳴った。

 私はベッドを降りて入口のドアを開けた。

 そこにはルキウスが立っていた。


「ああ、良かった。戻ってたんだね。ホールで遠巻きに見てたんだけど、あの黒衣の人と一緒にいなくなったから気になってて。あの人がもしかして魔王?」

「あ…見てたの?そうよ」

「初めて見たけど、あんなに逞しい感じの人なんだね。まるで闘士みたいだった」

「え?魔王はそんなマッチョじゃないわよ?」

「あ…ああ、そうか。そうだった。魔王って見る者によって姿が変わるんだった」

「もしかして、安否確認に来てくれたの?」

「それもあるけど…。他のメンバーは戻ってきてるのか?」

「ううん、まだよ。どうぞ、中に入って」


 私はルキウスを部屋のリビングに通した。

 リビングには魔王の姿のカイザーがいた。


「わっ…!魔、魔王…!!」


 ルキウスは部屋の中に魔王がいることに気付いて驚き、身構えた。

 私は彼に、それがカイザードラゴンの擬態であることを伝えた。彼は驚いたけれど、じろじろとカイザードラゴンを見て感心していた。


「そういえば魔獣はどうなったの?」

「そろそろ決着がついてる頃じゃないかな」

「そう、良かった。結局私あんまり役に立たなかったわね」

「そんなことはないよ。君のドラゴンは十分役に立ったよ」

「…その後、あんなことになっちゃったけどね」

「そのことなんだけど」


 ルキウスは真顔になって云った。


「ホールで君に詰め寄っていたあの連中が、あの直後に治安局に駆け込んだんだ」

「治安局?」

「この都市の治安を維持する組織だよ。治安部隊という名の軍隊を持ってる」


 私は嫌な予感をおぼえた。


「僕らも彼らに引っ張られて、証人として治安局に連れていかれたんだ。僕は否定したけど、彼らは君ら魔族が人間を虐殺したって訴えたんだ。あのデカい魔獣を召喚したのも魔王の仕業だって言い出した」

「ええっ!?」

「おそらく治安部隊が君を拘束するためにここへ来るだろう。今すぐ逃げた方がいい」

「で、でも…」

『人間ごときが何人来ても、私が退けてやる』


 カイザーが自信たっぷりに云うのを聞いて、ホールでのことを思い出した私は血の気が引く思いだった。これ以上、カイザーに人間を殺させちゃいけない。

 その時、ルキウスの仲間が駆け込んで来て、治安局の兵士がコンドミニアムの外に来ていることを告げた。


「君が捕まったら、魔王も手を出せない。ここは逃げるべきだ」

「わかったわ。でも、どこへ逃げたらいいの?」

「僕に任せて。安全にここから脱出できるルートがあるんだ」

「でもどうしよう。魔王に連絡しないと…。勝手にいなくなったら心配するわ」

「魔王との連絡手段は持っていないのか?」

「うん」

「非常事態だ。今は逃げることを優先しよう。落ち着いたら連絡すればいい」


 ルキウスの説得に納得した私は、カイザーにネックレスに戻ってもらって、ルキウスに従って逃げることにした。


 ルキウスに連れられて行った場所は、都市の地下だった。

 私は知らないことだったけど、そこは魔王とレナルドが対峙していた場所だった。

 そこにはどこかで見た覚えのある装置があった。

 それはポータル・マシンだった。

 マルティスの家にあったのと似ているけど、こちらの装置の方が大きくて新しいみたい。

 このマシンって、結構普及してんのねえ…。


 ポータル・マシンの傍にはルキウスの支援者だって云う仲間の男が待っていて、テレビのリモコンみたいな魔法具を持っていた。

 ルキウスが云うには、通常は行き先が固定されているのだけど、この魔法具を使えば別の場所へ移送できるのだそうだ。

 マルティスの所のマシンは1人乗りだったけど、このマシンは複数人が一度に乗れるらしい。

 私はルキウスと一緒にマシンに乗った。

 なんだか、危機感を感じて、彼に促されるままに来てしまったけど、本当にこれで良かったのかな?

 どこかに隠れて、魔王を待ってた方がよかったんじゃないかな…とマシンの上で考えていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ゴラクドールの魔獣討伐は、決着がつこうとしていた。

 カナンたち聖魔騎士団のメンバーが合流してきたおかげで、火力が倍増したのだ。

 最も大きな肉食獣の首をカイザードラゴンが噛み切っておいてくれたおかげで、4つの首をそれぞれ同時に落とすことができた。


 イドラの云った通り、すべての首を失ったキマイラはもう動かなかった。

 シトリーがキマイラの心臓部に拳を突っ込んで核を取り出すと、巨大な魔獣の姿はサラサラと灰になって消えた。

 イドラは魔獣が召喚された場所を確認してくると云うと、イシュタルが同行を申し出た。

 2人が連れだって行くのを見て、優星は少し複雑な気分になった。

 イシュタルの別人格が現れてから、彼はやけにイドラと一緒にいたがるようになった。優星にとってはイシュタルは同胞のような仲間のような、そんな親しみを感じていたので、その彼を急に奪われてしまったような喪失感を覚えたのだ。


 共闘した傭兵部隊からも討伐成功の際には歓声が上がった。

 ゼフォンも傭兵部隊のかつての知り合いらと喜び合った。

 その中には、以前共に帝国軍と戦った仲間もいて、ゼフォンが生きていたことに驚いていた。

 魔獣を倒す命令を受けていた傭兵部隊は、任務完了ということで撤収していった。報酬以上の働きはしないというのが彼らの身上だ。

 市民の安否確認や避難などを担当するのは市が手配した都市警備隊であった。

 都市警備隊を指揮するのはネフェルティ・ウェルシアという女性特務官だった。

 彼女がまだ20代前半という若さで警備部のトップでる特務官という地位にいるのは、彼女が領主であるエドワルズ・ヒースの姪であるからという者も多いが、実際彼女は文武両道に秀でた優秀な逸材であった。

 魔獣に荒らされた市内は大変な被害が出ていた。多くの建物や人命が失われたため、彼らはその後始末に追われることとなった。


 魔獣討伐に協力したマルティスたちはネフェルティに(ねぎら)われ、お役御免となった。

 マルティスたちは、ホールに戻ろうとしたが、駆けつけてきたコンチェイから、ホールにはもう誰もいないことを聞かされた。

 ホールにいた観客全員はようやく脱出でき、そのままホールは閉鎖され、立ち入り禁止になってしまったという。ルキウスとトワもおそらくは脱出しているだろうとコンチェイは云った。


 闘技場運営委員会に行くと云うコンチェイと別れ、マルティスたちは、将たちを伴って宿舎代わりに使っているコンドミニアムへと戻ることにした。ゼフォンはエルドランに話がしたいと呼び止められたので、マルティスたちに先に戻るように云ってその場に残った。


 部屋に戻ると、トワはまだ戻っていなかった。

 心配するイヴリスを尻目に、将たちはコンドミニアムの部屋をあちこち見て回っていた。


「ちょっとー、あんたたちめちゃくちゃいいとこに泊まってるじゃない!闘士って儲かるのね!」


 エリアナが開口一番にそう云った。

 4人で使うにはあまりにも広すぎるキッチン付きのリビング、4つもある広いベッドルーム、広く奇麗なお風呂などすべてが、これまで将たちが過ごしていた古臭く陰気な大聖堂の部屋とは大違いだった。


「別世界だな。ラエイラのホテルよりも上等じゃねーか」


 将はリビングの上等なソファに腰かけて、その柔らかさに驚いていた。その隣にエリアナとアマンダが座ってポヨンポヨンと跳ねていた。


 マルティスたちの部屋にいるのは優星、将とエリアナ、ゾーイとアマンダ、それにイヴリスだった。


「…なんか不思議な感じね。こうして魔族と一緒にいるのは。今までは魔族は敵だって教えられてたからさ」

「私もです、エリアナ様」

「私も、ここへ来るまで人間とは敵対しているものとずっと思っていました」


 アマンダの傍にイヴリスが近寄って話しかけた。

 女性の魔族を初めて見た将たちは、彼女に興味津々だった。

 イヴリスは筋肉質な体型で、ジムのトレーナーかダンス講師かというくらいの引き締まった肉体を持っていた。エリアナもアマンダも彼女のスタイルに憧れ、体型維持のために何をしているのかを聞きたがった。

 戦闘の緊張が解けたせいもあってか、天然なイヴリスの発言にマルティスがツッコミを入れるという漫才みたいな会話を皆が面白おかしく聞いていた。

 話に夢中になっていてリビングの入口に立っていたゾーイが、そっと部屋を出て行ったことに誰も気づかなかった。

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